上 下
31 / 117
【原作】始動

聖女の素質(そしつ)

しおりを挟む
 ガタン…ッ、ゴトン

 目的地は遠く、馬車で五時間以上掛かる道のりだ。その為片付けなければならない書類ごと馬車に詰め込み走らせる。閣下には連絡用の録音を残しておいたから上手く処理してくれるだろう。

 一歩聖都の外を出ると、道は荒れくれ酷いときには身体ごと持っていかれる。窓の外からは聖都に向かう商人の荷台などがたまにちらほらと見える。

 「はぁ……、」

 帰ったらお説教だろうなとため息をつく。閣下のお叱りは長々と口うるさいのだ。目的地まであと半分になると流石に手持ちぶさも無くなりただただ外を眺めて暇を潰すしかなくなった。

 ほんの少しだけ、瞼が重くなった。最近は【イドの祭日(さいじつ)】に向けての準備で色々と慌ただしく、それに加え毎日のようにラクロスの相手もしていたものだからろくな睡眠を取っていなかった。

 …あぁ、そうだ【イドの祭日】。ということはまた『彼ら』に会わなければならない。無意識に遠ざけていたいたことが今になって襲ってくる。

 【イドの祭日】。前世で言うクリスマスに似たものだけど、この世界では少し違う。まず【イド】という世界を簡単に滅ぼすことのできる存在がこの日に姿を現す。別にこの存在は固定されている訳じゃなくて、種族名に似たようなものだ。

 そして悪い子がイドに気に入られて世界の滅亡をともにする。だけど良い子だとイドは興味を失くしてまたどこかに消えていくから、そのご褒美としておもちゃやお菓子が与えられる。

 不思議なことにこの世界に人は皆、このお伽噺(とぎばなし)を信じている。サンタみたいにプレゼントを送る相手を偽ってないからだとしても、大人まで信じきっているのだからまた違うなにかがあるのだろう。

 かくいう私も今やその内の一人に収まってしまっている。もちろん最初は信じていなかったけど、『あんな存在』を見せられた後でまだ否定し続けるのには無理があったから…。

 しかし彼らを思い出すだけで自然と眉間に皺が寄る。別に嫌いとかそういうわけではない。オルカ達と比べればまだ断然マシだし。だけど、…そう。互いに相容れないのだ。水と油が決して交わることのないように、彼らと『人間』の私では、絶対に…。

 そうこう考えている内に、馬車は止まった。外を見てみれば丁度日が沈んできていて光の反射が眩しい。

 馬車を降りると、肉体労働を強いられている子供達が不思議そうに此方を見ている。どう見ても痩せ干そって、体格に見合わない作業をさせられている子供達ばかりだ。

 聖都から特に離れている孤児院だから、報告がこんなにも遅れてしまった。そしてあの報告書が回ってきた時点でも、何の改善も見受けられていなかった。

 馬車の中で少しは頭を冷やしたつもりだったけど、もはやそれも意味がなくなってしまっている。私は足を進めて、くたびれた孤児院まで向かう。戸を叩いて、真っ先に出てきたのはまだ幼い子供だった。

 孤児院の決まりとして、お客の訪問の際は必ず孤児員が対応しなければならないといったルールがある。これは誘拐や孤児殺害などを未然に防ぐために私が作った守り。この孤児院の人材は他と比べても十分すぎる程にある。なのに、そんなことも守れていなかったのだろうか。

 迎えに出た子の身体には数々の打撲痕(だぼくこん)に加え殴打の痕もあった。ろくに治療をされていないせいか化膿して酷くなっている。そんな身体でも、戸を開けてくれたのだ。

 私は彼を萎縮させないようただでさえ小さな身体をしゃがませて同じ目線になる。私が手を差しのべると怯えた目で小さな悲鳴を上げる彼が、私に酷く重なって見えた。私も、彼らにはこんな風に見えているのだろうか…。

 ただ違うのは、それを見て『何を』思うか。彼らは怯え泣く私に支配力を感じ、自身の快楽を満たす。私は、同情でも、憐憫でもなく、救わなければ、という使命感に駆り立てられる。

 そっと彼の頬に手を当て、傷を癒す。神力で失われた栄養は補えないが、今にも死にそうだった彼からは予測できないほど血色が良くなっている。

 「…遅くなって、本当にごめんなさい」

 噛み締めるように謝罪の言葉を口にすると彼はその年に見合わぬほど落ち着いて、私を落ち着かせるように背中を優しくポンポンと叩いた。恐らく彼よりも小さい子供達の面倒を見ている証拠だろう。

 此処は小説の世界で、私は違う世界を生きた人間だった。だけど、【シルティナ】として生きた『私』は、彼らを守りたいと願っている。それがたとえいつか必ず私に刃(やいば)を向ける子どもであったとしても、今生きていることに変わりないのだから。

 まだ随分と痩せ干そっている彼の手を引いて、他の子達も治癒していく。そうしているとすぐに、この事態の元凶らはその姿を表した。

 「ん゛~ーー…? 誰だお前たちぃ…」

 奥の部屋から出てきたのは四人の男。全員顔が赤く、首や腕にはジャラジャラと装飾品を醜くも身に付けている。明らかに昼間から酒を飲んだ男達の様子に激しい怒りが沸き上がる。こんな、大の男達に殴られて、痛くない筈がないのに…。 
 
 「お、おい待て…っ。このお方はッ」

 「アズベル・リンネスト。コリアン・ズワルト。リオン・ゼベクト。ケネス・ブラナー。以上四名の職員の解任を聖女権限で決定しました。つきましては、貴方方(あなたがた)には神殿で身を拘束させていただきます」

 「なんだと…?! この女、貴族である私によくもそんな戯れ言をッ!」

 男の内でも特に酔いが回っている一人がいきなり振りかぶってくる。多少痛いではあろうが、すぐに神力で癒せばなんてことない。それにそんなもので直接手を下せるなら安いも…、

 ドガッ……ッツ!!!

