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扉の外
70話 対魔軍反撃作戦会議
しおりを挟む小森たちが転送された先は、陽の光が差し込む広場だった。
広場の中心には巨大な半透明の石が宙空に浮いており、四方から太い鎖で繋がれている。
その石を中心にして、上下左右あらゆる方向から勢いのある空気が流れていた。
その中には潮の匂いも混じっている。
「わあ……とつぜん景色が変わりましたねぇ」
「座標が少しずれたようだ。こんなことは滅多にない……。マナストーンもこんなに暴れて……」
ギルドマスターのホセは納得がいかないのか、口に手を当てて何か考え込んでいる。
「んぐんぐ……、ホセさん。これから俺たちはどこに行けばいいんだ?」
フルーツを食べながら、小森が問う。
「テレポート一発で向かう予定だったのだが、ちょっと君たちとは相性が悪いようだ。すまんが、徒歩でギルドまで向かおう」
広場は高台にあり、この辺りの土地を一望することができた。
すぐそばには港があり、その奥は青々とした海が広がり、美しい地平線をつくっている。
反対を向くと、平野の向こう側に険しい山々がそびえていた。
一番遠くに見えるのは暗雲立ち込める黒い城。いくつもの鋭利な尖塔が、いかにもな雰囲気を放っており、しばしば現れる黄色い稲光りがここからでも観察できる。
「あれが魔王城だ。今回は君たちにあそこを叩いてほしい」
「んぐんぐ……ごくっ。いきなり魔王ですかっ!? 大丈夫でしょうか……」
「まぐまぐ。よゆーだろ。小森はさいきょーだからな」
三人は朝食をとりながらホセのガイドを受けていた。
「……で、あそこに見えるのが我が王国の城だ。君たちが望むなら、好きな時に王への謁見ができる」
「ずいぶん気さくな王さまだな」
「実績あっての事だからな。オーク将軍は魔王の右手。実質ナンバーツーだ。それをあっさりと討伐してみせたのだから……。君たちがとても期待されているという事を分かって欲しい」
「そりゃ恐縮の限りだ」
冒険者ギルドは城の次ほどに大きく、堅牢な建物だった。
小森たちが通された部屋は作戦会議室のような所で、元いた酒場と兼用している場所とは違い、とても飲み食いできるような場所ではなかった。
大きな机の上には周囲の地形が細かく描かれた地図が貼り付けられて、その上にいくつかのピンが刺さっている。
重厚な鎧に身を包んだ騎士たちが、作戦台を囲むように座してホセたちの到着を待っていた。
「おお、騎士達よ。急な招集に応じてもらって、感謝の限りだ」
ギルドマスターであるホセが挨拶をすると、全員が小さく会釈をした。
「ホセ総司令。魔軍が攻めてくるまで残り三日です。いつ、いかなる時でも我々は招集に応じましょう」
赤い鎧を着た騎士が応える。
「して、今回は何か作戦の追加があるのかな? 正面は赤軍、右手は白軍、左手は黒軍と昨日決まったばかりだが……ああ、そこの裸マントに平和が約束された街の内部でも任せるとか?」
「よしなさい、黒の。初対面の方に対して口が悪すぎますよ。総司令が連れてきたのだから、きっと大きな力になる人なのでしょう。そうですね? 総司令」
いけすかない黒鎧の騎士を、神経質そうな白鎧の騎士が咎める。
「急すぎて軍部まで噂が届いてないのであろうな。しかし、オーク将軍が討たれたという話は知っているだろう? あの極悪非道の首と体を切り離した偉業を、一体誰がやってのけた気にならないものかな」
皆が一斉に小森の方を向いた。
それぞれが目元まで隠れるようなメットを被っているので、その表情まではうかがえない。
「えっ……そんな注目されても、スピーチとか何も考えてないぞ……?」
いくらか前傾姿勢になっているとはいえ、元はひきこもりの小森である。
突然の振りに対応出来るわけがなかった。
「……総司令。お言葉だが、騙されているんじゃないか? どう見てもこんな裸マントが――」
「アイスラッガー!」
小森の奇襲攻撃!
両手の間から打ち出された一枚の皿が、いけすかない黒騎士を襲う。
キンッ、と小さく音が響き、皿は黒騎士を通り過ぎた。
「きっ、貴様! 何のつもりだ!」
小森による突然の凶行に黒騎士が怒り出し、席を立って腰の剣に手をかける。
すると、メットの上部がすっぱりと割れ、ゴトン、と音を立てて床に落ちた。
「ひいっ!?」
遅れて、騎士の露わになった頭頂部の毛髪が宙空を舞う。
小森の投擲した皿による斬撃の結果だった。
その皿は既に小森の手に戻っている。
「失礼な真っ黒クロスケめ! やい、ホセさん。こいつの首は高く売れるのか?」
会議室が凍りつく。
剣に手を掛けている者はいたが、誰もその手を動かすことはかなわない。
小森の鋭い眼光は、その場にいる全員の動きを停止させていた。
「あー……。お分かりいただけただろうか。小森君は、ある意味魔王より怖いだろう。黒いの、お前には良い薬になったんじゃないか? うはははは」
ホセが場を取り持とうと、大げさな笑い声をあげた。
「まあ、若いというのは時として――」
しばらく緊張が続いたが、ホセのたゆまぬ努力によって、会議室は一応の落ち着きを取り戻した。
「――さあ。時間は有限、魔軍は待ってはくれんぞ。作戦を詰めようじゃないか」
小森たちも騎士たちと混ざるように作戦台を囲む。
持っていた皿は全て没収されていた。
「ここが王都。我々のいる場所だ。そして、この山に囲まれた城が魔王城。地理的にも難攻不落の憎たらしい魔軍の本拠地だ」
作戦台にある二つの大きなピンを指してホセが説明する。
将棋でいうところの、王と玉の関係だ。
「魔軍の進軍ルートは至って単純。正面からまっすぐ来るであろうな。この都市周りは大きく開けているので、回り込みようがない」
ホセは魔王城から王都に向かって真っ直ぐ線を引いた。
「少数精鋭のオーク隊が潰れたいま、奴らは数の暴力で攻めてくる事が予測される。となると、正面を攻めるに超過した部隊は、自然と左右に分かれて、こちらを囲むようにしてくる」
王都の前方180度に、三つのピンが刺される。
「正面を赤軍・右辺を白軍・左辺を黒軍。それぞれの配置が決まったのが昨日までの内容である。ここまでは良いな?」
騎士たちが無言で頷く。
「後ろはどうするんだ?」
「ああ、小森君たちはテレポートで来たばかりだから、土地勘が無いのは仕方ないな。魔軍から見て、王都の後ろは海になっているので心配ない。泳ぎの得意な魔物もいるにはいるが、そういう輩は陸が苦手なのでな。回り込めん」
「ん、ああ……そういえば、港みたいになってたな。魔軍が海のルートを使って攻めてくるって事はないのか?」
「あまり現実的ではないな。四天王のうちに海が得意な魔物はおらん。統率された部隊がくる可能性は無いとみなしている。散発的な襲撃の予想はあるが、それはギルドの冒険者たちで事足りるだろう」
王都裏の海から魔王城側までの距離は、陸のルートの比べて3倍ほどあった。
タイミングを合わせて攻め込むには、強い統率力が必要な距離である。
「ん……四天王が指揮をとるってのは分かったが、魔王は何をしてるんだ? 攻めてこないのか?」
「良いところを聞いてくれたな、小森君。それでは本題に入ろう。各騎士達も聞いてくれ」
ホセは何かイタズラを考えている子供のような顔つきになった。
「魔王はとても慎重……というより、驕り高いやつでな。これまで、何度か大規模な戦をしてきたが、一度たりとも戦場に姿を現さなかった。ばかりか、四天王を四人揃えてけしかけてきた事さえ無い。これはつまり、余裕をもった勝利を望んでいるという事なのではないかと私は思うのだ」
「……ふーむ。確かに。余裕の勝利とは強者の特権だと俺も思うよ。三本先手の格ゲーで二本リードしてたら俺も遊ぶしな」
小森の例えを理解しているのかいないのか、騎士達は疑問符を飛ばしながらも頷いた。
「――とにかく、奴は常に城に居る。そして今回……私たちは守るだけでなく、攻める! 奴の居城に攻め入るのだ! 魔王が軍を動かしたタイミングに、少数精鋭……つまり、小森君たちでな」
「ちょっ……ちょっと待て。めちゃくちゃ見通しが効くのは向こうだって同じだろ? 途中で軍隊にぶつかるじゃねーか。俺たちは確かに強いが、こう……スタミナ的な問題がな」
小森たちは長期戦が不得手だった。
強大な力の代償として、燃料切れを起こした時に最悪の悲劇を起こしかねない。
敵と味方の境が無くなる飢餓と渇望。
決して忘れてはならない呪いがあった。
「こう見えて私も軍の総司令だ。作戦の成功率を高めるために、色々なことを考えているのだよ小森君。急襲部隊には、正面から行ってもらおうとは思っていない」
「しかし、隠れながら進める道なんて無いんだろ?」
ホセはニヤリと笑うと、懐から小皿を取り出した。
小森から没収した皿だった。
「君たちの進行ルートは、こっちだ」
ホセはその皿を、魔王城とは反対側の海上に置いた。
「おお、海から行くのか。楽しそうだな」
「うむ。魔軍の統制の取れていない海からなら、バレずに近づくことができる。流石にある程度まで近づけば気付かれてしまう可能性もあるが、軍を引き戻すにも時間がかかるからな」
「海上ルートだと、魔王城までどれくらいかかるんだ?」
「三日だ」
「……おい、それって」
「魔軍がこちらに侵攻してくるのが三日後。つまり、一番手薄なタイミングを狙うなら、今日出発するのがベストだな。だからこその緊急招集なのだ」
小森は顔をしかめ、椅子から反り返るようにして思案した。
この世界に来た目的、『世界を救うアーティファクト』はまだ情報すら掴めていない。この作戦の報酬である飛龍を手に入れることができれば、空からの探索で目的へは大きく近づく事ができる。危険ではあるが、やってみる価値はある。
急な行動を余儀なくされているが、展開は早ければ早い方が良い。
滅びゆく世界で待ち人が、最果ての世界でヌーが、それぞれ待っているのだ。
「……わかった。やるよ」
「おお! 本当か。君なら絶対に成功してくれるに違いない。船はすぐに用意する。他の騎士たちもこの作戦に異論は無いな?」
会議室の全員が大きく頷いた。
「総司令。船が必要ならば、我が黒の船団から一隻、最高にタフなやつを貸し出そう。操舵手を含めて船員は熟練をつけるよ」
ハゲ頭の黒騎士が提案した。
「ふむ? ずいぶんな厚意だな。さっきの当たりはどうした? 黒いの」
「いや……済まない。こちらの見当違いで酷い言い方をしてしまってな、反省している。小森さん、ぜひ役立ててくれ」
「お、おう……。なんか俺も悪かったな、アイスラッガーとかやっちゃって……」
黒騎士が右手を差し出してきたので、小森はその握手に応じた。
「よし、結束力も固まったことだし、作戦はこれに決定だ! 船は夜までに用意をしておく。小森君たちも準備を済ませて欲しい。では、解散。また夜に」
小森たちは会議室を後にし、夜の出港に備えるために街に繰り出した。
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