裏ルート攻略後、悪役聖女は絶望したようです。

濃姫

文字の大きさ
上 下
37 / 117
【原作】始動

救われ溺れて

しおりを挟む
 日が昇り、朝が訪れる。目を覚まして一番最初に目に入ったのは私ともう一つの小さな手。それほど強く握っていた訳じゃないのに、寝ている間に離れなかったのが不思議に思いつつノースもうとうとと目を開き始めた。

 「おはよう。ノース」

 「…ん、おはよぉございます。せーじょさま」

 まだ若干眠気が残っているのかノースはごしごしと目を擦(こす)った。私はそんな彼の手を止める。

 「目を擦っちゃダメ。傷つくかもしれないでしょ?」

 「はい」

 バッと擦っていた手を隠したノースに褒めるように撫でれば嬉しそうに笑う。

 「もう起きれそう?」

 「起きますっ」

 ノースは手は繋いだまま上半身を起こし、私もそれに合わせて起き上がった。そのままベッドを下りて用意してある聖水で顔を洗う。流石にこのときばかりは手を離したけど背が届かないノースに代わって一緒に洗ってあげた。

 待機している神官達を呼んで服を着替え、ノースにも新着の服をあつらえる。それから私とは別に豪華な食事を用意させノースはそれを美味しそうに頬張っていた。

 「…せいじょ様はなにも食べられないのですか?


 「お腹があまり空いてないの。あとで食べるわ。さ、沢山食べて」

 「そーなんですね。はい、たくさん食べます」

 本当は今にもお腹の音が鳴りかかっていたけどいつもの如くそれを押し殺している。この数日ラクロスの訪問はなく、幸か不幸かその分食料の補給線も切れている。

 どうせラクロスに奪われた血で収支(しゅうし)はマイナスなのだが空腹感はそれだけで思考を低下させるため中々に困窮(こんきゅう)しているのだ。

 ノースがデザートに取り掛かる前に一度席を外し、祈りの儀を行う。いつもより口上(こうじょう)を速くしたことについては若干閣下から鋭いめを向けられてたけど行き際のノースのしょぼんとした姿を見ては仕方がない。

 さっさと祈りの儀を済ませて急ぎばやで部屋に戻る。もうデザートを完食し暇をもて余していたノースが扉を開けた瞬間此方に走り出す。

 「せいじょ様!」

 「ノース。お待たせ」

 なんというか実家で飼っていたケンタを思い出す。あの子は大きな図体だったけど、こうしてすぐに飛び付いて甘えるのはそっくりだ。

 「ぼくちゃんといい子に待っていました」

 「そうね。良くできたわ」

 頭を撫でてそうにキラキラとした目線で此方を向ける姿が本当の犬のようで苦笑しながら優しく頭を撫でた。

 午前は私の業務の傍(かたわ)ら絵本や積み木などで遊んで、午後は少しの休憩の間に一緒に庭園を見て回った。一人で見る景色とはまるで違って、ノースのはしゃいだ姿に絆されていた。

 新しい刺激は私の心を擽(くすぐ)り、脆(もろ)く崩れていった心をほんの少しだけ、補強してくれた。

 私は目に見えてノースを可愛がり、特別に扱った。忙しい時間の合間を割いてでもノースに構った。誰に対しても平等で全てに慈悲を持つ『聖女』の私が、【例外】を作ったのだ。

 「せいじょ様。見てください!」

 喜色満面に新しく教わった召喚魔術で召喚した闇の眷族を披露するノースに、私は仕事を進める手を止めて微笑む。 

 「あら、随分可愛い子ね。ノースに似てとても良い子そう」

 ノースの腕の中でも静かにしている黒猫は私がそっと背中を撫でると気持ち良さそうな声で鳴いた。今度マタタビに似た物でも用意しようかな。私が長いこと黒猫に構っていると今度はノースの方がむくれ始めた。

 「ぼくだけがせいじょ様に撫でてもらえるのに…」

 「もう、自分の眷族にまで嫉妬しないの。ほら、おいで」

 黒猫を撫でる手を離して両腕を広げる。そしたらもう慣れたようにノースは私の胸に飛び込んだ。

 「ん、せいじょ様。だいすきです」

 「私もよ。私も大好き。ノース」

 ノースの背中に手を回して、お互い拙(つたな)いながらと抱きしめ合う。この言葉が本心か、偽りなのかは私の中で重要じゃない。ただひたすらに、そう思える心があれば良い。だから私は、抱きしめた温もりに救われながらも、決して溺れないように心を深く閉ざした…。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

【完結】逆行した聖女

ウミ
恋愛
 1度目の生で、取り巻き達の罪まで着せられ処刑された公爵令嬢が、逆行してやり直す。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書いた作品で、色々矛盾があります。どうか寛大な心でお読みいただけるととても嬉しいですm(_ _)m

もしもゲーム通りになってたら?

クラッベ
恋愛
よくある転生もので悪役令嬢はいい子に、ヒロインが逆ハーレム狙いの悪女だったりしますが もし、転生者がヒロインだけで、悪役令嬢がゲーム通りの悪人だったなら? 全てがゲーム通りに進んだとしたら? 果たしてヒロインは幸せになれるのか ※3/15 思いついたのが出来たので、おまけとして追加しました。 ※9/28 また新しく思いつきましたので掲載します。今後も何か思いつきましたら更新しますが、基本的には「完結」とさせていただいてます。9/29も一話更新する予定です。 ※2/8 「パターンその6・おまけ」を更新しました。

淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫

梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。 それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。 飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!? ※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。 ★他サイトからの転載てす★

乙女ゲームの断罪シーンの夢を見たのでとりあえず王子を平手打ちしたら夢じゃなかった

恋愛
気が付くとそこは知らないパーティー会場だった。 そこへ入場してきたのは"ビッターバター"王国の王子と、エスコートされた男爵令嬢。 ビッターバターという変な国名を聞いてここがゲームと同じ世界の夢だと気付く。 夢ならいいんじゃない?と王子の顔を平手打ちしようと思った令嬢のお話。  四話構成です。 ※ラテ令嬢の独り言がかなり多いです! お気に入り登録していただけると嬉しいです。 暇つぶしにでもなれば……! 思いつきと勢いで書いたものなので名前が適当&名無しなのでご了承下さい。 一度でもふっと笑ってもらえたら嬉しいです。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

【完結・7話】召喚命令があったので、ちょっと出て失踪しました。妹に命令される人生は終わり。

BBやっこ
恋愛
タブロッセ伯爵家でユイスティーナは、奥様とお嬢様の言いなり。その通り。姉でありながら母は使用人の仕事をしていたために、「言うことを聞くように」と幼い私に約束させました。 しかしそれは、伯爵家が傾く前のこと。格式も高く矜持もあった家が、機能しなくなっていく様をみていた古参組の使用人は嘆いています。そんな使用人達に教育された私は、別の屋敷で過ごし働いていましたが15歳になりました。そろそろ伯爵家を出ますね。 その矢先に、残念な妹が伯爵様の指示で訪れました。どうしたのでしょうねえ。

騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?

うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。 濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!

処理中です...