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思惑(しわく)は交わる
感動の再会は… 【ヒロイン視点】
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隅々まで手入れの行き届いた庭園を、何処はかとないぎこちなさを持って歩く少女とその後ろを仕える者たちが揃って歩く。
皇族にだけ使用が許されたその『リナリアの園(その)』には、名称通りかつて皇帝が寵愛(ちょうあい)した皇妃のために植えたというリナリアの花が一面に咲いていた。
鼻を掠(かす)めるかすかな密の匂いがほろ甘い気分に高揚(こうよう)させ、私の緊張は破裂しそうな一歩手前で踏みとどまっている。庭園を歩いてしばらく、白い花で覆われたアーチをが見えた。
これを潜(くぐ)れば、お父さんが待っている。ずっと、ずっと待ち望んでいた再会は一体どのようなものなのだろう。
お父さんは私に気づいた瞬間に抱きしめてはくれないだろうか。それとも涙を流して「会いたかった」と言ってくれるだろうか。私と同じくらいの気持ちを、持ってくれてはいるだろうか。
心音(しんおん)が五月蝿いくらいに鳴り響くのを無視して、皇女としての威厳を欠かない程度に速歩きで進んでいく。アーチに終わりが見えてきた頃、その奥にあったガボゼで一人腰掛けている人を見た。
私と同じ黄金の髪色に、緑陰(りょくいん)の瞳をした美しい人。着崩された服さえも優雅に感じさせ、その背景もあってか彼だけが隔絶(かくぜつ)した存在を誇っている。この人が大陸最大の皇帝であり、私のお父さん…。
思わず見惚れていると、お父さんの視線が此方へ向いた。私はその視線を向けられたことによる高揚(こうよう)を抑えて慌てて習ったばかりの拙い帝国マナーで挨拶を行う。
「帝国の沈まぬ太陽にご挨拶申し上げます。第二皇女エルネ・フォン・ラグナロクがお目通り致しました」
「……………」
頭を下げ不格好ながらも決まったカーテシーは、身分の上の者が声をかけるまで顔を上げてはならない。そうマナー講座では習ったけど、いつまで経っても声がかかることはなく足が今にも崩れ落ちそうになっていた。
なにか失敗してしまったのではないか、不安になり駄目だと分かっていながらもチラリと顔を上げると返事はなかったものの手で促(うなが)して席に座るよう伝えてくれた。
こういう時のことは全く予測しておらず、後ろに控えるナターシャも冷静を装いつつとにかく陛下のご要望通りにと席に着く。
それと同時に運ばれてくる香ばしい紅茶とデザート。巷(ちまた)で高位貴族であっても簡単には手に入らない、まして平民では手に届かないと噂のグラニッツ商会の新商品がズラリと並び、どれも選びきれない程美味しそうで一つに絞るのは難しかった。
だけど事前にどれだけデザートを並べられても一つしか選んでならないと教えられていたので仕方なくお父さんと同じデザートを選んで見る。チーズケーキと言われる牛乳から作ったものらしく、未知の味に完全に虜(とりこ)にならずにはいられない程の美味しさだった。
ケーキが半分になっても私達の間に言葉は交えない。お父さんは私と目を合わすこともなく、どこか遠くをぼーっと眺めている。それに目の下にできたクマがお父さんの仕事の忙しさを物語っていた。
「あの、…陛下。お仕事の方は無理をしていらっしゃいませんか?」
勇気を振り絞って掛けた言葉も、まるでなかったことのように静寂な中へ消えてしまった。
単純に聞こえていなかったのか、それとも睡眠時間を削ってまで私とこうしてお茶会の場を作ってくれたのではないのか。そんな浮かれた考えが沸き起こり、嬉しくなってつい口が軽くなってしまう。
「私をずっと探してくださっていたと、聞きましたっ。その、だから、ありがとうございます!」
折角の機会に言いたかったことをそのまま全て言ってしまう。きっと今じゃなきゃ言えないことがあると、これから二人で話すには今まで離れていた分の時間少しの距離でも縮めたいと、そう思ったから。
だけどやっぱり、お父さんは私の言葉に反応しなかった。私と目線を合わさず、外の景色を虚(うつ)ろな瞳のまま映すだけ…。
