13 / 15
赦し愛すること
しおりを挟む
ここまで辿り着いたのなら、この子も奇跡の子。
サニーは兎の子を、まるで我が子のように大事に抱いた。
「温泉のあとは、暖炉の前で毛を乾かすのよ?」
そして、小さなお城の中へ連れてゆく。
「ひゃっ! 火だっ!」
「サニーは人間だけど、森を燃やしたりしない。怖くない」
僕も他人のことは言えない。
最初はみんな、火が怖い。
「ぬぬぬ主さまが、そう言うのなら……」
僕を『主さま』だなんて呼ぶから、くすぐったかった。
それを隠し繕い、震える兎の子を見下ろした。
寒いのか、僕が怖いのか。
彼は長い毛を引きずって、サニーの腕からゆっくりと離れた。
自分の手足で暖炉の前まで歩いている。
顔は見えないが、しばらく赤い火を見つめていた。
足や手も見えないが、座ったようだ。
「はぁぁぁ……あたたかいですなぁ……主さま……」
まったりくつろいでいるようだ。
はじめての暖炉がお気に入りらしい。
兎の子は、床で休む僕のまわりをころころと転がった。
可愛いもんだ。
「さぁ兎さん、スープをどうぞ。子供はおなかいっぱい食べていいのよ」
サニーがあたたかいレタのスープを差し出すと、ぴたっと動きを止めて向き合った、と、思う。
どちらが前かわからない。
「スープ! ……スープは、たべものですか?」
食べるだろうか。
なんだか僕を見ているような気もする。
「食べていい。スープは食べ物だ。これは、きみのスープだ」
「でも……どうして人間が、たべものをくれるのでしょうか……?」
なるほど。
食べ物を奪うバケモノには、笑顔で食べ物を差し出すサニーの心情がわからない。そんなところだろうか。
奪うことが当たり前になった動物の世では、その答えを見出せないのかもしれない。
「困っているときこそ、手を取り合い、困難を乗り越えなければならない」
「でもでも、人間と、バケモノです……」
「そうだ。見た目も考えも、生きる環境も違う。でも、同じ重さの命がある」
その命、皆平等の命。
僕は、ヤハ神さまのお言葉を忘れてはいなかった。
兎の子は僕の前に、ゆらゆらと歩み寄った。
「いのち……? 人間もバケモノも、同じいのちがあるのですか……?」
動物たち。
あれから二百年のときが経ち、今どうしている。
なにを想う。
君たちがバケモノの子だと罵り睨んだ子は、二百年後、だれよりも美しい動物である森の主だと崇められた。
君たちは今、恐ろしいバケモノになった。
「君も僕も、サニーだって。命の重さは同じだよ。だからサニーは君に手を差し伸べた」
「主さまのように、美しい動物ではないのに……やさしくしてくれる人間がいるなんて……」
サニーの心は、綺麗だもの。
「見た目なんて関係ないのよ。あなたはお腹をすかせた子供で、わたしはスープを差し出せる人。それだけのことよ」
「んん……ふしぎな気持ちです。ふわふわの? ぽかぽかの?」
「そうね、嬉しいのよ、あなたもわたしも。さあ、わたしのお膝にどうぞ? スープを食べさせてあげるわ」
「おひざで……?」
「子供はいっぱい甘えていいのよ」
そこは特等席。
兎の子は、サニーのあぐらにすっぽりとはまった。
サニーは毛むくじゃらのそれを、ぎゅっと抱きしめた。
生きる場所や姿かたちが違っても、小さい子供に愛情を注ぐことを惜しまない。
綺麗だった。
僕の心の中は、サニーの心の中にある宝石を知るたびに穏やかになる。
あたたかい暖炉の前で、サニーは兎の子にスープを食べさせた。
その光景はとても奇妙なものでもある。
毛だらけのバケモノを見下ろす人間のサニーは、とても優しく笑っているのだから。
膝に乗せているのは、さっきまであれだけ「怖い」と言っていた、毛むくじゃらのバケモノなのに。
襲われたこともあるし、食べ物を取られたこともある。
怖い存在だったのだ。
憎しみや悲しみなんてものはきっと、幸せなことより心に残り、忘れられることなんてないだろう。
しかしサニーは、全て赦したのだ。
憎悪は消えない。恨みも消えない。
だからこそ、赦したのだ。
「カチカチのパンもどうぞ」
「かたい……けど、おいしいのですっ!」
終わらせるためには、赦さなければならない。
それが最も難しいことだろう。
しかし、なにかひとつきっかけがあれば、心の中まで変えることができる。
今のように。
そこまで気がつけば、気がついた者がきっかけを作ればいい。
僕があのころ動物たちから向けられた目を、言葉を赦し、きっかけを。
「サニー。レタのスープを、鍋いっぱいに作ろう」
「お鍋、いっぱいに?」
逞しく大地を蹴り、輝く色とりどりの毛を靡かせ、森に君臨する美麗な王者であった威風堂々たる動物たち。
悔しくないのか。
あの美しい姿を取り戻したくないのか。
