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上司ではなく、今度は部下の私が頑張る番です。
後宮の奥の化け物
しおりを挟む(――どこだ、ここ……)
次に六華が目を覚ましたのは暗闇の中だった。
体を起こそうとしたところで
(あ……外されてる)
両手両足の拘束が外されていることに気が付いた。六華は両手の感覚を確かめるように、握ったり開いたりを繰り返しながらあたりを見回す。
「術式……展開」
ささやくと同時に、六華の瞳孔が猫のように広がる。それまでほぼ暗闇だった部屋の中が、うっすらと明るくなった。
広さは六畳程度だろうか。狭い部屋で目の前には鉄格子がはまっていた。床はひんやりとした畳敷きで、調度品は畳の端に小さな木の文机があるだけだ。
天井を見上げると小さな明かりが見えたが、ぶら下がっている紐を引っ張っても明かりはつかなかった。電球は切れているのだろう。
六華は足元に気を付けつつ立ち上がり、全身をゆっくりと伸ばしていく。
長い間拘束されていたせいか、あちこちが筋張ってピキピキと悲鳴を上げていたが、入念に体をほぐしながら、呼吸を整えていく。
「どうかな……」
とりあえずダメ元で鉄格子をつかみ揺さぶってみたが、びくともしない。
術式で筋力を倍増させて同じことをしてみたが同じだった。ただの鉄格子ではないのだろう。両手両足の拘束が外されていても、ここから自力で脱出するのは難しそうだ。
あまり音をたてないように格子全体を調べたが、時間は無情にも過ぎるだけだった。
「はぁ……」
六華は小さくため息をつく。
(あの人……また来るだろうか……)
和服の女に視線を向けられたとき、正直、『死んだ』と思った。
冷たい手で心臓をわしづかみにされ、そのまま体から引きずり出されるような強い恐怖を感じた。
あれはいったい何だったのだろう。自分が知らない禁忌に触れたような気がして、胸のざわつきが収まらない。あれと目を合わせてはいけないと、六華の本能が叫んでいる。
(でも、私はまだ死んでない。生きてるんだ……)
生きているなら終わりじゃない。
絶対に死なない。樹を独りぼっちにはしないし、守らなければならない人もいる。
こんなことで諦めてなるものかと、六華はこぶしを握り締めた。
「絶対に負けないんだから、ねっ……!」
六華は半分やけくそで、足を振り上げ格子を踵かかとで蹴る。
ガァンと音が響くと同時に、「きゃっ!」と女性の声が聞こえてきた。
「誰かいるの!?」
六華は叫んでいた。
ここにいるのは自分だけだと思っていたのに、他に人がいるとは思わなかった。
六華は声の主を探して格子に顔を寄せる。通路を挟んだ左斜めにうっすらと黒い塊が見えた。
(人影……?)
影はどうやら格子にもたれて、うずくまっているようだ。
まるで巣穴の外にいる、獣の気配に怯える小動物だ。息を殺して気配を消そうとしている。
ドキン、ドキン……と、心臓の音が胸の奥で響く。
もし、自分以外にここに女性がいるとしたら――。
(落ち着け……落ち着くのよ……六華)
六華は理性を総動員し、驚かさないようにゆっくりと口を開く。
「――もしかして……柚木さん?」
おそるおそる尋ねると、
「っ……」
息をのむ気配がした。
否定ではない。これは肯定だ。
六華は格子をつかんで言葉をつづける。
「竜宮警備隊の矢野目六華です……! 私のことわかりますか?」
「わ……わかります……はい、柚木ですっ……!」
うずくまっていた人影は、六華の声を聞いて跳ねるように立ち上がった。
「よかった、無事だったんですね……!」
柚木が生きていたことが嬉しかった。鼻の奥がつんと痛くなる。
思わず目の端に涙が浮かんでしまい、慌てて指でぬぐう。今は泣いている場合じゃない。
「矢野目さん、もしかしてわたくしを助けに来てくださったんです?」
「そのつもりだったんですけど……こういうことになってしまって……すみません」
柚木をかどわかしたのは玲だと気づいて追いかけた。
だが玲のほうが何倍も上手で、結局六華も柚木と同じ目に合ってしまったのだった。
「ねぇ、柚木さん。ここがどこだかわかりますか?」
「いえ……。残念ながら。わたくしも目が覚めたらここに入れられていたんです」
柚木は、ほう、とため息をついてまた床に座り込み、膝を抱え込む。
「柚木さんも玲さんに?」
「ええ……。昼間、玲様にお会いしたんです。あまり騒いではいけないと言われていたけれど……わたくし、この失踪事件の犯人が分かったと思ったから……」
「え?」
六華は目をぱちぱちさせて、柚木を見つめる。
「犯人って……玲さんでしょう?」
すると柚木はキッと目じりを吊り上げて、ぶんぶんと首を振った。
「いいえ、玲様は実行犯であって、この事件の真犯人ではありませんわっ」
「実行犯……真犯人……?」
脳裏に、玲と和服の女性が浮かぶ。
まるで推理小説のようなことを言うと思いながら、六華は柚木の次の発言を促した。
「じゃあ柚木さんはなぜこんなことが起こったのか、わかるってことですか」
「ええ……。私は女官ですから。竜宮警備隊の皆さんよりも知っていることは多いと思いますわ」
確かに彼女の言うように、竜宮の奥深くで竜の眷属に仕える女官たちは自分よりリアルな竜宮を知っているに違いない。
六華は緊張しながらごくりと息をのむ。
「竜宮の奥深くに、恐ろしいばけものがおりますの」
「ばけもの……?」
「ええ……。乙女の血肉を喰らう『逆鱗(げきりん)』と呼ばれるばけものです」
どこか覚悟したような柚木の声が、ひんやりとした空気の温度をさらに下げた気がした。
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