上 下
35 / 41
第三章

第三十五話

しおりを挟む
 冒険者たちが引き続き軽快に探索を進めていくと、ついに遺跡の最奥と思しき扉の前までたどり着いた。

 シノが扉回りを調べてからオーケーの仕草を出すと、彼女はオーレリアほかのソルジャー部隊の背後へと逃げ込む。

 オーレリアの指示で、二人のソルジャーが両開きの大扉の取っ手をつかんで引く。
 ゴゴゴゴという音を立てて、扉が開かれた。

 まずはオーレリアとカミラが扉をくぐり、次にシノとルーシャとローズマリー、その後ろにオーレリアが連れてきた五人の王国兵が続く。

 扉の先にあったのは、遺跡のほかのどの部屋よりも大きい広間だった。

「がらんどう……でしょうか」

 オーレリアが周囲を見回しながらつぶやく。

 彼女の言うとおり、敵影らしきものはパッと見では見当たらない。
 あたりは静寂に包まれていて、冒険者たちの足音や息遣いが響き渡る。

「遺跡の外観から考えて、地下があるんでもなけりゃ、ここが一番奥のはずだと思うんだけどな」

「ですわね。見た目どおりに何もない、とは考えづらいですわ」

 カミラやローズマリーも各々に見解を述べる。
 そんな中で──

 シノとルーシャ。
 この二人だけが、その場の違和感を感じ取っていた。

 シノは鋭い視線を油断なく部屋のあちこちへと向けながら、隣の少女へと声をかける。

「……ルーシャちゃん、分かる?」

「はい。匂いがします。キマイラと似ているけど、少し違う匂いです」

「さすがだね。……さぁて、どこから攻めてくるのかな──」

 シノがそう言ったときだった。
 ぴろぴろぴろ、とシノの懐から音が漏れた。

 その場の全員が、シノに注目した。

 シノは眉根を寄せて、懐からそれを取り出す。
 例の通信用のマジックアイテムだ。

 シノはイヤリングとブレスレットを装着して、応答する。

「はい、こちら冒険者特務部隊、密偵担当のシノちゃんですよ。クリフォード王子かな? 歓迎してくれるって話だったけど、ティーパーティーの会場が見当たらないんだ。道案内を用意してほしいんだけど」

『やあシノちゃん、クリフォード王子だ。パーティ会場はそこで合っているよ。ところでオーレリアもそこにいるかい?』

 それを聞いたシノは、なるほど、と心の中で独り言ちる。

 オーレリアがいるかどうかを聞いてくるということは、それがフェイクでないなら、クリフォード王子にはこちらの情景が見えているわけではないということだ。

 その一方で、タイミングと返答内容から考えて、こちらがこの場所にいることは把握していると考えるのが自然。

 シノはそれらを踏まえたうえで、返答する。

「うん、いるよ。姫様に代わるね」

 シノは言って、マジックアイテムをオーレリアへと渡した。
 オーレリアはそれを装着して、言葉を投げかける。

「兄さん、今どこにいるんですか? おとなしく出てきて、お縄についてください」

『やぁ、我が愛しのオーレリア。残念ながらおとなしく出て行くというのは無理な相談だね。なぜかといえば、私は今お前のすぐ近くにはいないからだ。今どこにいるかと聞かれれば、こう答えるよ──私の最高傑作とともに王都に向かっている、とね』

