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課外授業にトラブルは付き物です。

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 くしゅん、と可愛らしいくしゃみが医務室内に響く。
 水の精霊マーメイドの悪戯で湖に落ちてしまった結果、見事に風邪を引いてしまった。

 寒いのに、身体が熱くて、頭が重たい。視界が滲み、鼻水が垂れる。典型的な風邪の症状だ。

 薬草学の一悶着から三日が過ぎた。
 保健医が入れてくれたホットミルクを飲みながら鼻をすする。今頃、クラスメイトたちは眠気と戦いながら座学を受けている頃だろう。

 スヴェンは毎日お見舞いに来ては居座って、ユリアを追い払っている。ついでに妹も追い払ってくれる。

 枕元で丸くなるアダムを撫でながら、名残惜しそうに医務室を後にしたスヴェンを想う。

 意外と好き嫌いの激しい性分で、トマトが好き、ピーマンが嫌い、ヴィオラがお気に入り、ユリアは気に入らない、アダムは興味深い。魔法薬の授業が好き。体力育成授業は苦手。暑いのは嫌い、寒いのは苦手。
 上げればキリがないけれど、「あ、これは好きそう」「これは嫌いそう」とわかるようになった。

 体調不良や怪我でもしない限り、医務室に生徒がやってくることはなく、静けさの中にヴィオラの息遣いだけが聞こえた。

 寝ているだけだと暇だろうから、とスヴェンが持ってきてくれた本はとっくに読み終わってしまった。
 続き物の悲恋小説で、嫌われ者の主人公が始めて人を好きになるところで終わっている。
 お昼までまだまだ時間がある。今まで寝ていたせいで眠気はとんと来なかった。小説の続きを取りに図書室に行こう。動く階段を使えば、五分もかからず図書室に行ける。
 医務室の先生は、騒いだりしなければ何をしてもよいと許可を得ていた。

 そろ、とベッドから抜け出し、スリッパを引っ掛けて医務室を後にする。

 授業中の校舎内は静寂に包まれている。

 絵画たちに挨拶をして、動く階段の手前で足を止めた。

「ちがうッ」

 聞き覚えのある声だ。

 言い争っているのか、声に棘が含まれている。

「僕は本当に好きなんだ! アリス、僕は、」
「――……」

 息を飲んだ。言葉を失った。

「ユリア、」

 頭の中がぐるぐるする。一気に熱が上がってきた感覚にふわりと体が揺らいだ。

 ユリアと妹だ。
 随分と話し込んでいる様子で、気を抜くとその場に崩れてしまいそうになる。

「お姉さま!?」
「え、あ、ヴィオレティーナ、」

 壁に寄りかかり、俯いていた顔を上げる。

 ほろほろ、と大粒の涙が溢れていた。

「お、お姉さま!? どうしたの、どこか痛いの!?」

 ぎょっとする妹が近寄ろうとする前に、階段が動き出してしまう。

「やっぱり、ユリアはアリスのことが好きなのね……?」

 胸の奥が熱くなった。
 涙を止められない。どうしてこんなにも苦しいんだろう。分かっていたはずなのに。アリスに、ヒロインに勝てるわけないってわかってたのに。

 いつだって、愛されるのは妹だ。

 
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