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思惑(しわく)は交わる
商談の席で【悪役令嬢視点】
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豪華な食卓。贅沢(ぜいたく)な限りを尽くしたドレスルーム。一生掛かっても使いきれないであろう宝石類が仕舞われたドレッサーから少し離れたベッドで、エディスは寝転んでいた。
「う~ん…、暇だ」
そう、暇なのである。日本という小さな国で熾烈(しれつ)な競争社会を生き抜いてきた新名(にいな) 蘭(らん)にとって自堕落(じだらく)を許されるこの空間がもはや苦痛とまで感じ取っていた。
もちろん最初は社畜時代ではありえなかった休暇というものに感動さえ覚えていたが、それが一週間と続けば身体が疼(うず)いて仕方がない。
アイナは私をじっと見つめてはニコニコしてるし、うん、やりにくい。いや、可愛いには可愛いんだけど、ね? 人から注目されるのって前世も含めて苦手だったんだよ。そ、仕方ない。
というわけで遂に限界を迎えた私は寝転んでいたベッドを勢いよく跳ねのけ起き上がる。骨の髄まで社畜だったことが証明されたことで、私は紙とペンを握る。
確か『アル真』では主人公コレットが平民層に向けた商品を開発して支持を集めた。平民層をターゲットとする店は少なく、新たな着眼点(ちゃくがんてん)として目を向けたコレットの商才は高く評価された。
この小説の世界観では中世のヨーロッパのように貴族や平民と言った身分差が厳格で、貴族が商売をすることすら卑しいと思われている。
大々的に商売を打つとしても皇室の専属か、貴族をターゲット層にした紹介式の専門店しかない。つまり平民がそこに介入することなど不可能なのである。
前世で言うと貴族の運営する紹介が名の知れたブランドのようなものだ。いくらそこに憧れて職に就きたくも平民という身分故に門前払(もんぜんばら)いが当たり前になる。
商人を管理する商会ギルドも貴族の援助によってその大半を運営している。平民が運営する商会はほぼ全てが貴族の店の下請けと言っても過言ではないだろう。
多少理不尽な扱いをされようと、商会ギルドを抱え込まれては為(な)す術がない。この長年の不均衡(ふきんこう)の関係を改善したのが本作の主人公なだけあって、原作ファンの私としては全ての展開が頭に入っている。まさに究極の後出しジャンケンだ。
鼻歌を刻みながらペンをすらすらと走らせていく。平民を中心として商売を行う以上、商品は安く生成が可能なものがよい。そして毎月定期購入が安定するもの…。
商会の構想自体(こうそうじたい)はまとまったが肝心(かんじん)なメイン商品が中々思い付かず頭を悩ませていたところ、お茶を注ぐアイナの手に目をやった。
「アイナ、その手…」
「ぁ、っ申し訳ございません。このような醜いものをお見せに」
皮がむけてボロボロになった手を急いで隠すアイナに、私はバッとその手を掴んだ。そう、これだ。
「分かった。皆が毎日使って、必要なもの!」
「お嬢様…?」
何のことかと困惑した顔で見つめるアイナに、私はぎゅっと手を握って約束する。
「アイナ。待ってて、絶対私がその手を治してみせるから」
「…ありかとうございます、お嬢様っ。そんなにも私を気にかけてくださるお言葉を…っ」
感無量(かんむりょう)といった様子のアイナだが、まるで私の言ったことを本当だとは思っていないみたいだ。
「もう、嘘じゃないわ。絶対よ。見てて。あと一年もすれば、私は大金持ちになってるの」
「お嬢様は今も充分お金持ちですよ」
何を当然のことをと言うアイナに、私はキッパリと首を横に振るう。
「違うわ。私が稼いだ正真正銘私のお金のことよ」
「まぁ。そうですね。お嬢様がいつか大金持ちになったらまだ私を傍にいさせてもらえますか?」
ちょっとした悪戯で聞かれたけど、その答えはもちろんYesだ。
「私の傍にアイナがいてくれなきゃ、他の人なんて嫌よ。もう私のメイドなんだから、絶対に離してあげないわ」
