助けてくれるのが正義の味方とは限らない

白霧雪。

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 一条誉の目的は世界の書き換えである。

 日本の人口は年々減少傾向にあるが、『異能』を持つ者はその中でももっと少ない。約一億三千万人に対し、十万人のうちひとりしか異能を持った人間は生まれなかった。
 人間は自分とは違う存在を畏怖し、排除しようとする生き物だ。異能を使っただけで化け物と呼ばれ、迫害をされる。人助けをしても、恐怖の目で見られるのだ。

 誉はとても真面目な青年だった。人助けに尽力し、持てる者こそ与えなければ、が口癖だった。
 まぁ、そこから紆余曲折あり、今現在はその業界じゃあ凶悪な指名手配犯として追われる身なのだが後悔はしていない。腐った世界を書き換えて、ゼロから作り直す。まるで神の所業をやり遂げようと日夜励んでいる。

 手始めに腐りきった生家を滅ぼすところから始めた誉は、本家である一条家を上から下まで、使用人も一人残らず皆殺しにして、順番に分家を潰して回っているところであった。

 三つ目の分家を潰し終えたところ、不自然な違和感に細い眉を寄せた。

「爆也、あの壁、ぶち壊せる?」
「おォん? 任せろぉ」

 服から覗く肌は火傷とケロイドだらけの男は、誉が指さす壁に向かって手のひらを向け炎の弾を打ち出した。
 噎せ返る死臭と鉄臭い血の臭いが熱風で吹き飛び、ついでに壁に大穴を開けた。パキン、とどこかでガラスの割れるような音がして、不自然なまでに白い壁の向こうには地下へ続く階段が下りていた。

「なんだと思う?」
「宝物庫とかじゃぁねぇの」
「金銀財宝ざっくざくだと嬉しいねぇ。資金の足しにしよう」

 笑顔を浮かべ、穴を潜って階段を下りていく。無防備な上司に肩を竦めた爆也は、大人しくそのあとを着いて行った。



 湿気とカビの臭いがする階段は、随分と下まで続いていた。どれほど降りただろう。ようやく立ち止まり、その先を塞ぐ襖のような押し戸に手をかける。
 ガシャン、と鍵が鳴った。

「ここまで頑丈だと逆に気になるよね。はい、爆也の出番だよ」
「ったく、人使いが荒いっつーの」

 先ほどと同じように、扉に手を翳す。熱が上がり、勢いよく飛び出した炎の弾は扉を焼き吹き飛ばした。白煙と誇りが舞い上がり、爆風が吹き荒れる。熱風が頬を通り過ぎて、やがて煙が晴れていく。
 小さな部屋のようだった。文机やポット、布団が畳まれている。しかしそれらと誉を遮るように、赤塗りの格子が広がっていた。

「まさかこんなところに部屋があるなんてねぇ。ご丁寧に何重にも結界を張ってさ。大事なものがありますよ、って言ってるようなものじゃないか」

 白煙が漂う中、ゆっくりと部屋を見渡す。残念、金銀財宝はないようだ。
 そろり、と視界の隅で何かが動いた。

「……女?」
「――おれは、男です」

 ぱち、と瞬いた金色と目が合う。
 一目で上等とわかる着物を着た、綺麗な子供が格子の向こう側にいた。

 着物から覗く手首や首は少し力を入れただけでも折れてしまいそうで、一度も日に当たったことのない肌は透き通る雪の白さ。射干玉の髪は子供が動くたびにしゃらしゃらと揺れて、白い肌とのコントラストが目に毒だった。
 綺麗なアーモンド型の瞳は眠たげに伏せられ、金色に誉を映し出している。ぷくり、と膨らんだ小さな唇は薄紅に色付いた。

 美少女とも、美少年とも言える子供だった。
 月影にひっそりと咲く、匂い立つ美しい花だ。

「――四条の子か?」
「しじょう? よく、わからないけど。おれはずっとこの部屋にいたよ」

 感情表現の少ない、何を考えているかわからない目だ。声の抑揚もなく、人形と会話している気分になる。

「名前は?」
「みんな、神子様って呼ぶ」
「君の名前だよ」
「名前……。椿貴、だったっけ」

 首を傾げて思い出さなければいけないほど、名前を呼ぶ者がいなかったのだ。
 どういった理由でこの地下の座敷牢に閉じ込められていたのか、知る者はすでに息絶えている。椿貴の様子から、知っている可能性は低いだろう。

