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1話 希死観念とヤンデレ
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八畳一間、端から端まで10歩に満たず、これが僕にとっての世界の全てだった。初めて外に出れたの十の時の街の祭り。まるで本の世界から出てきたような喧騒に驚愕。ごった返す人がまるで一つの塊に見え、巨大な蚯蚓が家の前を闊歩していたのだから恐怖に身が震え、うずくまるのも無理はない。呆れた家族に女中は皆僕を置いていたが妹だけは僕の側にいてくれた。
いつもと同じ死ぬ前の走馬灯。いつもと同じ午前2時。いつも通りの希死観念。幼児は青年になり、学がなくても自分がこの家にとって邪魔な存在だと言うことに気付かされる。古くなって少し飛び出た天井の吊木に縄をかけ、先端は首元で円形に結ぶ。きつく閉める前に両の手で息が詰まる部分を確認し、縄を宛てがう。
しかし、いつも縄が首を締めることはなく糸が切れたマリオネットみたいに床に崩れてしまい、動けなくなる。誰もいないはずの室内からガタガタと閂を動かす音がきこえる。ついには、ゴトンと抜かれ扉が開かれる。暗闇に灯籠の明かりが差し、扉の下にぼんやりと物陰が見え始める。人よりも二回り小さくまるで二足歩行の小動物のような影の主は、頭上には角、陰を意味する青い肌、いわゆる青鬼で、妹の式神の鬼の兄妹の妹だ。小柄ながら健気に扉を開ける後姿は鬼に似合わず可愛らしく、彼女の腰に付けた水瓶がちゃぱちゃぱと小気味よくなっている。
「お兄様、また死のうとしてたんですね。全く私の目が黒いうちは死ねるはずがないと言うのに…。」
「そして青鬼よ。毎度のことながら、ご苦労様。伝言に加えて、金縛りの術に扉の解放なんて上出来ですね。」
はぁ。また僕の浄土への片道切符は妹によって破られてしまったようだ。死ねるなんて思っているわけもなが、今日こそ何か起こるのではないかと毎日祈りながら永眠を試みているのだ。たまには厠に行ってて青鬼の報告を聞き忘れるなんてことがあってもいいではないか。どうやら僕の妹小菜は2体の式神を従え、僕の自殺を止めに来たようだ。今日の晩は家に妹の姿が見えずこの上ない好機といつも以上に期待をしていたのだがな...。褒められた青鬼は嬉しそうに妹のすぐ後ろにいる兄の赤鬼に走りより、飛びついた。
「全く仲睦まじい兄妹だこと。ねぇ、兄様?」
小菜の呼びかけには一切答えず、ふてくされていると、我儘な子供を見る母のような目をした小菜が側までやってきてしゃがみ込み目線を合わせてくる。目をそらせようとしても眼球運動が縛られ彼女と目を合わされ続ける。
「兄様の能力で動かせるはずもないのに...。頻りに抵抗する兄様も可愛らしいですね。もっとわたくしと目を合わせてくださいな。」
目は口程に物を言うと書に聞いたので、眼は動かせなくてもせめてもの抵抗とばかりに不満の情を込めて睨みつけてやった。
「はぁぁぁ。お兄様のご尊眼はなんて可愛らしいのでしょう。そんなに不満をあらわにして、わたくしに襲えと誘っているのですか?」
赤らめた頬に手を当てはぁぁと長いため息交じりに興奮からなのか上ずった声をあげる小菜。普段の精悍は顔付きからは想像も付かない妹の崩れた顔はきっと僕しか拝むことができないのだろう。ふぅ、と落ち着き耳元で小声で囁き始める。
「あぁ兄様。兄様、兄様、兄様ぁ。兄様の希死の念が辺りに穢れを生んでいますわね。わたくしの大好物ですわぁ。」
小菜が首筋に舌を当て、顎骨のあたりまで舐め上げると確かに部屋に立ち込めるドロッとした生温い雰囲気が消えていくのだ。