「っ、お嬢様にこんなにも想われる私はなんて果報者(かほうもの)なんでしょうか」
「嫌って言っても離してあげないんだからね!」
こうして予期せぬ形でアイナからヒントをもらい、早速ハンドクリームの製作に取りかかった。多少知識はあるとはいえ、異世界の材料など全く異なるものも多く苦戦したがここで活躍するのが私の原作知識である。
とある商会の、下請け商会のさらに下働きの子ども。幼少期に過酷な労働環境にいたこの資本主義社会の象徴とも言える彼が、皇女専属の薬師(やくし)になるなど誰も想像しなかった。
薬に関して異常なほど知識と想像力に溢れた、いずれ皇室(こうしつ)栄誉(えいよ)叙爵(じょしゃく)を受ける彼の名を、ルイズと言う。
そして今、私の目の前にいる彼こそ十年後には人々の喝采を我が物にするまさにダイヤの原石(げんせき)だ。
彼の存在に気づいてすぐに彼を不当に雇っていた商会から引き抜き我が家に迎え入れた。もちろん私が正式な雇用者として。
「初めまして。今日から貴方の新しい雇用者になるエディス・テナ・グラニッツよ」
「は、はいっ。ルイズ、っと申します。平民なので性は持っていませんが、お嬢様のご期待に添えるよう誠心誠意努力いたします!」
私より確実に年上だけどまだ子どもっぽさが残っていてその一生懸命さに思わず頬が緩んでしまう。原作だと二十歳前後でだいぶ社会の闇に揉(も)まれた後だったからこんな初々(ういうい)しいルイズを物珍しく思ってしまう。
というか、原作でルイズが開発した薬で伝染病を解決して主人公の支持ができたんだけど、まぁ他にも色々と主人公補正は付くから大丈夫だろう。うん!
半ば無理やり自分を納得させ、ルイズにハンドクリームの大まかな構造を説明する。
流石薬の名士(めいし)。最初の緊張もどこへやら、真剣なおもむきでメモ用紙にギッシリと書き留めていった。私はほとんど専門外だからこういう職種の人材は大助かりである。
ある程度構想が固まったのか急いで試作したいとい言う若干興奮気味のルイズを部屋に帰(かえ)し、私は商会の実現に向けて本格的に動き始めることにした。
######
さて、計画通りルイズを引き抜いたことだしいよいよ本格的な事業の始まりである。と言ってもまだ骨組みができただけで形すら整っていないけど…。
だけどまぁ、異世界転生モノで大半が知識無双する理由は理解できた。原作オタクの私にとって、人知れず活動する影の人間であろうと接触(せっしょく)するのは容易い。そしてそれが私のアドバンテージに他ならない。
故に、私は今この商談の席に座って相手と同様、互いに目を合わせていた。
事業を始める上で、必須となるものは主に3つある。1つは資本金。これは私の身分が保証してくれるから早々にクリア。2つは商品。アイデアなら腐らせるほどあるし、実現もルイズがいれば不可能などないからクリア。
最後の3つは商売において最も欠かせないものとされている、【人脈】である。例え充分な資本金があっても、どれ程優れた商品を売ろうとも、人脈の一つで全て無に返すことがある。それを私は前世で痛いほどよく学んだ。
帝国有数の公爵令嬢の私でも、この年齢と幼さではろくな人脈があろうはずもない。そもそも数日前までは悪名だらけで人々に怪訝されていた欠陥公女なのだから、あったとしても真面(まとも)なものじゃない。
そんな私がこれをクリアする方法はただ1つ。持っている武器を余すことなく使いきればいい。原作の知識で数年後どの商会が覇権(はけん)を握るのか、私には全て見えている。
その上で基盤もしっかりしていて、義理堅(ぎりがた)い、敵に回すと手痛(ていた)いが味方になるほど心強いものはない商会。その商会長ジーニアス・ヘイブンが、交渉相手として席に着いている。
「此度はお招き頂き感謝申し上げます。ヘイブン商会会長を勤めております、ジーニアス・ヘイブンと申します」
流石礼儀正しくありながらも決して相手に見くびらせない挨拶に思わず見魅(みい)ってしまう。
「初めまして。グラニッツ公爵家嫡女、エディス・テナ・グラニッツです」
