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沼に落ちた
息を呑むほど
しおりを挟む陽太から電話があったのは次の日の昼頃だった。
今までにないほど狼狽した声であった為、何かあったのだろうと察する。
部屋に向かうと佐野が倒れていた。
鬼束を呼び容態を確認すると問題は無いとの事で安堵した。
被害内容を萱島に報告するため鬼束が部屋を出て行き、陽太は佐野の側に付いている。
今にも溢れそうな涙を我慢するために切れそうなくらいに唇を噛み締めている様子が、痛々しい。
痛々しさが非常に愛おしいのだが口には出さない。
そのくらいの分別はあるつもりだ。
今、薄っぺらい慰めの言葉をかけても意味はないだろう。
かといって放っておくことは出来ないため落ち着くまで陽太の側に居る事にした。
部屋を見回す。
この状況で非常に不謹慎だが陽太の部屋を観察してしまう。
思っていたより本が多い、カワウソの縫いぐるみ、家族写真。
ふと目に入る、例のブツ。
この犯人を今すぐ抹消したい。
社会的に抹消したのち物理的にも抹消してやりたい。
いっその事呪い殺せないだろうかと凝視していると、ある事に気付いた。
「このゴミ、おみくじだな。」
「え?…ほんとだ…」
ゴミを確認した陽太は、もともと青ざめていた顔を余計に蒼白とさせてしまった。
能面のように血の気がない。
どうやら先日行った初詣で陽太が引いて木に括り付けて来たはずの物らしい。
陽太は考え込んでしまい、黙り、身体が少し震えているようだった。
これは不味い。
「大丈夫か?」
「俺が…巻き込んだんだ…」
自責の念に駆られているらしい。
先程よりも強く噛んだ唇は、白く変色し今にも切れそうだ。
かわりに俺が噛んでやろうかと言いたいところだったが、そんな軽口を発している場合ではない。
血が出たら佐野が心配するぞと指摘する。
噛むのをやめた唇に鮮やかな血の気がじわりと戻ると同時に、陽太の瞳から涙が溢れた。
ぽろりと目の縁から現れ、頬に跡を残す。
思わず息を呑むほどに美しかった。
こんな純正な涙は見たことがない。
止まらないのだろう必死に目を擦り拭いている。
擦ったら目が腫れると尤もらしい理由を述べ陽太の涙を一滴一滴拾った。
本当は涙と陽太に触れたいだけだった。
今すぐ腕に抱き込んで安心させてやりたいが、それでは陽太が抱え込んでいる自責の念を一時的に逸らす事にしかならない。
混乱して沈んでいる陽太に言葉でも伝わるよう、ゆっくりと語りかける。
「陽太のせいじゃない。」
伏せてしまった顔を上げ、しっかりと目を見つめ、届くように声をかける。
ユラユラと濡れた瞳が俺を見ている。
「佐野が、お前のせいだって責めるか?言わないだろ?」
そう伝えると嗚咽を堪えながら必死に頷く。
頷く度に溢れる涙を拭うが、消えて無くなっていく水分が勿体無く、この美しい涙を何とか保存できないだろうか。
保存出来ないのなら全部舐めとってしまいたいと変態じみたことを考えてしまった。
いや、じみているのではない。
変態そのものだ。
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