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第4話
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地下室の入り口の扉は、中のアンデッドを全滅させると開くようになっている。
扉が開き、兵士たちが地下室から解放されたときには、結構な数の兵士たちが探索を続けられないほどの大ダメージを負っていた。
アニエスは兵士たちを塔の一階へと集合させ、軽傷者には治癒魔法をかけるよう神官たちに指示し、また自らも同じように癒し手に回った。
だが重傷者を戦線復帰させるような高度な神聖術を使える者はアニエスを含めて一人もおらず、重傷を負った兵士たちは戦線離脱を余儀なくされた。
結果、螺旋階段の崩落によってダメージを受けた者も含めて、合計七人の兵士が部隊から脱落した。
元気な兵士たちが重傷者を塔の外に運び出すのを苦々しげに見つめながら、アニエスが苛立つように爪を噛む。
「残ったのは私を含めて十四人……。くっ、悪の魔法使いジルベールめ……!」
アニエスは爪を噛むのをすぐにやめ、天井をキッと睨み付けた。
一方、その数十メートル先、最上階である五階でアニエスたちの様子を【遠見の水晶球】で見ていた俺はというと──
「さて、そろそろ二階の準備に入りますか」
机の前の椅子から立ち上がり、うんと背伸びをする。
それから導師の杖を手に取って、呪文を唱えた。
使う魔法は【短距離瞬間移動】だ。
百メートル以内という近距離にしか移動できないが、長距離移動が可能な通常の【瞬間移動】と比べて格段に燃費がいいのがこの魔法の特長である。
魔法を発動すると、俺の体は塔の二階へと瞬間移動した。
二階は一階とは異なり、間仕切りで東西南北、四つの部屋に分かれている。
一階から正解ルートの螺旋階段を上ってくると、まずは南の部屋に入ることになる。
ホールケーキを四等分したような形状の南の部屋には、床面にある一階からの入り口のほかに「東の部屋に続く扉」と「西の部屋に続く扉」があって、侵入者はそのどちらかを選んで進むことになる。
そして、東の部屋と西の部屋にはいずれも「北の部屋に続く扉」があって、北の部屋がこの階のゴールだ。
その北の部屋からは、三階へと続く螺旋階段が伸びている。
俺が【短距離瞬間移動】を使って着地したのは、二階の南の部屋──つまり一階から上がってきたときに、アニエスたちが最初に到着する部屋だ。
アニエスたちは、まだしばらくここには来ないだろう。
部隊を立て直して探索を再開するまでには、もう少し時間がかかるはずだ。
俺はまず、「西の部屋に続く扉」の前に立って、呪文を唱える。
「──【強化魔法錠】」
俺が魔法を行使すると、扉にふわりと魔力の輝きが宿り、その輝きが扉全体に吸い込まれるようにして消えていった。
この塔の入り口の大扉にかけてあったのと、同じ種類の魔法だ。
永続化はしていないが、通常でも丸一日効果が持続するので問題はない。
さて、これで「西の部屋に続く扉」は開かなくなった。
開いて先に進めるのは、「東の部屋に続く扉」だけ。
さらに俺は、部屋の南側の壁に設置されている壁掛けの燭台へと向かう。
そしてまた、呪文を唱えた。
「──【着火《ティンダー》】」
──ボッ!
