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第12話

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 最初に俺にアクセスをかけてきたのは、この塔の近隣にある村の一つだった。

 俺はこの塔に住むようになってからたびたび、野菜や動物の肉を売ってもらうために近隣の村々に立ち寄っていた。

 そんなある日、とある村に立ち寄った際に、俺は村人からこう頼まれた。

 あんたは力のある魔法使いなんだろう?
 村の近くの洞窟にゴブリンの群れが棲みついて困っているから、退治してくれないか、と。

 俺はこう答えた。
 お安い御用だが、タダ働きは御免だ。
 仕事に見合うだけの正当な報酬がもらえるならやるよ、とね。

 すると村人たちはこう答えた。
 そんな報酬を支払う余裕は、自分たちにはない。
 日々の暮らしだけで手一杯だと。

 しかしこのあたりの土地は天候も土も悪くはなく、作物の収穫も少なくないはずだ。
 それほど困窮しているのはなぜかと俺は聞いた。

 すると村人は言う。
 聖王国に支払う税が高すぎて、まったく余裕なんてないのだと。

 税の具体的な額も聞いたが、村人たちの生活がギリギリだというのもうなずけるだけの額だった。

 ならば、と俺は言った。
 国の騎士団に頼んで、ゴブリンを退治してもらえばいいだろう。
 税を取っているなら、国には村を守る義務がある、とね。

 だが村人たちは首を横に振る。
 国は村をちゃんと守ってはくれない。
 国に討伐要請を出しても、討伐隊の到着まで早くて一週間、遅ければ一ヶ月以上待たされることもザラだ。
 ゴブリンは今日の夜にも村を襲うかもしれないのに、一ヶ月以上も待てるわけがないと。

 まあ、そりゃあそうだろうな。
 村人の言い分は、もっともだと俺は思った。

 それなら、ということで、俺は次の提案をした。

 どうせ国の保護が望めないのなら、税金を払うのなんてやめてしまえばいい。
 それで浮いたお金で、俺に討伐依頼を出せばいいんじゃないか、と。

 その俺の提案に、村人たちは乗ったというわけだ。

 もちろん村を襲う危険はゴブリンだけじゃなくて、ほかにも困りごとがあったら俺は相談に乗ったよ。

 迅速に問題が解決するから、村人たちは喜んだ。
 俺に支払う依頼金も、聖王国に支払っていた税金と比べると半分以下ってとこだろうね。

 そしてそんな村が、やがていくつも増えた。
 今ではこの塔の周辺にある村のうち、五つの村が俺に厄介事の解決を頼みにくる。

 ……とまあ、そんな事情なわけだ。

 つまりね──

「キミたち聖王国の騎士団がちゃんとやるべきお仕事をしていなかったから、こういうことになっているわけ。──さて問題。そんな提案を村人たちにした俺は、『悪』なのでしょうか」

 俺がそこまで言った頃には、アニエスはその視線を俺から外して、おろおろと彷徨わせていた。

 自分が糾弾しようとしていたことの原因が自分たちにあったと分かってしまい、どうしていいか分からなくなっているのだろう。

 ちなみに言うと、俺がしたことをやはり「悪」だとするロジックは、実は簡単に組める。

 俺は聖王国の統治体制を乱したわけで、俺の一連の提案や行動を聖王国に対する侵略行為であると糾弾することは可能だろう。
 そして聖王国での審問とやらにかけられたら、おそらくはその筋で俺は有罪にされていただろうと予想できる。

 だが聖王国のお偉方ならともかく、純粋なアニエスはそんな卑怯なロジックは組まないだろう。
 自分の心が命じるままに正義と悪とを判断する、そういう子に見える。

「で、でも私たちだって、人手が足りないのよ……。私たち聖騎士団は、この近辺の村だけじゃない、聖王国全土の治安を守らなければいけない。だ、だから、それは仕方のないことで……」

