上 下
12 / 31
常世の昼の春物語(第二話)相棒は俺にヒミツを許してくれない

08 愛の大魔法・ディア

しおりを挟む
 翌日は何とか小学校帰りに詠とうまく落合い、清矢は電車に乗って県庁所在地の松嶋市まで三十分ほど遠出した。そこは天皇の離宮のひとつ、春宮があり、今も祈月氏が草笛や恵波の力を借りて維持・管理をしていた。清矢も広大も折々に訪ねることがあったし、志弦たちが中学を終えて出てくるまでの時間つぶしに寄ることにした。

 林泉回遊式の日本庭園は、渚村の面々や庭師の働きにより手入れがゆきとどき、春には桜、秋には紅葉と四季に応じた植生が楽しめてまさに百花園の体。初夏の今は、ちょうど紫陽花の盛りである。移り気との花言葉どおりに、白、ピンク、紫に青と、夢見るようなグラデーションを描きながら咲き誇る姿は見る人を幻域に誘った。梅雨の晴れ間、足元で涼を添える擬宝珠のほの白さも趣深い。

 洋館に作り直された離宮には入れなかったが、清矢たちは庭園を一周してエノコログサをとったり駆けっこをして遊んだ。入口に帰ってくると、銀樹、志弦、文香の中学生組も到着していて、そのまま市街の『天河楽器店』へと急いだ。帝都や常春殿とのつてで特殊な音曲技を行うための楽器を提供している個人経営の店だ。

 利根川の家が経営する洋物のブティックや、香池がバックについているという質屋、平良の呉服店など、林立する商店たちを横目に見つつ、楽器屋にたどりつく。念のためショー・ウィンドウを調べていったが、夜空が持ち去った宝物は売りにでていないようだった。

 瀟洒な看板をかかげた楽器屋の重たいドアを開けると、五十代後半の灰狼亜種の男がのそりと顔を出した。三白眼で、世慣れた風情の店主は他でもない、時の朝廷から祈月耀のパートナーとして付けられた相棒の術師、天河重彦である。フレアジーンズにキャメルのシャツという若ぶった格好で、売り物の17キーのカリンバを暇そうにつま弾いていた。清矢たちが大挙してやってきたので少し泡を食い、エプロン姿の娘さんにジュースを配れと命じている。

「天河さん、今日はちょっと頼みがあってきたんだ」
「頼み? ハーモニカでも壊れたのか?」
「ちげー。実は夜空の居場所が分かったって結城先生が言い出してさ。みんなで話を聞きに行こうって」
「夜空のやつが!?」

 天河重彦は余計に仰天して、詳しい話をせがんだ。汐満医院の子息である愛野京あいの・みやこがロンシャン経由でグリーク魔法大学から帰ってきて夜空についての言伝てを預かってきているという長話を終え、大学に付いてきてくれるよう頼むと、重彦はさっそく腰を上げ、ガラスケースの中に飾ってあった特製の木製ハーモニカを出して荷物に入れた。

 詠は初めのうちはおそるおそる近づき、最後にはかぶりつきで中の楽器を観察した。

「この子はどこのだ?」
「櫻庭のヨミって言うんだ。神兵隊で知り合った俺の友達」

 清矢が軽く説明すると、詠は紅潮した顔で次から次へと耀が扱った術について聞きはじめた。

「耀サマって、ほんとに白狼になれたんですか?」
「えっ? あー、まァな、渚村にはまだ変われるやつもいるけど、俺はできないんで、フォローが大変だったよ。変化した耀には噛まれたこともあるんだぜ!?」
「オオカミになれるってのはホントだったんだ。じ、じゃあさ、黒曜剣で『月光凝集』! ってやったのは?」
「おう、神兵隊ではもう訓練してねぇのか? 日月を兼ねるつもりかって当時の朝廷には怒られたけどよ……」
「俺、耀サマみてーになりたいんだ! あの……そんでさ、渚村のやつらは『さかまき』もやってるって本当? 耀サマは風も、太陽も、月の術まで使えたんだよな!」

 詠は太い尾を振りながら、耀の話を楽しそうに語り始める。出がけだというのに思い出話が始まってしまったので、清矢たち渚村組は手持ち無沙汰で配られたジュースを飲んだ。一服してからゆるゆると出発したが、詠はウキウキとその場でジャンプをしたり、足踏みまでして重彦の隣から決して離れようとしない。

