【完結】花街の剣の舞姫

白霧雪。

文字の大きさ
7 / 38

桜妃

しおりを挟む
「まぁまぁまぁまぁ! ようこそお越しくださいましたわ!」
「……桜妃様、落ち着いてください」
「あら、蒼様、これがどうして落ち着いていられましょう! 私、とっても感動したのよ! 貴女の舞には心が、魂がこもっていたんですもの! だって、あの瞬間、舞っているのは可憐な少女なはずなのに、確かに男性に見えたんですのよ! それに志雄英伝という選曲も素晴らしいわ。私ね、あの曲が一番好きなの。あら、二胡の奏者の方もお呼びすればよかったわ。ぜひお話を伺いたいと」
「桜妃様、少し、落ち着いて、ください」

 語気を強めた桃真に、大きな瞳を瞬かせた桜妃は「こほん」と軽く咳払いをしてから表情を取り繕い、改まった言葉で桃花へと微笑みかけた。

「お会いできて幸栄ですわ。私は桜妃のおう梨李紗りりしゃと申します」
「今更取り繕ったって遅いんですよ。常日頃から言ってるでしょう、好奇心のままに立ち振る舞ってはいけませんよ、と」
「蒼様はまるでお母さまのようだわ。ねぇ、素敵な舞い手さん。お名前をお伺いしても?」
「おか、!?」

 ツンと澄ました桜妃の言葉に衝撃を受けている桃真。少々、御妃様に対して気安すぎやしないだろうか。
 困惑している桃花は、どうしたらよいのかと視線をさまよわせて、桜妃の後ろに立つ銀の髪の貴い御方とばっちり目が合った。

「あまり客人を困らせる出ないぞ、桜妃よ」
「あら、主上。だって、蒼様がイジワルをするんですのよ。私は舞い手さんと仲良くなりたいだけなのに」
「だから、そういう気軽な心持ちで行動されては周囲が困ってしまうと僕は言っているんです」
「ほら、またイジワル」
「桃真は舞い手殿を桜妃に取られてしまうと思っているのだろう。随分と、気に入っている様子だからな」

 口角を上げて、意味深に視線を向けられた桃花はハッとして、跪く。挨拶もせず、ただ突っ立っているのは不敬にあたるだろう。

「お、御前を失礼いたします、陛下、桜妃様。わたしは、花街が光雅楼の舞い手・桃花と申します。卑賎な生まれの身ゆえ、言葉遣いをご容赦ください」
「――面を上げよ。楽にして構わぬ。素晴らしき舞であった」
「そうでしょうそうでしょう! 私もとっても感動したんです! ねぇ、主上、私、彼女のことが気に入ってしまいました。ぜひ、私の宮にお招きしたいと思いましたの!」

 パチン、と手を打ってにっこりと笑顔を咲かせた桜妃に時が止まった。桃花は呼吸が止まった。

 桜妃は四夫人の中で最も歳若く、天真爛漫で人見知りせず物怖じしない性格から陛下との仲も良好である。けれど決して考えなしの馬鹿というわけではなく、空気も読めるし後宮内での評判も良い。年下の愛らしい妃のお願いに、王は顎に手を当てて考え込む。

 桃花は冷や汗が止まらなかった。
 宮に? お招き? 大華の遊女たちではなく、ただの舞い手であるわたしが?
 頭が混乱し始めた。理解することを脳が拒否している。体が酒を求めた。白酒をぐっと飲みほしたい気分だ。

「桃真はどうだ?」
「そうですね、一時的に桜妃様の御客人として宮にお招きすることならよろしいかと。あぁ、僕の客人として招くことも可能ですが、桜妃様のお客様として招くことが一番弊害がなくて良いかと思います」
「そうではなく、舞い手殿がいればお前の夜遊びも少しは控えるか、と聞いている」
「……主上、桜妃様の前ですよ」
「余は献身的に働いてくれる部下のお願いも聞いてやりたいと思っただけだ」

 暗に、光雅楼に通っているのを知っているぞ、と告げる王にこめかみがズキズキと痛みを訴えた。チラ、と桃花を見れば完全に思考停止している。
 桃花は自分そっちのけで進む会話に頭が追い付かない。止まらない冷や汗に鳥肌が立った。

「彼女がいてくれれば、毎日退屈しないでしょうね」
「ふむ。そうか。では舞い手殿には後宮に滞在してもらおう。余も、一度しか舞を見れないのは残念だと思っていたところだ」
「お、お待ちください! わたしのような者が王宮に滞在するというのはあまりよろしくないのではないでしょうか?」

 後宮ともなれば、王宮の奥の奥。姫君たちの寝所があり、常に暗殺や毒殺と隣り合わせの毒の花園(桃花の偏見である)だ。そんなところにポイっと放り出されるなんて勘弁願いたい。

「芸者や商人を招くことはよくあることだ」
「しかしですね、その、わたしも雇われの身でございますので、まずは店の大旦那に話を通してから――」
「その必要はないわぁ」

 甘い声音に言葉を飲み込んだ。
 声のした方を振り向けば、茶総大将の腕に抱きついた美美がいた。

「御前を失礼いたします、陛下。わたくしは光雅楼が大華・美美と申します。王様と御妃様はわたくしたちの舞い手をご所望のことと存じます。しかしながら、桃花も我が光雅楼の稼ぎ頭で、人気の舞い手でございますゆえ、桃花がいなければ店に来ないというお客様もいらっしゃいますわ」
「だが、そんなことで落ち込むような店ではないだろう」
「――仰る通りにございます。されど、桃花の舞を望むお客様をお待たせするわけにもいきません。ですので、春が終わり、夏が来るその時までという期限付きでございましたら、光雅楼からの派遣を了承いたしましょう」

 もちろん、その分のお金を払ってくださるのでしたらですけれども、と付け加えた美美は鋼の心を持っているに違いない。
 お金なんて払わなくていいから、さっさとお家(光雅楼)に帰らせてくれ。舞で高揚していた気分もすっかり冷め切ってしまった。
 恐る恐る視線を上げれば、愉悦に目を弓形にする王様と目が合った。

「愛する妃のためだ。金は弾もう」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

処理中です...