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思惑(しわく)は交わる

不幸体質の才能【悪役令嬢視点】

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 この世界に転生して記憶を取り戻した時期から、貨幣(かへい)の価値に関しては最初に教育を受けた。

 一般兵士の生涯年収が金貨三千枚程度。
 農民はもっと低く金貨五百枚。

 金貨一枚が前世で例えて十万円。銀貨一枚が千円。銅貨一枚が百円。『セル』と呼ばれる貨幣一枚が一円。

 それがに使用される金銭の限度。だけど貴族や商人の家系はもっと大きな貨幣の価値を学ぶ。

 国家的な取引でしか用いることのない【白銅貨(はくどうか)】、【白銀貨(はくぎんか)】、【白金貨(はっきんか)】。

 白銅貨一枚の価値がおよそ一千万。白銀貨一枚が十億。白金貨一枚が、…百億。

 さらにこれの上を行くとなとそれはもう帝国でも数枚しか所有しておらず、そもそも使用を目的としていない【白虹貨(はくこうか)】しかない。

 その価値はもはや数字にして表すことがでできず、国家の威信を誇るために大陸で数えるほどしか製造されていない。

 その製造方法も太古(たいこ)に失われたために再現も不可能という、完全な独立性を保っているのだ。

 だから実質的に言えば【白金貨】こそがこの世界の最大通貨であり、それを十枚で競り落とす相手に競売で勝てるわけもなかった。

 【物語(ストーリー)】では下級貴族が記念として買っただけとあったはずだ。だからこそ、白金貨十枚なんて用意する必要がないとタカを括(くく)っていた。

 それにそんな大金を出すほどの価値があると相手が分かっているのなら、手に入れることはほぼ不可能だ。

 会場が喧騒(けんそう)に包まれる中、放心していた司会が慌てて次の目玉商品を出品したが誰も記憶には残らなかっただろう。

 オークション史上最高額となるであろう白金貨十枚。普通オークションが終われば後日受け取りに来る貴族が大半だというが、あれほどの金額を賭けたのだ。終わり次第すぐ換金(かんきん)するだろう。

 チャンスは受け取ったその直後。それを逃せばもう後はない。

 先程騒ぎの中でちらりと見えた限りでは私より少し大きい少年の背丈(せたけ)をしていた。

 それでいてあの金額を出せるのなら、最低でも公爵家以上。最悪皇族の身分であろう。一応仮面とローブで素性(すじょう)は隠してあるし…、大丈夫だよね。

 【白銘(びゃくめい)】を連れて、換金場所のすぐ前の通路の柱の裏に隠れて待つ。しばらくもしない間に別の通路から入って指輪を換金した少年と二名の護衛が出てきた。

 だけどある一定数歩いた後に、ピタリと歩行(ほこう)を止める。そしてクルリと振り返って、私達の隠れる柱に視線を向けた。

 「お前達、出てこい。あと五秒経つ内に姿を現さないのなら他人の戦利品を盗む泥棒として帝国法に則(のっと)り即刻処刑する」

 いやいや怖すぎるって…。何か殺気立ってるし、こんな状況で簡単に出られるわけ無いじゃん! でも今ここで出ないと普通に殺しに来そうだし…。

 うぅう…、と泣きべそを掻(か)きながら意を決して身を乗り出す決意をする。念のため【白銘】達は柱で待機してもらって、いざとなったらすぐ担(かつ)いで逃げるようにってね。

 「お嬢様、くれぐれもお気をつけください。彼の傍に立つ護衛はかなりの実力者です。さらに彼自身も、相当の実力を有しています」

 【白銘】に注意付けされつつ、私は柱の後ろからソロリと姿を現した。自分で言うのも何だがこんな幼い少女が一人で出てきたというのに殺気はさっきよりも強まっているのだから救えない。君には人の心はないの⁉!

 うぇえん…、と心の中でいじけながらとにかく目的達成のために相手に気取られない顔を作る。

 「目的を言え。暗殺(あんさつ)か、強奪(ごうだつ)か。いや、おそらく両方か」
 「違います違います! 暗殺なんてしませんし強奪っていうか…」

 もう言ってることが完全な裏社会のそれじゃん! しかも何か好戦的な笑顔だし、ホントなんなのこの子!

 もうやだよぉ…。たぶんこの人どっちであっても構わないって思ってるもん。理由なんかどうでも良くて自分を狙ったことに対して処罰するか、って感じなんでしょ⁉!

 「あの、…貴方が先程競り上げた指輪、実は祖父の形見なんです! だから、あの…。お金ならできる限りご用意します。私に出来ることなら何でもしますので、どうか譲って頂けませんか?!」

 我ながら何という愚かさであろうか…。白金貨十枚に親の形見なんて塵(ちり)みたいなものだろう。

 だけどこれ以外の方法が浮かばないし何ならもう指輪とかどうこう置いといといて一刻も早く逃げ帰りたいとさえ思っている。

 だって仕方ないじゃん! 相手はこんな小さなか弱い女の子本気で殺そうとか思ってるイカれ野郎だよ?!
 
 そんな奴相手に本気で交渉しようなんて馬鹿馬鹿しいとしか思わないし、たぶん隠れてるのバレた時点であぁもう無理だろうなぁって薄々(うすうす)感じてたしね。うん。

 一人そうやって納得していると彼の方から距離を詰めてきた。遠目から見たら子どもに見えたけど、私の身長も相まって更に大きく見える。

 何も言わずにいきなり近づいてくるものだから今まで散々頭の中で駆け巡っていた思考が全てシャットダウンして体が硬直(こうちょく)しながら身構える。

 私との距離が人一人(ひとひとり)分になったとき、彼の手が私に伸ばされた。殺される!っと 身を竦(すく)めるとふわりと仮面を奪われた。

 それまで阻まれていた視界が一気に広がり、光が目に入る。そして予想以上に彼の顔立ちが整っていたことに気づく。

 「このような所で夜遊びは感心しませんね、エディス嬢」
 「……っへ?」

 彼の態度は打って変わって、からかうような気迫(きはく)さえ感じる。無表情だった顔は微笑んで、仮面の奥底の藍色(あいいろ)の瞳には愉快だとでも言わんばかりの愉悦(ゆえつ)が浸(ひた)っていた。

 フードの隙から見えた銀色の髪の毛。…まさかとは思うけど、考えたくはないけど、。皇族より会いたくない人物。

 私がストーカー行為を繰り返していた被害者、小公子(しょうこうし)ミシェル・ラド・ウィリアムズ。

 今世紀最大に会いたくない人物が、一番会ってはならない場所で遭遇(そうぐう)するなんて…。どうやら私の不幸体質は群(ぐん)を抜(ぬ)いているらしい。ア、アハハh…、こんちくしょう!

 
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