火がついていなかった燭台のろうそくに火がともり、松明のように煌々と燃え盛った。
この燭台に仕掛けられているのは魔法のろうそくで、特に消されなければ永久に燃え続ける。
ちなみにだが、この部屋に限らず塔内には窓から外光が入るため、今のような明るい時間なら、こういった松明はなくても明かりの面での問題はない。
これに火をつけたのは、別の意図だ。
「ん、これでよし」
俺はそれらの準備を終えると、再び【短距離瞬間移動】を使って五階の私室へと戻った。
そしてまた、【遠見の水晶球】が置かれた机の前に座る。
「さぁて、そろそろ準備ができた頃かな──おっ、動き出した」
水晶球の中では、アニエスたちが部隊の立て直しを終え、再度の探索を開始しようとしていた。
***
アニエスたちはおっかなびっくりという様子で、一階から二階へと続く正解の螺旋階段を上っていく。
その人数は、アニエスを含めても十四人にまで減っている。
当初の人数と比べると、三分の一がすでに脱落していた。
その十四人が、アニエスを先頭に一列になってぞろぞろと螺旋階段を上っていく様は、なんというか非常に間抜けだ。
ふむ……ここに上から転がる大岩を投げ込むとかしても、それはそれで面白そうだな。
次のトラップ候補として検討しておこう。
ともあれ、今の段階ではもう螺旋階段に罠は仕掛けられていないので、アニエスたちはそれ以上の被害を受けることなく二階の入り口まで到達することができた。
二階への入り口は、一階の天井の一部を上に押して開けるタイプの、跳ね上げ式の扉だ。
アニエスはその扉を少しだけ押し上げ、それで出来たすき間から二階を覗き込み、危険が見当たらないことを確認すると思いきり扉を押し上げて開いた。
アニエスを先頭にして、兵士たちが素早く二階の南の部屋へと上がり込んでいく。
二階の部屋に入ったアニエスは、注意深く部屋の中を見回しつつ、兵士たち全員が二階の部屋に上がるのを待った。
アニエスは全員が揃ったのを確認してから、ぽつりとつぶやく。
「部屋には入り口とは別に、扉が二つ……。どちらに進むか、あるいは両方同時に攻めるか……」
考えた末、アニエスは再び、両方の扉に部隊を分けて進軍することを決めた。
しかし、いざ進もうとなった段階で、片方の扉が一切開かないことに気付く。
「片方の扉が、魔法でふさがれている……? ……気に入らないけど、ほかに道はないか」
アニエスは結局、素直に開く方の扉から進むことを決めた。
アニエスはそれまでと同様、自分を先頭にして「東の部屋に続く扉」を開いていく。
その先、東の部屋にあったのは──
「……何もない? ……罠ではないの?」
南の部屋と同様の、ホールケーキ四分の一カットの形状をした東の部屋は、南の部屋と同じようにがらんどうだった。
扉を開けて部屋の様子を見ただけでは、モンスターがいるわけでもなく、罠らしき何かも見当たらない。
オブジェも壁に火のついていない壁掛けの燭台があるぐらいのもので、ほかには北の部屋に続く扉があるぐらいだ。
「どうして……? もう一方の扉が魔法で封じられていたのは、ひょっとすると宝物庫か何か……? であればそちらに用はないし、こっちで正解だった……?」
アニエスは疑問を口にしながらも、慎重に左右を見回しつつ、東の部屋へと踏み込んでいく。
一歩、二歩、三歩、四歩──
だが、そのとき。
ジュウ、という何かが焼けるような音がした。
「え……?」
アニエスが自分の右肩を見ると、そこにかかったマントに小さな穴が空き、その下の鎧の肩当てに、何か半透明な粘性の液体のようなものが付着していることに気付いた。
半透明ピンクの粘性の液体は、指で輪を作った中に収まるぐらいの少量だったが、それはアニエスの鎧の肩当てからシュウシュウと白い煙を上げて、わずかずつだが金属製の鎧を溶かし始めていた。
「はっ……? ──えっ、ちょっ、何これ!?」
アニエスは小手を装着した手の甲で、慌ててそれを払いのけようとした。
すると今度は、その払いのけようとした小手に粘液が付着して、シュウシュウと白い煙を上げ始める。
