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第17話
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聖騎士アニエスが指揮する部隊によって、我が住居たる塔への襲撃を受けた、その三日後。
俺は自らの塔を離れて旅を始め、この日の夕方には一つの街にたどり着いていた。
街の名はトゥール。
聖王国グランフィールの中部北寄りに位置する小都市だ。
トゥールは位置的には、俺が住んでいた塔と聖王国の王都シャルトルとの間に存在している。
つまり俺は、自分の塔がある聖王国北端部から、中央部に向けて南下するルートで旅をしていた。
そんな俺の隣には、薄汚れた褐色のフード付きマントを着込んだ小柄な人物がいる。
その人物は、顔を隠すようにフードを目深にかぶったまま、俺に語り掛けてくる。
「それにしても、おじさまが塔を出ると言ったときには驚きました。あそこ、ずっと住んでいた家なんですよね?」
フードの奥から俺を見上げてくるのは、輝くような金髪と青い瞳を持った美しい少女の顔だ。
俺は彼女に向かって答える。
「ずっと、と言っても、まだあそこに住み始めて二、三年ってところだったけどね」
「でも、自宅を捨てなきゃいけないなんて……やっぱり、私たちのせいですよね……」
「気にするなって。俺が選んだ道だよ。それにそろそろ、根無し草になってぶらぶらと出歩きたい気分だったしね」
俺はフードの上から、少女の頭をなでる。
少女は恥ずかしそうにして、フードの奥の端正な顔立ちを少しだけ赤く染めた。
──俺は襲撃があった日の翌日から、自らが住んでいた塔を捨てて旅を始めていた。
あのまま塔にいれば、また新たな兵隊が送られてきて、相手をしなければいけなくなる。
しかも今度は、アニエスたちの部隊よりも大きな戦力を用意してくるだろう。
やってやれないことはないだろうが、こっちも手加減をする余裕がなくなってくれば、その先に待つのは大惨劇だ。
それは俺の望むところではない。
一方で俺自身が拠点である塔から離れてしまえば、向こうは俺の居場所を探すところから始めなければいけなくなる。
大戦力を整えて拠点に襲撃を仕掛けるといった手段では、俺を攻撃することができなくなるわけだ。
ちなみに言うと、マジックアイテムなどの貴重品の類は【異次元バッグ】という収納用のマジックアイテムにすべて放り込んで持ってきている。
なので塔を漁ったところで日用品以外は残っていない、もぬけの殻である。
ただ──
「とはいえ、やられっぱなしっていうのも癪だからね。聖王国のお偉いさんには、悪の魔法使いの恐ろしさを分かってもらおうと思う」
「え……? ひょっとして、私たちが今、聖王国の王都に向かっているのって……」
「末端をいくら叩いても、苦しむのは現場の兵士たち。だったら中枢でふんぞり返っているやつの心臓をつかみにいくよ」
俺はそう言って、ニッと笑ってみせる。
俺も非暴力不服従なんて態度をとるほど温厚じゃない。
やられたらやり返す、自己防衛だ。
そんなわけで旅の人となった俺は今、一軒の酒場兼宿屋の前で足を止めた。
「今日はこの街で宿をとることにしよう。でもその前に、酒場で腹ごしらえかな」
「はい、おじさま。……でも宿賃とか食事代とか、本当に全部出してもらっていいんですか? 私もお金、少しなら持っていますけど……」
「いいのいいの、それこそ気にしない。お金なら俺は腐るほど持っているし、何より今のキミは俺の人質だからね。俺が全部面倒を見るのがスジだよ」
「はあ……。人質って何だろう……」
フードの少女は、もう一つ納得いかないという様子で首を傾げた。
真面目な子だから、そういうのは気になるらしい。
それはさておき、俺は少女を連れて酒場の扉をくぐる。
入った酒場は、数人掛けのテーブルが八つほどあるそれなりの規模の店だった。
まだ夕食時には少し早いにも関わらず、まあまあの賑わいを見せている。
俺はカウンターの席へと向かい、少女と隣り合って座った。
それからグラスを拭いていた二十代後半ほどの若いマスターに、適当な酒と料理、それにホットミルクを注文する。
注文を受けたマスターはまず飲み物を用意して持ってくると、こう声をかけてきた。
「旦那、見るからに魔法使いって格好だね。旅の途中かい? 隣の子は旦那の娘さんかね? でも悪いけど旦那、あんまり嫁さんや娘さんがいるようには見えないね」
「余計なお世話だよ。……親戚の子を預かっていてね。一緒に旅をしているんだ」
「へぇ、いいねぇ。若い娘さんと二人旅か。──そういや旦那、魔法使いと若い娘っていやぁ、最近こんな噂が出回っているのを知ってるかい? 北の塔の魔法使いの話」
「…………。……おそらく初耳だね。どんな話かな」
「いやな、この聖王国の北のはずれに、邪悪な魔法使いが棲みついているらしいんだけどな。その討伐に聖騎士のアニエス様が部隊を引き連れて向かったみたいなんだが……それが返り討ちにあって、アニエス様がその邪悪な魔法使いに捕らわれちまったって話が出回っていてな」
