上 下
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上司ではなく、今度は部下の私が頑張る番です。

彼の理由

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 六華が玲にかけたのは、相手の頭を両太腿で挟むようにし片足を折り曲げ首に絡めて絞め上げる――いわゆる首四の字固めだ。
 足首を固定されているので完全には決まらないが、脚の力は腕の四、五倍と言われている。術式を使うのに必要な呼吸もままならない。そう簡単には外せないはずだ。
 実際玲は六華の太ももに手を乗せて外そうとするが、六華の足はビクともしなかった。

(このまま意識を奪って……なんとか逃げ出してやる……!)

 太ももに力を込め、ギリギリと締め上げていると、玲の耳が赤く染まっていくのが見える。

(もう少し……!)

 だが次の瞬間――。
 バチン、と大きな静電気のような音が鳴った。

「あっ……!」

 六華の唇から悲鳴が漏れる。頭のてっぺんに雷が落ちたような気がした。落雷に当たればこんな感じになるのではというような激しい衝撃としびれに、六華の全身から力が抜けていく。

「ゲホッ……!」

 六華の足技から抜け出せた玲が、ベッドの上で激しく咳込む。

「愚か者めが……お主は女に甘いところがあるから、痛い目に合うのだ」

 唐突にしゃがれた声が部屋に響いた。

「うるっ……さいな……ゲホッ……!」

 玲は息も絶え絶えになりながら口元を手の甲でぬぐい、体を起こす。

(だれ……?)

 六華は身動きが取れないながらも、視線を入り口へと向ける。

 そこには上品な和服姿の女性が立っていた。
 豪華な刺繍が施された扇子で顔を隠しているので顔はわからないが、身にまとっている和服からして女性なのは間違いないようだ。身長はそれほど高くない。女性の平均身長より少し低いくらい。持っている扇子や上品な花菱文様の訪問着から富裕層なのは見て取れる。
 だが彼女がいかなる技で六華を打ちのめしたか、六華自身には想像できなかった。

(しゃがれた声の印象より、ずっと若いな……)

 六華は扇子を持つ美しい白い手を見てそう判断したが、次第に意識が遠くなってきた。

(ああ……まずい……ここで意識を失ったら……)

 六華はぎりぎりと唇を噛み締めながら、なんとか意識を保とうと考える。そこでようやく呼吸が落ち着いたらしい玲が、ため息混じりに六華を見下ろした。

「――彼女をどうする気?」
「そうじゃのう……忌まわしい存在ではあるが、このまま放置しておくのも難しい。やはり『つかう』ことにするかの」

 つかう――使う?

 いったいなんなのだろう。だがろくなことではないはずだ。その女の視線が自分に向けられたその瞬間、六華の全身の毛穴という毛穴が開いて、ぶわっと汗が噴き出していた。

(やばい……)

 人殺しにためらいがない玲よりも、まったく知らない小さな女性に対して、生まれてこの方感じたことがないほどの恐怖が六華の全身を包んでいる。

 本当に死ぬかもしれない。
 樹の顔が思い浮かんで、頭が真っ白になった。

(そんなの絶対にダメ……樹を悲しませるなんて、絶対に……っ……)

 六華はさらに唇を噛み締めるが、
「血が出てるよ」
 と、玲が六華の唇に親指を差し込んできた。

「っ……ううっ……」

 負けてなるものかと歯に力を込める。そのうちかすかに血の味がしたが、玲は指をひっこめなかった。もしかしたら噛み切ったとしても、同じ顔をしているのかもしれない。

(どうしてそこまでするの……)

 と、胸の奥がヒヤッと冷たくなった。
 六華は絶望しながら彼の指から口を外し、玲を見上げる。

「玲さん……なんで……」

 Why done it?

 なぜ犯行に至ったか。
 そんなこともわからぬまま六華は玲を追いかけたが、本当はなによりもまず先に尋ねるべきだったのかもしれない。

「玲さん……どうして、こんな、こと……」

 すると玲は、六華に噛まれた親指をじっと見つめながら、ほほ笑んだ。

「竜宮を壊すためだ」
「え……?」

 その穏やかな微笑みと物騒な発言が繋がらない。

「いつまでもいつまでも……変わらぬまま平然としている竜宮をぶっ潰したい。剣で戦う時代遅れな竜宮警備隊に入ったのも、そのためだよ」

 玲は血に濡れた指先をぺろりとなめて、それから六華の目の上を手のひらで覆う。

「さぁ、少しだけおやすみ」
「あ……」

 じんわりと暖かくなる玲の手のひらに、六華の視界は一瞬で真っ暗になった。
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