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悪役聖女の今際(いまわ)

狂喜の『執着』

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 その日から『執着』という言葉が私に纏わりついた。年も離れていたりと接点のなかった私達が、おもむろに親しげにしていることに他の子達も違和感を覚えている。

 「シルティナ。ほら、こっちおいで」

 湖での出来事以来、孤児達の中では仮初の安息が漂っていた。その中でもオルカは年上で顔も整っているためか女子達の競争率は高い。

 そんな人が私の世話ばかり焼くものだからオルカの年齢層の人は私を目の敵にする。さらには私以外の小さな子供にも基本無関心だから最近は私だけのけ者にされている。それすらオルカの手中によるモノだと思えば苛つきも募る。

 今だってにこやかに手を差し出しているけど、誰もいないところで私の首を絞めては愉楽に満ちた顔をする毒蛇のような男だ。コレが将来大陸最大の教会のトップだなんて終わっている。

 ここで私があの手を拒絶すれば、さらに面倒なことになる。周りの子達には調子に乗っていると陰口を叩くし、オルカには酷い仕打ちを受ける。

 「…うん」

 でもこうやって手を握ったところで、大差ないのに…。まだ半分以上残った具無しのスープを両手に持ってオルカの元へ重い足取りで向かった。

 ここからは『いつも』と同じ。オルカが私を膝に座らせてどれだけ嫌がっても食べさせられる。端から見ればある種の求愛行動。主観的に見れば脅迫以外の何者でもない。

 「あ、ついてる」

 オルカと視線が合って、口元についたスープの汁を拭った。その延長線上で小指が首元に触れていたことを、偶然だなんて信じないし嘘を吐く気すらないだろう。

 「はい、とれたよ」

 心内を知っていてなお笑みを浮かべるオルカ。そのことで嫌な顔をしようものなら飛んでくるのは無数の視線。此処でも私の居場所なんてない。

 「もうおナカいっぱいだからいい」

 「昨日もそう言って食べなかったでしょ。ほら、口開けて」

 この男に差し出される全てのものが蟲に見える呪いでも掛かればいいのに…。そう思いながら私は、口を開いた。

 「ん…っ。 んむっ…、んっ」

 開いた瞬間に木でできたスプーンが入れられる。満足そうなオルカにどうすればこの胸の憤りが伝わるだろうか。いや、それともその憤りすら愉悦に変えてしまうかもしれない。

 この世界に来て初めて思ったのは家族の恋しさと独りの孤独。だけど今は一人になりたい。醜い人の本質など見たくなかった。

 全て完食してようやく湯浴みの時間になったことで解放された。湯浴みといっても前世のような温かいお湯なんてものはない。ぬるい水を年長の子がかけてスピード式で回される。

 当たり外れもあるけど、基本的に私に対しては当たりが強い。この『当たり』というのは残念ながら態度という点なのだから悲しいことだ。本当に酷いときは髪の毛が何本か抜かれるから、まだ雑に水をかけられる方がマシだ。

 そうして今日も藁のしかれた硬い床で眠りにつく。起きるときは全身痛くて仕方がないけど、まだこの境遇は良い方なのだと暗示をかければ心の痛みも和らぐ。

 朝早くから私達は仕事に取りかかる。今日だって私はオルカの手に引かれていた。ザクッザクッ…。雪を踏みしむ音は唯一この静寂から救ってくれる。

 ぎゅぅうう…

 「ぐっ…! っかは…っ! ぅっ…、ぅう゛」

 苦しさで涙が止まらない。だけどここで抵抗してもさらにオルカの興奮に火をつけるだけ。私はただこの地獄が終わる日を待っている。

 意識が半分飛びかけたところで締め付けていた手は離され、喉の激痛に空気の入れ換えが遅れ熱に浮かされた状態になる。

 「っはー…、ゲホッゲホッ…ッ!! ぅぅう゛ぅっ…」

 「やっぱり、治ってる。やっと覚醒したんだね、シルティナ」

 目の前で小さな子供が悶え苦しんでいてもオルカは自分の興味関心以外に触れることはない。分かってはいるし触れられでもしたら引っ掻いてやるが腹立つものは腹が立つ。

 首筋に指を当てられ、先程まで締め付けていた痕が徐々に薄れていくのを観察している。

 そうだ。神聖力は命の危機によって覚醒することが稀にある。【原作】だと時期が来て覚醒したけど、今回はオルカのせいで無理矢理覚醒させられた。

 この為だけに何度三途の川を渡りかけたか。調整が上手いが為に余計苦しみは続く。

 「よしよし、可愛いね」

 オルカは私を優しく私を抱き締める。涙と鼻水、ヨダレで顔を赤くした女を可愛いと言うやつほど頭がぶっ壊れていることを学ぶ良い機会だったと思えば良いのか。

 「よく頑張ったね。えらいえらい」

 まるで子どもをあやすかのように頭を撫でるオルカだったけど、もはやそれに抵抗する気力さえ日に日に失っていた。

 一度本気で抵抗したら失神するまで首を絞めて、起きたらまたの繰り返しで心が折れかけた。最後に「全身綺麗に骨折させよっか」なんて言ってたし、オルカならやるだろう。たとえ抵抗をなくそうと、時期が来れば…。

 私、ホントに何してるんだろう…。これ以上は本気で心が壊れそうだ。そう思ってまだギリギリで保っていた数ヵ月後、オルカは孤児院を去った。

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