このまま、バケモノでいいのか。
「あたたかいスープを、いっぱいだ」
僕は動物の子だ。
優しく賢かった美しいキリンの子だ。
僕はいやだ。
大地を駆ける美しい動物が、バケモノだと罵られる世の中なんて。
「動物たちは寒さに凍えてお腹をすかせているだろう。それなら、手を差し伸べよう」
サニーは、どう思う。
それでなにかが、変わると思うか。
「優しいのね。やっぱりあなたはキリンの子よ。まっしろくて美しい、白いキリンの子」
「ボクもお手伝いをするのです!」
答えはわからない。
でも、僕もあのころ動物たちに向けられた目も、吐き出された言葉も全て赦してみようと思うのだ。
僕の心を変えるきっかけをくれたのは、サニー、君だ。
次は僕が、動物たちの美しい心を取り戻そう。
全てを赦して。
勇気を出して。
雲の下へ。
サニーは兎の子を、まるで我が子のように大事に抱いた。
「温泉のあとは、暖炉の前で毛を乾かすのよ?」
そして、小さなお城の中へ連れてゆく。
「ひゃっ! 火だっ!」
「サニーは人間だけど、森を燃やしたりしない。怖くない」
僕も他人のことは言えない。
最初はみんな、火が怖い。
「ぬぬぬ主さまが、そう言うのなら……」
僕を『主さま』だなんて呼ぶから、くすぐったかった。
それを隠し繕い、震える兎の子を見下ろした。
寒いのか、僕が怖いのか。
彼は長い毛を引きずって、サニーの腕からゆっくりと離れた。
自分の手足で暖炉の前まで歩いている。
顔は見えないが、しばらく赤い火を見つめていた。
足や手も見えないが、座ったようだ。
「はぁぁぁ……あたたかいですなぁ……主さま……」
まったりくつろいでいるようだ。
はじめての暖炉がお気に入りらしい。
兎の子は、床で休む僕のまわりをころころと転がった。
可愛いもんだ。
「さぁ兎さん、スープをどうぞ。子供はおなかいっぱい食べていいのよ」
サニーがあたたかいレタのスープを差し出すと、ぴたっと動きを止めて向き合った、と、思う。
どちらが前かわからない。
「スープ! ……スープは、たべものですか?」
食べるだろうか。
なんだか僕を見ているような気もする。
「食べていい。スープは食べ物だ。これは、きみのスープだ」
「でも……どうして人間が、たべものをくれるのでしょうか……?」
なるほど。
食べ物を奪うバケモノには、笑顔で食べ物を差し出すサニーの心情がわからない。そんなところだろうか。
奪うことが当たり前になった動物の世では、その答えを見出せないのかもしれない。
「困っているときこそ、手を取り合い、困難を乗り越えなければならない」
「でもでも、人間と、バケモノです……」
「そうだ。見た目も考えも、生きる環境も違う。でも、同じ重さの命がある」
その命、皆平等の命。
僕は、ヤハ神さまのお言葉を忘れてはいなかった。
兎の子は僕の前に、ゆらゆらと歩み寄った。
「いのち……? 人間もバケモノも、同じいのちがあるのですか……?」
動物たち。
あれから二百年のときが経ち、今どうしている。
なにを想う。
君たちがバケモノの子だと罵り睨んだ子は、二百年後、だれよりも美しい動物である森の主だと崇められた。
君たちは今、恐ろしいバケモノになった。
「君も僕も、サニーだって。命の重さは同じだよ。だからサニーは君に手を差し伸べた」
「主さまのように、美しい動物ではないのに……やさしくしてくれる人間がいるなんて……」
サニーの心は、綺麗だもの。
「見た目なんて関係ないのよ。あなたはお腹をすかせた子供で、わたしはスープを差し出せる人。それだけのことよ」
「んん……ふしぎな気持ちです。ふわふわの? ぽかぽかの?」
「そうね、嬉しいのよ、あなたもわたしも。さあ、わたしのお膝にどうぞ? スープを食べさせてあげるわ」
「おひざで……?」
「子供はいっぱい甘えていいのよ」
そこは特等席。
兎の子は、サニーのあぐらにすっぽりとはまった。
サニーは毛むくじゃらのそれを、ぎゅっと抱きしめた。
生きる場所や姿かたちが違っても、小さい子供に愛情を注ぐことを惜しまない。
綺麗だった。
僕の心の中は、サニーの心の中にある宝石を知るたびに穏やかになる。
あたたかい暖炉の前で、サニーは兎の子にスープを食べさせた。
その光景はとても奇妙なものでもある。
毛だらけのバケモノを見下ろす人間のサニーは、とても優しく笑っているのだから。
膝に乗せているのは、さっきまであれだけ「怖い」と言っていた、毛むくじゃらのバケモノなのに。
襲われたこともあるし、食べ物を取られたこともある。
怖い存在だったのだ。
憎しみや悲しみなんてものはきっと、幸せなことより心に残り、忘れられることなんてないだろう。
しかしサニーは、全て赦したのだ。
憎悪は消えない。恨みも消えない。