しかも、それだけではない。
右肩にあったそれとは別に、左肩にもピチョンとそれが落ちてきて、同じように白い煙を上げ始めた。
さらには──
「んひっ!?」
にゅるんっ。
アニエスの首筋の部分に少量の粘液が落ちてきて、背中へと滑り落ちた。
アニエスはびくんっと跳ねて、背中に滑り落ちたそれを確認しようとしたが、背中なので目も手も届かない。
まあでも、大丈夫。
あれは布や金属は溶かしても、石材や人体を傷つけることはないから安心だ。
そして、その段に至ってアニエスもようやく、どこを警戒しなければいけなかったかに気付いた。
アニエスは、慌てて上を見る。
そこにいたのは──
「──ピンク色の、スライムっ!?」
東の部屋の入り口付近、石造りの天井に張り付いていたのは、ちょっとした絨毯ほどの大きさを持った大型のピンク色の粘液体。
アニエスがその姿を認めたのと、ほぼ同時。
──ぼとっ、ぼとぼとぼとっ。
聖騎士少女目掛けて、ピンクスライムが一斉に降り注いだ。
扉が開き、兵士たちが地下室から解放されたときには、結構な数の兵士たちが探索を続けられないほどの大ダメージを負っていた。
アニエスは兵士たちを塔の一階へと集合させ、軽傷者には治癒魔法をかけるよう神官たちに指示し、また自らも同じように癒し手に回った。
だが重傷者を戦線復帰させるような高度な神聖術を使える者はアニエスを含めて一人もおらず、重傷を負った兵士たちは戦線離脱を余儀なくされた。
結果、螺旋階段の崩落によってダメージを受けた者も含めて、合計七人の兵士が部隊から脱落した。
元気な兵士たちが重傷者を塔の外に運び出すのを苦々しげに見つめながら、アニエスが苛立つように爪を噛む。
「残ったのは私を含めて十四人……。くっ、悪の魔法使いジルベールめ……!」
アニエスは爪を噛むのをすぐにやめ、天井をキッと睨み付けた。
一方、その数十メートル先、最上階である五階でアニエスたちの様子を【遠見の水晶球】で見ていた俺はというと──
「さて、そろそろ二階の準備に入りますか」
机の前の椅子から立ち上がり、うんと背伸びをする。
それから導師の杖を手に取って、呪文を唱えた。
使う魔法は【短距離瞬間移動】だ。
百メートル以内という近距離にしか移動できないが、長距離移動が可能な通常の【瞬間移動】と比べて格段に燃費がいいのがこの魔法の特長である。
魔法を発動すると、俺の体は塔の二階へと瞬間移動した。
二階は一階とは異なり、間仕切りで東西南北、四つの部屋に分かれている。
一階から正解ルートの螺旋階段を上ってくると、まずは南の部屋に入ることになる。
ホールケーキを四等分したような形状の南の部屋には、床面にある一階からの入り口のほかに「東の部屋に続く扉」と「西の部屋に続く扉」があって、侵入者はそのどちらかを選んで進むことになる。
そして、東の部屋と西の部屋にはいずれも「北の部屋に続く扉」があって、北の部屋がこの階のゴールだ。
その北の部屋からは、三階へと続く螺旋階段が伸びている。
俺が【短距離瞬間移動】を使って着地したのは、二階の南の部屋──つまり一階から上がってきたときに、アニエスたちが最初に到着する部屋だ。
アニエスたちは、まだしばらくここには来ないだろう。
部隊を立て直して探索を再開するまでには、もう少し時間がかかるはずだ。
俺はまず、「西の部屋に続く扉」の前に立って、呪文を唱える。
「──【強化魔法錠】」
俺が魔法を行使すると、扉にふわりと魔力の輝きが宿り、その輝きが扉全体に吸い込まれるようにして消えていった。
この塔の入り口の大扉にかけてあったのと、同じ種類の魔法だ。
永続化はしていないが、通常でも丸一日効果が持続するので問題はない。
さて、これで「西の部屋に続く扉」は開かなくなった。
開いて先に進めるのは、「東の部屋に続く扉」だけ。
さらに俺は、部屋の南側の壁に設置されている壁掛けの燭台へと向かう。
そしてまた、呪文を唱えた。
「──【着火《ティンダー》】」
──ボッ!