 歳の頃は十四、五歳。もしかしたらもう少し上かもしれないが、細すぎる体躯に不健康な子供を不憫に思った。この子供もまた、一族の食い物にされていたのだろう。

 俗世に穢れていない囚われのお姫様に興味が沸いた。常ならば、無能は殺してしまっているが、椿貴の美貌にもったいないと思ってしまったのだ。

「椿貴。君に選択肢をあげよう。ここで殺されるか、僕と一緒に来るか。どっちがいい?」

 にっこり。三白眼と口元を笑みに歪め、格子の前にしゃがみこんで手を差し出した。
 生きるか死ぬか。生殺与奪の権利を選ばせている。

「あなたについて行ったら、外に出れる?」
「いろんなところに連れて行ってあげるよ。遊園地でも、水族館でも、行きたいところ全部行こう」
「……一緒に、行く」

 背後で爆也は「おえぇ」と舌を出した。上司が幼気な子供を誑かして誘拐するところを目撃してしまった。確かに綺麗な子供だが、上司の好みはクールビューティーで堕とし甲斐のあるお姉さんだったはずだが、どこで性癖がねじ曲がったんだろう。
 可哀そうに。質の悪いのに自分から捕まりに行ってしまった子供を哀んだ。

「僕は一条誉。これからよろしくね、椿貴」

 格子の隙間から細くて白い手が伸ばされる。触れるよりも早く、華奢な手を掴み、引き寄せた。
 格子に激突する、と目をぎゅっと閉じた椿貴だったが、古風で落ち着いた伽羅の香りにけぶる睫毛を瞬かせた。あ、いい匂い。この匂い、好きだ。

「え?」

 趣味の悪い赤塗りの格子は忽然と姿を消しており、少しだけ広くなった部屋に目をぱちぱちと瞬かせる。瞬きをするたびに金色の瞳が輝いて、腕の中に閉じ込めた月の姫も隠れてしまう美貌の子供に誉は笑みを深めた。身内が見れば、邪悪な大人の笑みだったと言うだろう。
 実際、後ろで様子を伺っていた爆也はドン引きしていた。

「不思議そうだね。一条の分家の子なのに、『異能』を知らないのか?」
「いのう?」
「魔法みたいな力のことだよ」
「それって、こんなの?」

 よくわからないまま、そっと誉の背中に腕を回して抱きしめる。一瞬、肩が跳ねたが好きにさせてくれるようだ。

 椿貴は、触れることで人の傷を癒すことができた。体にできた傷も、心に負った傷も。ただ触れて、「この人の傷がなくなりますように」と祈るだけ。未来視よりはコントロールができるので、時折やってくるお客さんにはよくやっていた治療行為である。
 胸の内が温かくなり、何かを繋ぎ合わされる感覚にぞわりと鳥肌が立った。ぷち、ぷち、と何かが繋がっていき、清涼感のある心地に気持ち悪さが大きくなっていく。

「……椿貴、ストップ」
「うん」

 抱き着いて離れなかったが、あの陽だまりの気持ち悪さはパッと霧散した。
 なるほど、回復・治癒系統の御伽能力か。治癒系はめったにない珍しい能力だ。いい拾い物をした。……だが、自分が受けるとなると別である。闇に堕ちきった身であるがゆえか、酷く居心地が悪かった。

「君も異能力者ということが発覚したし、これでアジトにも連れていけるね」
「……これがなかったら、連れてってくれなかった、の?」
「ん? あぁ、まぁ、そうだね。僕の組織に無能は必要ないから。でも、もしそうだったとしてもちゃんとペットとして可愛がるつもりだったから安心しなさい」

 何一つ安心できないのだが、情緒の狂っている椿貴は「可愛がってくれるならいいか」くらいの気持ちだった。

「さぁ、さっさとこんなカビ臭いところを出よう。何か持っていくもの……はないね。新しく買ってあげる」

 是非もなしに、ぐるんと視界が回って誉に抱き上げられた。肩が腹に食い込む、俵持ちである。帯のおかげで食い込まずに済んでいるが、若干苦しいのは否めない。

 抵抗もせず、大人しく担がれている椿貴が少し心配になる。こんなに簡単に着いてきていいのだろうか。感情の波も薄いし、体も細すぎる。足なんて一切筋肉がなく、ふわふわだった。そこらへんの小学生のほうが筋肉があるといった具合である。
 情緒も育ってなければ危機感もない。おそらく、珍しい治癒系の異能であったために座敷牢に閉じ込められていたのだろう。

「ほら、椿貴、念願の外だよ」

 階段を上りきり、穴を潜って外へ出る。縁側の突き当りにあった壁は丸く口を開けていた。肩から降ろして手を繋ぐ。指先を絡めれば柔く握り返されたので誉もご機嫌だ。

「……空気が澄んでる」
「だろうね。あそこ、じめっとしてたし」
「あと、眩しい」

 きゅう、と綺麗に整った顔をしわくちゃにするのが可笑しくて、数年ぶりに腹を抱えて笑ってしまった。

 
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