第九皇女は氷華の騎士伯爵に囲われる

白霧雪。

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第18話

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 路地に出ると賑やかさが戻ってくる。

「お使いも無事に達成できたわ。帰りましょうか」

 頼まれごとを達成できた喜びか、表情がふわふわ緩んでいる。自分がいなければすぐに攫われていただろうな、と改めてエースは気を引き締めた。
 お使いは達成できたが、エースにとってはむしろここからが本番だ。いかに菊花の興味を引く店を探し出して、お客様が帰るまで引き留めるか。すべてはエースにかかっている。

「せっかく外に出たんですから、順番に見てまわりましょーよ。外でランチしてきなさい、ってセバスチャンさんに言われてんですよ。多分、今帰ったら昼前だし、俺、さすがに飯抜きはキツイっすね……」
「え、そうだったの?」
「そうなんですそうなんです」

 今帰ったら菊花の食事は用意されるだろうがエースは確実に飯抜きである。

 菊花に与えられる情報はヴィンセントが緻密な管理をしている。タブーなのは家族関連の話題。以前、ハウスメイド三姉妹のひとりがきょうだいについて尋ねて、三日間の飯抜きを命じられていた。
 家族仲が悪いのか、なぜそれらの話題がタブーなのかはわからない。ご主人様は多く語らない方だ。もしかしたら本当に攫ってきたんじゃ、とすら思いもしている。

 グウェンデル伯爵邸の使用人たちはセバスチャンと藤乃を覗いて菊花の素性を知らされていない。自身に仕える者にすら、菊花の情報を教えたくないのだ。

「とりあえず、てきとーにそこらへんの店にでも入ってみますか」
「……あのお店?」

 文字通りテキトウにそこらへんの店を指さしたエース。指さした先を確認した菊花は、本当に? と眉を顰めてエースを見つめ返した。
 黄金の瞳に見つめられ、なんだか照れくさくなる。

「エース、さすがにわたくしも羞恥心というものはあるわ」
「え?」
「どうしても行きたいならついて行っていくけれど……エースが怒られてしまうと思うの」

 基本的に流され気質なお嬢様が気乗りしない様子に首を傾げ、指さした先を見やった。

「……ッ!! も、申し訳ありませんお嬢ッ!! け、決して変な意図があったわけではなくってですね!!」

 全身の毛を逆立てて飛び上がったエースは、顔を赤くしたり青くしたり、冷や汗なのか脂汗なのかわからない汗を垂らしている。

 フリルにレース、可愛らしいピンクに過激な赤、清廉な白、セクシーな黒などの下着が並んだランジェリーショップ。

 ちょっと、さすがに、恥ずかしい。

 羞恥が頬がうっすらと色付いて、視線がゆっくりとズレていく。今日はもしかしたら厄日で命日になるかもしれない。

「ほッ、ほんっとーに!! 申し訳ありません!!」
「う、うん。あの、大丈夫よ。その、間違っただけだものね。ただ、適当なお店を指さしたらたまたまあそこだったんだものね。大丈夫よ、わたくし、なんとも思っていないから」
「お、お嬢様ぁ……!」

 セクハラと叫ばれ罵られてもおかしくないのに、むしろこの国の女性ならば平手打ちを食らわせて蔑みの目を向けてくるだろうに、お嬢様はなんと慈悲深いのか!

 心優しい菊花(エースの大声で注目を集めてしまい、ただ居心地が悪かったので落ち着かせようとしただけ)に感激するエースだが、菊花が許しを与えてくれたとしてもご主人様が許してくれるとは限らない。
 這いよる恐怖に気が付かないふりをして、お嬢様をもてなすことに尽力しよう。

 ふと、屋敷を出る前に藤乃から「もしもの時のために」と『お嬢様のためのメモ』を貰ったのだった。

「そーいえば、フジノさんが北街のオススメの店を教えてくれたんスよ」
「フジノが?」
「茶葉の店だらしいんスけど、行ってみません? お嬢、お茶を淹れるの好きでしょ。ご主人様に淹れてあげたらものすっごい喜ぶと思うンですけど」

 にっこりと、内心冷や汗だらけな顔に笑顔を張り付けて、さりげなく茶葉の店がある方へと誘導する。これも藤乃のアドバイスだった。お嬢様は流されやすいからさりげなくエスコートなさい、とのこと。あと、できればこれでチャラにしてもらいたい。

 ヴィンセントの喜ぶ顔を想像して、自然と微笑が綻んだ。
 いつも貰ってばかりだからお返しを選んでいくのもいいかもしれない。

「この国では、お世話になった方への贈り物は何を差し上げたらいいのかしら?」

 突拍子のない問いかけだったが、すぐにご主人様のことかと合点がいく。

「ご主人様なら、お嬢からのプレゼントはなんでも喜びますよ」
「知っているわ。だから、困っているの」

 はぁ、と吐息をこぼす菊花の横顔が憂いを帯び、油断するとつい見惚れてしまう。
 プレゼントにはそれぞれ意味がある。女性から男性に贈る場合や、その逆で意味が変わってきたりもする。
 下手にアクセサリーなどを贈っては、菊花の首を自分自身で絞めてしまうことになる。

「……カフスボタンとかッスかねぇ」
「袖口を留めるぼたんだったかしら?」
「さりげないアクセントになるし、社交界に出る紳士には必須アイテムですよ。普段から身につけられるからいいんじゃねぇっすかね」

 普段、ヴィンセントが使用しているカフスボタンはシンプルなものが多い。かといって地味というわけではなく、自身に似合うものをきちんとわかっているのだ。髪色や、寒色系の服装が多く、実際に目にしたことがあるのは白や青のカフスボタンだった。
 サピロス家のカラーが青ということもあり、ほかの色を身に着けると邪推されるからでもある。

「釦屋に行きます? 確か、この通りにもありましたよ」
「……石から選ぶことってできるのかしら?」
「できますけど、……けっこうかかりますよ」

 貰った小遣いじゃ到底足りない値段だ。

 宝石の種類にもよるが、ヴィンセントが身に着けるならばそこらへんのただキラキラしている宝石じゃ釣り合わない。宝石を選び、カフスボタンに加工してもらうにしてもすべてがオーダーメイドになる。今の菊花には手が届かない値段だ。
 頼んだ時点で、ヴィンセントに報告が行くだろうことは目に見えていた。しかし、既製品の中から選んだとして、それが彼に似合うだろうか。
 審美眼にはそれなりに自信がある。後宮にいた頃は、本物と贋作を見分けなければいけなかったから。

「そうよね。うん、じゃあ、茶葉屋さんに行ってから釦屋さんに行きましょう」
「りょーかいッス」

 見るだけ見て、駄目だったら諦めよう。

 外出はあまり好きじゃないけど、贈り物のことを考えると少し楽しくなった。



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