第三皇子の嫁入り

白霧雪。

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第二章

《 七 》※

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 ぱち、と黒い睫毛が瞬いて、口元を抑えて勢いよく立ち上がる。その顔色は急激に色を失って、小さく嗚咽を零した。

「ま、待って、ぁ、きもち、わる……んッ」

 喉奥まで迫り上がってきた酸味に、鼻の奥がツンとする。一気に呑み過ぎたか、それとも食べ過ぎたか。加減を調整しながら飲み食いできたはずなのに、蓮雨リェンユーは今とても気持ち悪かった。胃の奥がグルグルと渦巻いて、目の前がチカチカする。

 吐き気を無理やり堪えながら、けれど黙って座ってもいられない。

「そこの桶に吐いてしまえ。出してしまったほうが楽になるぞ」
「や、いやだ、人前で吐くだなんて」

 ぐ、と奥歯を噛み締めて、喋るたびに喉奥からこぼれそうになるモノを無理やり呑み込む。

 腐っても、蓮雨リェンユーは第三皇子だった。人前で嘔吐するなんて考えられない。どうにか気持悪さが治まるのを待とうと、目を瞑り、冷や汗をかきながらじっと耐える。眉根が寄って、口元は歪んでいる。呼吸が浅くて、急にどうしたのかと花仙は考える余裕があった。

「――やっぱり、悪いモノは出してしまうべきだな」
「え、なに、やめっ……! ウッ……!!」

 部屋の隅に置かれていた桶を取って、蓮雨リェンユーの足元に置いた花仙はそのまま背後に回って蓮雨リェンユーを抱きしめる。急な圧迫に、風雅な皇子が絶えられるわけもなく、いとも簡単に胃の中のものを桶の中にぶちまけてしまった。小さく嗚咽を零しながら、目尻から滲んだ涙を親指を拭われる。

 ――一通り、胃の中を空っぽにして胃液しか出てこなくなったが、まだ気持悪さが残っていた。酒に酔った気持悪さとかではない。ムカムカ、もやもやと、胸元や胃の奥がグルグルと気持ち悪い。吐きたくてももう何も出てこないのに、どうしたらいいのか分からなくて視界がぼやけてしまう。

「おそらく、身体がこの空気に慣れてないんだろう」

 母の胎の中に居た時から梦見楼閣に来るまで、蓮雨リェンユーは他の皇子たちのように外に出る機会が極端に少なかった。母が許可しなかったというのもあるが、そもそも蓮雨リェンユー自身が外へ出たがらなかった。第一皇子に無理やり雉狩りへと連れ出されるくらいしか城の外に出たことがない。その弊害が、この体調不良だった。

 国の中心にある月下城はこの国で最も尊く清浄で清らかな場所だ。瘴気も穢れも一切なく、常に城勤めの宮廷道士が浄化の術を展開している。そんなところで生まれ育てば、外の空気など汚くて吸っていられるはずがない。楼閣は疑似仙郷だから体調を崩す事もなかった。少し考えればわかることだ。培養液で育った赤ん坊が外で生きられないのと同じように、蓮雨リェンユーは外の空気を吸うだけで体調を崩してしまうのだろう。

「ひっ、引きこもってた、私が悪いっていうのか? そんな、そんっ、うぁッ……!」

 喉を引き攣らせ、何度も嗚咽を零す蓮雨リェンユーに花仙は思案する。強制的に体調を改善させる方法はあるものの、下手をすれば中毒症状を起こしてしまう可能性もあるのだが……まぁ、そうなったときはそれでいいか、とひとり勝手に決めて、青を通り越して紙のように白い顔をした蓮雨リェンユーを抱き上げた。

「な、にを、ッ、あ、揺れてッ……!」
「はいはい、すぅぐ楽にしてやるから、大人しくしてろ」

 視界がぐるりと回転して、臓腑がヒュッと落下する感覚に息が止まる。

 華奢で細っこい体を抱き上げるなんて花仙にとっては落花生の殻を剥くくらい簡単で、垂れた紗を横ながら足を向けたのは衝立の向こう側だった。

 固くはないが柔らかくもない寝台に丁寧に下ろされて、まさか看病してくれるのかと驚いた。

 冷や汗をかいて、額や首筋に張り付いた髪を整えられる。簪や髪紐を解かれ、帯も緩めてくれる。ほっと、楽な姿勢に息がこぼれた。それでもまだ気持悪さが残っている。この地の空気が合わないんだったら、やっぱり城に戻るしかないんじゃないだろうか。

 ひたり、と緩められた胸元に指先が這う。訝しげに花仙を見ると、いつも浮かべている緩やかな微笑はなりを潜めて、この人は笑みを浮かべていないととても冷酷な表情かおをするのだと気付いた。

「なに……?」
「いや、楽にしてやろうと思ってな。仙道を極めた者の気はなによりも清浄な気を放っている。そこにいるだけでその場の邪気や瘴気を浄化できる。仙道をかじっているならもちろん知っているな」

 否、聞いたことがない。知っている前提で花仙は話すけれど、母は「この力は、かならず阿霖アーリンのためになるわ」としか言わず、詳しい教えをしてくれなかった。

 花仙が何を言いたいのか、よく理解せぬままに小さく頷いた。

「それじゃあ、これから俺がやることも、理解できるね?」

 幼い子供に接するかのように、柔らかい真綿で包み込んだ声音で諭される。頭を撫でられ、目元をなぞられる。たったそれだけで、強張っていた気が緩んでいく。

 不気味なほどに優しくて毒のように甘い花仙に、蓮雨リェンユーは尋ねることができなかった。



 香炉から、甘い花の香りが煙と共に立ち上る。白く薄らいだ室内に、くぐもった声が途切れ途切れに響いていた。

「ふっ……ん、ぐっ、ぁ、あ、……駄目だ、深いぃ……!」
「ははっ、気持ちいいだろう。俺も、お前の中が熱くて、絡みついてきて、気持ち良いよ。今すぐにでも果ててしまいそうなくらい」
「や、だ、、だめだ、やめてくれっ……! 花仙っ、花仙……花神仙……!」
「ここでやめたら、辛いのはお前だよ、小花シャオファ
「ひ、ぃ……いぁ、あ、あっ……あぁ!」