ジーニアスに合わせて愛想(あいそ)笑(わら)いを浮かべるけど、実際本人は困惑していることだろう。当然今日公爵家に呼びれたのは公爵と事業に関しての話があると思ったからだ。
そうでなくとも公爵の代理人が来るかと思っていた。しかし蓋(ふた)を開けてみれば私一人。他にそれらしき人物はいない。
商売は時間が命。その理念で行動するジーニアスとしては商売人を蔑(ないがし)ろにされた気で内心憤慨(ふんがい)しているかもしれない。
だけど私も決して彼の時間を無駄にするために呼んだのではない。彼の気が持つ内に本題に入る。
予(あらかじ)め用意しておいた資料を渡し、彼はそれを手に取った。パラパラと目を通し、じっと商人らしく最大の利益を考えている。
「商会長の意見として、その資料はどうでしたか?」
彼が資料を読み終えたとき、私は口を開いた。彼はまだ資料を手に持ったまま、真剣な表情から顧客用(こきゃくよう)の接待用へと瞬時に切り替える。
「素晴らしいですね。もしこれが実現するのなら、是非私の商会も加えていただきたいです。失礼ですが、この資料は誰が?」
「私です。私が企画も採算(さいさん)も取りました。前々から事業に興味があって、今回良い人材を見つけることができたので貴方をお呼びしたのです」
「お嬢様が、ですか…。なるほど、素晴らしいですね」
まだ十歳前後の子どもが何を言っているのかと本来なら誰もが思うことも、彼は真剣に称賛している。相手を一人の同じ立場の人間として扱っているのだと分かって、やはり彼で正解だったと確信する。
「メイン商品を、【ハンドクリーム】と言います。遅くとも三ヶ月後には実現可能でしょう。なので、その三ヶ月の間に私の商会の設立、宣伝、販売ルートなど全てを準備し終えたいんです。そのご協力を、貴方に願いたくお呼びしました」
「商会の設立なら、公爵閣下が皇都の最良物件を貸してくれるでしょう。宣伝は、平民向けと言うこともあって試作品を先に広めるのはどうでしょうか? 店名や商品名は伏せて、後に大々的に公表しては印象は大きいと思います。あと商品を販売するとして、パッケージなどあまり費用のかからずシンプルにして商会のロゴなどを入れれば良いと思います」
「なるほど。確かにそうですね。販売ルートはヘイブン商会を仲介に頼んでもよろしいですか?」
ジーニアスから貰うアドバイスは全てメモして、書き連(つら)ねる。どれも充分に益足りうる情報だ。販売するなら手を広げるつもりだし、平民層にも根強いヘイブン商会が間を取り持ってくれると助かる。
「もちろんです。その場合、利益配分を決めておかねばなりませんね」
利益配分(りえきはいぶん)。あまり高値で吹っ掛ける気はないけど、最初から及(およ)び腰(ごし)では対等に扱ってもらえないだろうし…。
「物流原価も考慮すると、8対2です」
よくよく考えた上で相場より少し高く持った割合を出す。此処からは本当の交渉だ。
「6対4が妥当では?」
「いえ、此方も優秀な研究員の給料を弾まなければならないので、8対2です」
案の定相場の割合を提示したジーニアスに、私は内心満足ながらも一度断る。一度ですんなり受け入れては条件が付加できない。
「分かりました。7対3でどうでしょう。此方もこれ以上はお譲り致しかねます」
「…仕方ありませんね。ではそれに加え、ヘイブン商会から経験豊富な従業員を何名かお貸しください。平民向けの店にするのですが、私のところにはそれに相応しい人材がいないので」
元々此方が本命と言っても過言(かごん)じゃない。私の意図にジーニアスは気づいたのは少し苦笑して満足そうな顔をした。どうやら取引相手としてはお眼鏡(めがね)にかかったようだ。
「承知しました。紙とペンを貰えますか? 契約書を作成しましょう」
早速アイナに用意来てもらってお互いの要望(ようぼう)を納得の行く処で落として契約書を完成させる。
「今日は良い商談でした。今後ともお付き合いのほどをよろしくお願いします」
「此方こそ、またお世話になります」
ジーニアスを見送った後、私はまた商会を作るための必要な書類を作る。これでなんとか骨組みぐらいは作れた。あとは、経過観察してその日まで待つしかない。