 アニエスはさっきまでとは違い、まっすぐに俺の目を見ることがなくなっていた。
 この聖騎士の少女は、何かに怯えているようだった。

 そりゃあそうだろう。
 誰かを糾弾する行為は、その糾弾の仕方が強ければ強いほど、正義と悪の構図がひっくり返ったときには鋭い刃となって自分に返ってくる。

 まあ、それでもアニエスはまだ、自分の非を受け取る高潔さがあるだけマシなほうだ。

 これが平凡な正義気取りの人間になると、自分に非がなく相手に非があるとするための理屈をむりやり捏造しはじめるようになるのだから始末に負えない。

 正義を自負する者は自らが悪と思うものを軽率に糾弾するが、彼らは一度糾弾したが最後、違う景色が見えようとしても自らが放った刃が自らに返ってくることを恐れて、自らが糾弾した相手が悪である理由を探し求め続ける。

 俺は自分の属性アライメントグッドでもイビルでもない中立ニュートラルであると自負しているが、これは安直な善にはそうした性質があると考えているからだ。

 あとまあ、完膚なきまでに善人であろうとするのって、現実的じゃないんだよな。
 常に全方位に対する正義を意識して、いつも肩肘を張りながら生き続けなければいけない。
 そんなのは人間の生き方じゃないと俺は思う。

 だから、ほどよくいい加減なぐらいが、ちょうどいい正義なんだ──というのがまあ、俺の持論だ。
 じゃないと俺のスケベ心だって糾弾されてしまう。

 というわけで俺は、他人にはほどほどに甘くする。

 それは俺の目の前で、自分が糾弾されることに怯えている聖騎士ちゃんにだってそうだ。

「ま、騎士団の人手不足って事情も分かるよ。だからさ、俺は俺が根っからの悪じゃないってことだけ、アニエスちゃんに分かってもらえればそれでいい。──じゃあこれで、仲直りってことでいいかな?」

 俺がそう言うと、アニエスは呆けたような表情になった。

「えっ……? で、でも私は、あなたの命を奪おうとして……そんなの、間違いでしたで許されることじゃ……」

「うん、そうだな。でもいいよ、俺が許す。俺はアニエスちゃんのことが好きだから」

「ふぇっ……!?」

 俺は怯えていた聖騎士少女の頭を、大人が子供にそうするように、よしよしとなでてやる。

 するとアニエスの顔が、一瞬にして茹でた蛸のように真っ赤になった。

「な、な、な……何を、言って……!?」

「あとね、ひどいのはおあいこ様なんだなこれが。俺もアニエスちゃんたちでだいぶ遊んじゃったから。いやぁ、この塔を頑張って上ってくるアニエスちゃんたち、見てて楽しかったなぁ」

「──はあっ!? ちょ、ちょちょっ、なんですかそれ!? ていうか、見ていたんですか!? どうやって──ううん、どこまで!?」

「くくくっ、内緒だよ」

 俺はそう言って、飲み物でも入れようと台所へ向かう。
 客人用のカップは長らく使っていないから、埃をかぶっているだろうな。

「ちょっ、ちょっと! 魔法使いジルベール、私の何を見たの!? ねぇっ! ねぇってば!」

 アニエスは顔を真っ赤にしたまま、俺に抗議の叫びをあげていた。
 でもそれは、どこか照れ隠しのようにも思える。

 俺はその抗議を無視して台所に入った。
 魔法で手鍋に熱湯を用意して、棚から乾燥フルーツと蜂蜜を取り出す。

 二人分、温かい飲みものでも用意したら、アニエスの拘束も解除してあげよう。
 もうあの子は、俺に刃を向けてきたりしないだろう。

 それに俺の本当の敵は、あの子の背後で蠢く、あの子に命令を下した者たちだ。

「……気に入らないんだよな。ああいう子を俺に差し向けて使い捨てにしようっていう、薄汚い魂胆がさ」

 俺はそうつぶやきながら、細かく刻んだ乾燥フルーツと蜂蜜を入れた二つのカップに、お湯を注いでいった。
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