 淫猥な水音と、肌がぶつかり合う音。

 ひとまとめにされた両手は寝台に縫い付けられ、尻を高く持ち上げた体勢で蓮雨リェンユーは秘蕾で熱の楔を受け入れ、腹の奥を突かれる快感に身をくねらせた。いつも丁寧に結い上げられている射干玉は白い背中で散らばり、汗で張り付いている。

 常々白すぎると思っていた肌は、熱で火照り赤らみ、滑らかで桃のように甘そうだ。

 受け入れるはずがない、入らないと散々喚き立てたのに、笑って聞き流すばかりの花仙の執拗すぎる愛撫と香油のおかげで指三本は咥えてしまうほどに柔らかくなった。

 上衣は乱され、下衣は寝台の下に無造作に投げ捨てられている。汗ばんだ肌が艶めかしく、衝立に美しい影を浮かび上がらせる。

 細く華奢な蓮雨リェンユーとは違い、厚みのある胸元に剣を振るうために鍛えられた体は美しく均等が取れている。蓮雨リェンユーがこちらを見ていないのをいいことに、瞳孔の開いた眼は金色に輝き、口元は獣のような獰猛な笑みを浮かべていた。

 秘蕾を穿たれながら、このまま身も心も全てこの男に食べられてしまうのではないかと恐ろしくなる。しかしそれ以上に、これまで感じた事のない全身が痺れる快感に、蓮雨リェンユーは蒼い瞳から涙を溢し、抑えきれない嬌声を喉から溢れさせた。

 腹はすでに何度も吐き出した精で白く濡れ、鈴口からは色を失った汁をしとどに垂らしている。芯を失い、もう出すものも無くなってしまったというのに、ナカを抉る肉楔は一向に吐精せず、硬さを保っている。

「ほらっ、もっと頑張って、そうしないと楽になれないよ?」

 背中にぴたりと胸をくっつけられると、より一層深いところを抉り、しこりを押し潰されてしまう。

「だ、だめっ、この、この体勢はやだぁっ、あぁっ、花仙っおねがいだからっ、おねがいしますっ、もう、もう、わたし……!」

 肩越しに振り返った蓮雨リェンユーは耐えられない快楽にボロボロと涙を溢して許しを乞う。浅ましく腰を揺らし、情けを願う。

 腹のずっとずっと奥、男にはないはずなのに、花仙に腹の奥を突かれるたびに体は悦んで、子種を求めてナカが収縮するのだ。こんな、娼婦のように快楽を求め、種を求めてしまう自身が酷く浅ましく、情けなかった。

 私は第三皇子なのに、どうしてこんな目に合わなくちゃいけないんだ。

 恐怖と、悲哀と、諦念と、――それらすべてを上回る快楽に唇をキツく噛み締める。

「噛んじゃ駄目だよ、んっ、俺も、もう……!」
「んぁ、ぁ、ぁ、あぁ!」
「受け止めて、全部中に出すからッしっかり飲みこむんだ……!」

 動きはより一層激しくなり、寝台がギシギシと音を立てる。ここが離れで良かった。そうじゃなかったら顔も知らない第三者にあられもない声を聞かせることになっていた。揺さぶられ、突き動かされながらも頭のどこかは冷静で別なことを考えている。

 見透かすように、唇に噛みつかれて熱い舌が歯を割って口内を蹂躙する。ぼうっと思考が花仙に支配されて、甘い唾液を味わい、こくんと飲みこんだ。飲みこみ切れなかった唾液が口の端から溢れて、曝け出された喉元を濡らしていく。

「――……っ、」

 胎の奥に、熱いモノが広がって、じわりと広がっていく。

 花仙は、すぐにナカから自身を抜くことなくキツク締め付けるナカを堪能するように数回揺らして、ゆっくりと腰を引いた。ぷくりと赤く、先に吸いつく秘蕾からトロトロと白濁が溢れた。

「ん、ぁ……」

 どれくらい、時間が経っただろう。今にも閉じそうな眼を窓へ向けるが月は皓皓と痴態を照らしており、太陽が昇るまでまだずっとあるだろう。

「気分はどうだ?」
「………………ざいあぐ」

 散々啼かされ、喘がされ、声はすっかり嗄れてしまった。涙で目元もなんだか痛いし、見せられる顔でないので枕を抱き込んで目を閉じてしまう。

「最悪? おかしいな、これが一番効果的なんだが……足りなかったのか?」
「ッこの……!! ……はぁ、もう、なんでもいいです、どーでもいい……わたし、もうねむい」
「ふはっ、いいよ、おやすみ小花シャオファ。体も拭いておいてやるから、眠ってもいいぞ」

 貴方が後始末するのが当たり前でしょう、という言葉は眠気に負けて、声に出す前に目蓋が落ちてしまった。翌朝、起きたら絶対に文句を言おう、と心に決めて、夢も見ないほど深い深い眠りへと落ちていく。

 花仙との口吸いは、花の蜜のように甘くて、もう一度したくなってしまうほどに心地よかった。




 
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