カチャ……
「ありがとう、アイナ」
疲労に良いレモネードを注いでくれたアイナにお礼を言ってゆっくりと口に含めば、毎日の忙しさの中にある充実感に満たされた気がした。
「う~ん…、暇だ」
そう、暇なのである。日本という小さな国で熾烈(しれつ)な競争社会を生き抜いてきた新名(にいな) 蘭(らん)にとって自堕落(じだらく)を許されるこの空間がもはや苦痛とまで感じ取っていた。
もちろん最初は社畜時代ではありえなかった休暇というものに感動さえ覚えていたが、それが一週間と続けば身体が疼(うず)いて仕方がない。
アイナは私をじっと見つめてはニコニコしてるし、うん、やりにくい。いや、可愛いには可愛いんだけど、ね? 人から注目されるのって前世も含めて苦手だったんだよ。そ、仕方ない。
というわけで遂に限界を迎えた私は寝転んでいたベッドを勢いよく跳ねのけ起き上がる。骨の髄まで社畜だったことが証明されたことで、私は紙とペンを握る。
確か『アル真』では主人公コレットが平民層に向けた商品を開発して支持を集めた。平民層をターゲットとする店は少なく、新たな着眼点(ちゃくがんてん)として目を向けたコレットの商才は高く評価された。
この小説の世界観では中世のヨーロッパのように貴族や平民と言った身分差が厳格で、貴族が商売をすることすら卑しいと思われている。
大々的に商売を打つとしても皇室の専属か、貴族をターゲット層にした紹介式の専門店しかない。つまり平民がそこに介入することなど不可能なのである。
前世で言うと貴族の運営する紹介が名の知れたブランドのようなものだ。いくらそこに憧れて職に就きたくも平民という身分故に門前払(もんぜんばら)いが当たり前になる。
商人を管理する商会ギルドも貴族の援助によってその大半を運営している。平民が運営する商会はほぼ全てが貴族の店の下請けと言っても過言ではないだろう。
多少理不尽な扱いをされようと、商会ギルドを抱え込まれては為(な)す術がない。この長年の不均衡(ふきんこう)の関係を改善したのが本作の主人公なだけあって、原作ファンの私としては全ての展開が頭に入っている。まさに究極の後出しジャンケンだ。
鼻歌を刻みながらペンをすらすらと走らせていく。平民を中心として商売を行う以上、商品は安く生成が可能なものがよい。そして毎月定期購入が安定するもの…。
商会の構想自体(こうそうじたい)はまとまったが肝心(かんじん)なメイン商品が中々思い付かず頭を悩ませていたところ、お茶を注ぐアイナの手に目をやった。
「アイナ、その手…」
「ぁ、っ申し訳ございません。このような醜いものをお見せに」
皮がむけてボロボロになった手を急いで隠すアイナに、私はバッとその手を掴んだ。そう、これだ。
「分かった。皆が毎日使って、必要なもの!」
「お嬢様…?」
何のことかと困惑した顔で見つめるアイナに、私はぎゅっと手を握って約束する。
「アイナ。待ってて、絶対私がその手を治してみせるから」
「…ありかとうございます、お嬢様っ。そんなにも私を気にかけてくださるお言葉を…っ」
感無量(かんむりょう)といった様子のアイナだが、まるで私の言ったことを本当だとは思っていないみたいだ。
「もう、嘘じゃないわ。絶対よ。見てて。あと一年もすれば、私は大金持ちになってるの」
「お嬢様は今も充分お金持ちですよ」
何を当然のことをと言うアイナに、私はキッパリと首を横に振るう。
「違うわ。私が稼いだ正真正銘私のお金のことよ」
「まぁ。そうですね。お嬢様がいつか大金持ちになったらまだ私を傍にいさせてもらえますか?」
ちょっとした悪戯で聞かれたけど、その答えはもちろんYesだ。
「私の傍にアイナがいてくれなきゃ、他の人なんて嫌よ。もう私のメイドなんだから、絶対に離してあげないわ」
「っ、お嬢様にこんなにも想われる私はなんて果報者(かほうもの)なんでしょうか」
「嫌って言っても離してあげないんだからね!」
こうして予期せぬ形でアイナからヒントをもらい、早速ハンドクリームの製作に取りかかった。多少知識はあるとはいえ、異世界の材料など全く異なるものも多く苦戦したがここで活躍するのが私の原作知識である。