俺の隣の少女が、それを聞いてびくりと体を震わせた。
俺はその少女の頭にぽんぽんと手を置きつつ、マスターに相槌を打つ。
「へぇ、聖騎士アニエスが。それは驚きだな。確か相当の美人で、剣の腕も立つって話だろう?」
「おうよ。しかも神聖術まで使いこなすし、何より清廉潔白。聖騎士の中の聖騎士といえば、聖騎士アニエスを置いてほかにいないってぐらいさ。ほかの連中──聖騎士って称号をひけらかすばっかりのろくでもねぇやつらとは大違いよ。……でもそのアニエス様が囚われの身になったってのが本当なら、大変な話さ。みんな心配してるよ。今頃、邪悪な魔法使いにどんなひどい目に遭わされているのかってな」
「ああ、心配だな。鎖に縛られ、あられもない姿にでもさせられていたらと思うと……」
「くっ……! まったくだ。その塔に住む邪悪な魔法使いはジルベールって名前らしいが、とんでもねぇ悪党に違いないよそいつは」
「同じ魔法使いとして、そういう邪悪な魔法使いは許せないな。早く退治されてほしいね」
「その通りさ! あんた旅の人なのにいいこと言うね! おつまみ一品サービスしとくぜ!」
「お、ありがとう!」
俺はマスターと、がっちり握手をした。
それからマスターはまた、仕事に戻っていく。
一方、それを聞いていた隣の少女は、ぷるぷると肩を震わせていた。
俺はその少女に声をかける。
「いやぁ、魔法使いジルベールってやつは、ひどい悪党らしいね。それに引き換え、聖騎士アニエス様は大人気だ」
「い、いくら何でも、良く言いすぎだと思いますけどね……。それにしてもおじさま、よくもまぁ、しゃあしゃあと言いますね」
「ま、ここにいるのは名もなき旅の魔法使いだしね。関係のない話さ」
と、俺はそんなふうに連れの少女と話をしながら、食事を待っていた。
するとそこに──
「おー、やっと酒にありつけるぜ。──おう、酒だ酒だ! あと料理もありったけ持ってこい! 今すぐにだ!」
何やら粗野な大男が、大勢の武装した男たちを連れて酒場に入ってきた。
さらに、その大男のかたわらには痩せ細った神経質そうな男がいて、大男のあとを継いで声を放つ。
「市民の皆さん、聞いた通りです。これからこの酒場は、我々聖騎士団の貸し切りとなります。市民はすぐに出ていきなさい。弟は気が短いですから、なるべく早くにしたほうがいいですよ」
酒場中がざわめき始める。
客たちは皆、入ってきた男たちに怯えたり、ひそかに嫌悪感を見せたりしていた。
それは酒場の従業員たちや、マスターもそうだ。
マスターは男たちに聞こえないように、小さく舌打ちをする。
「ちっ、またあいつらか……! 何が聖騎士団だ、討伐任務にも出ないで呑んだくれてばかりじゃないか、税金泥棒どもめ!」
一方、俺の連れの少女は、フードの下でスッと目を細めてつぶやく。
「あいつらは、ベルクール兄弟……! また聖騎士の特権を濫用して……!」
うぅむ……。
どこにいても、面倒事というのは降ってくるもんだなぁ。
俺はひとまずカウンターに頬杖をつきながら、事の成り行きを見守ることにした。
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トゥールは位置的には、俺が住んでいた塔と聖王国の王都シャルトルとの間に存在している。
つまり俺は、自分の塔がある聖王国北端部から、中央部に向けて南下するルートで旅をしていた。
そんな俺の隣には、薄汚れた褐色のフード付きマントを着込んだ小柄な人物がいる。
その人物は、顔を隠すようにフードを目深にかぶったまま、俺に語り掛けてくる。
「それにしても、おじさまが塔を出ると言ったときには驚きました。あそこ、ずっと住んでいた家なんですよね?」
フードの奥から俺を見上げてくるのは、輝くような金髪と青い瞳を持った美しい少女の顔だ。
俺は彼女に向かって答える。
「ずっと、と言っても、まだあそこに住み始めて二、三年ってところだったけどね」
「でも、自宅を捨てなきゃいけないなんて……やっぱり、私たちのせいですよね……」
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俺はフードの上から、少女の頭をなでる。
少女は恥ずかしそうにして、フードの奥の端正な顔立ちを少しだけ赤く染めた。
──俺は襲撃があった日の翌日から、自らが住んでいた塔を捨てて旅を始めていた。
あのまま塔にいれば、また新たな兵隊が送られてきて、相手をしなければいけなくなる。
しかも今度は、アニエスたちの部隊よりも大きな戦力を用意してくるだろう。
やってやれないことはないだろうが、こっちも手加減をする余裕がなくなってくれば、その先に待つのは大惨劇だ。
それは俺の望むところではない。
一方で俺自身が拠点である塔から離れてしまえば、向こうは俺の居場所を探すところから始めなければいけなくなる。
大戦力を整えて拠点に襲撃を仕掛けるといった手段では、俺を攻撃することができなくなるわけだ。
ちなみに言うと、マジックアイテムなどの貴重品の類は【異次元バッグ】という収納用のマジックアイテムにすべて放り込んで持ってきている。
なので塔を漁ったところで日用品以外は残っていない、もぬけの殻である。
ただ──
「とはいえ、やられっぱなしっていうのも癪だからね。聖王国のお偉いさんには、悪の魔法使いの恐ろしさを分かってもらおうと思う」
「え……? ひょっとして、私たちが今、聖王国の王都に向かっているのって……」
「末端をいくら叩いても、苦しむのは現場の兵士たち。だったら中枢でふんぞり返っているやつの心臓をつかみにいくよ」
俺はそう言って、ニッと笑ってみせる。
俺も非暴力不服従なんて態度をとるほど温厚じゃない。
やられたらやり返す、自己防衛だ。
そんなわけで旅の人となった俺は今、一軒の酒場兼宿屋の前で足を止めた。
「今日はこの街で宿をとることにしよう。でもその前に、酒場で腹ごしらえかな」
「はい、おじさま。……でも宿賃とか食事代とか、本当に全部出してもらっていいんですか? 私もお金、少しなら持っていますけど……」
「いいのいいの、それこそ気にしない。お金なら俺は腐るほど持っているし、何より今のキミは俺の人質だからね。俺が全部面倒を見るのがスジだよ」
「はあ……。人質って何だろう……」
フードの少女は、もう一つ納得いかないという様子で首を傾げた。
真面目な子だから、そういうのは気になるらしい。
それはさておき、俺は少女を連れて酒場の扉をくぐる。
入った酒場は、数人掛けのテーブルが八つほどあるそれなりの規模の店だった。
まだ夕食時には少し早いにも関わらず、まあまあの賑わいを見せている。
俺はカウンターの席へと向かい、少女と隣り合って座った。
それからグラスを拭いていた二十代後半ほどの若いマスターに、適当な酒と料理、それにホットミルクを注文する。
注文を受けたマスターはまず飲み物を用意して持ってくると、こう声をかけてきた。
「旦那、見るからに魔法使いって格好だね。旅の途中かい? 隣の子は旦那の娘さんかね? でも悪いけど旦那、あんまり嫁さんや娘さんがいるようには見えないね」
「余計なお世話だよ。……親戚の子を預かっていてね。一緒に旅をしているんだ」
「へぇ、いいねぇ。若い娘さんと二人旅か。──そういや旦那、魔法使いと若い娘っていやぁ、最近こんな噂が出回っているのを知ってるかい? 北の塔の魔法使いの話」
「…………。……おそらく初耳だね。どんな話かな」
「いやな、この聖王国の北のはずれに、邪悪な魔法使いが棲みついているらしいんだけどな。その討伐に聖騎士のアニエス様が部隊を引き連れて向かったみたいなんだが……それが返り討ちにあって、アニエス様がその邪悪な魔法使いに捕らわれちまったって話が出回っていてな」
俺の隣の少女が、それを聞いてびくりと体を震わせた。
俺はその少女の頭にぽんぽんと手を置きつつ、マスターに相槌を打つ。
「へぇ、聖騎士アニエスが。それは驚きだな。確か相当の美人で、剣の腕も立つって話だろう?」
「おうよ。しかも神聖術まで使いこなすし、何より清廉潔白。聖騎士の中の聖騎士といえば、聖騎士アニエスを置いてほかにいないってぐらいさ。ほかの連中──聖騎士って称号をひけらかすばっかりのろくでもねぇやつらとは大違いよ。……でもそのアニエス様が囚われの身になったってのが本当なら、大変な話さ。みんな心配してるよ。今頃、邪悪な魔法使いにどんなひどい目に遭わされているのかってな」
「ああ、心配だな。鎖に縛られ、あられもない姿にでもさせられていたらと思うと……」
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それからマスターはまた、仕事に戻っていく。
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と、俺はそんなふうに連れの少女と話をしながら、食事を待っていた。
するとそこに──
「おー、やっと酒にありつけるぜ。──おう、酒だ酒だ! あと料理もありったけ持ってこい! 今すぐにだ!」
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さらに、その大男のかたわらには痩せ細った神経質そうな男がいて、大男のあとを継いで声を放つ。
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それは酒場の従業員たちや、マスターもそうだ。
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一方、俺の連れの少女は、フードの下でスッと目を細めてつぶやく。
「あいつらは、ベルクール兄弟……! また聖騎士の特権を濫用して……!」
うぅむ……。
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