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第17話

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 ふわふわの食パンで挟んだタマゴとハムのサンドウィッチは、レタスがシャキシャキと程よい食感でとても美味しい。
 オレンジの果汁を絞っただけでは喉にくるので、それにミルクを加えたフルーツジュースを飲む。

 朝食を終え、珍しく朝からおめかしをされた菊花は深いインディゴのワンピースドレスに身を包んでいた。
 膝下のスカートは歩くたびにしゃらしゃらと軽やかに揺れている。
 ドレスと揃いの帽子を被り、白魚の手は日傘を握っている。

「お嬢、あんま離れねーでくださいよ」
「うん。わ、わかっています」

 護衛の騎士を伴って向かう先は、貴族御用達のロックス宝石店。
 ヴィンセントの指示――なわけがなく、セバスチャンのお使いだった。

 グウェンデル伯爵邸に今日は高貴なお客様がいらっしゃる予定で、セバスチャンはその来客と菊花を絶対に会わせないように、とヴィンセントから指示を受けていたのだ。

 部屋から出てこないように、と言ってしまうのは簡単で、菊花も聞き分けよく部屋の中で大人しくしているだろう。

 しかし、問題はその来客の方。

 ヴィンセントの遠縁の親戚で、酷くマイペースで自由気ままなお方だとか。
 勝手に屋敷内を探索して宝探しの如く菊花を見つけたなら、連れて帰ると言い出す可能性もあった。

「どーっすか、お嬢。久々の外でしょ? どっか見たいとことか無いんですか? セバスチャンさんからいーっぱい小遣いもらったんだし、せっかくだからどこでも連れてってあげますよ。女の子なんだから、ショッピングとか好きでしょ」

 明るい茶髪を揺らして、にかっと少年のように笑った騎士は、ヴィンセントが直々にスカウトしてきて屋敷の護衛をしている。
 双子の騎士のエースとデュース。瓜二つの容姿だが、性格が真反対な彼らはすぐに見分けられる。

「しょ、しょっぴんんぐ? あ、お買い物のことかしら?」
「お、そうそう! 横文字わかるようになってきたじゃん」
「一応、お勉強はしていますから。……あの、お買い物って、お外でするものなのですか?」

 こてん、と首を傾げた菊花。
 すっかり伯爵邸に馴染んでしまっているが、大国の元皇女様である。皇女が外へ買い物に行くわけがなく、必要なものは気づけば勝手に用意されてるし、商人は後宮まで出向いてくる。

 公爵邸にいた頃も、夫人から贈られた物で十分だったし、今現在も自ら買い物に行く必要性がない。

 エースは改めて菊花の不自由さを理解して、思わず顔を顰めた。
 ご主人様の考えていることもよくわかる。透き通った美貌の少女を外に出して何かあったら、と思うと気が気じゃない。

「ドレスは? アクセサリーもあるぜ? 王都の中でもこの北区の店通りは品質はもちろん、品揃えもいいんですよ。女の子が好きそうなカフェもあるし、なんかほしいものとかない?」
「……お洋服も、あくせさりぃも、ビー様がたくさんくださるから余ってしまっているの」

(知ってますよ!! 出かけるたびにお嬢にプレゼント買ってくんすもん!)

 内心で頬を引き攣らせながら、ほかに何かないかと無い頭を使って考える。
 エースの中の女の子とは屋敷のハウスメイド三姉妹が基準になっているのだが、菊花とはタイプが違いすぎるので大して参考にはならなかった。

「じゃあ、お菓子は? ケーキとか」
「甘い物、あんまり得意ではなくって……。その、ごめんなさい、エース。せっかく気を回してくれているのに」
「謝んないでくださいよ! 俺がもっと気の利いたところにご案内できればいいんスけど、オシャンなところってどーにも苦手で……」

 顔はいいのに、がさつな動作が妙に似合っている。

「じゃあ、寄り道はしないで執事長のお使いをこなしましょうか」

 そーっすね、と頷いたものの、夕方まで時間を潰すようにと言われているのだ。背中で冷や汗を流しながら目的の宝石店までゆっくりと歩みを進めた。



 カランカラン、と来客を告げるベルが鳴る。
 店内は壁一面に大小様々で色とりどりな種類の宝石が並べられ、一筋の光が差し込んだだけでお互いに反射し合いキラキラと光り輝いた。

