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序章
序章
しおりを挟む美しい花の都に春が訪れた。
鮮やかな桜の花が咲き乱れ、都を美しく彩る――はずだった。
皇城の奥、円卓を囲んで国の重鎮たちは厳めしい顔で国の行く末を話し合っていた。
「由々しき事態ですぞ、主上」
「どうなさるのです、主上! すでに貴族の当主たちには春祝いの招待状を送ってしまっているというのに!」
「……わかっている」
「いいえ、主上はわかっておりません。花が咲かないと言うことは、国に疫が訪れるということ! 未だ開花する兆しを見せない花々に民は不安を抱いておりまする!」
花に祝福された華蝶国。
遠い昔、神仙たちが楽園として造った四季折々、様々な花々によって美しく彩られる美しい国。
夏は向日葵、秋は紅葉、冬は椿。そして、春。国中を白や淡い桃色の桜の花が咲き誇る――はずだった。すでに三月も末。花開いているはずの花たちは蕾のまま閉じている。
もう数週間後には春の訪れを祝う宴が開かれるというのに、花が咲いていないのに一体何を祝えと言うのか。
華蝶国で「花」とは季節の流れを感じると同時に、その時代を彩る最も尊いものだ。
しかし、現在の華蝶国は王の花と謳われる桜が咲いていない。季節それぞれが様々な色彩で溢れる美しい景観こそが華蝶国である証。なによりも、花が咲かなければその年は疫に見舞われると昔から言われている。
「だが、人のチカラで花を咲かすことなどできぬ」
「――花神仙様に、人身御供をするのはどうでございましょうか」
「人身御供だと!? そんなこと、民に知られれば……!」
「民を味方につければよいのです。それに、主上もわかっておいででしょう。十数年に一度、神仙に供物を捧げているのを」
ぐ、と言葉を飲みこみ、押し黙る。
美しい国の裏側には、栄華繁栄を誇り保つために薄汚い事情が隠されていた。
悪習だと、皇帝は理解している。神仙に生贄を捧げたとして、それが本当に国の繁栄に繋がるのか。幼き日から支えてくれた家臣たちに何度もそう告げた。けれど、長く国に仕えてきた家臣たちにとっては、古くからの習わしをやめてしまうことのほうが恐ろしかったのだ。
生贄を捧げなかったら、神仙の怒りを買ってしまうのではないだろうか、と。神の怒りは恐ろしい。天災に、矮小な人の力など敵うはずもない。
「第三皇子に行ってもらえばよいではありませんか」
静まり返った室内に、老々としゃがれた声がはっきりと響いた。
「……第三、皇子にか?」
「おお、それはよい案ですなぁ」
「第三皇子殿でございますれば、きっと神仙もお気に召すこと間違いありませんぞ」
「しかし、第三皇子は第一皇子の気に入りでしょうに」
皇帝は、冷酷になりきれない。
正妃と三人の側妃、四人の皇子と四人の皇女をそれぞれを慈しみ、愛している。国のため、民のためだからと、簡単に家族を切り捨てられない。
家臣たちにとってはそれが酷く残念でならなかった。もっと冷酷に、政と、自身と、国のことを切り離して考えることができれば、華蝶国にとっての良き王となれる。
卓子の上で組んだ指に、力が籠る。頬の内側を噛み締め、皇帝は唾を呑みこんだ。
「ほっほっほ、香花皇子ならば、神仙と言わず他の者でも喜びますでしょうな」
「――茶氏、口が過ぎるぞ。第三皇子の字は、蓮雨だ」
「アッ……も、申し訳ございませぬ……少々、口が滑ってしまいまして、ほほほ……」
王族の瞳は、全てを見通す白銀の瞳だ。
感情という色を消し去り、その瞳で見つめられると心の奥底まで見透かされている気持ちになる。
「蓮雨も、余の大切な子だ」
「申し訳ございません……えぇ、えぇ、誠に……」
声音を低くする皇帝に、口さがない男は大きな体を小さくして頭を垂れる。
「では、蒼蓮雨第三皇子でなければどうするのです? 紫白龍第一皇子は次期皇帝でしょう。第二皇子、第二皇女様におかれましても、正妃様がお許しになられないでしょう」
「ふむ……しかし、第一側妃様は宰相閣下の一人娘、第三側妃様は将軍閣下の末娘にございます」
「……おや、第二側妃様のお生まれは何処でございましたかな?」
白々しく、蓄えた髭を撫で付けながら家臣たちは好き勝手に意見を交わす。
第二側妃は、遊郭から召し上げた遊女上がりだった。美しい見目に、麗しい仕草。他の妃たちに引けを取らずとも、家柄はどうにもならない。第二側妃でありながら、後宮では第三側妃よりも扱いが下だった。
「やはり、蒼蓮雨第三皇子ほど適任はいらっしゃらないようでございますなぁ」
「……――ッ、そう、しよう」
深く眉間に皺が刻まれる。頬は引き攣り、唇は歪に口角を下げた。
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