 魔法大学は市街地から少し離れた郊外にあったので、路面電車で逆戻りしなくてはならなかった。

 陶春魔法大学は、六年前にようやく校舎が完成した本邦初の国立魔法大学だ。主に西洋で隆盛している『マギカ』を祖とする汎用系魔術を学べるという触れ込みであり、入学時には魔力選抜も課される。ロンシャン国立アカデミー魔法科や、グリーク魔法大学とは協定校で、山陰の僻地に転送石が据えられたのもその便宜のためであった。

 結城疾風博士はこの学校の教授である。何人かの異国の魔術師もともに魔法を教えているという話は、清矢も詠も耳にしていた。

 しかし、地方の人々にとっては、何やら得体の知れない学校という評判だった。「せっかく大学出だっていうのに、魔術大なんか出ても就職はない」という大人たちの揶揄を、清矢も店で聞いたことがある。銀樹や文香は案外興味があるらしく、魔法見られるかなと座席で無邪気に語り合っていた。

 無骨な門を抜け、芝生がきれいに整備された中庭に歩みを進めると、見慣れた人が、見知らぬ人と争っていた。

「Kietas, Motros, 焔龍よ號せよ、Fire-Dragoon!」
「何をっ、甘いわ! 十二神将顕現! 辰巳よ、一息に貫いてやれい!」

 二人とも狐亜種で、ひとりは黒っぽい毛並み、もう一人は輝かしい黄金の毛並みだ。見慣れた黒っぽいほうは神主一級の黒っぽい袍を着て、烏帽子に笏という、今の世でもすでに珍しい姿をしていた。

 彼は袴さばきも鮮やかに、使役している十二支の式神をとりどりに使ってみせた。龍をかたどった炎が舐めるように襲い掛かってきても、同じく龍と蛇の式神が果敢に火の粉を喰らい、犬ほどの大きさのネズミやウサギたちが敵の足元に殺到している。

 白昼堂々、スペクタクルめいた決闘である。遠巻きに見ている学生らしき者たちもまったく手が出せずにいるようだった。

「おいっ、あれ安部様じゃねーか!?」

 清矢は慌てて広大の袖をつかんだ。見間違えるはずもない、今も松嶋市内で信仰あつい、安部神社の神主、安部帰明であった。戦っている相手は紅色のマントを身に着けた異国の魔術師とおぼしき者で、土管ほどの太さのある炎の濁流をロッド一振りで細かくコントロールしていた。

「チッ、同族かよ。変化コード吹くと安部様まで巻き添えになっちまう……!」

 重彦は舌打ちをして、子供たちに円陣を組むよう命じた。重彦は清矢のハーモニカの師匠である。銀樹も風車を逆手に構え、文香は獣毛を逆立てて、風圧を身にまとう『さかまき』を行う。みなが神主を守ろうと焦って寄り集まったため、広大が押されて転んでしまう。

「いっつ……!」
「清矢、『癒しの旋律』吹いてやれ」

 あっさりした重彦の指示に従って、清矢もショルダーバッグからハーモニカを出した。すると束髪の柔和そうな男が小走りで寄ってきて、広大の傷ついた膝を布で拭いてくれた。

「君たち大丈夫? アレには手を出しちゃダメですよ。傷は……特別出血大サービスで私が治してあげましょう!」
「いや、異国の術はいいから。何があるかわからねぇし。見たところあんたは学生さんか?」

 重彦が親切を断ると、犬亜種の男は泣き笑いして後ろ頭をかいた。

「ええと……私、次の学期からこの大学の教師になるんです。愛の大魔法・ディア……披露できると思ったんですが」
「天河さん、俺見てみたい。お兄さん、やってみてよ」

 清矢がそう言うと、男はうれしそうに広大の膝の前に手をひろげた。

「我らが燃やす神秘の炎、知と力の命脈たる魔素と、微細なる生へ賛歌を捧げる……塵で作られし下僕への限りなき祝福と我が愛において、疵を繕い、停止せぬ歯車となせ! 回復魔法・ディア!」

 長々しい詠唱が終わり、男の手のひらから柘榴色の光が放たれた。驚くことに、広大の擦り傷はきれいに塞がり、つるりと嘘のように元に戻った。便利なもんだ、と一同が目を見張っていると、安部様もギャラリーの中にいる知り合いに気づいたのか、檄を飛ばしだした。

