上 下
6 / 7

第6話

しおりを挟む
 そうして三人用の部屋を取り、声の漏れない密室で行われたのは──

 盗賊エレンによる、ほか二人に対する説教だった。

「あんたたちさぁ、人前でどこまで突っ走るつもりだったのよ」

「「す、すみません……」」

 ベッドにちょこんと腰掛け、神妙かつ申し訳なさそうにする剣聖イーリスと少年アルト。

 その前に立って腕を組み、二人に向かって呆れた目を向けるのは盗賊エレンだ。

「特にイーリス。あんたね、普通にパーティに誘うだけだって言ってんのに、どうしてああなるのよ」

「……面目次第もございません」

 しゅんとなって、言われるままの剣聖イーリス。
 相棒エレンの前では、世界有数の凄腕剣士も形無しだ。

 だがそこでエレンは一転、にひっと笑う。

「でもまあ、イーリスにしては堂に入ってたよね。『どうしたのかな、少年。よかったらお姉さんに話してごらん』だったっけ?」

「……っ!? ちょっ、ちょっとエレン……!」

「ねぇね、イーリス。あのあとアルトくんの耳元で、何をささやいたの? あたしも聞かせてよ」

「う、うるさいなっ! なんでもいいでしょ!? ていうかもう忘れたし!」

「えーっ、そんなこと言わずに、あたしにも教えてよぉ~。ねぇねぇ~」

「ひゃわあっ! お、押し倒すなバカっ! アルトくんが見てるのに……!」

 エレンはじゃれつくように、イーリスにもたれかかっていく。

 そのままベッドに押し倒されたイーリスは、横にいるアルトのほうをちらっと見ると、慌てて力づくでエレンを押し返して座り直し、乱れた衣服を整える。
 すごく恥ずかしそうだ。

 そんな二人のお姉さんたちのやり取りを、アルトはぽーっと、熱に浮かされたような様子で見ていた。

(……イーリスさんとエレンさん、普段はこんな感じなんだ。仲いいんだな……。それにイーリスさん、こんな子供っぽくてかわいいところもあるんだ……)

 格好良くて綺麗で大人のお姉さんな剣聖イーリスしか知らなかったアルトにとっては、今のイーリスの姿はすごく新鮮だ。
 好きな人の新たな一面を見つけたように思えて、少年は嬉しい気持ちになる。

 一方、そこに目を光らせたのは、やはり盗賊エレンだ。
 エレンはにやっと笑って、賢者の少年のほうへと視線を向ける。

「……で、アルトくんは、イーリスのことだけじゃなく、あたしのこともエッチな目で見てたんだったわね……?」

 盗賊のお姉さんは、ぺろりと舌なめずりをする。

 そして、肉食獣が獲物に襲い掛かろうとするように、ベッドに腰掛けたアルトのほうに近付いてくる。

「えっ……あ、やっ……そ、それは……」

「……それは、なぁに? お姉さんと、どんなことをしたかったのかな? ほぉら、言ってごらん」

 及び腰になったアルトの肩をエレンがとんと押すと、ベッドに腰かけていたアルトの上半身は、あっという間にベッドの上に押し倒されてしまう。

 アルトの上に、エレンがのしかかってくる。
 もはや少年は、食べられるばかりの獲物だ。

 エレンの唇が、アルトの唇に向かって近づいてくる。
 アルトはもう、どうすることもできずに、ぎゅっと目をつぶり──

「や、やめてよエレン!」

 そのギリギリのタイミングで、イーリスがエレンを引き留めた。

 剣聖の手で物理的に無理やり引きはがされたエレンは、「残念、もうちょっとだったのに」と言ってぺろりと舌を出す。

 一方のアルトは、ばっくんばっくんと心臓が鳴っていた。
 直前まで、もう目と鼻の先まで、エレンの唇が近付いていたのだ。

「ていうかイーリス、もっと早く止めてよ。あたしこのままいけちゃうかと思ったよ?」

「~~っ! こ、この色情魔! 年下の少年には手出ししないんじゃなかったの!?」

「過去にはやってないってだけだも~ん。やらないって言った覚えはないなぁ」

「ぐっ……! だ、だったら──」

 イーリスは、アルトとエレンの間に割り込んで、両手を広げてアルトをかばうような姿勢を見せる。

「だったら、私がアルトくんを守るもん!」

「ほほぉう……? どんな風に?」

「こ、こんな風によ!」

 イーリスは、ベッドの上でどうにか身を起こしていたアルトを、酒場でそうしたようにぎゅーっと抱き寄せる。

 アルトの顔面に、イーリスの豊満な胸がふにょんと押し付けられる。
 好きな人のいい匂いが、再び少年に襲い掛かった。

(ふわぁっ……も、もうダメ……)

 それで、一時的に少量だけ回復していたアルト少年の理性の残量が、先のエレンの攻撃とも相まって一瞬で吹き飛んだ。

 少年は自分に抱きつくお姉さんの細い腰を、ぎゅーっと抱きしめてしまう。

「ふわっ……!? あ、アルトくん……?」

「イーリスさん……俺、もう無理です……こんな風にされたら……」

「無理って何が!?」

「あー、どうやらあたしは邪魔みたいね。んじゃ、あたしちょっと出かけてくるから、お二人さんはごゆっくり~」

「ちょっ、ちょっと待ってよエレン!? 嘘でしょ!? こんな状態で置いていくの!? ねぇちょっと待ってってば! エレン~!」

「んじゃ、ばっはは~い」

 ぎぃーっ、ばたん。
 エレンは部屋の外に出ていって、いなくなってしまった。

 部屋に残ったのは、互いに抱き合うお姉さんと少年の姿。
 ベッドに腰掛けたアルト少年を、剣聖イーリスが覆いかぶさるように抱き締めた形だ。

(ど、どうしよう……)

 イーリスは少年を抱き締めながら、自分の胸がばっくんばっくん鳴っていることに気付いていた。

 この胸の音は、きっとアルトにも伝わっているだろう。
 しかも少年は、むさぼるようにイーリスの胸に顔を押し付けてきている。

(うーん……これは、好かれているってことでいいのかなぁ、やっぱり……)

 このぐらいになると、さすがのイーリスも少し客観的に状況を見れるようになってくる。

 いくらなんでも嫌いな相手には、こんなことはしないだろう。
 憧れの英雄への態度とも、少し違う気がする。

(こんなかわいい子でも、男の子だってことかぁ……)

 イーリスは、自分の眼前にあるアルト少年の髪を優しくなでる。
 アルトはイーリスの腰を、さらに強く抱き寄せてくる。

「もう、アルトくんったら……。でも、そのぐらいにしとこうか?」

 イーリスは、少年に向けてそうささやく。
 奥手の剣聖にも、年上のお姉さんらしい心の余裕ができていた。

 一方で、イーリスの言葉にびくっと震えたのはアルトだ。
 少年は背筋に、冷や汗をかき始める。

 イーリスは少年の体を、ゆっくりと解放する。
 彼女を抱き締める少年の腕も、その力が緩んだ。

 イーリスがアルトから離れると、少年はすっかり青ざめた顔をしていた。
 この世の終わりだというような表情。

 それを見て、イーリスは笑顔で、アルト少年の頭をなでる。

「少し、お話をしよっか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話

象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。 ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。

今日も殿下に貞操を狙われている【R18】

毛蟹葵葉
恋愛
私は『ぬるぬるイヤンえっちち学園』の世界に転生している事に気が付いた。 タイトルの通り18禁ゲームの世界だ。 私の役回りは悪役令嬢。 しかも、時々ハードプレイまでしちゃう令嬢なの! 絶対にそんな事嫌だ!真っ先にしようと思ったのはナルシストの殿下との婚約破棄。 だけど、あれ? なんでお前ナルシストとドMまで併発してるんだよ!

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

溺愛の始まりは魔眼でした。騎士団事務員の貧乏令嬢、片想いの騎士団長と婚約?!

恋愛
 男爵令嬢ミナは実家が貧乏で騎士団の事務員と騎士団寮の炊事洗濯を掛け持ちして働いていた。ミナは騎士団長オレンに片想いしている。バレないようにしつつ長年真面目に働きオレンの信頼も得、休憩のお茶まで一緒にするようになった。  ある日、謎の香料を口にしてミナは魔法が宿る眼、魔眼に目覚める。魔眼のスキルは、筋肉のステータスが見え、良い筋肉が目の前にあると相手の服が破けてしまうものだった。ミナは無類の筋肉好きで、筋肉が近くで見られる騎士団は彼女にとっては天職だ。魔眼のせいでクビにされるわけにはいかない。なのにオレンの服をびりびりに破いてしまい魔眼のスキルを話さなければいけない状況になった。  全てを話すと、オレンはミナと協力して魔眼を治そうと提案する。対処法で筋肉を見たり触ったりすることから始まった。ミナが長い間封印していた絵描きの趣味も魔眼対策で復活し、よりオレンとの時間が増えていく。片想いがバレないようにするも何故か魔眼がバレてからオレンが好意的で距離も近くなり甘やかされてばかりでミナは戸惑う。別の日には我慢しすぎて自分の服を魔眼で破り真っ裸になった所をオレンに見られ彼は責任を取るとまで言いだして?! ※結構ふざけたラブコメです。 恋愛が苦手な女性シリーズ、前作と同じ世界線で描かれた2作品目です(続きものではなく単品で読めます)。今回は無自覚系恋愛苦手女性。 ヒロインによる一人称視点。全56話、一話あたり概ね1000~2000字程度で公開。 前々作「訳あり女装夫は契約結婚した副業男装妻の推し」前作「身体強化魔法で拳交える外交令嬢の拗らせ恋愛~隣国の悪役令嬢を妻にと連れてきた王子に本来の婚約者がいないとでも?~」と同じ時代・世界です。 ※小説家になろう、ノベルアップ+にも投稿しています。※R15は保険です。

大嫌いなアイツが媚薬を盛られたらしいので、不本意ながらカラダを張って救けてあげます

スケキヨ
恋愛
媚薬を盛られたミアを救けてくれたのは学生時代からのライバルで公爵家の次男坊・リアムだった。ほっとしたのも束の間、なんと今度はリアムのほうが異国の王女に媚薬を盛られて絶体絶命!? 「弟を救けてやってくれないか?」――リアムの兄の策略で、発情したリアムと同じ部屋に閉じ込められてしまったミア。気が付くと、頬を上気させ目元を潤ませたリアムの顔がすぐそばにあって……!! 『媚薬を盛られた私をいろんな意味で救けてくれたのは、大嫌いなアイツでした』という作品の続編になります。前作は読んでいなくてもそんなに支障ありませんので、気楽にご覧ください。 ・R18描写のある話には※を付けています。 ・別サイトにも掲載しています。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

処理中です...