それでもめげずに一人話題を振って頑張ってみると、ようやくお父さんの視線が此方に戻る。
初めて目線が合ったことで興奮して話しかけようとした時、その視線から感じ取ったもの。それは決して、親しみのある温かさなどではなかった。
「陛っ「どうやら勘違いしているようだから言ってやる。俺はお前を娘として認めたわけでもなければ愛しもしない。皇女ということで舞い上がっているようだが、イェルナを殺したお前を許すわけがないだろう…?」
冷え切った瞳が私の心臓を貫く。ナターシャから聞いていたお母さんの名前。お父さんはお母さんを深く愛していた。だけど、だからといって私が愛されるのが当然なわけじゃなかった。
気づいてしまった。お父さんが、私を愛してなどいないことを。そして何より、お母さんを殺して生まれた私を、…憎んでいることを。
知ってしまった事実に混乱と悲しみが怒涛(どとう)の勢いで押し寄せる。孤児院で何をされても受け流せるぐらいの心持ちはできたと思っていたけど、これは勝手が違ったようだ。
皇女としての最低限のマナーだけでもと泣きそうなのを我慢して顔をうつむけた私にヘルメス卿が物申す。
「陛下、お言葉が過ぎます」
私の前に立ったヘルメス卿は、まるで私をお父さんから守ってくれているようで、その心強さに目尻が熱くなってしまった。
だけどお父様は一瞥(いちべつ)もせずにさらに底冷えした声でヘルメス卿と対立した。
「失望したなヘルメス、お前がそれの肩を持つのか。イェルナを奪ったその娘に」
「陛下が愛されたイェルナ皇妃の唯一の御子にございます」
「呆れるな。皇女のために皇帝に逆らう騎士とは。ヘルメス、お前の主は誰だ」
「皇帝陛下にございます」
一瞬の淀(よど)みなく答えたヘルメス卿。その姿勢からは、お父さんへの絶対的忠誠が見て伺えた。そんな人が、お父さんの言葉に逆らってでも私との間を取り繕うとしている。
「そうか。だが俺に逆らう騎士など取るに足らない。今この瞬間からお前を皇室騎士団団長から罷免(ひめん)する」
「そんなッ、待ってくださいお父様!」
皇室騎士団団長の座は、例え貴族でもそう安々(やすやす)と座れるものではない。皇帝陛下を守る第一の騎士として、いざとなれば身を挺(てい)してでも守る忠誠心とそれに見合う剣術の絶対的資質が問われるものだ。
もちろんそんな座に若干三十代と言うヘルメス卿のようなまだ年若い方が着いたのだから、並大抵の努力ではないと思う。それをこうもあっさりと、私のせいで…!
「身の程を弁えろ皇女。その言葉をもう一度でも吐くようなものならお前の舌から切り刻んでやる」
『お父様』という言葉に異常なほど反応した陛下は、今すぐにでも私を殺そうと殺気を放った。
その気迫と威圧に、どうすることもできずガタガタと身を縮める。孤児院にいた頃もなかった。本気で殺される、と。そう思ったのは…。
「…っあ、ごめんな、申し訳、ありませんっ。こうてい、へいか。どうぞお許しを…っ」
相応しい言葉遣いも咄嗟(とっさ)に出てこず、必死に許しを請う。
これが本当に私の望んだ【家族】と言うのなら、幼く現実を知らない子どもの夢がいかに残酷なのか思い知らされたものだ。
「…お前の後任はユス・ラグナスにする。皇女はなるべくエメラルド宮から出ないように。俺の言葉を履き違えず息を殺して暮らすことだな」
「は、い…。陛下の寛大なお心に、感謝申し上げます…」
#####
気がつけば、エメラルド宮に戻りいつものようにナターシャに髪を乾かされていた。まるで何事もなかったかのように、昨日や一昨日と何も変わらない。
あれ…? 私、どうして此処に。霧散(むさん)していた意識が明確になると、それまでのことを鮮明に思い出した。
確かお父さんが席を立ち上がってお茶会の場が終わってからエメラルド宮に戻ってきたんだ。今更になって言われた言葉を思い出す。
ポタリっ、ぽたり…っ
「あれ……?」
ふいに涙がこぼれる。必死に両手で拭うけど、拭っても拭っても尽きることはなかった。ゴシゴシと強く擦っていたものだからナターシャが途中で止め
に入る。
「目が傷んでしまいます。どうかっ、私の胸の内で存分に涙を流してくださいませ」
「うぅ゛…、うぁぁあぁあぁぁんッ……ツ」