火がついていなかった燭台のろうそくに火がともり、松明のように煌々と燃え盛った。
この燭台に仕掛けられているのは魔法のろうそくで、特に消されなければ永久に燃え続ける。
ちなみにだが、この部屋に限らず塔内には窓から外光が入るため、今のような明るい時間なら、こういった松明はなくても明かりの面での問題はない。
これに火をつけたのは、別の意図だ。
「ん、これでよし」
俺はそれらの準備を終えると、再び【短距離瞬間移動】を使って五階の私室へと戻った。
そしてまた、【遠見の水晶球】が置かれた机の前に座る。
「さぁて、そろそろ準備ができた頃かな──おっ、動き出した」
水晶球の中では、アニエスたちが部隊の立て直しを終え、再度の探索を開始しようとしていた。
***
アニエスたちはおっかなびっくりという様子で、一階から二階へと続く正解の螺旋階段を上っていく。
その人数は、アニエスを含めても十四人にまで減っている。
当初の人数と比べると、三分の一がすでに脱落していた。
その十四人が、アニエスを先頭に一列になってぞろぞろと螺旋階段を上っていく様は、なんというか非常に間抜けだ。
ふむ……ここに上から転がる大岩を投げ込むとかしても、それはそれで面白そうだな。
次のトラップ候補として検討しておこう。
ともあれ、今の段階ではもう螺旋階段に罠は仕掛けられていないので、アニエスたちはそれ以上の被害を受けることなく二階の入り口まで到達することができた。
二階への入り口は、一階の天井の一部を上に押して開けるタイプの、跳ね上げ式の扉だ。
アニエスはその扉を少しだけ押し上げ、それで出来たすき間から二階を覗き込み、危険が見当たらないことを確認すると思いきり扉を押し上げて開いた。
アニエスを先頭にして、兵士たちが素早く二階の南の部屋へと上がり込んでいく。
二階の部屋に入ったアニエスは、注意深く部屋の中を見回しつつ、兵士たち全員が二階の部屋に上がるのを待った。
アニエスは全員が揃ったのを確認してから、ぽつりとつぶやく。
「部屋には入り口とは別に、扉が二つ……。どちらに進むか、あるいは両方同時に攻めるか……」
考えた末、アニエスは再び、両方の扉に部隊を分けて進軍することを決めた。
しかし、いざ進もうとなった段階で、片方の扉が一切開かないことに気付く。
「片方の扉が、魔法でふさがれている……? ……気に入らないけど、ほかに道はないか」
アニエスは結局、素直に開く方の扉から進むことを決めた。
アニエスはそれまでと同様、自分を先頭にして「東の部屋に続く扉」を開いていく。
その先、東の部屋にあったのは──
「……何もない? ……罠ではないの?」
南の部屋と同様の、ホールケーキ四分の一カットの形状をした東の部屋は、南の部屋と同じようにがらんどうだった。
扉を開けて部屋の様子を見ただけでは、モンスターがいるわけでもなく、罠らしき何かも見当たらない。
オブジェも壁に火のついていない壁掛けの燭台があるぐらいのもので、ほかには北の部屋に続く扉があるぐらいだ。
「どうして……? もう一方の扉が魔法で封じられていたのは、ひょっとすると宝物庫か何か……? であればそちらに用はないし、こっちで正解だった……?」
アニエスは疑問を口にしながらも、慎重に左右を見回しつつ、東の部屋へと踏み込んでいく。
一歩、二歩、三歩、四歩──
だが、そのとき。
ジュウ、という何かが焼けるような音がした。
「え……?」
アニエスが自分の右肩を見ると、そこにかかったマントに小さな穴が空き、その下の鎧の肩当てに、何か半透明な粘性の液体のようなものが付着していることに気付いた。
半透明ピンクの粘性の液体は、指で輪を作った中に収まるぐらいの少量だったが、それはアニエスの鎧の肩当てからシュウシュウと白い煙を上げて、わずかずつだが金属製の鎧を溶かし始めていた。
「はっ……? ──えっ、ちょっ、何これ!?」
アニエスは小手を装着した手の甲で、慌ててそれを払いのけようとした。
すると今度は、その払いのけようとした小手に粘液が付着して、シュウシュウと白い煙を上げ始める。
しかも、それだけではない。
右肩にあったそれとは別に、左肩にもピチョンとそれが落ちてきて、同じように白い煙を上げ始めた。
さらには──
「んひっ!?」
にゅるんっ。
アニエスの首筋の部分に少量の粘液が落ちてきて、背中へと滑り落ちた。
アニエスはびくんっと跳ねて、背中に滑り落ちたそれを確認しようとしたが、背中なので目も手も届かない。
まあでも、大丈夫。
あれは布や金属は溶かしても、石材や人体を傷つけることはないから安心だ。
そして、その段に至ってアニエスもようやく、どこを警戒しなければいけなかったかに気付いた。
アニエスは、慌てて上を見る。
そこにいたのは──
「──ピンク色の、スライムっ!?」
東の部屋の入り口付近、石造りの天井に張り付いていたのは、ちょっとした絨毯ほどの大きさを持った大型のピンク色の粘液体。
アニエスがその姿を認めたのと、ほぼ同時。
──ぼとっ、ぼとぼとぼとっ。
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