とある商会の、下請け商会のさらに下働きの子ども。幼少期に過酷な労働環境にいたこの資本主義社会の象徴とも言える彼が、皇女専属の薬師(やくし)になるなど誰も想像しなかった。
薬に関して異常なほど知識と想像力に溢れた、いずれ皇室(こうしつ)栄誉(えいよ)叙爵(じょしゃく)を受ける彼の名を、ルイズと言う。
そして今、私の目の前にいる彼こそ十年後には人々の喝采を我が物にするまさにダイヤの原石(げんせき)だ。
彼の存在に気づいてすぐに彼を不当に雇っていた商会から引き抜き我が家に迎え入れた。もちろん私が正式な雇用者として。
「初めまして。今日から貴方の新しい雇用者になるエディス・テナ・グラニッツよ」
「は、はいっ。ルイズ、っと申します。平民なので性は持っていませんが、お嬢様のご期待に添えるよう誠心誠意努力いたします!」
私より確実に年上だけどまだ子どもっぽさが残っていてその一生懸命さに思わず頬が緩んでしまう。原作だと二十歳前後でだいぶ社会の闇に揉(も)まれた後だったからこんな初々(ういうい)しいルイズを物珍しく思ってしまう。
というか、原作でルイズが開発した薬で伝染病を解決して主人公の支持ができたんだけど、まぁ他にも色々と主人公補正は付くから大丈夫だろう。うん!
半ば無理やり自分を納得させ、ルイズにハンドクリームの大まかな構造を説明する。
流石薬の名士(めいし)。最初の緊張もどこへやら、真剣なおもむきでメモ用紙にギッシリと書き留めていった。私はほとんど専門外だからこういう職種の人材は大助かりである。
ある程度構想が固まったのか急いで試作したいとい言う若干興奮気味のルイズを部屋に帰(かえ)し、私は商会の実現に向けて本格的に動き始めることにした。
######
さて、計画通りルイズを引き抜いたことだしいよいよ本格的な事業の始まりである。と言ってもまだ骨組みができただけで形すら整っていないけど…。
だけどまぁ、異世界転生モノで大半が知識無双する理由は理解できた。原作オタクの私にとって、人知れず活動する影の人間であろうと接触(せっしょく)するのは容易い。そしてそれが私のアドバンテージに他ならない。
故に、私は今この商談の席に座って相手と同様、互いに目を合わせていた。
事業を始める上で、必須となるものは主に3つある。1つは資本金。これは私の身分が保証してくれるから早々にクリア。2つは商品。アイデアなら腐らせるほどあるし、実現もルイズがいれば不可能などないからクリア。
最後の3つは商売において最も欠かせないものとされている、【人脈】である。例え充分な資本金があっても、どれ程優れた商品を売ろうとも、人脈の一つで全て無に返すことがある。それを私は前世で痛いほどよく学んだ。
帝国有数の公爵令嬢の私でも、この年齢と幼さではろくな人脈があろうはずもない。そもそも数日前までは悪名だらけで人々に怪訝されていた欠陥公女なのだから、あったとしても真面(まとも)なものじゃない。
そんな私がこれをクリアする方法はただ1つ。持っている武器を余すことなく使いきればいい。原作の知識で数年後どの商会が覇権(はけん)を握るのか、私には全て見えている。
その上で基盤もしっかりしていて、義理堅(ぎりがた)い、敵に回すと手痛(ていた)いが味方になるほど心強いものはない商会。その商会長ジーニアス・ヘイブンが、交渉相手として席に着いている。
「此度はお招き頂き感謝申し上げます。ヘイブン商会会長を勤めております、ジーニアス・ヘイブンと申します」
流石礼儀正しくありながらも決して相手に見くびらせない挨拶に思わず見魅(みい)ってしまう。
「初めまして。グラニッツ公爵家嫡女、エディス・テナ・グラニッツです」
ジーニアスに合わせて愛想(あいそ)笑(わら)いを浮かべるけど、実際本人は困惑していることだろう。当然今日公爵家に呼びれたのは公爵と事業に関しての話があると思ったからだ。
そうでなくとも公爵の代理人が来るかと思っていた。しかし蓋(ふた)を開けてみれば私一人。他にそれらしき人物はいない。
