20 / 88
上司と急接近してます。
皇太子夫妻、登場
しおりを挟む「思ったより堅苦しくないんだね」
待合室から晩さん会の部屋へと移動し、フロアの天井に輝く美しいシャンデリアを見上げながら、六華は大河にささやく。
「竜王主催の、国賓を招く会ではないからな。貴族は三分の一……あとは学者や政財界からの出席者が多いようだ。国の新しい世代を担う若者が招待されているんだろう。懇親会の延長だと思えばいい」
「なるほど……」
なんとなくずらっと並んだ長テーブルに男女が交互に並んで座る、そういった会をイメージしていた六華は拍子抜けだったが、これならそれほど緊張しなくてもよさそうである。
フロアの端では、オーケストラがいてゆったりした音楽を奏でていた。
軽食やドリンクをトレイにのせたウェイターが、歓談する人々の間を縫うように移動していた。ぜいたくな空間だ。
この中に双葉を害そうという者がいる――?
六華は注意深く、ひとりひとりの顔を見つめる。
出席者は二百人弱といったところか。和やかに歓談している集団がほとんどだが、あやしいと思えばみんなあやしく思えてしまう。要するになにもわからないということだ。
六華と大河はフロア全体が見渡せる入り口付近の隅へと移動した。
そして手に抱えていた珊瑚を、こっそりとショールに巻いたままテーブルの下に隠す。
長いテーブルクロスがかかっているので、誰にも気づかれる心配はない。
(いつでも珊瑚を抜けるようにしていないと……)
六華はそう思いながら、ふと大河の顔を見上げた。
(っていうか、もしかしてこの人、剣を携帯していない?)
六華はショールに珊瑚を包んで携帯しているが、どこからどう見ても、大河は手ぶらだ。剣を隠しているようには見えない。
(ということは、暗器を隠してるのかな)
暗器というのは、一見して武器に見えなかったり、洋服の下などに隠しておける武器のことだ。杖の中に刃を隠した、仕込み杖などが有名だろう。
さすがに警備にきて手ぶらということはないはずだ。
六華の目をしてどこになにを隠しているのかわからないというのは、さすがとしかいいようがない。
(あとで見せてもらおうっと)
そんなのんきなことを考えていると、フロアの奥の、大きな扉付近がざわついた。
「あっ……」
思わず六華は息をあげた。
この国でもっとも尊い竜の皇太子とその妻――六華の姉の双葉がようやく姿を現したのだ。
途端に、会場が割れんばかりの拍手に包まれる。
六華も慌てて両手を叩く。
(お姉ちゃんだー! 私はここにいるよ、言えないけど……!)
皇太子にエスコートされた姉を見て、六華は一瞬仕事を忘れ、ほうっと見とれてしまった。
くせ毛の六華とはまるで違う、美しく長い黒髪を複雑な形で結い上げた姉は、淡い藤色の、胸の下で切り替えが入ったオーガンジーのドレスを身にまとい、ほっそりと長い首に真珠のネックレスをつけている。
伏目がちの長いまつ毛に囲まれた瞳は澄んでいて、唇は小さいが、ぽってりとして色っぽい。
彼女は昔からお人形のようだと言われ続けていたが、確かにここまで尊い身分になれば、生きているお雛様といってもいいような気がする。そんな稀有な美しさだった。
(お姉ちゃん、きれい……!)
六華はほわんとしたまま、姉の背中に手を当て、隣に立つ皇太子に目を向ける。
皇太子は名を『璃緋斗(りひと)』という。
ただそれはあくまでも世に出す名前で、真の名は別にあるらしい。
人の言葉では到底発音できないとか、その名前にはまじないがかかっているので、おいそれと口に出せないとも言われているが、本当の理由は竜の一族しかしらないことだ。
彼らは二千年前からこの国の中心に君臨しているが、普段は竜宮の奥深くにいて、めったに人の前に姿を見せることはない。
写真やニュースがせいぜいである。
(すごい……迫力……!)