だからこそ、赦したのだ。
「カチカチのパンもどうぞ」
「かたい……けど、おいしいのですっ!」
終わらせるためには、赦さなければならない。
それが最も難しいことだろう。
しかし、なにかひとつきっかけがあれば、心の中まで変えることができる。
今のように。
そこまで気がつけば、気がついた者がきっかけを作ればいい。
僕があのころ動物たちから向けられた目を、言葉を赦し、きっかけを。
「サニー。レタのスープを、鍋いっぱいに作ろう」
「お鍋、いっぱいに?」
逞しく大地を蹴り、輝く色とりどりの毛を靡かせ、森に君臨する美麗な王者であった威風堂々たる動物たち。
悔しくないのか。
あの美しい姿を取り戻したくないのか。
このまま、バケモノでいいのか。
「あたたかいスープを、いっぱいだ」
僕は動物の子だ。
優しく賢かった美しいキリンの子だ。
僕はいやだ。
大地を駆ける美しい動物が、バケモノだと罵られる世の中なんて。
「動物たちは寒さに凍えてお腹をすかせているだろう。それなら、手を差し伸べよう」
サニーは、どう思う。
それでなにかが、変わると思うか。
「優しいのね。やっぱりあなたはキリンの子よ。まっしろくて美しい、白いキリンの子」
「ボクもお手伝いをするのです!」
答えはわからない。
でも、僕もあのころ動物たちに向けられた目も、吐き出された言葉も全て赦してみようと思うのだ。
僕の心を変えるきっかけをくれたのは、サニー、君だ。
次は僕が、動物たちの美しい心を取り戻そう。
全てを赦して。
勇気を出して。
雲の下へ。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
ミズルチと〈竜骨の化石〉
珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。
一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。
ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。
カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。
【総集編】日本昔話 パロディ短編集
Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。
今まで発表した
日本昔ばなしの短編集を、再放送致します。
朝ドラの総集編のような物です笑
読みやすくなっているので、
⭐️して、何度もお読み下さい。
読んだ方も、読んでない方も、
新しい発見があるはず!
是非お楽しみ下さい😄
⭐︎登録、コメント待ってます。
シャルル・ド・ラングとピエールのおはなし
ねこうさぎしゃ
児童書・童話
ノルウェジアン・フォレスト・キャットのシャルル・ド・ラングはちょっと変わった猫です。人間のように二本足で歩き、タキシードを着てシルクハットを被り、猫目石のついたステッキまで持っています。
以前シャルル・ド・ラングが住んでいた世界では、動物たちはみな、二本足で立ち歩くのが普通なのでしたが……。
不思議な力で出会った者を助ける謎の猫、シャルル・ド・ラングのお話です。
テレポートブロック ―終着地点―
はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
児童書・童話
「一見すると地味だもんね。西校舎の一階の階段下、色の変わっているタイルを踏むと、異世界に行くことができるってヤツ~!」
異世界に行くことのできる、テレポートブロック。それは、唯奈と真紀が通う小学校の七不思議として語られているものの一つだった。
逢魔が時と呼ばれる時間帯に、そのブロックに足を乗せて呪文を唱えると、異世界転移を体験できるのだという。
平凡な日常に飽き飽きしていた二人は、面白半分で実行に移してしまう。――それが、想像を絶する旅の始まりとは知らず。
子猫マムと雲の都
杉 孝子
児童書・童話
マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。
マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。
児童絵本館のオオカミ
火隆丸
児童書・童話
閉鎖した児童絵本館に放置されたオオカミの着ぐるみが語る、数々の思い出。ボロボロの着ぐるみの中には、たくさんの人の想いが詰まっています。着ぐるみと人との間に生まれた、切なくも美しい物語です。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる