上 下
4 / 7

第4話

しおりを挟む
「よし、そうと決まればイーリス、あんたの口からあの子に、決定事項を伝えてきなさい」

 盗賊エレンは、相棒の剣聖イーリスにそうけしかける。
 驚いたのはイーリスだ。

「えぇえええっ!? な、なんで私の口から!? エレンが言ってくれるんじゃないの!?」

「甘ったれないの。ていうか、あたしはもう十分にウェルカムの意志は伝えたもの。今度はあんたの番よ。あの子はきっと不安がっているから、歓迎するってことをしっかり伝えてきなさい」

「む、無理だよぉっ! そ、そんなの、だって、私」

「無理って、あんたね……何もいきなり告白しろって言ってんじゃないわよ。『これから一緒にパーティを組む仲間としてよろしくね』って、そう言えばいいのよ。普通でしょ」

「うっ……そ、そっか……普通か……」

「なんなら『格好いい剣聖のお姉さん』としてでもいいから。ほら、行った行った」

「う、うん……分かった」

 イーリスは、一度大きく深呼吸。

 それから、いまだかつてない強敵に立ち向かうような真剣な顔つきになって、アルト少年のもとへと向かっていく。
 どう見ても、ガッチガチに緊張していた。

 それを見送るエレンは、あきれ顔でため息をひとつ。

「大丈夫かね、あれ……。まさかあの子が、あそこまで奥手だとは……」


 ***


 一方の、賢者の少年アルト。
 彼は今、これ以上ないほどに胸が高鳴り、同時に怯えていた。

(ど、ど、どうしよう……! あの剣聖のイーリスさんと、一緒のパーティなんて……!)

 アルトにとって憧れの英雄、剣聖イーリス。

 そんな雲の上の人物に、冒険者を始めようとした初日にいきなり出会うことができただけでも感無量だったのに、さらなる驚きがアルトを襲った。

 剣聖イーリスのパーティメンバーだという、イーリスとも負けず劣らず綺麗な盗賊のお姉さんから、「自分たちのパーティに入らない?」と誘われてしまったのだ。

 それはつまり、あの剣聖イーリスとも一緒のパーティメンバーになるということだ。
 憧れのあの人と一緒に冒険できるなんて、夢のようだとしか思えない。

 しかも剣聖イーリス、盗賊エレンという二人の綺麗なお姉さんに囲まれて、一緒に冒険するという話にもなる。

 そんなおいしい状況を前にして、十五歳の健全な青少年にピンク色の妄想をするなというほうが無理がある。

 そんなことは考えてはダメだと必死に頭を振るのだが、邪な妄想が消えてくれない。
 少年は今、自分の中の邪念と懸命に戦っていた。

 だが一方で、不安に思うことも一つ。

 アルトは盗賊のお姉さんエレンからパーティメンバーに誘われたのだが、そのエレンを剣聖イーリスが引っ張っていって、今は何やら、酒場の隅のほうで喧々諤々と言い争っているように見える。

 それはつまり、エレンが勝手に決めたことに対して、イーリスが抗議をしているということだ。

 話の内容はよく聞こえないが、普通に考えれば「勝手に決めるな」「私はそんなことを認めるつもりはない」と、イーリスがそう言っているに違いない。

(やっぱり、迷惑だよなぁ……。当たり前だよ、話が出来過ぎだ……)

 ついつい、エレンさん頑張れ、イーリスさんを説得してくれ、などと思ってしまうのだが、アルト自身も虫のいい話だとは分かっている。

 そう思うと、急速に夢から覚めて、現実に戻ってきたような感覚になる。
 まったく、自分は何を期待していたのか。

(それにしても──)

 一方でアルトは、二人のお姉さん冒険者たちが飲んでいたテーブルの様子をちらりと見る。
 テーブルの上には、結構な量のお酒と、料理の皿が置かれていた。

(当たり前だけど、イーリスさんもお酒とか飲むんだな……)