「今夜はわたくしが修行で家を長時間空けていた故寂しくなってしまったのでしょう?申し訳ございませんでした。これからは兄様の側にいますから、安心してお眠りくださいな。わたくしが唯一愛する者、お・に・い・さ・ま。」
彼女が死者の瞼を閉じるように、僕のでこから手を顔に擦りながら降ろす。彼女の手のひらが目を覆った刹那僕は意識を手放してしまった。
「いるんでしょう。縊鬼。」
「...…。」
小菜の呼びかけに呼応したのか、彼女が言葉にこめた霊力に怯えたのか、天井に張り付いていた乱れた長髪に眉根を寄せた悲しげな表情、大口から覗く鋭い牙を備えた般若面のような容姿に死に装束を纏っている鬼が姿を表した。
「誰の差金ですか。母上様?父上様?」
「……。」
縊鬼にも忠誠心があるのかだんまりを決め込んでいる。鬼の体は死を覚悟したはずなのに拭えない恐怖から小刻みに震えていた。
「沈黙ですか。そうですか。とりあえず死ね。」
彼女が一睨み。怨霊と雖もより強い怨霊の霊気にあてられればひとたまりもないようで、自分の首を絞め始めた。奴の手は力を込めているのか、必死に死に抗っているのかガタガタと血管を浮かせて震えていた。苦しそうな呻き声をあげ天井から落ち灰となって朽ちた。自死を促す鬼が自ら首を締めるとは何とも皮肉なものだ。
「犬の糞にも満たないほどの霊力。お兄様を殺すにはそれで十分ということでしょうか。全くふざけた家族ですねぇ。術者に委託したのか、自作の式神か、はたまた祈禱で墓から呼び起こしたのかでしょうか。鬱陶しい。そろそろわたくしも動きますか。」
絶えず自らを産んだはずの親に命を狙われる兄様。こんなに愛おしい存在なのに...。わたくしが生涯をかけてお守りしなければ。彼を見れば見るほど愛が深く濃く、そして使命感に駆られる。ふふふ、寧ろわたくししかお兄様の良さを知らず、愛を注がないのも素敵ですね。
兄の力が抜けて横たわった寝姿に身をすり寄せ、寸の隙間もないほどに密着。いつか、いつの日か彼の全てを手に入れることを自分に、そして鬼神に誓い、祈りを捧げ、彼女の一日も幕を閉じた。
寝ている彼女の身を案じ、屋敷の中でも離れのボロ屋の周りにみるも恐ろしい怨霊が集まった。
明くる日の早朝、小屋の前を通った女中が体調を崩し、療養したのは言うまでもない。
いつもと同じ死ぬ前の走馬灯。いつもと同じ午前2時。いつも通りの希死観念。幼児は青年になり、学がなくても自分がこの家にとって邪魔な存在だと言うことに気付かされる。古くなって少し飛び出た天井の吊木に縄をかけ、先端は首元で円形に結ぶ。きつく閉める前に両の手で息が詰まる部分を確認し、縄を宛てがう。
しかし、いつも縄が首を締めることはなく糸が切れたマリオネットみたいに床に崩れてしまい、動けなくなる。誰もいないはずの室内からガタガタと閂を動かす音がきこえる。ついには、ゴトンと抜かれ扉が開かれる。暗闇に灯籠の明かりが差し、扉の下にぼんやりと物陰が見え始める。人よりも二回り小さくまるで二足歩行の小動物のような影の主は、頭上には角、陰を意味する青い肌、いわゆる青鬼で、妹の式神の鬼の兄妹の妹だ。小柄ながら健気に扉を開ける後姿は鬼に似合わず可愛らしく、彼女の腰に付けた水瓶がちゃぱちゃぱと小気味よくなっている。
「お兄様、また死のうとしてたんですね。全く私の目が黒いうちは死ねるはずがないと言うのに…。」
「そして青鬼よ。毎度のことながら、ご苦労様。伝言に加えて、金縛りの術に扉の解放なんて上出来ですね。」
はぁ。また僕の浄土への片道切符は妹によって破られてしまったようだ。死ねるなんて思っているわけもなが、今日こそ何か起こるのではないかと毎日祈りながら永眠を試みているのだ。たまには厠に行ってて青鬼の報告を聞き忘れるなんてことがあってもいいではないか。どうやら僕の妹小菜は2体の式神を従え、僕の自殺を止めに来たようだ。今日の晩は家に妹の姿が見えずこの上ない好機といつも以上に期待をしていたのだがな...。褒められた青鬼は嬉しそうに妹のすぐ後ろにいる兄の赤鬼に走りより、飛びついた。