「……っ!?」

 オーレリアが息をのんだ。

 そして、同時に──

 ──ゴゴゴゴゴッ!
 部屋の大扉が、ひとりでに閉まり始めた。

「なっ……!?」

「チッ──野郎っ!」

 カミラが扉へと走り、両開きの扉の片方に取りついた。
 そして体当たりを仕掛けるようにして、扉が閉まるのを止めようとするが──

「がっ……くそっ、重てぇ……!」

 カミラのパワーをもってしても、閉まる扉によってずるずると押し込まれてしまう。

 同様にソルジャー兵二人がもう一つの扉に取りついて押し返そうとするが、こちらも扉の力に勝てずに徐々に押されてしまう。

 それを見たほかの者たちは焦り、迷った。

 一緒に扉を押し返せばいいのか。
 それとも、今のうちに自分だけでも部屋の外に出ればいいのか──

 決断が早かったのは、王女オーレリアだった。

「ベイル、出て行って外の兵たちに伝えて! 兄さん──クリフォードは王都に向かって進攻中! 私のことは置いて、王都の防衛に急行するようにと!」

 それを聞いたアーチャー兵は、オーレリアに向かってうなずいてから素早く動き、今にも閉まろうとする扉の間を潜り抜けて、部屋から出て行った。

 その姿を見送って、オーレリアはわずかに安堵の息を吐く。
 そして──

「くそっ……もう、ダメだっ……!」

 ──ズゥウウウウウンッ!
 カミラたちの奮闘も及ばず、部屋の入り口の大扉が完全に閉じてしまった。
 
 またそのとき、さらなる出来事が。

 ──ガシャーンッ!
 部屋の奥の方で、鉄の震える音がした。

「今度は何ですの!?」

 ローズマリーが部屋の奥のほうへと振り返る。

 そこに現れていたのは、鉄格子でできた大きなおりだった。

 檻は馬車を数台詰め込めるほどの大きさがあり、その檻の中で、巨大な何かが蠢いていた。

「そんな……!? さっきまであんなものなかったですのに!」

「床が開いて、その下から迫り出してきたんだ!」

 困惑するローズマリーにそう答えるのは、短剣を引き抜いて構えるシノだ。

 それらの光景を見たオーレリアは、腕に嵌めたブレスレットに向けて怒鳴る。

「兄さん! 騙しましたね!?」

 するとイヤリングから、王子のくっくっという笑い声が聞こえてくる。

『いやぁ、別に騙してはいないさ。ちゃんと歓迎の準備はしてあっただろ? それになるべくなら、我が愛しのオーレリアが不在のときに王都を陥落させたかったからね。……じゃ、しばらくの間そいつと遊んでいてくれ。またな』

「兄さん! 待ちなさ──」

 ──ぶつん。
 通信が途切れた。

 オーレリアが、ブレスレットを外して握りしめ、力任せに地面に投げつけようとして、思いとどまる。
 そこに──

 ──ひゅんっ。
 猛烈な速度で、何かがオーレリアに向かって襲い掛かってきた。

「なっ……!?」

 その高速で飛来した細長い何かは、オーレリアの手足に巻き付き、絡め取る。
 蛸の足のような形状の触手だ。

「くっ……これは……!」

 オーレリアは手足に力を込めて振りほどこうとするが、触手の力が強くてかなわない。

 見れば触手は、檻のほうから伸びてきていた。
 檻の中で蠢く肉の塊のような何かから、鉄格子のすき間を通して。

「──姫様!」

 シノがそこに俊敏に駆け寄って、短剣を一閃、触手に斬りつけるが──

「んぎっ……! 嘘だろっ、硬すぎ──うわわわっ!?」

 シノの短剣の攻撃力では、触手の肉にわずかに食い込んだだけで、切断するには至らない。
 そればかりか、そのシノに向かっても別の触手が伸びてくる。

 シノは瞬時に短剣を捨ててアクロバティックな動きでよけ回ったが、二本の触手を回避したあとで三本目に追いつかれ、足首に巻き付かれてしまった。

「くっ……身動きが……!」

「このっ、バカ触手、放せよ! ボクなんか食べたっておいしくないぞ! うわっ、わわわわぁっ……!?」

 オーレリアとシノの二人は、触手の剛力によって空中に持ち上げられてしまう。
 オーレリアは両手両足をがっちりと絡まれ、シノは片脚だけを持ち上げられて宙吊りにされた状態だ。

 そうして、為すすべもなく自由を奪われた二人だったが──

「──エアリアルスラッシュ!」

 女の子の可愛らしい声が響いて──スパパパパッ。
 ひと薙ぎの風の刃が通り抜け、二人を捕えていた触手がまとめて断ち切られた。

「うわっとぉ!?」

 シノは自力で、アクロバティックに着地する。
 が、もう一人はというと──

 どさっ。
 落下してきたオーレリアを、お姫様抱っこするように抱きとめた者がいた。

「おっととっ……大丈夫ですか、オーレリアさん?」

「えっ……ル、ルーシャさん……?」

 まだ十歳の女の子が、プレートアーマーを着たオーレリア王女の落下先に滑り込んで彼女を受け止め、王女を落下の衝撃から守っていた。

 呆然とするのは、小さな少女の腕に抱きとめられたオーレリアだ。

「あ、ありがとうございます……」

 恥ずかしげに頬を染め、お礼の言葉を言うオーレリア。
 ルーシャから地面に下ろされると、ちらと恩人を横目にする。

「あ、いえ……どういたしまして、です……」

 一方のルーシャのほうも、顔を赤くしてもじもじとした。

「い、いいですわ……ってやってる場合じゃないですの!」

 二人の輝かしい光景を見ていたローズマリーは、鼻血止めのティッシュを鼻に詰め込みつつ、皆に警告の声を飛ばしつつフレイルを構え、檻のほうへと向き直る。

 そのときガシャーンと音が鳴って、檻の一面、冒険者たちの側にある鉄格子が倒れた。

 檻の中から、巨大な何かが這いだしてくる。
 そこにある二つの目が、ギラリと輝いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

