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第二章
《 二 》
しおりを挟む花仙は言わずもがな美しいものが好きだと豪語している。花はもちろん、国も花仙にとっては美しい。だが、人間は、と問えば口籠る。
「人は傲慢だ。自分のことしか考えていない。私利私欲のためならば、血の繋がった家族だって殺すだろう」
「私も、ただの人です」
「そうだな。けど、お前は別だよ、小花。お前も人だけど、そこらへんの人よりもずっと気に入ってる」
「だから、小花などと呼ぶのですか」
「お前は俺に捧げられたんだから。俺の可愛い花なんだよ」
これ以上会話をしても無駄だと悟り、口を閉ざす。
目の前には鏡台が、背後には花仙が蓮雨の髪を丁寧に梳き、一房一房結い上げていた。男の髪など弄って、何が楽しいのやら。
出かけると花仙は言ったが、どこへ出かけるのかは教えてもらっていない。
普段はゆったりとした遊び人のような衣に身を包んでいる花仙だが、今日の装いは一味違った。きっちりと胸元の合わさった紅の衣に、金糸で花の刺繍がされた白の羽織を羽織っている。髪だって、めずらしく結い上げて、風流人らしい玉簪を挿している。余所行きの格好にしては、気合が入っていた。
鏡越しに、花仙を見る。美しい顔の、花を愛でるのが良く似合う色男だ。神仙ともなれば年齢など些事であるが、外見年齢で言えば、二十代半ば、くらい。
書物で読んでいた花神仙は、もっと人並み外れた容姿で描かれていた。華蝶国を攻め落とさんとやってきた鬼の一軍を、たったひとり、ひとさしの舞で追い払っただとか。暗黒太子から求婚をされただとか。――彼とは別の花神仙の話だけれど。
「そんなに見つめられては穴が開いてしまう」
「貴方は、どうして花神仙になられたんですか?」
率直な疑問だった。かつての花神仙の弟子だったのか、それとも、血の繋がりがあるとか? 代替わりする神仙もいれば、しない神仙もいる。ならなぜ、花神仙は代替わりをしたのだろう。
「普通、そういうことって聞くのを躊躇わない?」
「別に。気になっただけです。言いたくないのなら言わなくて結構です。無理に聞き出すつもりはありません」
小花の――蓮雨のこういうところが好ましかった。
気難しいところがあるし、決して良い性格とは言えない。むしろ捻くれている。だが、妙に素直で、まっすぐに言葉をかけてくるし、人を慮ることもできる。育った環境が違えば、もっと、素直で表情豊かな青年に育っただろう。
「……誰しも、言いたくない秘密のひとつやふたつ、あります。可笑しな質問をしました。申し訳ありません」
返事をしない花仙に、機嫌を損ねてしまっただろうか、と謝罪を口にする。
くっ、と喉奥で笑い、掬い上げた側から逃げていく射干玉を掴んでクイッと後ろに引っ張った。
「俺の小花。いいよ、無礼を許そう」
「あ、」
こつん、と後頭部が花仙の胸元に当たった。鼻先が掠めるほど、近くにある蜂蜜色に蒼が混ざる。甘い花の香りに包みこまれる。
花仙の蜂蜜色の瞳は、光を受けると皓皓と瞬き、翳りを帯びると時明かりのようにかすかに瞬いた。
額に、体温の低い指先が触れて、離れて行ってしまう。
「はい、完成。うんうん、さすが俺。よく似合っているぞ」
パッと、笑みを浮かべて肩に手を置かれる。鏡へと向き直されて、つい「あ」と声が漏れた。
赤い、三枚の花びら。花鈿によって、平たく白い額を彩っていた。
蓮雨が身に纏っているのは、濃紺の衣だ。黒い羽織には護りの陣が編み込まれている。弓矢くらいなら弾いてくれるらしい。
射干玉は半分だけを編み込み結い上げて、蒼い花飾りの簪でまとめられている。随分と手が器用なのだと感心した。自分では面倒臭くていつも適当にひとつにまとめていたから、こうして結い上げられるのは久々だった。
「――綺麗だ」
ゆるやかに、とろりと甘さを増す。
「っ、戯れを」
「本当のことなのに」
肩を竦めた花仙に睥睨して、咳払いをする。鏡を見て襟元を直した。
「いい加減、教えてくださいませんか。一体これからどこへ行くんです」
「俺よりも美を愛し、慈しむ――とぉっても、面倒くさい神仙のところだ」
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