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しおりを挟む椿貴にとって一条誉とは、一番身近な大人の男性である。
凄惨な殺人現場となっていた地上に、「これをやったのはあなたたちか」と問うた椿貴に誉は目を細めて口の端を釣り上げた。
「もしそうだとしたらどうする?」
悪い男の顔だったけれど、かっこいいとも思ってしまった。滲み出る色気に、背筋がそわそわした。
あの時、自分はなんと答えたんだっけ。ぼんやりと、見慣れてきた天井を見つめた。
連れてこられたのは誉が所持しているセーフハウスの中でも一番安全な部屋。都内の一等地にある億ションの最上階だ。寝室もリビングも浴室も、どこもかしこも広くて、六畳一間がすべてだった椿貴はなかなか落ち着くことができなかった。
四人は余裕で座れるソファーに寝転んで、昼寝から目覚めたところだ。どうやらたくさん寝てしまったようで、昼寝する前は明るかった部屋も真っ暗になっていた。誉は――まだ帰ってきていない。
のそのそと起き上がり、電気を点けるリモコンを手探りで探した。
誉のセーフハウスで過ごすようになって三日が過ぎた。食事は一日三食用意してくれるし、部屋から出なければ好きにしていいと許可も得ている。眠くなったら寝て、お腹が空いたらご飯を食べて、お風呂はひとりじゃ入れないから誉が帰ってくるのを待っている。
健気なペットのような生活だった。
時計を見ると、夜の八時を過ぎている。くぅ、とお腹が鳴った。
箱入り息子だった椿貴に料理ができるはずもなく、誉がいるときは手料理を振舞ってくれるがそれ以外は買ってきたお弁当だったりカップラーメンだったりを食べている。カップラーメンは最初食べ方がわからなくて、固いままバリボリと齧っていたら目撃してしまった誉が「食べ方を教えなかった僕が悪いんだ……」と打ちひしがれていた。
テーブルの上にはたくさんの種類のパンが入った袋が置かれている。甘い菓子パンもあれば、やきそばパンとか総菜系もあってよりどりみどりだ。
「うーん、チョコドーナツ……」
ご飯と言うよりお菓子である。数あるパンの中から三個入りのドーナツが入った袋を手に取ってソファーに腰かけた。
4Kの大きなテレビはあまり意味を成していない。誉がいればニュース番組を流したり、ふたりで映画鑑賞をしたりするが、ひとりきりだとテレビの音がうるさくてイライラした。
ひとつ食べて、ふたつ目に手を伸ばした頃。玄関が開く音がした。
「! 誉さん!」
ぴょん、とソファーの上で跳ね、玄関に駆けていく。椿貴よりも頭二つ分背の高い誉の副を借りているので、肩がずるりと落ちて白い肌がさらけ出された。
「誉さん、おかりなさい」
「ん、ただいま。椿貴。いい子にしてたかい?」
「ずっとお昼寝してました」
下駄を脱ぎ、スリッパに履き替えた誉は荷物を床に降ろして椿貴を抱きしめた。うりうりと頭に顔をうずめて、滑らかな頬に触れるだけのキスをする。お返しに、背伸びをして誉の頬に唇をつけた。
「ご飯は食べた?」
「今食べてるところです」
「パン? ……あ、おやつに買っておいたドーナツじゃないか。これはご飯とは呼べないよ」
「お腹に入れば一緒でしょ?」
「はぁ……全く。そんなんじゃあ大きくなれないよ」
「……大きくなったら誉さんに抱っこしてもらえなくなるから、いいかなぁ」
大きく成長した自分を想像して、首を横に振った。リビングへ戻る小さな背中を、誉は黙って見送った。
「……はぁ」
甘え上手なペットは、思いのほか癒し効果が得られたとだけ言っておこう。
椿貴と誉の共同生活は思いのほか順調だった。共同生活とは言うもの、ほとんどペット扱いである。
「目ぇ瞑ってるんだよ」
「ふぁい」
ざぱぁ、と頭からお湯をかけられて、泡が流されていく。
当初、足首まであった黒髪は背の中ほどまで短くなっていた。それでもまで長いのだが、せっかくここまで長いのを切るのはもったいないと誉が止めた。おそろいだね、と笑うものだから、まぁいいか、と流されてしまった。
ちゃぽん、と逞しい体を背に湯船につかる。ほっと息が零れた。
椿貴と誉は何もかもが違った。健康的な肌色と、生っ白い肌。しっかりと筋肉のついた引き締まった体と、うっすら骨の浮いた折れそうな痩躯。首の太さも、腕の太さも全然違った。お揃いなのは、お団子にした黒髪だけ。
「明日、服を買いに行こうか」
「……おれ、外に出てもいいんですか?」
ぱち、と三白眼が瞬いた。
切れ長の瞳が笑みに歪められるのが好きだった。
「あぁ、もういいよ。四条の子とは言っても、長年地下に閉じ込められてて業界には顔を知られていないからね。ついでに、美味しいものでも食べて帰って来よう」
「美味しいもの」
「寿司でも焼肉でも、なんでもいいよ」
外出自体初めてなので、何がいいのかわからない。
うぅん、と考え込む子供の背中を見つめながら、目を眇める。
自分は、この子供をとても簡単に殺してしまえるだろう。それをしないのは一時の暇つぶしであり、貴重なヒーラーだからだ。
逃げる素振りもせず、懐いているから飼ってやっているだけ。
浮いた背骨を指でなぞれば、ビクッと体を震わせ、湯が大きく波立った。
「ほ、ほまれさん……?」
思考を中断されて、肩越しに振り返った顔はいつもより血色がいい。
「ちゃんと考えて」
背骨から、脇腹を撫で、耳たぶを食む。柔らかいけれど、歯を立てるとコリコリした。
「ん、えっと……」
普段表情を変えない子供が、こうすると途端に困った顔をして瞳を潤ませる。支配欲が満たされて、とても心地よかった。
首筋に舌を這わせると、唾液を飲み込む音がして、くっと喉で嗤った。
「誉さ、んは、ぁ、なにがオススメ、ですか?」
「そうだなぁ、寿司なら銀座か人形町で、焼肉なら六本木かな。それ以外に何か食べたいのがあればなんでも言って」
「ひ、ぅ、」
細いうなじに歯を立てれば、白い肌がいっそう赤く染まった。
「お、お寿司がいい、ですっ」
きっと、耐えられなくてとっさに口に出したのだろう。
「じゃあ銀座にしようか。三越に行こう。僕も買い物したかったし」
「ほまれさんは、何を買うんですか?」
「ふふ、見てからのお楽しみだよ」
細い首筋をなぞり、赤色がいいかな、とか考える。きっと白い肌によく映えるだろう。
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