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本編

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 辞める、辞めないの押し問答は日常のひとつに組み込まれた。
 繰り広げられるそれに騎士団員たちはまたか、と苦笑いをする。

 だから今日も、いつものやりとりのつもりだった。

「私だって、そろそろ結婚を視野に入れて――」
「いい加減にしろ」

 低い声音が耳に響いた。

 冷たく凍えた瞳は、決してサーシャに向けられることはなかったのに。
 全身が震えて、言葉が音にならない。

 副団長とは、名ばかりではない。騎士団長の養い子だから副団長なわけでもない。
 剣の腕は天才と謳われ、魔法の実力は宮廷魔道士にも劣らず。
 信頼と実績があるから、ラインハルトは誰もが憧れる王国騎士団の副団長を務めているのだ。いずれ、騎士団長になる男とも言われている。

「なぁ、どうしてわからないんだ。俺にはお前が必要なんだ」
「ッ、だ、だから! そういうことは聖女様に仰ればいいじゃない!」

 殺気すら滲んだ声に、涙が零れ、言葉が溢れた。

 ドン、と。手首をつかまれ机に引き倒される。

「俺は、聖女と生涯を共にするつもりは毛頭ない」
「け、けど、お父さんは、」
「親父がなんと言おうとだ。俺はお前を、他所の誰かにやるつもりなんてない。……そうだ、俺と結婚すればいいじゃないか。そうすればサーシャはずっと俺のものになる」
「い、いやよ。レイ、……ラインハルト、ねえ、言ってる意味分かっているの? 私たちは兄妹同然に育ってきたのよ、それを、結婚だなんて、お父さんが、」

 許すはずない、と続くはずだった言葉を飲み込まれ、キスをされる。
 優しい、温かい口付けだった。

「――なぁ、辞めるなんて言うなよ。俺から離れないでくれよ。俺は、サーシャのことを愛しているんだ。笑顔のサーシャを見ると胸のうちが温かくなる。くじけそうな俺を、励ましてくれたのはサーシャじゃないか。俺の隣に並ぶのは、サーシャ以外考えられない」

 物心つく前に両親を亡くしたサーシャとは違い、ラインハルトには両親との思い出がある。

 賊に邸を襲われ、残酷に殺されるのを見てしまっている。
 今でも夢に見る。そのたびに悪夢にうなされ、涙するラインハルトを慰めてきたのはサーシャだった。

 切ない声に、いつもの癖で腕を伸ばし、頭を抱きしめた。優しく、ゆっくりと髪を梳き、頭を撫でる。
 決心したはずなのに、心が揺らいだ。

「……じゃあ、私はどうすればいいのよ」

 養い親は、ラインハルトを聖女と結婚させたいはずだ。
 そして近い将来、サーシャにも見合いをさせるつもりだろう。執務室の机に少数だが、男の釣書があったのを見た。

 血は繋がってはいないとはいえ、兄妹同然に育ったふたりを結婚させようとは思っていないはず。
 養い親は自分たちを大切に愛してくれているが、打算的なところもあった。
 将来性を考えて、騎士団のため、王国のためとなる家柄にサーシャを嫁がせるつもりでいる。

「きっと、お父さんは許してくれないわ」
「それでも俺は、サーシャと共に生きたい」

 たとえ死んでしまっても、ずっと一緒にいたい。
 そう、優しく物語るラインハルトの瞳はほの暗い闇を纏っていた。

 
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