 私に矛先の向いた衝撃は、別のモノによって遮られる。そしてその矛先にいたのは、さっき私を迎え出てくれた子だった。

 「な、んで……」

 違う…。私はこんな身代わりになってほしかった訳じゃないッ! 急いで彼のもとに駆け寄り治癒する。すっかり腫れて、危うく後遺症が残っていたかもしれない程の痣(あざ)ができていた。

 気絶してしまった彼を御付きの神官に任せ、私は立ち上がる。もう『聖女』の立ち振舞いなど関係ない。先に手を出したのは彼方(あっち)だ。

 「っのクソガキめ! ゴミムシの分際で私の邪魔をし「…黙りなさい」ヒィッ…!」

 まだ酔いの覚めない男に、日頃から押さえていた神力の経麒麟(へきりん)を一部だけ放出する。たったそれだけで青冷めるだけの人間が、よくも…ッ!

 今度は私が手を男の方へ伸ばし、神力で塵一つ残さず消し去ろうとしたその瞬間。ガッ、と誰かに強く腕を捕まれ上に翳(かざ)された。たとえオルカの抱え込んだ御付きの神官でも私にこんな無体を働く者はいない。ならば…、

 「手を、離してもらえますか? オルカ大神官」

 私を掴む腕の先には、いつになく表情を消したオルカの立ち姿があった。そしてその豊穣(ほうじょう)の瞳には、私が映り込んでいる。

 「その願いは丁重に御断りさせて頂きますね。聖女様」

 唯一吐き出せた私の申し出は、ギリッ…と再度強く込められた力によって返事が出された。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【R18】触手に犯された少年聖女を見て興奮した俺はヒトとして獣人として最低です

アマンダ
恋愛
獣人騎士のアルは、護衛対象である少年と共に、ダンジョンでエロモンスターに捕まってしまう。ヌルヌルの触手が与える快楽から逃れようと顔を上げると、顔を赤らめ恥じらう少年の痴態が――――。 連載中の『世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜』のR18ver.となります。おなじく『男のフリした聖女は触手にアンアン喘がされ、ついでに想い人の獣人騎士も後ろでアンアンしています。』の続編・ヒーロー視点となっています。 本編は読まなくてもわかるようになってますがヒロイン視点を先に読んでから、お読みいただくのが作者のおすすめです! ヒーロー本人はBLだと思ってますが、残念、BLではありません。

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

死にたがり聖女の異世界エスケープ

夜摘
恋愛
他人にがっかりされたくないと言う理由から、頼まれごとを断れず、面倒なことを当たり前のように押し付けられるようになってしまった…それ以外の部分はごく普通のOLである宇都木 結良(うづき ゆら)は、ある日、日々蓄積していた肉体とメンタル両方の疲労とストレスから、糸がぷつりと切れてしまったように、ふらふらと展望台に登り、そこから飛び降りてしまう。 ただ楽になりたかっただけの彼女は、再び目を開けた場所が見知らぬ場所であったこと、そこにいる人々が現代日本で見かけるような人たちとは異なること、そして彼らが自分を「聖女」と呼ぶことに困惑する。 ひとまずこれはきっと自分の夢なんだろうと自分に言い聞かせるが、話を聞くうちにそこはかつて自分が遊んだ乙女ゲームの世界であると言うことに気が付いてしまう。 そこで、これが夢でもそうでなくても今度こそ自分の為に生きてみよう…と決意する結良だったが、ゲームの攻略キャラの一人であり、ゲームでは幼馴染設定もあるアロルド王子に、なりゆきで自分の辛かった本音を吐き出したことをきっかけに結良の人生は変わり始める。 傷つき頑なになっていた結良の心は、彼の優しさや愛情に触れ、少しずつ癒されて行って…。 ※少々暗い雰囲気の部分も有りますが、ハッピーエンドです。 ※ムーンライトノベルズ(小説家になろうグループ R18部門)にも掲載している作品です。

R18、アブナイ異世界ライフ

くるくる
恋愛
 気が付けば異世界。しかもそこはハードな18禁乙女ゲームソックリなのだ。獣人と魔人ばかりの異世界にハーフとして転生した主人公。覚悟を決め、ここで幸せになってやる!と意気込む。そんな彼女の異世界ライフ。  主人公ご都合主義。主人公は誰にでも優しいイイ子ちゃんではありません。前向きだが少々気が強く、ドライな所もある女です。  もう1つの作品にちょいと行き詰まり、気の向くまま書いているのでおかしな箇所があるかと思いますがご容赦ください。  ※複数プレイ、過激な性描写あり、注意されたし。

【R18】少年のフリした聖女は触手にアンアン喘がされ、ついでに後ろで想い人もアンアンしています

アマンダ
恋愛
女神さまからのご命令により、男のフリして聖女として召喚されたミコトは、世界を救う旅の途中、ダンジョン内のエロモンスターの餌食となる。 想い人の獣人騎士と共に。 彼の運命の番いに選ばれなかった聖女は必死で快楽を堪えようと耐えるが、その姿を見た獣人騎士が……? 連載中の『世界のピンチが救われるまで本能に従ってはいけません!!〜少年聖女と獣人騎士の攻防戦〜』のR18ver.となっています!本編を見なくてもわかるようになっています。前後編です!! ご好評につき続編『触手に犯される少年聖女を見て興奮した俺はヒトとして獣人として最低です』もUPしましたのでよかったらお読みください!!

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

処理中です...