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第8話
しおりを挟む公爵と夫人が腕を組んで入場し、その後をヴィンセントにエスコートされていく。
つるりとよく磨かれたフロアに、シャンデリアがキラキラと光り輝く。目が痛くなるような輝かしさだ。
すでに招待客のほとんどが来ており、最後の入場だった。
麗しいサピロス公爵一家。それも、滅多に社交会に参加しないサピロス小公爵が、美しい少女をエスコートしての登場だ。
美しい、見たことのない少女に、会場の男性陣は吐息をこぼして凝視した。どこの御令嬢だろう、サピロスとはいったいどんな関係なのか、小公爵殿がエスコートをしているがまさか、根も葉もないざわめきが広がっていく。
「やぁやぁ親愛なるサピロス公爵! よく来てくださった!」
出迎えてくれたのは、両腕を広げた恰幅のよい男性。当代のディモンド公爵だ。たゆんと見事に育った腹回りに、ソーセージのような丸々とした指にはいくつもの指輪がはまっている。ライムライトのタキシードを着ているが、薄色は膨張色でもあるので余計に大きく見える。
サピロス公爵と背丈はさほど変わらないのに、横に三倍ほど大きかった。シャツのボタンが弾け飛んでいきそうである。
「お久しぶりです、ディモンド公爵。相変わらずお元気そうで。また肌ツヤが良くなりましたか?」
「はっはっは! 確かにここ最近体の調子がとてもいいんだ」
肌ツヤというか、脂ぎってテカッてますよ、という嫌味だった。
夫人は扇子に隠れて笑いそうになるのを耐えているし、ヴィンセントは菊花の握る手がかすかに震えていた。
「公爵夫人も、相変わらずお美しい! 白百合の美貌は健在ですな!」
「健やかな生活は健やかな心と体を育んでくれますもの。ディモンド公爵夫人は、今日はご不在で?」
「あぁ……妻は体調が優れず寝込んでいてな。せっかく君たちが来てくれたと言うのに、出迎えもできずすまないね」
寝込むほど体調が悪いのにパーティーを開くなんて、と嫌悪がよぎる。
暗に、ディモンド公爵夫人は健やかな生活が送れていないのではないかしら、と奥様は言う。夫妻そろって皮肉を言いまくっているのに、ディモンド公爵は一切気づく様子がない。
自分本位の自己中心的な見栄っ張り。権力を笠に着た成金デブ。
ディモンド公爵に婿入りした兄が心底可哀そう。兄への同情で、招待されてやったのだ。そうじゃなければ誰が好き好んでディモンド公爵主催の夜会になど来るだろう。
招待された貴族のほとんどは、ディモンド公爵の甘い汁を啜りたい寄生虫共だ。
「ところで、小公爵殿がお連れの御令嬢は――」
「ヴィンセント! あたしに会いに来てくれたのね!」
ピンクの塊が飛んでくる。
甲高い少女の声だ。
サピロス公爵夫妻は眉根を顰め、ディモンド公爵は満面の笑みを浮かべた。
マリーベル・ディモンド。ディモンド公爵の孫娘であり、ヴィンセントの従妹だ。
ピンクゴールドの髪をくるくるに巻いて結い上げて、フリルやレースをふんだんにあしらったピンクのドレスを着ている。
ピンクは、ルペウス家の赤色に属する色。
ディモンド家の令嬢ならば、黄色を基調としたドレスを着るのがマナーであるはずなのだが、従妹は自分の好きな色のドレスを着ると駄々をこねたのだろう。
品性のかけらもなく突進してくるピンクの塊から、菊花を守るように腕に抱いてさらりと交わす。
「マリーベル嬢、レディが走るなんてはしたないですな」
「もうっ、どうして避けるのよぉ! わかったわ! 恥ずかしがっているの、ね……?」
べしゃっ、と良く磨かれたフロアに転んでしまうマリーベルだが、自分のいいように考え、笑みを浮かべて振り返り、――ヴィンセントの腕に抱かれた菊花を見つけて言葉を失う。
「誰よ、その子」
おや、と眉根を上げたのはサピロス公爵だ。
癇癪を起して泣き出すか、怒り出すかのどちらかと思っていたのだがどちらでもなかった。
「マリーベル嬢には関係ないことだ。ディモンド公爵、さぁ、夜会を始めましょう」
氷の眼差しは有無を言わさず、根は小心者のディモンドは上擦った声で開会の挨拶をする。
給仕からワインの入った小さなグラスを受け取り、菊花にはヴィンセントがオレンジジュースを取ってくれた。
その様子を、マリーベルは不気味なほどじっと凝視している。
楽器隊がささやかにメロディーを奏で、壁側には立食形式で料理がいくつも並んでいる。
サピロス以外に、公爵家は来ていない。残念そうにしながら「断られてしまった」とディモンド卿が聞いてもいないのに言ってきた。
華やかな衣裳に身を包んだ貴族たち。
ドリンクを片手に談笑に花を開かせ、時折サピロス一家に視線を向ける。この場にいる誰もが、お近づきになりたいと考えているのだ。
ディモンド公爵に取り入るよりもよっぽど未来を約束されるだろうが、あいにくとサピロス公爵も夫人も、ヴィンセントもただ親戚の付き合いでこの場にいるだけ。
夫人の兄に挨拶をしたらすぐにでも帰る手はずになっていた。
何よりも、菊花に向けられる不躾な視線が気に食わない。いくら美しく可憐であろうとも見すぎである。菊花が擦り減ってしまう。
「菊花、何か食べるか?」
「お気遣いありがとうございます。わたくしは大丈夫ですわ」
「あッ、あの、ヴィンセント様……! 私、ルチェロ男爵の」
「菊花、喉は渇いていない? ブドウジュースがあったかな」
「ヴ、ヴィンセント様……」
なんだかとっても可哀そうになってきた。
可愛らしい御令嬢たちが先ほどからヴィンセントに声をかけているのだが、ことごとく聞こえていないかのように無視を決め込んでいる。
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