窓際のリリィ

鴇葉

文字の大きさ
上 下
1 / 1

君と夏

しおりを挟む
カルロが咳払いをすると、潮が引いたように女中たちがいなくなった。いまだナイフとフォークを突き立てたまま現実を受け入れられない俺に、カルロはカラッとした声色で言う。


「大失敗でしたね」

「でも料理は喜んでもらえた」

「そう……でしょうか……?」


ほとんど手をつけられていない料理を一切れ口に放り込む。


「祝杯でもこんな料理を食べたことないと言っていたではないか。カルロ、節約に付き合わせて悪かったな」


俺は立ち上がり、甲冑の前に歩きだす。


「カルロ、馬車はもう用意されているのか?」

「はい。昼過ぎからずっと待たせてあります」

「もう少しだけ待たせることはできないだろうか」


目の前の甲冑は美しいが、やはり幼少の頃に思い描いていたそれより劣っているように感じる。それなのにこれを纏ったアンドリューを想像すると、つい手が伸びてしまうから不思議だ。


「リノール様」

「そうか、素手で触っては……」

「違います。往生際が悪うございます」


カルロの言葉にガツンと殴られたような気分になる。それが伝わったのかカルロはまごまごとしはじめた。


「リノール様の気持ちもよくわかりますが、こうなってしまっては修復できない絆もございます。こんなことを繰り返しては、あとでアンドリュー様も……」


カルロはこの屋敷で唯一、俺の立たされている苦境を知る人物だ。そしてこんなにもつれてしまった兄弟の関係に、双方の悪意がないことを知る者もまた、彼ひとり。


「じゃあ……」


俺は甲冑をゆっくりと抱きしめる。
これが生身のアンドリューだったらどんなによかっただろうか。
父が急逝してから5年。あの日見た抱擁を願ってきたが、遂に叶えることはできなかった。


「リノール様……」

「いいではないか……どうせ叙任の儀式なんて無いんだ……」


正確に言えば、この甲冑だって無用の長物だ。
叙任の儀式そのものがアンドリューをこの家に呼び戻す口実であり、この甲冑は──。


「馬上槍試合、見てみたかったな……」


つまりは自己満足だった。アンドリューから母親を奪った罪や、2年も従騎士として放り出した罪を、こんなもので償えるとは思っていない。

本当の贖いは今、外に待たせている馬車にこそある。


「わかりました。運転手に仮眠をとるよう、屋敷に招き入れます。しかし朝には必ず到着していなくてはなりませんよ」

「カルロ……」

「アンドリュー様とお別れができたら、そのまま馬車に乗り込んでください。私とも、ここでお別れです」

「カルロ……本当に今まで苦労をかけた……アンドリューを……アンドリューを……」

「リノール様も、自身の幸福をお求めください。カルロは毎日お祈りいたします」


カルロと抱擁を交わしたら、アンドリューの部屋へ走りだす。


出迎えでも、食事でも、奇跡は起きなかった。
しかし人はなぜ、その確率を無視してまで奇跡を信じるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、娘の幼稚園の親子イベントで娘の友達と一緒にいた千春と出会う。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになると思うのでご安心ください。

Blue Rose story

紫苑
恋愛
高校生の淡い初恋…少女愛をテーマにしたストーリーです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

身体だけの関係です‐原田巴について‐

みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子) 彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。 ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。 その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。 毎日19時ごろ更新予定 「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。 良ければそちらもお読みください。 身体だけの関係です‐三崎早月について‐ https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060

推しをやめた日

西園寺 亜裕太
恋愛
アイドルになった親友のさおちゃんをわたしは推していた。けれど、さおちゃんが売れていくにつれてわたしはさおちゃんとの距離を感じてしまう。輝く彼女の姿を見るのが辛くなってしまい、こっそりと推しをやめてしまった。そんなさおちゃんにはわたしに対して特別な感情があり……。 カクヨムでも連載しています。

君と過ごす16度目の春に

楠富 つかさ
恋愛
幼馴染の二人、始まる高校生活、いつもの距離感が少しだけ変わって……。 両片想いの二人が過ごす百合色の季節。

真紅の想いを重ねて

楠富 つかさ
恋愛
周囲の友達に年上の彼女が出来た主人公、土橋紅凪。彼女自身は恋愛についてよく分からずにいた。 所属している部活は百人一首部。古のラブレターを通して恋に想いを馳せる紅凪。次第に部活の先輩である南ロゼのことが気になり始め……。 星花女子プロジェクト第9弾、始まります!!

君の瞳のその奥に

楠富 つかさ
恋愛
地方都市、空の宮市に位置する中高一貫の女子校『星花女子学園』で繰り広げられる恋模様。それは時に甘く……時に苦い。 失恋を引き摺ったまま誰かに好意を寄せられたとき、その瞳に映るのは誰ですか? 片想いの相手に彼女が出来た。その事実にうちひしがれながらも日常を送る主人公、西恵玲奈。彼女は新聞部の活動で高等部一年の須川美海と出会う。人の温もりを欲する二人が出会い……新たな恋が芽吹く。

処理中です...