第九皇女は氷華の騎士伯爵に囲われる

白霧雪。

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第27話

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 庭園で読書の続きでもしようかと、藤乃を連れて歩いていたら、突然歳若いメイドの悲鳴が響き渡った。

「申し訳ありませんお嬢様。少々様子を見て参りますので、こちらでお待ちください」

 メイド長が屋敷内で起きた事件を放っておくこともできず、頭を抱えて溜め息を飲み込んだ藤乃。

「……わたくしも一緒に行くわ。そのほうが、良いでしょう?」

 日傘をくるりと指先で遊び、こてりと小首を傾げた。
「お心遣いに感謝いたします」と頭を下げた藤乃は、眉根を寄せて複雑な表情かおをしている。

 グウェンデル伯爵邸で菊花の世話係を任され、常日頃一番近くにいることが多い藤乃だけが菊花の異常性に気づいている。

 美しく可憐な異国のお皇女ひめ様はただか弱いだけじゃない。
 時間が過ぎれば過ぎるほどに、この美しい少女が歪でどこか欠けているのがまざまざと感じられた。

 ぺディート女公爵のお茶会に招待された日から、その歪さはますますと加速している。
 主人であるヴィンセントも感じ取っているのか、藤乃に直々に「菊花から目を離さないように」と言い含めていた。



 ――菊花の、十六歳の誕生日が近づいていた。



 ハウスメイド三姉妹のひとりであるララは、顔を真っ青にして手元の封筒を握りしめていた。
 茶色い封筒は蝋で封がされているが、その蝋印はグウェンデル伯爵ではなくサピロス公爵の印である。

 まるで首を絞められた鶏のような声を出すララに、呆れた声音で藤乃が声をかけた。

「騒がしいですよ。一体、どうしたと言うのですか」
「ぁ、ぁ、ぁ……ふ、フジノさんッ……! あ、あたし、ついにヤッちゃいました……!」

 どうしようもなくなって、絶望を悟ったララはにへらっと脱力した笑みを浮かべて、茶封筒を藤乃に見せる。
 訝し気に眉を顰めたが、手渡されたそれを見て言葉を失った。

「な、な、な……!」

 ――ヴィンセント・サピロス小公爵から、王太子への封書である。

 さぁっと顔色を悪くした藤乃もさすがに言葉を失った。

 ヴィンセントは今日、王太子に会うために出勤しているも同然。
 手元にあるこの封書の中身について話すためだ。しかし、肝心の封書がここにあってはどうしようもない。
 一使用人である自分たちが、王太子宛の封書を手にしているという事実すら本来ならあってはならない。

「……あたし、最後の晩餐はコックお手製のカツドンが食べたいです」
「…………わかりました。伝えておきましょう」

 絶望を背負った二人を交互に見て、パチパチとけぶる睫毛を瞬かせる。

「――わたくしが、お届けいたしましょうか?」

 ララにはその瞬間、菊花が聖母に見えた。

「わたくしが持っていけば、ビー様もお怒りにならないでしょうから。それに、ビー様のお仕事なさっている姿を見てみたいわ」

 封書がなければヴィンセントは王太子から叱責を受ける。
 そして本日の支度係だったララも仕置きを免れない。三日飯抜きならいいが、解雇されてしまったらどうしよう。

 キュッと唇を引き結んだララは、スカートがシワになるのも厭わずにギュッと握りしめた。
 生きるためなら泥水さえ啜れる。だって、そうしなくちゃ生きてこれなかった。

「ッお願いします! あたしを、救ってください!」
「わたくしに、できることでしたら」

 美しく微笑んだ菊花に、藤乃は止まっていた息を短く吐き出した。
 ちょっとポンコツなところがあるけど、可愛がって、育てて教えてきた子たちだ。どうしようもなく切り捨てられるのを黙って見ていられるほど情が無いわけじゃない。

 ヴィンセントが菊花に甘いのは周知の事実。
 藤乃は菊花の外出用ドレスの候補を頭の中に思い浮かべ、できるだけヴィンセント好みに菊花を仕上げようと準備をするために動き出す。

 王太子との会談は午後の予定だ。それなら午前は隊舎にいるはず。何度か訪れたことがある男だらけの隊舎を思い浮かべた。
 むさくるしい隊舎に菊花を連れて行って、本当に大丈夫だろうか。

 今にも泣いてしまいそうなララは彼女の姉妹に任せて、足取り軽い菊花の後ろを着いて歩く。
 藤乃か、双子騎士と一緒なら外出しても良いと許可をもらっているが仕事場へ行っても良いかどうかは聞いていない。

 ひしひしと不安が押し寄せてくるが、菊花がルンルンで楽しそうにしているからそれでいいか、と藤乃は無理やり自分を納得させた。

 
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