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第7話

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 ガーゴイルと兵士たちの戦闘は、混戦の様相を示していた。

 背中の翼で飛び回り、鋭い爪や牙で兵士たちに襲い掛かる八体のガーゴイル。

 一方の兵士たちは、不意打ちを受けた上に四方八方から攻撃され、完全に統制を乱されていた。

「ぐわぁああああっ!」

「や、やめろ! 来るなぁっ!」

「くっ……! おのれ悪の手下の怪物め……食らえ!」

 あちこちで悲鳴が上がる中、槍を持った一人の兵士が、飛んできたガーゴイルに攻撃を仕掛ける。

 ──ガキンッ!

 槍の一撃は、確かにガーゴイルの胴部に命中したのだが──

「ぐぅっ……か、硬い……!」

 槍の穂先はガーゴイルの石造りの胴体を十分に貫くことができず、多少のダメージを与えただけに終わった。

 そこに──

「どいてください! ──はぁああああっ!」

 ──ガギィンッ!

 駆け込んできた聖騎士少女の、稲妻のような剣の一振り。

 それもまたガーゴイルの硬い体に阻まれ、一刀両断にできるほどではなかったが、兵士の槍の一撃と比べればはるかに大きく石の体を破壊していた。

 さらに──

「まだまだっ!」

 ガンッ、ゴンッ、ドカンッ、ズゴゴゴォンッ!

 一瞬の後、アニエスから猛烈な連続攻撃を受けたそのガーゴイルは、全身をバラバラに砕かれて地面に転がっていた。

 そのガーゴイルは当然、活動を停止した。

「ふぅっ……なるほど、硬いですね。少し厄介です」

「すっげぇ……」

 そのアニエスの手並みを見た槍の兵士が、感嘆の声を上げる。

 しかし聖騎士の少女は、そんな部下にも叱責と指示を飛ばす。

「ぼーっとしていないで、苦戦している仲間を助けに行ってください。神官を優先で守って。あと、必ず三人以上で一体の石像怪物に当たること。残りは私が何とかします」

「は、はい、アニエス様!」

 兵士が陶酔するような目をアニエスに向けてから、別の仲間のほうに駆け寄っていく。

 それを見送るアニエスに、今度は別の二体のガーゴイルが襲い掛かった。

 魔法生物であるガーゴイルは、命令には忠実だが、知能が低いわけではない。
 アニエスを最も危険な相手と判断したのだろう。

 だが──

「私を狙いに来てくれるのは、好都合ですね」

 アニエスは飛び掛かってきた二体のガーゴイルの爪による攻撃を軽くあしらうと、速さと鋭さを兼ね備えた剣による攻撃を次々と叩き込んでいく。

 そしてしばらく後には、その二体のガーゴイルもあっさりとスクラップにしていた。

 ガーゴイル一体あたりの戦闘力は、並みの兵士よりは強いが、熟練の騎士には若干及ばないといった程度だ。

 不意打ちと翻弄攻撃で最初は善戦したが、総合戦闘力ではアニエスの部隊のそれよりも劣るため、反撃体勢が整えられてしまえば脆かった。

 中でも特に恐ろしい戦果をあげたのはアニエス自身で、当初八体いたガーゴイルは、うち五体が彼女一人の手で破壊された。

 もうアニエス一人いればいいんじゃないかなと思うぐらいだが、それはアニエスが一番冷静に対処できる立場にいたこともあるだろう。

 いずれにせよ、戦闘はアニエスたちの勝利で終わった。
 そしてガーゴイルたちをすべて倒したとき、先へと進む螺旋階段の入り口も、再び解放された。

 だが──

「ううっ……」

「い、痛てぇよぉ……」

 戦闘が終了した頃には、兵士たちの半数近くが重傷を負い、倒れていた。

 それほどでもない兵士たちもほとんどがボロボロで、神官たちの治癒の神聖術もついに術力切れに陥る。

 部隊内で元気なのは、もはやアニエス一人だけという状況だった。

 そうした部隊の惨状を見て、アニエスは一つ、大きくため息をつく。
 そして少女は、決意を込めた瞳で言った。

「皆さん、ここまでよく頑張ってくれました。──ここから先は、私一人で行きます。動ける者は重傷者を外まで運んで、そこで皆を守ってください。私も魔法使いジルベールを討伐したら合流します。夕方を過ぎても私が帰らなかったら、聖王国に戻りその旨を報告してください」