弓使いの成り上がり~「弓なんて役に立たない」と追放された弓使いは実は最強の狙撃手でした~

平山和人
ファンタジー
弓使いのカイトはSランクパーティー【黄金の獅子王】から、弓使いなんて役立たずと追放される。 しかし、彼らは気づいてなかった。カイトの狙撃がパーティーの危機をいくつも救った来たことに、カイトの狙撃が世界最強レベルだということに。 パーティーを追放されたカイトは自らも自覚していない狙撃で魔物を倒し、美少女から惚れられ、やがて最強の狙撃手として世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを失った【黄金の獅子王】は没落の道を歩むことになるのであった。

追放された最弱ハンター、最強を目指して本気出す〜実は【伝説の魔獣王】と魔法で【融合】してるので無双はじめたら、元仲間が落ちぶれていきました〜

里海慧
ファンタジー
「カイト、お前さぁ、もういらないわ」  魔力がほぼない最低ランクの最弱ハンターと罵られ、パーティーから追放されてしまったカイト。  実は、唯一使えた魔法で伝説の魔獣王リュカオンと融合していた。カイトの実力はSSSランクだったが、魔獣王と融合してると言っても信じてもらえなくて、サポートに徹していたのだ。  追放の際のあまりにもひどい仕打ちに吹っ切れたカイトは、これからは誰にも何も奪われないように、最強のハンターになると決意する。  魔獣を討伐しまくり、様々な人たちから認められていくカイト。  途中で追放されたり、裏切られたり、そんな同じ境遇の者が仲間になって、ハンターライフをより満喫していた。  一方、カイトを追放したミリオンたちは、Sランクパーティーの座からあっという間に転げ落ちていき、最後には盛大に自滅してゆくのだった。 ※ヒロインの登場は遅めです。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

異世界に転生して社畜生活から抜け出せたのに、染み付いた社畜精神がスローライフを許してくれない

草ノ助
ファンタジー
「私は仕事が大好き……私は仕事が大好き……」 そう自己暗示をかけながらブラック企業に勤めていた伊藤はある日、激務による過労で27年の生涯を終える。そんな伊藤がチート能力を得て17歳の青年として異世界転生。今度は自由な人生を送ろうと意気込むも――。 「実労働8時間? 休日有り? ……そんなホワイト企業で働いていたら駄目な人間になってしまう!」 と過酷な労働環境以外を受け付けない身体になってしまっていることに気付く。 もはや別の生き方が出来ないと悟った伊藤は、ホワイト環境だらけな異世界で自ら過酷な労働環境を求めていくのだった――。 これは与えられたチート能力と自前チートの社畜的労働力と思考を持つ伊藤が、色々な意味で『なんだこいつやべぇ……』と周りから思われたりするお話。 ※2章以降は不定期更新

妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます

兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

追放されてから数年間ダンジョンに篭り続けた結果、俺は死んだことになっていたので、あいつを後悔させてやることにした

チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
世間で高い評価を集め、未来を担っていく次世代のパーティーとして名高いAランクパーティーである【月光】に所属していたゲイルは、突如として理不尽な理由でパーティーを追放されてしまった。 これ以上何を言っても無駄だと察したゲイルはパーティーリーダーであるマクロスを見返そうと、死を覚悟してダンジョンに篭り続けることにした。 それから月日が経ち、数年後。 ゲイルは危険なダンジョン内で生と死の境界線を幾度となく彷徨うことで、この世の全てを掌握できるであろう力を手に入れることに成功した。 そしてゲイルは心に秘めた復讐心に従うがままに、数年前まで活動拠点として構えていた国へ帰還すると、そこで衝撃の事実を知ることになる。 なんとゲイルは既に死んだ扱いになっており、【月光】はガラッとメンバーを変えて世界最強のパーティーと呼ばれるまで上り詰めていたのだ。 そこでゲイルはあることを思いついた。 「あいつを後悔させてやろう」 ゲイルは冒険者として最低のランクから再び冒険を始め、マクロスへの復讐を目論むのだった。

処理中です...