美化委員会副委員長の受難

白霧雪。

文字の大きさ
上 下
1 / 1

01

しおりを挟む
 
 しんしんと、雨が降っている。

 傘も差さず雨に濡れ、俯いている表情は伺い知れない。

 椿の香りの美人と謳われる青年の悲壮な姿に、誰も声をかけることができずにいた。
 白い肌をさらに白くして、常であればぷっくりと赤い唇は紫色に変わってしまっている。幽鬼のような立ち姿に、誰もがかける声を失った。

「――艶葉木つやばき君、こんなとこで雨に当たってたら風邪引いちゃうよぉ」

 冷たく凍えた手を掬い上げたのは、ごつごつと男らしい手のひらだ。

 ゆらり、とかすかに持ち上げた頭の、濡れた黒髪の隙間から覗いた瞳は虚ろで生気がない。

 こりゃ重傷だ。
 肩を竦めた、話しかけた勇者は風紀委員会委員長の茅原蜜斗ちがやはらみつとだ。

「おーい、艶葉木君ってば、聞こえてる?」
「っ……るさい、僕にかまわないで」

 伸ばされた手を振り払うが、逆に手首をつかまれて、胸の中に抱き寄せられる。

「よしよし、艶葉木君はよく頑張ってるよ」
「なんにも、知らないくせにッ! 適当なこと言わないで!」

 今だ虚ろな瞳を吊り上げて、言葉尻を強くした。

 大して自分のことを知らない奴に何が分かる。勝手なことを言われたくない。

 生徒会長がよその男の尻を追いかけて、恋人であるはずの自分を袖にしただなんて考えたくもないし、ポッと出の編入生に負けたのかと思うとプライドがズタズタになった。

 生徒会長に会うために訪れた生徒会室で、抱き合っている二人を見て、何もかもを投げ出してきてしまった。
 ろくに呼吸もできなくて、まともなことを考えられない。雨降りの曇天は、鴛珠えんじゅの心を映し出していた。

 ことの発端は夏の終わりにやってきた季節はずれの編入生。
 よく見れば可愛い顔立ちの、ちょっと初心で純粋な一年生に、鴛珠の恋人である生徒会長がハマってしまったのだ。

「だから言ったのに、あれは止めとけって」
「うる、さい」

 ドン、と胸を強く叩く。声が震えた。
 決して、泣いてるわけじゃない。雨が頬を強く打つのだ。

 艶葉木鴛珠は匂い立つ椿を思わせる容貌をしている。
 白い肌、つるりとまろい頬、ぬばたまの髪。ぽってりと赤い、口紅要らずの唇。線が細く、華奢な手足は風に吹かれただけで折れてしまう。
 繊細な容姿とは裏腹に、強気で苛烈、プライド高く、高嶺の花と呼ばれるに相応しい性格をしている。

 好きだった。あの人のことが大好きだった。

 胃がキリキリと痛む。
 確かに想い合っていたはずなのに、関係が崩壊するのは一瞬だった。こんなことなら、生徒会室に行かなければよかった。
 今更後悔しても遅いのだ。会いたかったのは自分だし、浮気をされるなんて微塵にも思っていなかった。
 それだけ自分に自身があった。

 感情がぐちゃぐちゃになって、頭が混乱している。なんにも考えたくない。全てを放り出してしまいたかった。

「今の艶葉木君を放ってはおけないなぁ。目を離したら海にでも行っちゃいそう」

 抱きしめる腕は、拒否すればすぐに離れていくだろう。話しかける声はどこまでも甘く、蜂蜜のようにとろけている。
 弱っているところに付け入られているわかってはいても、今の鴛珠にこれ以上拒否することはできなかった。