ナターシャの胸に埋まって、体裁も何も考えず只管に声を出して泣き叫ぶ。たった一人の家族だけは、家族だけは私を愛してくれるのだと信じて疑わなかった。
今までの辛い人生は、必ず報われるんだって信じてた…! だけど現実はそんな夢みたいな幻想は簡単に打ち砕いて私の小さな希望を粉々に壊した。
期待で膨らんだ風船は内側から膨れ続ける気圧に当然その形を維持することなど出来ずあっさりと割れて、残骸だけ頭の上を散っていったのだ。
皇族にだけ使用が許されたその『リナリアの園(その)』には、名称通りかつて皇帝が寵愛(ちょうあい)した皇妃のために植えたというリナリアの花が一面に咲いていた。
鼻を掠(かす)めるかすかな密の匂いがほろ甘い気分に高揚(こうよう)させ、私の緊張は破裂しそうな一歩手前で踏みとどまっている。庭園を歩いてしばらく、白い花で覆われたアーチをが見えた。
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思わず見惚れていると、お父さんの視線が此方へ向いた。私はその視線を向けられたことによる高揚(こうよう)を抑えて慌てて習ったばかりの拙い帝国マナーで挨拶を行う。
「帝国の沈まぬ太陽にご挨拶申し上げます。第二皇女エルネ・フォン・ラグナロクがお目通り致しました」
「……………」
頭を下げ不格好ながらも決まったカーテシーは、身分の上の者が声をかけるまで顔を上げてはならない。そうマナー講座では習ったけど、いつまで経っても声がかかることはなく足が今にも崩れ落ちそうになっていた。
なにか失敗してしまったのではないか、不安になり駄目だと分かっていながらもチラリと顔を上げると返事はなかったものの手で促(うなが)して席に座るよう伝えてくれた。
こういう時のことは全く予測しておらず、後ろに控えるナターシャも冷静を装いつつとにかく陛下のご要望通りにと席に着く。
それと同時に運ばれてくる香ばしい紅茶とデザート。巷(ちまた)で高位貴族であっても簡単には手に入らない、まして平民では手に届かないと噂のグラニッツ商会の新商品がズラリと並び、どれも選びきれない程美味しそうで一つに絞るのは難しかった。
だけど事前にどれだけデザートを並べられても一つしか選んでならないと教えられていたので仕方なくお父さんと同じデザートを選んで見る。チーズケーキと言われる牛乳から作ったものらしく、未知の味に完全に虜(とりこ)にならずにはいられない程の美味しさだった。
ケーキが半分になっても私達の間に言葉は交えない。お父さんは私と目を合わすこともなく、どこか遠くをぼーっと眺めている。それに目の下にできたクマがお父さんの仕事の忙しさを物語っていた。
「あの、…陛下。お仕事の方は無理をしていらっしゃいませんか?」
勇気を振り絞って掛けた言葉も、まるでなかったことのように静寂な中へ消えてしまった。
単純に聞こえていなかったのか、それとも睡眠時間を削ってまで私とこうしてお茶会の場を作ってくれたのではないのか。そんな浮かれた考えが沸き起こり、嬉しくなってつい口が軽くなってしまう。
「私をずっと探してくださっていたと、聞きましたっ。その、だから、ありがとうございます!」
折角の機会に言いたかったことをそのまま全て言ってしまう。きっと今じゃなきゃ言えないことがあると、これから二人で話すには今まで離れていた分の時間少しの距離でも縮めたいと、そう思ったから。
だけどやっぱり、お父さんは私の言葉に反応しなかった。私と目線を合わさず、外の景色を虚(うつ)ろな瞳のまま映すだけ…。
それでもめげずに一人話題を振って頑張ってみると、ようやくお父さんの視線が此方に戻る。
初めて目線が合ったことで興奮して話しかけようとした時、その視線から感じ取ったもの。それは決して、親しみのある温かさなどではなかった。
「陛っ「どうやら勘違いしているようだから言ってやる。俺はお前を娘として認めたわけでもなければ愛しもしない。皇女ということで舞い上がっているようだが、イェルナを殺したお前を許すわけがないだろう…?」
冷え切った瞳が私の心臓を貫く。ナターシャから聞いていたお母さんの名前。お父さんはお母さんを深く愛していた。だけど、だからといって私が愛されるのが当然なわけじゃなかった。