 そんな感想を持っている自分に気付いて、アルトは苦笑する。
 どうも自分は、剣聖イーリスのことを天使や妖精のような幻想的な生き物だとでも思っていたようだ。

 人間なんだから、ご飯も食べるしお酒も飲む。
 そんな当たり前すぎることに、こんな歳になるまで気付けないなんて、恥ずかしいことこの上ない。

 きっと現実の剣聖イーリスには、アルトが知らない人間らしい面もたくさんあるのだろう。
 それも知ってみたいなとも思ってしまって、まだ夢を見ているなと再び苦笑。

 そんなことを考えていると、エレンとイーリスの話が終わったようだ。
 イーリスがアルトのほうに向かって、歩み寄ってくる。

 イーリスの表情は硬い。
 どこか動きがぎくしゃくしているようにも見える。

 イーリスにとっては、仲間のエレンが切り出したことをひっくり返して、アルトをパーティに入れるという話をなかったことにしないといけないから、気が重いのだろう──少年はそう想像する。

 やがてイーリスが、アルトの目の前まで来た。
 綺麗な剣聖のお姉さんは、そこで一つ大きく深呼吸をして──

 アルトに向かって、少しこわばったような笑顔で、こう言ってきた。

「ま、待たせてごめんなさい、アルトくん。それで、エレンと話をしたのだけど──これから私は、ただのパーティメンバーとして、キミと付き合っていきたいと思っているわ。あくまでも、ただのパーティメンバーとしてよ。そこのところは、勘違いしないでね」

「あ、は、はい……。って、あれ……?」

 アルトにとって、そのイーリスの言葉は、寝耳に水だった。
 てっきり断られるとばかり思っていたので、オーケーを言い渡されたのが意外だったのだ。

 もちろん、「ただのパーティメンバー」と念押しされたのは、それ以上の邪な感情は抱くなということだろう。

 つい数秒前までピンク色の妄想をしていたアルトは、自分の邪念を見抜かれていたことに気付いて羞恥し、顔が熱くなる。

 自分のような若い少年の煩悩など、目の前の剣聖のお姉さんは当然にお見通しということだ。

「す、すみません……」

「はわっ……か、かわいい……! ……じゃなかった。──すみませんって、何がかな?」

「い、いえ……本当に、ごめんなさい」

 アルトはいたたまれなくなり、杖を抱くようにしながら、両手で顔を覆ってしまう。

 もうダメだ。
 せっかく新人冒険者である自分に善意でいろいろと教えてくれようとしていたのに、その相手に異性として欲望の目を向けるなんてあるまじきことだ。

 完全に嫌われた。
 底抜けに優しい剣聖イーリスは、それでもアルトの面倒を見てくれるつもりなのだろう。
 人がいいにもほどがある。

 アルトはそう思っていたのだが──

 そのとき、ふわりと。
 柔らかくていい匂いのする何かが、アルトの体を優しく包み込んだ。

(え……?)

 何かが、ではない。
 疑いようもなく──剣聖イーリスが、その豊満な体でアルトを抱き締めたのだ。

(えっ……ええっ!? ど、どうして……!?)

 混乱するばかりのアルト。

 その少年の鼻先は、優しい剣聖のお姉さんの大きな胸に包まれている。
 くらくらするようないい匂い。

「……どうしたの、アルトくん。何かイケナイことでもしたのかな? よかったら、お姉さんに話してごらん」

 そう言って、剣聖のお姉さんはアルトの頭を優しくなでてくる。

 子供の頃の、母親に抱かれているような心地よさを感じて、アルトの心は溶けていく。

(ああ、もう……この人に嘘はつけない……嘘なんかついたって、全部バレているんだし……)

 全部正直に言ってしまえ。
 そんな、懺悔をするようなつもりで、アルトは自身のピンク色の妄想を口にする。

「すみません、俺……イーリスさんとエレンさんを相手に、エッチな妄想をしていました……本当に、ごめんなさいっ!」

「──ふぁっ!?」

 剣聖のお姉さんが素っ頓狂な声を上げて、アルトの頭をなでていた手が止まった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?

石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。 ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。 ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。 「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。 扉絵は汐の音さまに描いていただきました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック企業を退職したら、極上マッサージに蕩ける日々が待ってました。

イセヤ レキ
恋愛
ブラック企業に勤める赤羽(あかばね)陽葵(ひまり)は、ある夜、退職を決意する。 きっかけは、雑居ビルのとあるマッサージ店。 そのマッサージ店の恰幅が良く朗らかな女性オーナーに新たな職場を紹介されるが、そこには無口で無表情な男の店長がいて……? ※ストーリー構成上、導入部だけシリアスです。 ※他サイトにも掲載しています。

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...