「雨、強くなってきたねぇ。俺の部屋に行こう。あったかいココアでも飲んで、気持ちを落ち着けよぉ?」

 間延びした口調が、肩の強張りを取っ払っていった。

 頬を流れる水滴は冷たいし、爪先がかじかんできた。明日が休みでよかった。制服を乾かすのも時間がかかる。

「……ココアよりホットミルクがいい」
「あはっ、仰せのままに、俺のお姫様」

 ぎゅう、と抱きしめられる。

 雨に濡れて頬に張り付く髪が邪魔だ。失恋記念に切ってしまおうか。
 水を含んで重くなった制服をクリーニングに出さなければいけないと思うと億劫になった。

 あっちが浮気をしたのなら、こっちだって浮気してやる。もうどうにでもなってしまえばいい。





 物の少ない部屋、というのが第一印象だった。

「着替えと、あ、シャワー浴びちゃいなよ。確か新品の下着があったはず……」

 渡されたタオルで適当に水滴を拭う。

 ぽた、ぽたり、と毛先から水が滴り、床に落ちていく。離れていく背中をぼんやりと見つめて、手を伸ばした。

「っと……どうかしたぁ?」
「い、――行かないで」

 声が震えた。部屋まで手を引かれて連れて来られた。
 手を離されたとたん、急に寂しくなって、心細くて、胸が震えた。

「……俺はどこにも行かないよぉ。ちゃぁんと、鴛珠の側にいる」

 濡れるなんて今更だ。ふたりとも雨を被ってびしょ濡れで、腕を引かれて胸の中に閉じ込められる。
 ぎゅう、と優しく、鴛珠が拒否をすれば離れる力で抱きしめられる。

 どうしてか、拒否できなかった。
 弱っているのは自覚している。このぬくもりから離れがたかった。

「うーん、あんまり可愛い顔してると、食べちゃうよぉ?」
「……――て、」
「ん?」

 食べていいよ、と小さな声は蜜斗の耳にしっかりと届いた。

 ここで遠慮なんてするはずがない。ぱくり、と文字通り唇を食べられた。

「ぁ、は、んぅ、ん、」

 ちゅ、ちゅ、と唇を啄ばまれ、舌先が薄く開いた唇を割って口内に侵入する。
 ずりゅ、ぐち、と淫猥な水音を立てながら口内を荒らされる。歯型をなぞり、上顎を舌先が辿ると背筋が痺れ、腰が砕けそうになる。

「ん、ぁッ!」

 かくん、と膝が折れた鴛珠の腰を抱きとめて、唇を離す。

「――もっと、欲しい?」

 酸欠で真っ赤になった顔は林檎のようで美味しそう。
 唇はてらてらと唾液で濡れ、目尻には涙が浮かんでいた。

 飄々としている、綺麗な先輩。それが蜜斗に対する印象であった。

「もっと、シて」

 強請るように、首に腕を巻きつければ、再び口付けられる。今度はもっと、深く、強く、快感を呼び覚ますキスに頭がクラクラした。

 
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

莉由奈
2022.06.14 莉由奈

最高です、、
先の展開が気になります👀🤍
更新楽しみにしてます〜!🥳

解除
ひま
2021.08.27 ひま

設定最高で続き気になります...

解除

あなたにおすすめの小説

青少年病棟

BL
性に関する診察・治療を行う病院。 小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。 ※性的描写あり。 ※患者・医師ともに全員男性です。 ※主人公の患者は中学一年生設定。 ※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

元執着ヤンデレ夫だったので警戒しています。

くまだった
BL
 新入生の歓迎会で壇上に立つアーサー アグレンを見た時に、記憶がざっと戻った。  金髪金目のこの才色兼備の男はおれの元執着ヤンデレ夫だ。絶対この男とは関わらない!とおれは決めた。 貴族金髪金目 元執着ヤンデレ夫 先輩攻め→→→茶髪黒目童顔平凡受け ムーンさんで先行投稿してます。 感想頂けたら嬉しいです!

異世界に転生したらめちゃくちゃ嫌われてたけどMなので毎日楽しい

やこにく
BL
「穢らわしい!」「近づくな、この野郎!」「気持ち悪い」 異世界に転生したら、忌み人といわれて毎日罵られる有野 郁 (ありの ゆう)。 しかし、Mだから心無い言葉に興奮している! (美形に罵られるの・・・良い!) 美形だらけの異世界で忌み人として罵られ、冷たく扱われても逆に嬉しい主人公の話。騎士団が(嫌々)引き取 ることになるが、そこでも嫌われを悦ぶ。 主人公受け。攻めはちゃんとでてきます。(固定CPです) ドMな嫌われ異世界人受け×冷酷な副騎士団長攻めです。 初心者ですが、暖かく応援していただけると嬉しいです。

王道学園にブラコンが乗り込んでいくぅ!

玉兎
BL
弟と同じ学校になるべく王道学園に編入した男の子のお話。

第二王子の僕は総受けってやつらしい

もずく
BL
ファンタジーな世界で第二王子が総受けな話。 ボーイズラブ BL 趣味詰め込みました。 苦手な方はブラウザバックでお願いします。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

就職するところがない俺は男用のアダルトグッズの会社に就職しました

柊香
BL
倒産で職を失った俺はアダルトグッズ開発会社に就職!? しかも男用!? 好条件だから仕方なく入った会社だが慣れるとだんだん良くなってきて… 二作目です!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。