上 下
34 / 46
課外授業にトラブルは付き物です。

07

しおりを挟む
 
 風邪で寝込んでいるヴィオラの見舞いに行く途中だった。

 ヴィオラの妹のアリスに、良い印象はあまりない。ヴィオラと一緒にいれば、どこからともなく現れて「お姉さま!」とふたりの間に入ってくる。

 授業が休講になったからお姉さまのお見舞いに行くのだと言うアリスと並んで歩く。意外にも会話は途切れることなく続いた。

「前はいつも一緒にいたのに、喧嘩でもしたんですか?」
「……喧嘩じゃない」

 ぶっきらぼうに答えるユリアは、頭の上にハテナを浮かべるアリスにかまわず言葉を続けた。

「リーデルシュタインが、僕とヴィオラの運命を邪魔してくるんだ」

 運命、と聞いてアリスは目を輝かせた。
 御伽噺みたい! 女の子はいつだって恋だとか運命だとか、そういう言葉が大好きだ。

 リーデルシュタイン先輩と言えば、一年生の女子の間で話題に上がっている、とっても綺麗な先輩だ。
 言われてみると、お姉さまの隣によく姿を見かけた。

「ヴィオラは僕の運命の人だ。だから僕は彼女のことが好きで、ヴィオラを幸せにする使命がある。彼女がいれば、母上の病を治すこともできる」
「――お姉さまが運命の人だから、先輩はお姉さまのことが好きなの?」

 思っていた回答と違い、首を傾げた。
 お母様の病を治すために運命の人が必要だと言っているようなものじゃないか。

「先輩のお母様を治すために、お姉さまが必要なの? そんなの、恋じゃないわ。愛なんて感じられないわ」
「違うッ! 僕は本当に好きなんだ! アリス、僕は、」

 カタン、と物音がした。

「ユリア、」

 血の気を失った真っ青な顔で、ヴィオラが佇んでいた。
 紙のように白い顔なのに、額は汗をかいて前髪が張り付いている。
 白いパジャマにカーディガンを羽織った姿は儚げで、見てわかるくらい具合が悪そうだった。

 ふわり、と揺らぐ身体に悲鳴染みた声が漏れる。

「お姉さま!?」
「え、あ、ヴィオレティーナ、」

 壁に寄りかかり、なんとか倒れなかったヴィオラは俯いていた顔を上げる。
 ほろほろ、と大粒の涙が溢れていた。

「お、お姉さま!? どうしたの、どこか痛いの!?」

 ぎょっとして、近寄ろうとするが運悪く階段が動き出してしまう。
 動く階段は、一度動き出したら中々止まらない。遠のいていくヴィオラは頼りない表情で小さく呟いた。

「やっぱり、ユリアはアリスのことが好きなのね……?」

 嗚呼、なんてことだ。酷い勘違いだ。
 今すぐにでも溢れる涙を拭って、違うと言いたい。

 踵を返し、ふらふらと足早に駆けていったヴィオラに舌を打ち、ユリアは階段の手すりを飛び越えて浮遊呪文で着地する。
 体調のよくない少女を追いかけるのは容易いことだ。頼りない小さな背中はすぐに見つけた。

 同時に、脇目も降らずに走るヴィオラの手首を掴み、引き寄せたのは焦りを滲ませたスヴェンだった。

「――大丈夫。君には僕がいるよ」

 甘い、とろける声音に止まりかけていた涙がまた溢れてきた。

 背後で、追いついてきたユリアの低い声に肩が震える。
 息を着いて追いついてきた妹は、スヴェンに抱きしめられたヴィオラを見て頬を染める。

「スヴェン先輩と、お姉さまは付き合って、るんですか……?」
「妹ちゃんには関係ないだろう?」
「あるわ! お姉さまが仲良くしているなら私もぜひ仲良く、」

 絹を裂くような悲鳴だった。
 顔を両手を覆い、くずおれてしまったヴィオラ。ひとりで立っていられない。陸に上がった人魚のようだ。

 悲痛な叫びだ。

「――イヤよ、また、わたしから大切なモノを奪っていくのね! あげない! スヴェンはあげないわ!!」

 子供の癇癪だった。
 ぎゅう、と自らスヴェンに抱きついたヴィオラにユリアはカッと頭が熱くなる。

「お姫様の仰せのままに」

 ぼうっとするヴィオラの額にキスをする。魔法のキスだ。
 急激に襲ってきた眠気に逆らうことなく、意識を暗転させた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王命を忘れた恋

須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』  そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。  強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?  そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

処理中です...