 作業台となっているカウンターには気難しい顔つきの男性が、拡大鏡を使って小ぶりの宝石をじっくりと見ている。

「ロックスの旦那ぁ。約束のモンを受け取りに来ましたよ」
「……サピロスの倅のとこのか」

 眼鏡を外した店主は、エースの背後に隠れた菊花の姿を視止めると眉を顰めた。

「知らんお嬢さんだな。お前のか?」

 小指を立てて見せた店主にエースが顔を真っ青にして否定する。視線はきょろきょろと落ちつきなくさ迷って、に聞かれていないか確認をしているのだ。

 そんな全力で否定しなくてもいいのに。ちょっとだけしょんぼりしてしまう。

「お嬢は俺なんかじゃなくって、ご主人様のですから!! 旦那ぁ、変なこと言わんでくださいよ! 危うく首が飛ぶかと……!」
「ははっ、すまんな。老人のちょっとしたジョークだよ。初めましてお嬢さん。この宝石店を営んでいるロックスだ」
「はじめまして」

 ちょこんと裾をつまんで胸元に手を当てる。

「名前は教えてくれないのかい?」

 う、と言葉に詰まった。つい助けを求めてエースを見上げれば、呆れを含ませた苦笑いを浮かべている。

「あー……うちのご主人様が名乗るなって言い含めてんスよ」
「それは、なんと……あの倅は随分と過保護だったわけだ」
「いくらお嬢が可愛いからってねぇ……。ま、俺らは何も言えねぇんですけど」

 肩を竦めたエースは、菊花の待遇に少なからず疑問を抱いている。
 仕えるべきご主人様が連れてきた可愛らしいお嬢さん。異国情緒漂わせる雰囲気に、つい誘拐してきたんじゃないかと半身と声を揃えてしまった。

 屋敷内で見かければ声をかけるくらいはするものの、基本的に与えられた部屋で大人しくしているお嬢さんと関わり合いになる機会なんてそうそうない。
 表情は薄いが感情はないわけでもなく、ご主人様と一緒にいる時はとても嬉しそうなのでご主人様の一方的な感情ではないのだろうということに使用人一同安堵したのが懐かしい。

 そこらへんのお嬢様とは比べ物にならないほど精錬で美しいお嬢様が、それこそ妖精に攫われてしまわないかご主人様は心配で心配で仕方ないんだろう。
 それはわかってはいるが、だからといって、屋敷の中に大切にしまい込んでしまうのは違うとエースは思っている。美しいモノは、自由であるからこそ美しいのだ。

「……で、例のやつは?」

 泥沼に陥りそうな思考を割り切って、さっさとお使いを達成してしまおう。ただの屋敷の守衛がいくら考えたって仕方ないことだ。

「ほら、これだろう」

 背後の棚から取り出したのは、重厚な小箱だった。獅子とユリの花の意匠が施された、漆塗りのシンプルながらに高貴さを感じさせる小箱。
 白い手袋を嵌めた手で丁寧に蓋を開ける。

「……まぁ」

 思わず声が漏れてしまった。
 柔らかなベルベットのクッションの上に、大振りのサファイアがネックレスとして鎮座していた。
 今まで見てきた中でも最高峰。皇帝陛下おとうさまに献上された宝石の類でも数えられるくらいしか見たことが無い。

「確かに。これ、お代です」

 懐から取り出した小切手を受け取った店主は、蓋を戻して紐で絞め、布に包んでいく。

「そういやぁ、来週から建国祭の準備が始まるだろう。今年は招待客が豪華らしいぞ」
「なぁんで旦那が招待客のことまで知ってんですか」
「客商売だからな。聞きたくなくても耳に入ってくんだよ。ほら、揺らすなよ」

 受け取った小箱は小さいながらに意外と重量感があった。落とさないように両腕に抱え、ありがとうございます、と軽く頭を下げる。

「ご贔屓にどーも。次は茶でも用意しとくよ。倅によろしく言っといてくれ、蒼いお嬢さん」

 ぱち、と瞬いて小さく笑みをこぼした。


 
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