塔暮らしの大賢者ですが、悪の魔法使いだと因縁をつけられたので自己防衛しました

いかぽん

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第15話

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「俺、今日はアニエスちゃんを帰さないよ」

「え……?」

 アニエスはなぜか手にしていた蜂蜜ドリンクの入ったカップを取り落としそうになり、慌ててお手玉をしてカップを確保すると、ホッと安堵の息をついた。

 塔の最上階の私室で、アニエスが正気を取り戻したあとのことである。
 俺はアニエスと向かい合って、ゆっくりと談話をしていた。

「……ジルベールおじさま、私のこと無自覚小悪魔とか言いますけど、あんまり人のこと言えませんよね」

 カップを無事確保したアニエスは、頬を赤らめつつ拗ねたような上目遣いで俺を睨みつけてきた。
 何だか分からないが、べらぼうに可愛い。

「え、何が? 俺が小悪魔だったら気持ち悪いだろ」

「分からないならいいです。──それより、私を帰さないってどういうことです? 私、おじさまに拉致監禁された扱いですか?」

 アニエスはそう聞きながらも、今やだいぶくつろいでいる様子だ。
 悪の魔法使いに拉致監禁された娘の挙動では、あまりない。

「まあそういうことだな。悪いけど、今日だけと言わずしばらくは、キミの身柄を確保させてもらうよ」

「いいですけど、それってどうしてです? やっぱり──人質として利用する、とかですか?」

「そんなところ。あとアニエスちゃんは、俺の能力や手駒に関する正確な情報を、わりと知っちゃったからね。なるべくなら、敵にそれを知られたくない」

「敵、ですか……? おじさま、まだ誰かと戦っているんですか?」

 アニエスは首を傾げる。
 頭の悪い子ではないんだが、こういうことには頭が回らないらしい。

「おう、戦っているよ。というか、戦わざるを得なくなった。アニエスちゃんの部下の兵士たちを帰しちゃったからね。彼らが戻って報告すれば、当然次の討伐部隊が編制されてくるでしょうよ。今度はアニエスちゃんたちの部隊より、もっと手強いやつらがね」

「あっ……! そ、そうか、そうなるんだ……。聖王国から、第二の討伐部隊が送り込まれてくる……」

「ていうか、アニエスちゃんが部下に帰還して伝えるよう指示を出したのは、そのためでしょ? それとも自分が悲劇のヒロインになったことを国に伝えて、それでおしまいだと思ってた?」

「うぐっ……」

 アニエスが目を逸らした。
 図星だったらしい。

「で、でもそれじゃあ、私の部下たちを国に帰したのはどうしてです? おじさまの立場なら、帰す理由はなかったんじゃ……」

「いやぁ、俺だって虐殺はしたくないし、あの人数をここで面倒見るのも嫌だし、それに何より、どっちにしろ部隊が帰還しなかったら全滅したとみなされて、同じように次の討伐部隊が送り込まれるだけだよ」

「あ、そっか……」

「まあそんなわけで、自己防衛はしなきゃいけないんだよね。俺はもっと普通に、平穏に暮らしたいんだが……ていうか、村人たちに税を払うのやめたらって煽ったのは、ありゃ悪手だったな。いずれこうなることは目に見えていたんだが」

 見捨てるのも気が引けるし、国の不手際が原因でいいように慈善事業をさせられるのも嫌だしで、あまり後先を考えずにやってしまったのが悪かった。

 とはいえほかに妙案が思いつかなかったのも事実で、ここに至るのは必然だったといえるのかもしれない。

「守りたいものを増やすと、大変だよね……」

 俺はそうつぶやきながら、目の前でリスのようにちまちまとカップの中身をすすっている聖騎士の少女を眺める。

 こうやって親しく知り合った子だけでも守ってやりたいと思うのだが、それも余計なお世話なのかもしれない。

 人は本質的に、自分の身は自分で守らないといけない。
 自己防衛だ。

 だが自分一人で自分の身を守るのは普通難しいから、人は徒党を組んで協力し合って、互いに互いの身を守る。
 そうした徒党の最も小さい単位としては『家族』、最も大きい単位は『国』か。

 そう考えると、俺はアニエスちゃんの家族でもなければ、保護者でもないわけで。
 赤の他人が守ってやりたいなんて思うのは、おこがましいことだろう。

 ふむ──

 俺は少し考えてから、目の前の聖騎士少女に声をかける。

「なあ、アニエスちゃん。ひとつ相談があるんだけど」

「なんですか、おじさま」

「もしアニエスちゃんさえ良ければなんだけど──俺と家族にならない?」

「ブフーッ!」

 アニエスはすすっていたドリンクを噴いた。
 俺の顔に思いきりかかった。

 俺は近くから手拭いを持ってきて、自分の顔を拭く。

「げほっ、げほっ……! な、な、何を突然言い出すんですか、おじさま!」

「いやぁ俺、アニエスちゃんのことが痛く気に入っちゃったもんで、アニエスちゃんを守れる立場になりたいなぁ、なんて」

「なっ、あっ……え、それって……ほ、本気ですか……?」

 アニエスの顔が、また茹でた蛸みたいになっている。
 んん……?

「うん。ダメかな? ……いや、そうか。アニエスちゃんには、もともとの家族がいるか。……うーん、難しいなぁ」

 家族という徒党の単位は、最小限の自己防衛協力単位としては望ましいが、社会的なしがらみも大きい。

 なるべく自己防衛単位を増やしたくない俺としては、やはりもう少し考える必要がありそうだ。

 などと思っていると、アニエスがポツリと、こんなことを言った。

「あ、いえ……お父さんとお母さんは、もう死んでしまっていないです。兄弟姉妹もいないし、今は天涯孤独みたいな身ですね。どっち道、聖騎士としてこの身と生涯を人々のために捧げるつもりでしたから、そんなこと気にもしていませんでしたけど」

 そう言ってアニエスは、えへへと笑った。
 どこか寂しそうな笑みだった。

「あー、そうなのか。まあ俺も似たような境遇だな。親父もおふくろも早くにアル中と病気で死んだし、兄弟もいたけど、もうずっと連絡とってないしな」

「でしょうね。おじさま、あんまり家族とかいるように見えませんし」

「え、それはひどくない?」

「あはははっ」

 アニエスはとても楽しそうに笑う。
 俺をからかって遊ぶぐらいには、屈託がなくなってきたようだ。

 が、アニエスはまた少し真顔に戻って、こんなことを言う。

「……だから、というわけでもないですけど、私を聖王国に対する人質にしても、何の価値もないと思います。私、教会でも騎士団でも嫌われていましたから。偉い人には反抗的だとか言われるし、男性の騎士たちからはちょっと国民人気があるからって女のくせに生意気だとか言われるし。……ここでおじさまに負けなくても、どっち道、あそこに私の居場所なんてなかったですから」

 アニエスにとっては、ちょっとした感傷を口に出しただけだったのだろう。
 でもそれを聞いた俺は、違和感を覚えてしまう。

 アニエスみたいな国民的アイドル聖騎士は、聖王国にとっては失いたくない大事なカードだったはずだ。

 それを「嫌われていた」という程度で、戦力未知数の俺にぶつけてくるだろうか?

 聖王国側から見ても、この塔に住む魔法使いが近隣の村々を一人で守れる程度の実力を持っていることは分かっていたはずだ。

 聖騎士アニエスの実力を信頼していたとしても、初手でいきなり俺にぶつけてくるのは、向こうにとってリスクが大きすぎる。

 つまり──

 聖王国の上層部、アニエスにこの塔の魔法使いを討伐するよう命令した何者かは、最初からアニエスを捨て駒同然に扱っていたと予想できる。

 その背景には、何かがあるはずだ。
 おそらくは、とても重大な何かが。

「やれやれ、いよいよキナ臭くなってきたな。あまり大事に首を突っ込みたくはないんだが……」

「……?」

 俺のつぶやきに、アニエスはきょとんとした様子で首を傾げていた。
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