「天河に清矢もおるのか⁉ 普段術の稽古を付けてやっとるのは儂じゃぞ、加勢して、この聞き分けなしに仕置きしてやらんか!」
「その必要はありませんよ、安部帰明さま。沢渡マルコ先生も腕試しはおやめください」

 治癒をしてくれた男が注意をすると、安部様を攻撃していた黄金色の狐亜種もロッドで魔法陣を描き、炎の龍を大地に収めた。彼の顔は掘りが深く、混血のようだったが、どうやら日本語が分かるらしい。流暢に発せられた言い分は信じられないものだった。

「術師同士は、一度相まみえたら戦うしかない……それが俺のポリシーだ。それにこの人は相当な手練れ。俺の本気にも耐えられると思ってな」
「何かもうメチャクチャ言ってるけど、安部帰明様は松嶋市の神社の神主で、町を結界で魔物から守ってるお偉いさんだ。異国のやつが余計な手出しすんじゃねーよ!」

 清矢が凄んでハーモニカをかかげる。銀樹も文香も戦闘態勢から移行はしていなかった。子供たちは、銀樹の風車による風操りや、文香の『さかまき』や狼化など、術についてはおのおの一家言あり、他国の術師になどそれこそ強気なものである。狐亜種の男は少しおののいて彼らを見回した。

「愛野先生、この子たちは一体? 全員素晴らしい魔力の高さだが……」
「当り前じゃ! どこの子だと思ってる!」

 今まで襲われていた安部帰明が、広大や志弦に取り巻かれて唾を飛ばした。相当な剣幕だ。

「ワシが土御門流を教えるのはこのレベルの者どもに限っとる! 魔法大学の素人なんぞに一体、何を教えろと言うんじゃ!」
「私どもも事情があるんです。本日はその話し合いでおいでくださったというのに、沢渡マルコ先生と術師対決なんか始めてる場合ですか……!」
「ふん。あっちが戦いたいと言ったんじゃ。まったく、何が炎龍じゃ。何がマギカじゃ! ワシらが髄を尽くしてきた日ノ本の呪術を馬鹿にしておる!」

 天河重彦は憤慨している安部帰明に手を差し伸べた。二人は同じ五十代半ばという年ごろで、耀の時代からの知り合いである。

「安部様、平気ですか? 『癒しの旋律』は要りますか?」
「おおそうじゃな。ワシは『ディア』なんぞという訳の分からん術は御免じゃぞ。清矢、重彦と二人で頼めるか」

 清矢は術の師匠でもある安部帰明に頼まれて、重彦とともに曲を奏でた。風の清らかさだけをすくいとったような、透明な旋律が流れ出す。清矢が主旋律、重彦が和音を合わせる。Fの長音からはじまったその二十六小節の小曲は、辺りの空気を夏の終わりに変え、つゆけき薔薇のかぐわしい匂いすら連れてきたようだった。集った者たちの体を包むそよ風がほのかに発光し、火傷は癒え、疲れは取り除かれた。特別な血筋のものしか扱えない、草笛に伝わる回復の音曲だ。

「うーむ、音波術ではよくあるタイプの癒しの術ですが原理はどうなっているのか……? ちなみに『ディア』は錬金術の初級で、副作用もほとんどない万能魔法なんですけど」

 広大を治療してくれた犬亜種の男は大して動じずに頭をかいている。志弦は思い切って話しかけた。

「あの、『愛野』って呼ばれてましたよね? もしかして、グリーク魔法大学から帰ってきたっていう愛野京先生ですか?」
「おおっ、さすがホームタウン! ワタシの名も上がったものですね!」

 男は小躍りして飛び上がった後、人のよさそうな笑顔を浮かべた。

「はい、私が愛野京です。みなさん、大学受験のための見学ですか? 私はまだ新任で、ゼミ学生もおりませんから、校内を案内いたしますよ」
「……いや、愛野さん、ちょうどあんたを探してたんだ。大学見学より先に、ちょっと話はできないかな?」

 重彦が自己紹介をし、清矢たちは怪しいふたりとともに大学構内に入ることになった。静かになった中庭では、先ほどまで立ちすくんでいた学生たちがロッドをおもちゃのように振り回して、何やら呪文を唱えたりしている。渚村の子供たちが心配なのか、苦々しい顔をしつつも、安部帰明まで結局ついてきた。

