【完結】花街の剣の舞姫

白霧雪。

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若様の依頼

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 酒を持って戻った桃花タオファを出迎えたのは、桃真タオヂェンひとりだった。

「メ、メイ姐さんは?」
「お願いして、君と二人きりにしてもらったんだ」
「は、――いやいやいやいや、わたしは客は取らない!」
「もちろん聞いている。店主と、その奥方には話を通している。僕は、君に用があって来たんだ」

 酒を落とさなかった自分を褒め称えたい。
 つまり、はじめから光雅楼へ来たのはわたしが目的であったと。客を取らず、座敷にも上がらないわたしを手っ取り早く座敷へ呼ぶには、最上級遊女を指名することができる金があると示すことが必要だった、と。
 面布の下で頬を引き攣らせた。

 きっと姐はに使われたと拗ねているだろう。あとから甘菓子でも持って機嫌を取らないと、数日は拗ねたまま口をきいてくれなくなる。
 そんな子供っぽいところも愛らしいと客には人気だったが、桃花にしてみれば面倒くさいことしやがって、と桃真に悪態を吐きたかった。

 面倒な客ならそもそも内儀は、美美を新規のお客にあてがったりはしない。

「君の噂は聞いているよ。花街一の舞姫。色変わりの瞳の美しい舞姫。実際に観て、感激した。剣を自分の手足のように扱い、一切の呼吸の乱れもなく三曲を踊り切った。細い体にあるとは思えない力強さに圧倒され、天女の如く舞う姿に息を飲んだ」
「あ、――ありがとう、ございます」

 褒められれば、素直に嬉しい。
 お客様と接することのない桃花は、面と向かって賛辞を述べられることなんてなかった。拍手や喝采を受けるのみで、遊女や禿から労わられるくらいだった。

 面布をしていてもわかる美しい相貌を、桃真は暴いてしまいたくて堪らなかった。

 蒼い瞳を伏せ、ぎこちなく隣へ座った桃花は、慣れない手つきで酒を注ぐ。
 禿に用意させた白酒は、口当たりはまろやかで香りも濃厚であり、飲みやすいが度数が高い。ついつい飲みすぎてしまうと次の日後悔する良い酒だ。

 舐めるように一杯を呑んでしまった桃真に目を見張る。
 空になった杯に酒を注ぎながら、早くこの時間が過ぎればいいのにと思う。姐さんたちのように口も上手くないし、会話下手だから話も広げられない。ただ時折相槌を打ちながら、酒を注ぐのを繰り返した。

「あの、わたしに用があるって、酒を注がせたかっただけなの、ですか?」
「――あぁ、初々しい君が可愛らしくて、本来の目的を忘れるところだった」
「そういうの、姐さんたちに言って」

 きらきらしい顔面で甘い言葉を囁かれると砂糖を吐きそうになる。

「来月、王城にて武闘会が開催される」
「はぁ、舞踏会」
「戦う方の武闘会だよ。有体に言ってしまえば、門番から精鋭兵まで入り交じりの腕試し大会ってところかな。普段厳しいあの上司に下克上、なんて目標を掲げている人たちもいてね」
「それで、その武闘会とわたしと何が関係あるのでしょう?」

 酒に酔ってきているのか、かすかに赤らんだ頬を笑みに緩ませて口を開く。

「五、六年ぶりに開催されるとなって、大将たちがとても張り切っているんだ。会を盛り上げるために、花街から遊女を呼ぼうって話になって、そのお願いをしにここを訪れたわけなんだけども」
「なおさら、わたしではなく美姐さんやシン姐さんのほうがよかったんじゃ」
「君に、武闘会を盛り上げる前座として剣舞を披露してもらいたい」
「――は?」

 ぽかん、と間抜けに口を開いたまま固まってしまう。

 蒼い双玉が吊り灯篭の光を受けてきゅるりと煌めく。空のように澄んだ蒼というよりは、陽の光の届かない深い海の色だと桃真は思った。
 この国の民にはない、珍しい色だ。面布によって顔の下半分が隠れているが、どことなく異国の情緒を感じさせる顔立ちだった。

 顔を隠す面布が少女の神秘的ミステリアスな雰囲気を助長させ、週に一度だけ舞台に上がる舞姫を見るためだけに男たちは大金をはたいて一等良い席を買うのだ。

 舞っている姿を見るまでは、尾ひれのついて噂だろうと高を括っていた。だが、実際にこの目で見て、想像していた倍以上に素晴らしい舞だった。
 はたから経費で落とすつもりでいたので、金を惜しまず最前席を取ったのは正解だった。最前の席ともなれば、大華ダーファを買うのと同じ値段だったが、金額にふさわしい舞台だったと今なら思う。
 汗臭い武闘会の前座を彼女が務めてくれたなら、会場の空気も澄み渡りそうだ。青空の下で舞う彼女を想像して頬が緩んだ。

「や、いや、待って、武闘会って、王様とかも見るんじゃ」
「そうだね。でも、君はそんなこと気にする性質なのかい?」
「気にするに決まってるだろ! わたしなんかよりも、もっと素晴らしい舞い手がいる」
「そりゃそうだろうね。けれど、僕は君がいいんだ。君の舞は粗削りなところもあったけれど、心がこもっていた。見る者を感動させ、心動かすものがある。洗練された動きで指先ひとつひとつが美しい。僕は、君の舞をぜひ我が君に観て欲しいと思ったんだ」

 まるで口説かれている気持ちだった。他じゃなく、桃花タオファの舞がいい、と彼の御人は言う。これ以上ない誉め言葉だった。

「店主殿は笑顔で良いと仰られた。奥方は、君が良いと頷けば良いと。僕は今日、この夜の出会いに感謝している。天女のように素晴らしい舞い手と出会えたのだから。あとは君さえ頷いてくれればいいんだ。もちろん、謝礼はする。金でも反物でも、なんでも用意させよう」

 真っすぐな瞳に見つめられ、顔に熱が集まる。

「――わかりました。わたしでよろしければ、そのお話、お受けいたします」

 熱烈な言葉に、桃花は頷くほかなかった。

「本当かい!? よかった……! これで僕の首も飛ばずにすむ!」
「ひぁっ!?」

 酒の勢いもあり、喜びの感情の赴くまま、瞬く間に桃真の腕の中に閉じ込められた桃花は勢いよく手を振り上げた。
 バッチーン、と苛烈な音が弾ける。色男は頬にモミジの痕を付けて光雅楼を後にすることになった。

 翌日、赤いモミジをつけて王城へ出仕した桃真に、周囲はあらぬ噂話を広げることになるとは当の本人も知らぬところであった。


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