上 下
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上司ではなく、今度は部下の私が頑張る番です。

合流

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「――玲さん」

 六華は息をのんで、瞳をらんらんと輝かせる玲を見つめる。

 自分のなにが彼の本音を突いたのか。
 六華は頭の中で思考を巡らせる。

(許せないと言ったのがまずかった……? いやそれだけじゃない。玲さんが素をさらけ出したのは、彼自身の言葉が本物だからだ)

 竜が女性をいけにえにした。だから自分も同じことを――女性を誘拐して怪しい儀式に捧げてもいいという理論を立てている。
 玲はそう信じて今までやってきたのだろう。
 いくら六華が間違っていると言っても通じるはずがない。それが彼の正義なのだ。

 そこでふと、ひとつの考えが六華の脳内に浮かび上がる。
 玲と竜を恨む一派が一枚岩ではないのは、玲が極めて個人的な理由でここにいるからではないか。

(まさか……)

 そうでなければいい。そんな悲しいことがあってはいけない……。
 六華はおそるおそる問いかけた。

「玲さん……もしかして……誰か……玲さんの親しい人が、いけにえになったの……?」

 その瞬間、玲の全身からぶわっと殺気が噴き出し、六華は雷に打たれたように後ずさっていた。
 柚木が気絶していてよかった。意識があればそれこそ恐怖で神経の糸が焼き切れていたかもしれない。

「――本当に……君って子は……。野生の勘だって笑えないな」

 玲は殺気を隠さないままゆっくりと顔を上げると、ポケットから鍵を取り出し、柚木が閉じ込められている部屋の、頑丈そうな南京錠をゆっくりと開錠する。
 がしゃんと大きな音がして、南京錠を外した玲は格子戸を開けて牢の中に入っていった。

「玲さん……待って」
「――」

 だが玲は六華に返事をしないまま、うずくまるように床に倒れている柚木を抱き上げると、冷めた表情でまた牢を出て六華を見下ろした。

「――竜なんか全員死ねばいいんだ」

 地の底から響くような声に、六華の全身が冷たくなる。

 それは深い絶望だった。自身に差し伸べられる一切を遮断する、受け入れられない孤独な叫び。

 ああ、だめだ。
 彼を行かせてはならない。

 六華は格子を両手でつかんで、ガタガタと揺さぶる。

「待って、玲さん……!」

 だが六華の声は玲を止めることはできなかった。
 柚木を抱いたまま、玲の後姿は暗闇の奥に溶けるようにいなくなってしまった。



 一方――。
 隊士の証である上着を脱ぎ捨て詰め所を飛び出した大河は、駐車場へと向かっていた。

(とりあえず自宅に向かうか……!)

 大河はそのまま愛車のドアに乗り込もうとしたのだが、

「ちょっと待って……! 待てって言ってるだろ……!」

 背後から突然誰かが追いかけてきて、ドアと大河の間に体を滑り込ませてきた。
 きらきらと金色の髪がこぼれて、星くずのようにきらめく。

「誰だ、お前……」
「光流」
「みつる?」

 身長は170あるかないかくらいだろう。金色の髪に灰色の目を持つ人形のように美しい顔をした青年が、挑戦的に自分を見上げている。
 一度見たら忘れない顔立ちだが、正直、彼の顔に見覚えはない。

「邪魔をするな。急いでいる」

 この十秒が惜しい。
 大河はそのまま光流の肩を押し車に乗り込もうとしたのだが、
「矢野目六華のことで聞きたいことが――」
 光流の形のいい唇から六華の名前が出た瞬間、大河の体は自然に光流の腕と肩の関節を押さえながら、愛車に押し付けていた。

「いてえええええええ!!!」

 突然関節をひねりあげられた光流は目を白黒させて絶叫する。

「おい、知っていることを全部話せ。俺は気が短いから、あと十秒で骨を砕く」
「砕くうっ!? なんなんだお前! 離せ! 僕は二番隊の隊士だっ!」
「なに?」

 二番隊と聞いて大河は慌てて押さえていた手を放し、胸の前で小さく万歳をした。

「すまなかった。怪しいやつかと」
「いったっ……まじ痛い……ああっ……くそっ……三番隊は全員ゴリラなのかっ……?」

 光流は目の端にうっすらと浮かんだ涙を指先で拭いながら、胸元から身分証を取り出して大河に見せつける。

「見ろ」

 竜宮警備隊所属。名は光流。そして顔写真が印刷されている。

「――見た。間違いないな」

 大河はデスクに入れっぱなしだが、間違いなくそれは竜宮警備隊の身分証だった。

「はぁ……その様子じゃ、やっぱりまずいことになってるみたいだな」

 光流はため息をついて身分証を胸ポケットに差し込むと、なにを思ったのか助手席側に回って、さっさとシートに腰を下ろす。

「おい……!」

 なぜ二番隊の隊士が自分の車に乗り込んだのか。意味が分からない。
 首根っこをつかんででも引きずり出すべきかと思った次の瞬間、
「矢野目を探しているんだろう。僕はあいつの友達だ。だからついて行く。役に立つぞ」
 と、光流がシートベルトを締めながら大河を見上げた。

「早くしろ。話は中でできるだろ」

 彼の灰色の目はとても澄んでいて、彼が言葉以外の邪心をひとつも持たないことを大河は即座に理解した。
 なにより三番隊を飛び出した以上、使えるものはなんだって使うしかない。

「――わかった」

 気を取り直した大河も運転席に乗り込み、キーを差し込んだ。

「飛ばすぞ……!」

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