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上司がぐいぐいきます。

山尾という男

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 詰め所に戻りデスクについた六華はどこからともなく視線を感じて顔を上げる。
 すると隊長席のパソコンの影から、六華の反応をのぞき見するようににんまりと笑っている山尾と目が合った。

(あっ……!)

 付き合いが長いのでわかる。あれは完全に面白がっている顔だ。

(まったくもう……!)

 六華ははあっとため息をついてバッグからスマホを取り出し、山尾にメッセージを送った。

『山尾先生のおすすめのお店、とってもおいしかったですよ~! とっても~! 驚きました~!(^ν^)』

 暗にイヤミを込めた。
 数秒してメッセージが届いたようだ。山尾が和服の袂たもとからスマホを取り出して、ぽちぽちと操作するのが見える。

 しばらくして、
『だろう? あそこは私のとっておきだから。ほかの人には内緒だよ』
 と、イヤミをスルーされた返事が返ってきた。

(手ごわい……)

 山尾は学者風ののんびりした風体だが、見た目とは全く違うくえない男なのだ。
 ここでやりあってもしかたない。六華は正面切って尋ねることにした。

『いやそうじゃなくて。どういうつもりなんですか』
『どういうって?』
『久我さんが私と一緒に食事にいくことを知っても、止めるわけでもなくおすすめのお店教えちゃうのとか』
『止めてほしかったの?』

「うっ……」

 思わず喉の奥で声が詰まったが。今はそういうことを言いたいわけではない。
 なんとなくではあるが、山尾が自分と久我大河をくっつけようとしているのではないか、そんな気がしたのだ。

(まぁ、自意識過剰かもしれないし、そんなこと先生に向かって言えないけど……)

 六華が返事を返せないでいると、六華の疑問の空気を感じ取ったのか
『だって久我君が私にお願いとかするの珍しいから~。つい嬉しくなっちゃって! 張り切っちゃったよ!』
 と愉快なメッセージが届いた。

(嬉しくなっちゃって? 張り切っちゃった?)

 まるで普段は疎遠になっている息子に、おねだりされて嬉しくなっちゃったパパのようなリアクションで脱力しそうになる。

「先生ったら……」

 久我大河は山尾に子供のころ面倒を見てもらっていたという。六華がそうであるように、大河も山尾にとって身内同然なのだろう。
 六華はまた改めてスマホに指を走らせる。

『今日、彼からいろいろ聞きました。金剛のこと。なぜそういうふうに金剛を扱えるのか、その理由を。そして金剛を呼び寄せるところを実際に見せてもらいました』

 そして山尾の様子をうかがうために、顔を上げる。
 彼がどんな顔をするのか見てみたかったのだ。
 そしてやはり想像通り――六華が送ったメッセージを読む、山尾の表情が笑顔からすうっと真顔になるのが見えた。

『三番隊でこのことを知っているのは君だけだ』
『はい。絶対に誰にも言いません』

 即座に返事をして、六華はぎゅっと唇をかみしめる。

『でもなぜ私なんですか?』

 スマホをもつ指に力がこもる。

『なぜ?』
『私は入隊半年の新人なのに。こんな大事なことを』
『それを君が私に聞くの?』
『どういう意味ですか』

 山尾の言いたいことがわからなくて、六華はスマホを握ったままデスクからまた山尾に向かって顔をあげる。

「……え?」

 だが隊長席には誰も座っていなかった。
 椅子から立ち上がって詰め所の中を見回したが、やはりどこにも山尾の姿はなかった。
 山尾からスマホに視線を戻したのはほんの数秒のはずだった。

「逃げられた……のかな」

 六華はため息をつきつつ椅子に座る。
 だが仕方ない。こういうリアクションだろうとはなんとなくわかっていた。
 山尾は最初から六華に対して『久我大河について知りたいことがあれば自分で』という態度を通していた。
 最後の最後で逃げられたのも、人に教えてもらうのではなく手探りでもいいから自分で行動し、知りたいことを知れということなのだ。
 厳しい師匠だがそんな彼を六華は尊敬しているし、確かにそうだとも思うのである。


 それからまもなくして、昼休みの終わりを告げるチャイムの音が鳴り始める。
 六華がスマホをバッグに仕舞っていると、チャイムが鳴り終えるかどうかのぎりぎりで、玲が飛び込むように詰め所に滑り込んできた。

「セーフ!」

 少しおどけたように言って、どかっと椅子に腰を下ろす玲だが、かなり急いで走ってきたようだ。珍しく息が上がって髪も乱れていた。
 いつだって優雅な彼には珍しい。六華はまじまじと玲を見つめてしまった。

「玲さん、ぎりぎりアウトじゃない?」
「ええっ、セーフだよ、セーフ」

 玲はそう言いながら、軽くのけぞりつつ茶色の柔らかそうな髪をかきあげたのだが――。
 彼の首筋に赤いなにかが付いているように見えて、六華はごく自然に指を伸ばしていた。

「玲さん、首に何かついて――」

 その瞬間。電光石火の速さで玲は六華の手首をつかみ、ひねりあげていた。

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