皇太子妃の妹という立場でありながら、六華も皇太子を自分の目で見るのは、初めてだった。
次の竜王はさすがとしかいいようがない、覇気オーラのようなものを放っていた。
タキシードに包んだ体は、190近いのではないだろうか。
ハーフアップにした黒髪は長く腰に届くほど。透き通るように色が白く、目鼻立ちははっきりとしていて、彫りが深い。
そしてなにより特出すべきなのが、頭部にある『角』である。
こめかみの上あたりから、片手で握ることができないくらい太く大きな角が、斜め上に向かって伸びているのだ。根本は濃い瑠璃色で、上に伸びていくほど薄くなり、先端は象牙色に輝いている。
人の基準で美しいとか美しくないとか、そんなことを論じる必要がないような、神様や仏様の造形美に近いかもしれない。
(あれが竜の一族の証……!)
このままでは警備どころではない。六華は謎の感動に包まれながら、なんとか平静を保とうと息を整えた。
実際、彼らが登場して衝撃を受けた六華が意識を保とうとするまで、ほんの30秒くらいの時間だったはずだ。
これも訓練のたまもので、その場にいたほとんどが、同じ目線で現れた皇太子に一瞬で魅入られて、息をするのも忘れているようだった。
(久我大河は大丈夫かな?)
ふと、隣に立つ彼を見上げる。
生意気かもしれないが、彼が呆けた顔をしていたら、からかって緊張をほぐしてやろうと思ったのだ。
だが久我大河の顔を見て、六華は雷に打たれたような衝撃を受けた。
彼は呆けてもおらず、見とれているわけでもなく、かといって任務に対して厳しい表情をするわけでもない。
ただ驚くほど、無表情だった。
(どうしてそんな顔……するの?)
視界には入っているはずなのに、まるで『そこには誰もいない』というような、白い壁でも見ているような雰囲気だ。
大河のみけんに常駐している、深いしわすらないとなると、かえって不気味でしかない。
これが目の前にいる、守るべき存在の皇太子夫妻に向ける目だろうか。
六華は「隊長」と、呼びかけようとして、はっとした。
(そうだ、そう呼ばないように決めたんだった)
六華はそっと手を伸ばして、驚かせないように彼の腕に触れる。
「――リン」
呼びかけると同時に大河はビクッと、ほんの少しだけ体を震わせた。
そしておそるおそる、声の主である六華を確かめるように見下ろす。
視線が絡み合って数秒、
「――ああ」
かすれた声で大河は返事をし、目にいつもの力が戻ってきた。
「どうしたの。なにか飲み物でも貰ってこようか」
「いや、いい。すまない……その……少し緊張したようだ。情けないな」
大河はふっと笑って、腕時計に目を落とした。
「会が始まるな。気を引き締めていこう」
「――うん」
大河はなにかを隠している。
そもそも彼は六年前から謎だらけだった。
なにかにいら立って、深く傷ついていて。
女は嫌いだと言いながら、与えられるかりそめの優しさに縋り付いてくるような、アンバランスな男。
確証があるわけではないが、その傷は今も彼の中に存在し続けているのだ。
おそらく自分という存在の、根本にかかわるような問題なのだろう。
だから惹かれて、そして今も目を離せない。
(力になりたいと言ったら、笑われるだろうか)
一瞬そんなあまっちょろいことを考えてしまった。
私に何ができる?
そもそも自分だって彼に重大なことを隠している。お互い様だ。
(今の目の前の仕事に集中しなくっちゃ……)
六華は鳴りやみそうにない拍手の中で、ひとり唇をきつく引き結んだのだった。
0
お気に入りに追加
1,459
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…
ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。
しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。
気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
好きすぎて、壊れるまで抱きたい。
すずなり。
恋愛
ある日、俺の前に現れた女の子。
「はぁ・・はぁ・・・」
「ちょっと待ってろよ?」
息苦しそうにしてるから診ようと思い、聴診器を取りに行った。戻ってくるとその女の子は姿を消していた。
「どこいった?」
また別の日、その女の子を見かけたのに、声をかける前にその子は姿を消す。
「幽霊だったりして・・・。」
そんな不安が頭をよぎったけど、その女の子は同期の彼女だったことが判明。可愛くて眩しく笑う女の子に惹かれていく自分。無駄なことは諦めて他の女を抱くけれども、イくことができない。
だめだと思っていても・・・想いは加速していく。
俺は彼女を好きになってもいいんだろうか・・・。
※お話の世界は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。
※いつもは1日1~3ページ公開なのですが、このお話は週一公開にしようと思います。
※お気に入りに登録してもらえたら嬉しいです。すずなり。
いつも読んでくださってありがとうございます。体調がすぐれない為、一旦お休みさせていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる