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04.拾われました
しおりを挟む広場のベンチに腰かけたリアは、どうしよう、と暗い表情で俯いた。
手持ちの金は少ない。数少ないアクセサーを売れば少しは足しになるだろう。ほとんど着の身着のまま、手荷物は学園寮から持ってきた鞄ひとつ。少ない化粧品と、下着と着替えが一着ずつ。
せめてお金になりそうなものを屋敷から持ってくるんだった、と後悔しても遅い。
『貴方なんて産まなければよかった!』
脳裏で繰り返される母の言葉に、何度も涙が滲みそうになった。
女は簡単に泣いちゃ駄目よ。お化粧は女の武器なんだから――そう教えてくれたのも母だった。
いつからだろう。母が一際厳しくなったのは。気付いたときには、母は今の母になっていた。
泣いてたまるもんか。せっかく格好よく学園を後にしたんだもの、わたし、強く生きるのよ。……とは言いつつも、現状は最悪だ。宿に泊まるお金もなければ、食事すら危うい。
まさか今日生きることすら危うい状況になるなんて、昨日のわたしは思ってもいなかっただろう。
「お嬢さん、どうしたんだい? ひとりなのかい? おや、泣いていたのかな?」
「え、あの、……ど、どなた、でしょうか?」
ぼうっとしていたリアは、近くまで来ていた男性に気付くことができなかった。
にこにこと、人好きのする笑みを浮かべた男性は身形の良い衣服に、シルクハットをかぶっていた。白い髭の男性は、リアの記憶にはない人物だ。
知らない人に声をかけられ、眉を下げる。夜会やパーティーに出れば、初対面の人と話す機会も多いが、それは淑女としてのマナーだったからできたことだ。
元来、人見知りする性質のリアは腕の中で大人しくしているリリーを撫でて気持ちを落ち着かせた。
「あの、えぇっと、少し、家族と仲違いをしてしまって」
「なんと! こんなに可愛らしいお嬢さんと喧嘩をするなんて……その制服は貴族学園のものだね? 学園にも戻れないのかい?」
「……退学に、なってしまったので」
「おやおやおやおや、それは大変だ! 行く所がなければ、ワシの屋敷に来るといい。君と同じ歳くらいの娘がふたりいるんだ。きっと仲良くなれる」
ニコニコと笑みを浮かべているのに、どうしてか怖くなった。笑っているのに、目が笑っていないのだ。シルバーグレイの目はゾッとするほど理性的で、感情を感じさせない。
「さぁ、おいで」
彼の後ろには黒い馬車が見える。
手首を掴まれ、無理やり力を込められる。強く引っ張られて、軽い身体はいとも簡単に引き摺られてしまう。
「は、離してっ!」
「わがままを言うんじゃない。さぁ、おいで」
怖い、こわい、コワイ!
力で敵わない男の人に、恐怖が沸きあがる。
傍から見て、リアは絶好の獲物だった。
美しい容姿に、ざんばらにぶつ切られた不ぞろいな髪は不釣合いで訳有りなのが見て分かる。それに着ている制服はかの有名な貴族学園のものだ。
そんな少女が手荷物ひとつを持ってベンチに座っていれば、邪まな感情を持つ者なら誰でも声をかけるだろう。
学園にいた男子生徒たちは、貴族の子息なだけあって礼儀作法はしっかりしていた。レディファーストがあたりまえだし、無理強いをするような無作法な紳士はいなかった。
「さぁ、さぁ! 早く!」
周りを見渡しても、助けてくれそうな人はいない。
むしろ鋭く目を光らせた、男性と同類しか見当たらなかった。
背中を押され、馬車の中に無理やり入れられる。バタン、ガチャン、と音がして、扉は外から鍵をかけられてしまった。
ご丁寧に、窓には鉄網が張り巡らされている。
唇を強く噛み締める。無様だった。情けなかった。勘当されたとはいえ、騎士の家の娘が、なんと不甲斐ないことだろう。
強く生きねば、そう思ったばかりだったのに。
グッと顔を上げて、ロングスカートをたくし上げる。メイドが見たら失神してしまうだろうお嬢様にあるまじき格好。ヒールの高いブーツはお気に入りで、兄からの贈り物だった。
揺れる馬車の中、立ち上がり、片足を振り上げた――ガンッ、と鈍い音が響く。ガンッ、ガンッ、ガンッ、と何度も扉を蹴り飛ばした。何度目かでヒールが折れ、足首に痛みが走る。
「ッは、はぁっ、諦めて、たまるもんですかッ……!」
このまま馬車に乗せられて、連れて行かれる先はどこだろう。売り飛ばされるのか、飼い殺されるのか。どちらにせよ、暗い未来しかない絶望だった。
わたし、ハイペースで絶望にぶち当たりすぎではなくって? 婚約破棄されて、学園は退学になり、実家に勘当されて家を追い出され、果ては誘拐。人生で最も過酷な一日だ。
レアな事案にたった一日で遭遇している。人生ハードモードだった。
勘当されたが、わたしは騎士の家の娘。心は強く、決して折れることはない剣のように。
強くあろうと思うたびに、思い出すのは母のヒステリックな声だ。思い出しては、心にヒビが入る。
「もう一度ッ……!」
振り上げた足で、一際強く蹴り飛ばそうとした瞬間――ヒヒィーン、と馬の嘶きと共に、馬車が大きな衝撃に揺れた。
「きゃぁっ」
片足で立っていたリアが衝撃に堪えられるはずもなく、座席に叩きつけられて倒れこむ。
「う、うぅ……いったい、なにが」
衝撃に痛む身体を抱えて、座席に手をつく。
ガチャン、と音がして、ゆっくりと扉が開かれた。
「――やっと見つけた。俺のお姫様」
その人は、白銀の髪をきらきらと輝かせ、空を映した瞳をしていた。
*.。.:*・゚*.:*・゚
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