商売は時間が命。その理念で行動するジーニアスとしては商売人を蔑(ないがし)ろにされた気で内心憤慨(ふんがい)しているかもしれない。
だけど私も決して彼の時間を無駄にするために呼んだのではない。彼の気が持つ内に本題に入る。
予(あらかじ)め用意しておいた資料を渡し、彼はそれを手に取った。パラパラと目を通し、じっと商人らしく最大の利益を考えている。
「商会長の意見として、その資料はどうでしたか?」
彼が資料を読み終えたとき、私は口を開いた。彼はまだ資料を手に持ったまま、真剣な表情から顧客用(こきゃくよう)の接待用へと瞬時に切り替える。
「素晴らしいですね。もしこれが実現するのなら、是非私の商会も加えていただきたいです。失礼ですが、この資料は誰が?」
「私です。私が企画も採算(さいさん)も取りました。前々から事業に興味があって、今回良い人材を見つけることができたので貴方をお呼びしたのです」
「お嬢様が、ですか…。なるほど、素晴らしいですね」
まだ十歳前後の子どもが何を言っているのかと本来なら誰もが思うことも、彼は真剣に称賛している。相手を一人の同じ立場の人間として扱っているのだと分かって、やはり彼で正解だったと確信する。
「メイン商品を、【ハンドクリーム】と言います。遅くとも三ヶ月後には実現可能でしょう。なので、その三ヶ月の間に私の商会の設立、宣伝、販売ルートなど全てを準備し終えたいんです。そのご協力を、貴方に願いたくお呼びしました」
「商会の設立なら、公爵閣下が皇都の最良物件を貸してくれるでしょう。宣伝は、平民向けと言うこともあって試作品を先に広めるのはどうでしょうか? 店名や商品名は伏せて、後に大々的に公表しては印象は大きいと思います。あと商品を販売するとして、パッケージなどあまり費用のかからずシンプルにして商会のロゴなどを入れれば良いと思います」
「なるほど。確かにそうですね。販売ルートはヘイブン商会を仲介に頼んでもよろしいですか?」
ジーニアスから貰うアドバイスは全てメモして、書き連(つら)ねる。どれも充分に益足りうる情報だ。販売するなら手を広げるつもりだし、平民層にも根強いヘイブン商会が間を取り持ってくれると助かる。
「もちろんです。その場合、利益配分を決めておかねばなりませんね」
利益配分(りえきはいぶん)。あまり高値で吹っ掛ける気はないけど、最初から及(およ)び腰(ごし)では対等に扱ってもらえないだろうし…。
「物流原価も考慮すると、8対2です」
よくよく考えた上で相場より少し高く持った割合を出す。此処からは本当の交渉だ。
「6対4が妥当では?」
「いえ、此方も優秀な研究員の給料を弾まなければならないので、8対2です」
案の定相場の割合を提示したジーニアスに、私は内心満足ながらも一度断る。一度ですんなり受け入れては条件が付加できない。
「分かりました。7対3でどうでしょう。此方もこれ以上はお譲り致しかねます」
「…仕方ありませんね。ではそれに加え、ヘイブン商会から経験豊富な従業員を何名かお貸しください。平民向けの店にするのですが、私のところにはそれに相応しい人材がいないので」
元々此方が本命と言っても過言(かごん)じゃない。私の意図にジーニアスは気づいたのは少し苦笑して満足そうな顔をした。どうやら取引相手としてはお眼鏡(めがね)にかかったようだ。
「承知しました。紙とペンを貰えますか? 契約書を作成しましょう」
早速アイナに用意来てもらってお互いの要望(ようぼう)を納得の行く処で落として契約書を完成させる。
「今日は良い商談でした。今後ともお付き合いのほどをよろしくお願いします」
「此方こそ、またお世話になります」
ジーニアスを見送った後、私はまた商会を作るための必要な書類を作る。これでなんとか骨組みぐらいは作れた。あとは、経過観察してその日まで待つしかない。
カチャ……
「ありがとう、アイナ」
疲労に良いレモネードを注いでくれたアイナにお礼を言ってゆっくりと口に含めば、毎日の忙しさの中にある充実感に満たされた気がした。
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