上 下
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上司ではなく、今度は部下の私が頑張る番です。

反撃

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「君に飲ませたのは、猛獣専用の麻酔薬なんだけど。なぜ目が覚めたんだろう?」

 心底不思議そうに首をかしげている。

「――女ゴリラの私には、残念ながら効かないみたいですね……」

 男に負けない六華は、ゴリラだなんだとからかわれることも多い。かつて再会したばかりの大河にも同じことを言われたことを思い出し、六華はあはは、と乾いた笑いを上げながら、玲をにらみつけた。

「そんな怖い顔しないでほしいな」

 玲は困ったように軽く肩をすくめた後、スタスタと歩いて六華のもとに近づくと、右足で六華の足をすくうように蹴り上げる。

「あっ……!」

 立っているだけでぎりぎりの状態だった六華は当然豪快にすっころんで、床に背中を打ち付ける。

「っ……」

 一瞬、息が止まりそうになり目がチカチカしたが、それ以上の衝撃はなかった。
 後頭部は玲が片手で六華の胸元をつかんだせいで打ち付けずに済んだようだ。
 まるで人扱いしない玲に対して、六華は腹が立って仕方ないが、怒りのあまり言葉が出てこない。ただ絶対に怯えた顔をしてなるものかと、必死で玲に強い眼差しを向けることしかできなかった。

「りっちゃんはすごいな……本当に。どこからこのパワーが来るんだろう」

 玲は苦笑し、六華の胸元をつかんだまま、ずるずると床を引きずりながら片手で六華をベッドの上に放り投げる。

「人を荷物みたいに扱わないで……!」

 バウンドする体をなんとか押さえながら、六華は叫ぶ。
 だが玲はベッドに腰を下ろしながら、ふふっと笑って六華を見下ろした。

「僕だって本当はお姫様抱っこで運んであげたいと思ったんだけど、そんなことしたら噛みつかれそうだなって」
「ああ、そうね。きっと耳たぶくらい噛みちぎっちゃうかもね!」

 そんなことが本当にできるかどうかは置いといて、売り言葉に買い言葉で六華は叫び返していた。

 悔しいと思うと同時に、悲しくなる。

「玲さん、ここはどこなの! どうしてこんなことをしたの!?」

 本当に悔しかった。信頼していた玲に裏切られて、なぜ、どうしてという感情が嵐のように胸の奥で渦巻いている。

「ここは隠れ家のひとつだよ。どうしてって……まぁ、君を連れてきたのはなりゆきかな」
「なりゆき……?」
「僕をひとりで追いかけて来たから……ね」

 玲はやんわりと笑って、それからベッドに横向きで横たわっている六華の頬に指を伸ばす。

「君が誰かほかの隊士と一緒に僕を追いかけてきていたら、口封じのために二人とも殺していたと思う。命拾いしたと思って感謝してほしいな、りっちゃん」
「命拾いって……」

 頬に触れる玲の指は、ひんやりと冷たかった。

「そう簡単に、隊士が殺されるもんですか……!」
「そうかな? 隊士はあやかしには強いけど、銃には勝てないだろう?」

 玲がふふっと笑って、隊服の上着を軽くめくると、シャツの上に茶色のショルダーホルスター……脇に銃を吊り下げるタイプのホルスターが見えた。
 しかもスミス&ウェッソンM&P――軍や世界中の警察で使われている一般的な拳銃がホルスターに収められているではないか。
 拳銃などたとえ貴族であっても所持できるはずがない。

「玲さん……そんなもの、どこで……」

 いったい自分は何を見せられているのだろう。
 六華は横たわったまま玲を見上げた。

「どこって……こういうものは、買おうと思えば買えるんだよ。悪い奴はいくらでもいるから」

 まるで自分は悪くないのだと言わんばかりに玲は微笑んだかと思ったら、そのままホルスターから取り出した銃口を六華の額に押し付けていた。
 ごりっと額に当たる金属の感覚に、六華の首の後ろがぞわっと粟立つ。

「私のことを……殺す気?」
「さてどうしようかな。つい発作的に連れてきてしまったけど……やっぱり殺した方がいいんだろうなぁ」

 そういう玲はひどく落ち着いていた。
 投げやりになっているわけでもなく、六華を怖がらせようと思っているわけでもない。
 本当にそう思っているのだと気が付いて、六華の唇はわなわなと震えていた。

「玲さん……」
「そうだ。命乞いでもしてみる? 君が俺にひざまずいてご奉仕してくれるなら、考えてもいいよ」
「ひざまずいてご奉仕……?」

 六華は玲の言葉を繰り返しながら、ふっと笑う。
 あくまでも言葉遊びだろう。本気じゃない。玲は職場と同じように自分をからかっているのだ。

「それって具体的はどんなことなんです?」

 わかっているから問いかけた。

「もしかして興味ある?」

 玲がおやおやと、目を丸くする。そして興味を惹かれたように、もう一方の手で六華の唇の上をそっとなぞった。
 どこか官能的な指遣いに、自分が求められていることがなんなのかうっすらと察した六華だが。
「ただまぁ、私にできるかどうかはわからないですけど。きっと難しいでしょうね」
 と、首を振る。

「そうだね。りっちゃんがそんな女なら、そもそもこんなことにはなってないだろうし」

 どこか残念そうにつぶやいたその一瞬、玲の視線が六華から逸れた。

(今だ……!)

 六華はその時を待っていたのだった。

「はっ……!」

 シーツの上に投げ出していた両足を腹筋を使って持ち上げると、そのまま足で輪を作って玲の首にひっかける。そして力いっぱい両足を引き寄せた。

「ぐっ……」

 完全に不意打ちを食らった玲がうめき声をあげる。
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