「こんな具合で家柄もない者が異国の術を修行するなんて、遊び半分もいいところじゃ……!」

 愛野京はその不平に難しい顔をした。

「そりゃ魔術の才能というモノについて血統主義は完全には否定できませんが、中には野良でも向いてる子もいますよ。たとえばワタシとか」
「お前はもともと巫力はそれなりだったと聞いておる! だから結城と同期の留学生に選ばれたんじゃろうが!」

 愛野京は叱られて苦笑しつつも、スイスイと中庭の木の間を抜け、本館三階まで上がっていった。

 本館は十二階建ての高層建築で、魔石回路を内包した分厚いセメント式の壁をもち、装飾がほとんどない実用的なつくりだった。四畳半ほどの広さの研究室の扉を開け放ち、長机を取り巻く椅子をすすめられる。全員ぶんの席はなく、安部帰明、沢渡マルコ、天河重彦の三人は卓を囲んで、子供たちは立ちっぱなしになった。

 重彦が夜空の話を切り出すと、愛野京は眉間の間に皺を刻んで両手を組んだ。

「ロンシャン国立アカデミーから夜空くんについて聞いたときは驚きました。また結城くんのように特別留学生を受け入れたのかと思った。今回はとうとう白透光宮家みずからなのかなって」
「なんぞ。夜空がおったのか」

 ずいぶん前から祈月氏とは昵懇にしている安部帰明はぶっきらぼうに言いすてた。沢渡マルコがしかめつらしく口をはさむ。彼は安部様を襲ったことに対する悪気もなにもなさそうだった。

「私も愛野君からその話を聞いて国際問題だと思って、訪ねてきてくださった有力者の方に協力を頼んでおきました。ゴールドベルク大統領の名を出せば極東国の人間は騙されるとでも思ったんでしょうが、とてもとても、子供が近寄れるような人物じゃない」

 天河重彦もうなずいて、手帳にメモをとりながら続きをうながす。

「そうか……手がかり自体は見つかったが、信用ならないってところか。ロンシャンは夜空をいったいどうするつもりなんだ。ところで、うちの息子、天河泪てんが・なみだは? 海外でその件について何かつかんでないか?」

 重彦の息子の泪も、結城疾風とともに国外に魔法を学ぶため留学したひとりであった。その話題が出たとたん、愛野京は乙女のように口を両手で押えて衝撃の告白をした。

「あーっ、なみだくん! 実はこっちも大変なんですよ。彼、グリーク魔法大学でマスターの学位をとってから行方知れずになっちゃったんです」
「……」

 重彦は堪えたようで、大きくため息をついて肩を落とした。沢渡マルコも驚いて愛野の話を補足した。

「泪くんのお父さんだったんですか。同窓なので存じてますが、たしか、ヒョウガ・アイスバーグという有名な氷の術師に雇われて、名を売ってました。あんまり親しくなかったのでその程度しか知りませんが……」

 愛野京も声をかぶせるように勢い込んだ。

「ワタシもそこまでは知ってるんです! ただ、ヒョウガに雇われて以降、ワタシのほうも僻地で医術の修行しなければならなくなって、いきおい連絡が途絶えがちになっちゃったんですよね……今、どこで何をしているんだか。何分、ワタシのほうも、帰ってくるための旅費まであっちの恋人に借りたという体たらくなんで……」

 異国の術に対抗心をもっているらしき安部帰明は鼻を鳴らして呆れかえる。

「何だか行方不明者が続出じゃな。だから、海外なんぞには行くべきじゃないんじゃ。術は日ノ本に伝わるもんで充分。あちらで教えてる『汎用系』はもはや巫力の濫用じゃ」
「そのご意見は翻していただきたい。日ノ本も、『汎用系魔術』を常備軍に取り入れたいからこその当校設立では? 海外留学については確かに危険だが、私の父親だって資金不足で戻れなかった。あちらで家族ができてしまったらしょうがないですよ」
「何を言うとるんじゃ! みな、国のカネで留学しておるんじゃぞ!? 無責任にもほどがある!」
「だから貴重な人材に対する国の支援が足りないというのが私が日ノ本政府に言いたいことで……!」

 大人たちが論を戦わせはじめ、銀樹あたりは盛大にあくびを始めたが、清矢は気になっていた一点を質問するため、授業でするように片手をあげた。愛野京が「はい、何でしょう」と水を向けてくれる。清矢は沢渡マルコをまっすぐ見て問いかけた。

