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しおりを挟む「シャルル・アリア=ガーネット! 貴様との婚約を破棄し、聖女と偽った罪で処刑する!」
婚約者であったはずの王子は、厳しい眼差しでシャルルを睨みつける。
愛し合うとまでは言わなくとも、ひっそりと、静かに恋を育んでいた相手は、憎悪すら浮かべて、嫌悪の眼差しを向けてくる。
「な、何を仰って……」
「先に言ったとおりだ。貴様は自身を聖女であると偽り、国を傾けようとした。立派な反逆罪であり、死罪に値する」
「偽っただなんて!」
「それならば、彼女の存在はなんと言い訳する?」
厳しい王子の言葉に、背に隠れて見えなかった少女が姿を現す。
純白の輝く髪に、太陽に愛された金の瞳。にっこりと笑みを浮かべて、ドレスの裾をちょんとつまんだ。
「御機嫌よう、聖女様――あ、聖女ではなく罪人でしたね! 私、本当の聖女のリリ・ブランディウムと言います」
本当の聖女、と呆然と繰り返した。
彼女が本当の聖女なら、わたしは? 王子の向ける視線が物語っている。お前は偽者だ、と。
シャルルは自分から聖女を名乗ったわけではない。
身寄りのないシャルルを引き取った教会は、言葉や文字、教養を教え、全てを癒す魔法を教えた。
癒しの魔法は誰にでも使えるわけではなく、神の加護を持って生まれた少女にしか使えない。神の加護は容姿に色濃く影響し、シャルルは艶やかなぬばたまの髪を背中で揺らし、月の輝きを宿した瞳の美しい少女である。
――そう、リリ・ブランディウムとは真逆の色合いの容姿をしていた。
教会に、神に仕える身として傷ついた人々を癒し、鎮魂の唄を捧げ、天に祈るシャルルを人々が勝手に「聖女様」と呼ぶようになったのだ。
聖女様の噂を聞きつけ、王子と婚約させたのは現国王陛下である。
聖女である前に、シャルルは普通の女の子だ。
人とは違う色彩を持って生まれたが、普通に恋愛して、結婚して、子供は二人欲しいな、と時々考える少女である。人々を癒す立場になってからは、ますます普通の日常に焦がれていた。
王子様と婚約するとなったときだって、「自分なんかでよいのだろうか」と思い悩んだ。――「君がいいんだ」と、真摯な眼差しで手を取ってくれた王子様はもういない。
純白の少女と、漆黒の少女。どちらが聖女であるか、と問われれば、パッと見た目で純白の少女と大勢が答えるだろう。
太陽のように暖かで愛らしい少女と、夜の空と月の美しさを映した少女。万人受けするのは前者である。
兵に抑えつけられたシャルルに、抵抗する気は一切なかった。
硬い地面に顔を押し付けられ、捻り上げられた腕が痛い。――それよりもずっと、心がギシギシと悲鳴を上げた。
名ばかりの婚約者であったけれど、確かに、シャルルと王子は恋をしていたのだ。
そっと手を触れ合うだけの静かな時間。月に一度か二度の逢瀬。
優しい時間だった。この人と将来を共にできるのだと思うと胸が弾んだ。
養い親が誂えてくれた装束が土埃に汚れる。
シャルルの処刑は粛々と進んだ。
国を陥れようとした偽聖女。魔女と呼ばれ、石を投げる人々の中には「シャルル様……!」と涙を流して抗議の声を上げてくれる者もいた。
それだけでシャルルは満足だった。全ての人に否定されたわけではない。シャルルがやってきたことは間違いじゃなかったのだと、斬首刑に書される直前だというのにも関わらず、ほっと胸を撫で下ろした。
死ぬのは怖い。痛いのも嫌い。死にたくない、と口に出したら最後、涙が溢れてきそうだった。
ぼう、と処刑台の周りに集まった聴衆を見る。
「シャルル……! シャルル!!」
嗚呼、養い親の声が聞こえる。
お父さん、と小さく呟いた。
「――罪人、シャルル・アリア=ガーネットは自らを聖女と偽り、王子を篭絡し、国を陥れようとした! よって、国家反逆罪としてここに処刑する!」
ワァア、と歓声が上がり、多くの人がシャルルの死を喜んだ。
処刑人が剣を振り上げ、ギロチンに捕らえられたシャルルはぎゅ、と目を瞑った。
――空気を切る音と共に肉を断つ感触がして、一瞬の痛みが走り意識は暗転する。
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