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第14話

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 聖王国グランフィールの王都にある大聖堂。

 その一室で、枢機卿マティアスは報告を受けていた。

 齢もうすぐ六十になろうという枢機卿マティアスは、深いしわが刻まれた翁の顔に得体の知れぬ笑みを浮かべ、赤のガウンをまとった姿でステンドグラスの窓へと視線を向けている。

 その背後で報告の言葉を向けるのは、邪悪なる魔法使いの討伐から帰還した女性神官の一人だ。

 女性神官は床に膝をつき、ひどく緊張した様子でマティアスに報告した。

「も、申し訳ありません、枢機卿猊下……。私たちは敵の魔法使いの奸計に敗れ、アニエス様──聖騎士アニエスを、かの魔法使いに捕らえられてしまいました。……アニエス様は今、どのような邪悪な手立てで苦しめられているやも分かりません……。──マティアス枢機卿猊下! どうかアニエス様を救出し、あの邪悪な魔法使いを打倒するためのさらなる部隊を、騎士団にも掛け合ってご編制いただけないでしょうか……!」

 女性神官は必死だった。

 不甲斐ない自分たちを逃がし、たった一人で邪悪な魔法使いに立ち向かった勇敢な聖騎士の少女を救いたいという想いから、無礼を承知で枢機卿マティアスに上申していた。

 聖王国グランフィールは、至高神教会の力が極めて強い宗教国家である。

 枢機卿マティアスがにぎる実権は上級貴族と並ぶかそれ以上にも及び、その発言力は国政にすら大きな影響を与えるほどだ。

 女性神官から報告を受けた枢機卿マティアスは、報告相手のほうを見ることもなく、窓の方を向いたままゆっくりと言葉をつむぐ。

「それで、あなたたちは邪悪な魔法使いに立ち向かうこともなく、おめおめと逃げ帰ってきたと、そういうわけですか」

「はっ……も、申し訳ありません! 敵の魔法使いの力あまりにも強大で、聖騎士であるアニエス様のお力をもってしても敵わず虜囚となってしまわれたほど。私たちの力ではどうすることもできず……。どうか枢機卿猊下、アニエス様をお救いするため、ご尽力を……!」

 女性神官は恐縮して、顔を上げることもできずに弁明と懇願をする。

 だが、それに対して枢機卿マティアスは、大きくため息をついた。

「はぁ……与えられた任務一つ達成できないアニエスとかいう無能な聖騎士のことは、どうだっていいのですよ。それよりも問題は、この聖王国グランフィールの近隣に、正義である我々に対して牙をむく邪悪な魔法使いがいまだ存命していることでしょう。まったく嘆かわしい」

「は……?」

 女性神官は最初、何を言われたのか理解ができなかった。
 今この老枢機卿は、何と言ったのか。

 だが理解が浸透するにつれ、怒りがふつふつと湧いてきた。
 女性神官はマティアスに、抗議の言葉をぶつける。

「お言葉ですが猊下! アニエス様は使命を果たすため、自らの身を投げうってまで魔法使いジルベールに立ち向かったのです! それを──!」

 するとその言葉を聞いた枢機卿マティアスは、初めて振り返り、女性神官へと冷たく見下す視線を向けた。

「……やれやれ。飼い犬は飼い主に似るといいますが、あのアニエスとかいう娘の反抗癖は部下にまで及んでいますか。教育がなっていませんねぇ」

 そう言って枢機卿マティアスは、パチンと指を鳴らした。

 すると部屋の入り口から数人の男たちが入ってきて、女性神官を取り囲む。

「えっ……? す、枢機卿猊下、これは一体どういうことですか……!」

「キャンキャンと噛みついてくる犬には、相応の処分かしつけが必要ということですよ。聖騎士アニエスぐらいなら捨て駒扱いでの使い道もあるかと思いましたが、大した力もないあなたのような神官程度では、放し飼いにするだけ面倒が増えるだけです。──さ、あなたたち、その娘を捕らえなさい」

「な、何を言っているんです猊下! ──は、離して! あなたたち、何をす──ごふっ……!」

 男たちは数人がかりで女性神官を取り押さえると、一人が女性神官に当て身を入れた。

 神官衣の上から腹部に強い衝撃を受けた女性神官は、半ば意識を失い、男の一人にずるりともたれかかる。

「まったく、反抗的な犬たちにも困ったものです。魔法使いを倒せないなら、せめて『あの件』を嗅ぎまわっていたアニエスともども全滅してくれればよかったものを。なかなか思い通りにはいかないものですね。──さ、お前たち、その女を連れていきなさい」

 薄れゆく意識の中、女性神官は枢機卿マティアスのそんな声を聞いていた。

「あ……アニエス、様……」

 やがて女性神官はついに意識を失い、崩れ落ちた。
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