「……あの、夜空がいなくなったことは祈月家では秘密にしてるんです、できれば誰に話したのか教えてもらえませんか」
「ああ。澄名考すみな・こうさんとおっしゃったな。何でも来年、こちらの魔法軍事関係の職に就かれるとかいう方だ」

 その名前を聞いたとたん、渚村の子供たちはざわついて互いに顔を見合わせた。天河重彦も頭をかかえる。沢渡マルコはきょとんとしたが、安部帰明はずばり一喝した。

「馬鹿めが! そいつは鷲津軍閥の参謀じゃぞ。来年こっちの職に就くっていうのは戦の勝敗次第じゃ。祈月氏とはずっと対立しておる。ワシも嫌いじゃ。よりによって鷲津のやつらに夜空のことを話したなんぞ……!」

 狐亜種の術師同士の相性はとことん悪いようだ。天河重彦はかぶりを振った。

「なんていうか今日は最悪の日だな。俺の息子は行方知れず。夜空は誰かに誘拐されたのが確定で、アカデミー魔法科は大統領の名前まで出して隠ぺいしようとしてる。最後には澄名にまで、この内情がバレバレってんだから……」
「うーん、ワタシ、自分の不甲斐なさで消え入る思いです……そっか、鷲津とはとうとう戦争なんだ。沢渡先生、気を付けなきゃダメですよ。日ノ本にはお父さんの親戚もいるんですから」

 壁際に立っていた文香まで不安そうに訴えた。

「あの……ほんと、鷲津に知られたって最悪です。前の戦でも、夜空のことを誘拐しようとしてウチの父親を呪殺したんだ。あいつら、子供に手を出すんですよ。今度は清矢まで誘拐しようと動き出しちゃったら、俺たちどうすればいいのか……」

 沢渡は文香のか細い声に同情したのか、ようやく謝って詳しく話を聞きはじめた。三島宙明の悪行が語られ、安部帰明の機嫌はさらに悪くなる。しまいには、いきなり立ち上がって愛野研究室を中座してしまった。重彦も詳しくは結城疾風と話すよう言いのこし、安部帰明に付き従った。長いリノリウムの廊下に出てみなが一息つくと、銀樹はポキポキ肩を鳴らして愚痴を漏らした。

「まったく、大人は話が長くていけねぇ」
「そうだけど、俺、ちょっと異国の魔術に興味でた。もう留学しなくてもここで学べるようになったんだよね?」
「まァな。行方知れずじゃざまあねぇし……俺も大学はここにすっかなぁ」

 中学三年生の他愛ない会話を聞いて、安部帰明はこめかみに青筋を立てる。

「銀樹、文香。いい機会じゃからワシがまとめて術を見てやる。神社に寄れい」
「ええっ? ずっと立ちっぱなしだったってのにこれから修行かい?」
「煩い、いい歳した若者が、そんな言い訳なしじゃ! 土御門流の退魔術を会得すれば、『ディア』なんぞ学ぼうという気持ちは消えるに決まっとる!」

 先ほど見た『ディア』の効果と安部様も教える退魔術とは全く異なるだろうと清矢すら思ったが、かんしゃくを起こした安部帰明は笏を構えてスタスタと廊下を先導していってしまった。清矢たちは引率の重彦とともにその背を追いかける。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件

神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。 僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。 だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。 子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。   ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。 指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。 あれから10年近く。 ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。 だけど想いを隠すのは苦しくて――。 こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。 なのにどうして――。 『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』 えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~

沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。 巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。 予想だにしない事態が起きてしまう 巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。 ”召喚された美青年リーマン”  ”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”  じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”? 名前のない脇役にも居場所はあるのか。 捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。 「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」 ーーーーーー・ーーーーーー 小説家になろう!でも更新中! 早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

気づいて欲しいんだけど、バレたくはない!

甘蜜 蜜華
BL
僕は、平凡で、平穏な学園生活を送って........................居たかった、でも無理だよね。だって昔の仲間が目の前にいるんだよ?そりゃぁ喋りたくて、気づいてほしくてメール送りますよね??突然失踪した族の総長として!! ※作者は豆腐メンタルです。※作者は語彙力皆無なんだなァァ!※1ヶ月は開けないようにします。※R15は保険ですが、もしかしたらR18に変わるかもしれません。

処理中です...