「全く仲睦まじい兄妹だこと。ねぇ、兄様?」
小菜の呼びかけには一切答えず、ふてくされていると、我儘な子供を見る母のような目をした小菜が側までやってきてしゃがみ込み目線を合わせてくる。目をそらせようとしても眼球運動が縛られ彼女と目を合わされ続ける。
「兄様の能力で動かせるはずもないのに...。頻りに抵抗する兄様も可愛らしいですね。もっとわたくしと目を合わせてくださいな。」
目は口程に物を言うと書に聞いたので、眼は動かせなくてもせめてもの抵抗とばかりに不満の情を込めて睨みつけてやった。
「はぁぁぁ。お兄様のご尊眼はなんて可愛らしいのでしょう。そんなに不満をあらわにして、わたくしに襲えと誘っているのですか?」
赤らめた頬に手を当てはぁぁと長いため息交じりに興奮からなのか上ずった声をあげる小菜。普段の精悍は顔付きからは想像も付かない妹の崩れた顔はきっと僕しか拝むことができないのだろう。ふぅ、と落ち着き耳元で小声で囁き始める。
「あぁ兄様。兄様、兄様、兄様ぁ。兄様の希死の念が辺りに穢れを生んでいますわね。わたくしの大好物ですわぁ。」
小菜が首筋に舌を当て、顎骨のあたりまで舐め上げると確かに部屋に立ち込めるドロッとした生温い雰囲気が消えていくのだ。
「今夜はわたくしが修行で家を長時間空けていた故寂しくなってしまったのでしょう?申し訳ございませんでした。これからは兄様の側にいますから、安心してお眠りくださいな。わたくしが唯一愛する者、お・に・い・さ・ま。」
彼女が死者の瞼を閉じるように、僕のでこから手を顔に擦りながら降ろす。彼女の手のひらが目を覆った刹那僕は意識を手放してしまった。
「いるんでしょう。縊鬼。」
「...…。」
小菜の呼びかけに呼応したのか、彼女が言葉にこめた霊力に怯えたのか、天井に張り付いていた乱れた長髪に眉根を寄せた悲しげな表情、大口から覗く鋭い牙を備えた般若面のような容姿に死に装束を纏っている鬼が姿を表した。
「誰の差金ですか。母上様?父上様?」
「……。」
縊鬼にも忠誠心があるのかだんまりを決め込んでいる。鬼の体は死を覚悟したはずなのに拭えない恐怖から小刻みに震えていた。
「沈黙ですか。そうですか。とりあえず死ね。」
彼女が一睨み。怨霊と雖もより強い怨霊の霊気にあてられればひとたまりもないようで、自分の首を絞め始めた。奴の手は力を込めているのか、必死に死に抗っているのかガタガタと血管を浮かせて震えていた。苦しそうな呻き声をあげ天井から落ち灰となって朽ちた。自死を促す鬼が自ら首を締めるとは何とも皮肉なものだ。
「犬の糞にも満たないほどの霊力。お兄様を殺すにはそれで十分ということでしょうか。全くふざけた家族ですねぇ。術者に委託したのか、自作の式神か、はたまた祈禱で墓から呼び起こしたのかでしょうか。鬱陶しい。そろそろわたくしも動きますか。」
絶えず自らを産んだはずの親に命を狙われる兄様。こんなに愛おしい存在なのに...。わたくしが生涯をかけてお守りしなければ。彼を見れば見るほど愛が深く濃く、そして使命感に駆られる。ふふふ、寧ろわたくししかお兄様の良さを知らず、愛を注がないのも素敵ですね。
兄の力が抜けて横たわった寝姿に身をすり寄せ、寸の隙間もないほどに密着。いつか、いつの日か彼の全てを手に入れることを自分に、そして鬼神に誓い、祈りを捧げ、彼女の一日も幕を閉じた。
寝ている彼女の身を案じ、屋敷の中でも離れのボロ屋の周りにみるも恐ろしい怨霊が集まった。
明くる日の早朝、小屋の前を通った女中が体調を崩し、療養したのは言うまでもない。
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