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闇堕ちイベントとか求めてないです!

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 意を決して声をかけるのはとても勇気がいった。
 胸もとで手のひらを握り締め、「ユリア、」とかけた声は語尾が震えた。

「――ヴィオラ? ……リーデルシュタインはどうしたんだ?」
「スヴェンなら、女の子に呼ばれて行ったわ」
「彼、モテてるからね」

 ヴィオラに話しかけられて、翳りを帯びていた顔はパッと花を咲かせて笑みを浮かべた。やはり、以前とはどこか違う雰囲気だ。
 自嘲気味な笑みも、暗い口調も。

「何か、何か困っていることとか、悩み事とかなぁい?」
「あはは、急にどうしたの?」
「その、えっと、なんだか、ユリアが暗い雰囲気に見えたから……」

 声をかけたはいいが、話す内容を考えていなかった。
 スヴェンが居らず、ユリアもひとりで周りに人もいない今が絶好のチャンスだと思い、気持ちばかりが先走ってしまった。

「暗い雰囲気? そうかな、いつも通りだけど」
「それならいいのよ! わたしの気のせいだったのかも! と、ところで、合同授業のメンバーは決まった?」

 早々に心が折れて断念してしまった。絶対にいつも通りじゃないのに、違和感が拭えないのに、ユリアに否定されてしまってはそれ以上追及できなかった。

 合同授業とは、今月の末に行われる高等部の全学年が参加する実戦授業でのサバイバルバトルのことだ。
 一、二、三年生の三人チームを作り、最後の一組になるまでバトルは行われ、好成績を残した生徒たちには学園から報酬が贈られる。寮別対抗戦と言えば分かりやすいだろう。

 ヴィオラはすでに月の女子寮寮長から声をかけられており、一年生のメンバーは学年主席の女の子だ。

 ――攻略ルートで、合同授業がシナリオに含まれているのはクリスティアンのルートである。
 ゲームではヴィオレティーナの初恋の人、なんて位置付けであったが、ヴィオラの初恋の人は近所に住んでた綺麗なお兄さんである。妹にも、ヴィオラにも分け隔てなく接してくれた優しくて綺麗なお兄さんのことが大好きだった。
 初恋と呼んでいいのか、憧れに似た感情だった。

 つまるところ、クリスティアンとほとんど接することのない今現在、心配ごとはほとんどないに等しい。
 シナリオ上でのヴィオレティーナは先輩男子と後輩男子を侍らせていたのでその点も違い、安心していいだろう。

 もし、クリスルートなら物語は終盤に入りつつある。
 序盤でクリスの利き腕を傷つけ、謹慎処分を言い渡されたヴィオレティーナは、怒りや恨みをこのサバイバルバトルで晴らすつもりだった。

 ――というのは原作のゲームでの話しであり、ヴィオラは純粋にチームメイトと協力して生き残るつもりである。

「ユウ先輩とミカエラと組むことになった。同学年がオーケーなら、ヴィオラと組みたかったんだけどね」
「……わたし、まだ、あの時のこと、許してないわ」
「ヴィオラって、意外と根に持つな。……あの時は、ごめん。感情が先を行ってしまったんだ」
「男の人に、女の私が力で勝てるわけないじゃない。とっても軽蔑したわ」
「謝っても謝りきれない。あのとき、僕はどうかしてたんだ。でも、ヴィオラのことが好きな気持ちに変わりはない」

 まっすぐ、純粋な瞳で見つめられて息が止まった。

 好き? ユリアが? わたしのことを?

 疑問符が頭の上にたくさん飛んだ。

「……嘘、だって、ユリアはあの子のことが好きって、」
「それこそありえない。僕はずっとヴィオラのことが好きだったんだ。僕だけのヴィオラにしたい。僕以外を見ないでほしい。手を繋ぎたい、抱きしめたい、キスだってしたい。――それ以上のこともシたい」

 一歩、距離を詰められるだけで一気に近づいた。
 後ろに引いた足に、悲しげに眉を下げられる。どうしたらいいかわからない。
 だって、まさかユリアがわたしのことを好きだなんて思いもしなかった。

 風邪を引いて寝込んでいたとき、ユリアは確かに妹に向かって「好きだ」と言っていたのを聞いた。
 攻略キャラは、ヒロインと幸せになるはずなのに。

「ち、違うわ、だって、あの時あなたはあの子に向かって――!」
「誤解だ。ヴィオラのことが本当に好きなんだ、って言ったんだ。アリスに近づいたのだって、ヴィオラの様子がおかしいから何か知らないかと思ったからで、アリスに興味があるからじゃない」

 ぽかん、と口を開いた。

 全部、勘違いだった?

 風邪を引いて意識が朦朧としていたからって、これは酷い。思わず頭を抱えた。
 なんだ、勘違いだったのか。

 渇いた笑みが口の端から溢れて、背中を壁に預けた。

「――良かった」

 心底、安心した微笑みだ。泣き出しそうなほどに弱弱しく、日陰でひっそりと咲く花のように頼りなかった。

「アリスに、奪られたわけじゃなかったんだ」

 目尻に雫を溜めたヴィオラに、心臓をきゅうっと締め付けられたユリアは柔く肩を抱いてヴィオラの身体を包み込んだ。

 
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