 アニエスがそう指示を出すと、部隊の兵士たちは悲壮な顔になった。

「そんなっ……!」

「アニエス様一人でなんて……! 無茶です!」

 兵士たちは、アニエスを止めようとする。
 しかしアニエスは、そんな兵士たちに向かってにこりと微笑んだ。

「大丈夫です、私を信じてください。悪の魔法使いなんかに、私は負けません」

 むんと力こぶを作って、部下たちに強さをアピールする可憐な少女騎士。

 それからアニエスは踵を返し、四階へと続く螺旋階段へと向かっていく。

「アニエス様……!」

「アニエス様、どうかご武運を!」

「絶対に、生きて帰ってきてください! 俺たち、信じて待ってますから……!」

 そんな兵士たちのエールを背中に受け、アニエスは彼らに片手を上げて応えると、四階へと続く螺旋階段を上っていった。


 ***


「……ふぅ」

 俺はその光景を【遠見の水晶球】と【通耳の耳飾り】を使って鑑賞し終えてから、うんと伸びをする。

 いやぁ、いいドラマだった。
 感動の名作だね。

 でも──

「悪の魔法使い役のこちらとしても、討伐されてやるわけにはいかないんだよねぇ」

 俺は【遠見の水晶球】の中、石造りの螺旋階段をたった一人で上っていく聖騎士アニエスを眺めながら独り言つ。

 だいぶ俺の望んでいた通りの展開になってきた。
 あとはアニエスが四階の障害を突破して、俺のいるこの五階に到達するだけだ。

「四階は……あれか。一人で大丈夫かな、アニエスちゃん」

 四階に関しては、特に準備することもない。
 成り行きを見守ろう。

 俺はチーズをもぐもぐしながら、アニエスが螺旋階段を上っていく姿を見つめていた。


 ***


 やがてアニエスは、四階への入り口の扉の前にたどり着いた。

 そして三階のときと同じように、扉を押し開けていく──

 扉が開いた先にある光景は、三階と似ていた。
 間仕切りのないだだっ広いホールがあって、奥には上階へと続く螺旋階段。

 だが、ガーゴイルはいない。

 代わりに、奥の螺旋階段を守るようにうねうねと立っているのは、ローパーという種類の一体のモンスターだった。

「……触手の怪物か。ふん、悪趣味ここに極まれりね」

 部下のいなくなったアニエスは、丁寧口調をやめて素の自分を出す。

 そんなアニエスの行く手に立ちふさがっているローパーというモンスターは、粘液の滴る大型の肉の筒から、たくさんのうねうねと蠢く触手が生えた魔法生物だ。

 肉筒の全長は二メートル半ほどだから、アニエスからは見上げるような大きさ。
 その前面上部には、握りこぶしよりも大きなぎょろりとした目が一つだけ付いている。

 肉筒の上側は大きな口になっていて、触手で捕まえた人間をそこに放り込み、丸呑みにして消化するというのがローパーの主な攻撃方法になる。

「あいつが魔法使いジルベールを守る、最後の門番ってわけね……。でも、打ち倒せばいいだけっていうのは、分かりやすくていいわ」

 アニエスは腰の鞘から剣をすらりと抜き、ホールの中へと足を踏み入れる。

 すると──ズゴォン、ズゴォンと、ホールの入り口、出口ともが石のシャッターによって塞がれた。

 一瞬慌てたアニエスだが、次には不敵な表情を浮かべる。

「……上等。かかって来なさい、化け物! ──てぇやあああああっ!」

 アニエスは剣を片手に、ローパーへと向かって駆け出した。
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