気づいてしまった。お父さんが、私を愛してなどいないことを。そして何より、お母さんを殺して生まれた私を、…憎んでいることを。
知ってしまった事実に混乱と悲しみが怒涛(どとう)の勢いで押し寄せる。孤児院で何をされても受け流せるぐらいの心持ちはできたと思っていたけど、これは勝手が違ったようだ。
皇女としての最低限のマナーだけでもと泣きそうなのを我慢して顔をうつむけた私にヘルメス卿が物申す。
「陛下、お言葉が過ぎます」
私の前に立ったヘルメス卿は、まるで私をお父さんから守ってくれているようで、その心強さに目尻が熱くなってしまった。
だけどお父様は一瞥(いちべつ)もせずにさらに底冷えした声でヘルメス卿と対立した。
「失望したなヘルメス、お前がそれの肩を持つのか。イェルナを奪ったその娘に」
「陛下が愛されたイェルナ皇妃の唯一の御子にございます」
「呆れるな。皇女のために皇帝に逆らう騎士とは。ヘルメス、お前の主は誰だ」
「皇帝陛下にございます」
一瞬の淀(よど)みなく答えたヘルメス卿。その姿勢からは、お父さんへの絶対的忠誠が見て伺えた。そんな人が、お父さんの言葉に逆らってでも私との間を取り繕うとしている。
「そうか。だが俺に逆らう騎士など取るに足らない。今この瞬間からお前を皇室騎士団団長から罷免(ひめん)する」
「そんなッ、待ってくださいお父様!」
皇室騎士団団長の座は、例え貴族でもそう安々(やすやす)と座れるものではない。皇帝陛下を守る第一の騎士として、いざとなれば身を挺(てい)してでも守る忠誠心とそれに見合う剣術の絶対的資質が問われるものだ。
もちろんそんな座に若干三十代と言うヘルメス卿のようなまだ年若い方が着いたのだから、並大抵の努力ではないと思う。それをこうもあっさりと、私のせいで…!
「身の程を弁えろ皇女。その言葉をもう一度でも吐くようなものならお前の舌から切り刻んでやる」
『お父様』という言葉に異常なほど反応した陛下は、今すぐにでも私を殺そうと殺気を放った。
その気迫と威圧に、どうすることもできずガタガタと身を縮める。孤児院にいた頃もなかった。本気で殺される、と。そう思ったのは…。
「…っあ、ごめんな、申し訳、ありませんっ。こうてい、へいか。どうぞお許しを…っ」
相応しい言葉遣いも咄嗟(とっさ)に出てこず、必死に許しを請う。
これが本当に私の望んだ【家族】と言うのなら、幼く現実を知らない子どもの夢がいかに残酷なのか思い知らされたものだ。
「…お前の後任はユス・ラグナスにする。皇女はなるべくエメラルド宮から出ないように。俺の言葉を履き違えず息を殺して暮らすことだな」
「は、い…。陛下の寛大なお心に、感謝申し上げます…」
#####
気がつけば、エメラルド宮に戻りいつものようにナターシャに髪を乾かされていた。まるで何事もなかったかのように、昨日や一昨日と何も変わらない。
あれ…? 私、どうして此処に。霧散(むさん)していた意識が明確になると、それまでのことを鮮明に思い出した。
確かお父さんが席を立ち上がってお茶会の場が終わってからエメラルド宮に戻ってきたんだ。今更になって言われた言葉を思い出す。
ポタリっ、ぽたり…っ
「あれ……?」
ふいに涙がこぼれる。必死に両手で拭うけど、拭っても拭っても尽きることはなかった。ゴシゴシと強く擦っていたものだからナターシャが途中で止め
に入る。
「目が傷んでしまいます。どうかっ、私の胸の内で存分に涙を流してくださいませ」
「うぅ゛…、うぁぁあぁあぁぁんッ……ツ」
ナターシャの胸に埋まって、体裁も何も考えず只管に声を出して泣き叫ぶ。たった一人の家族だけは、家族だけは私を愛してくれるのだと信じて疑わなかった。
今までの辛い人生は、必ず報われるんだって信じてた…! だけど現実はそんな夢みたいな幻想は簡単に打ち砕いて私の小さな希望を粉々に壊した。
期待で膨らんだ風船は内側から膨れ続ける気圧に当然その形を維持することなど出来ずあっさりと割れて、残骸だけ頭の上を散っていったのだ。
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