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第1話
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それはある日の昼下がり。
俺が自分の住居である塔の最上階の一室で、のんびりと本を読んでいた時のことだった。
外のほうがにわかに騒がしくなったかと思うと、突然にこんな声が聞えてきた。
「近隣の村の人々を苦しめる、悪の魔法使いジルベールに告ぐ! おとなしく投降して出てきなさい! 我々は聖王国グランフィールの聖騎士団である! 繰り返す! 悪の魔法使いジルベールよ、おとなしく投降しなさい! さもなくば我々は、あなたに正義の鉄槌を下さねばなりません!」
それは凛としていながらも少女らしさの残る、可憐な声だった。
俺は何事かと思い、本を机に置いて、窓際まで歩いていって窓から外を見下ろした。
すると俺の塔──この辺境の地に築造した五階建てのマイハウス──の前に、何やら二十人ほどの武装した兵士が押しかけてきていた。
その部隊の先頭にいるのは、聖騎士らしき一人の少女だ。
年の頃は十六、七歳ぐらい。
金髪碧眼で髪はポニーテイルにしており、剣と鎧、盾、マントなどを身につけている。
鎧や盾、マントのデザインは、いずれも清廉な白をベースに、縁取りなどのアクセントとして鮮烈な赤色を施した揃いのもので、一目見ていかにも聖騎士だと分かるものだ。
先ほどの声を張り上げていたのも、あの聖騎士の少女だろう。
そして俺は、その可愛らしい聖騎士には見覚えがあった。
というか、この近辺を治める聖王国グランフィールの重要人物の中でも、トップクラスの有名人と言っていい存在だ。
「聖騎士アニエスか。しかし何でまた」
アニエスは若くして聖騎士の地位を獲得した、聖王国きっての才女の一人だ。
若年ながら剣の腕は並みの騎士を遥かに上回るほどで、神聖術にも長けている。
容姿端麗であることも相まって、半ば国民的アイドルと呼んでもいいぐらいの存在だ。
そんな聖騎士アニエスがどうしてこんなところに、と考えれば、いくつか理由は思いついたが……まあそれは今考えるべき事柄でもない。
それよりも今は、あの突然の来訪者たちをどうもてなすかだ。
ちなみにだが、塔の前にいるアニエスも兵士たちも、俺がここ──塔の最上階から見ていることには気付いていない。
塔の窓には魔法加工が施してあり、外からは中の様子が見えないようになっているのだ。
「しかし、俺が悪の魔法使いねぇ……。またずいぶんと話がねじ曲がったもんだな」
俺はぽつりと、そうつぶやく。
アニエスは「悪の魔法使いジルベール」と呼び掛けていた。
ジルベールというのは、確かに俺の名前だ。
魔法使いジルベールは、今年で四十歳になったばかりのしがないおっさんである。
昔は神童と呼ばれたり、天才と呼ばれたり、ほかの国では大賢者などと呼ばれたりしたこともあったが、今はこの聖王国の辺境でひっそりと隠遁生活をしている、一人の善良な住民にすぎない。
まあ冒険者をやっていた若い頃には、多少のやんちゃをやらかしたこともないではない。
力は人に自由をもたらすが、ある者の自由はほかの誰かにとっての災厄にもなりうるというわけだ。
しかし今は──少なくともここに塔を建ててからはわりと穏健に暮らしていたはずで、この地で悪の魔法使い呼ばわりされる筋合いはあまりない、はずだ。
原因にひとつ心当たりがないでもないが、事の本質を考えれば言いがかりと評価できるものであって、正義の鉄槌を下される筋合いのものではない。
俺はそれらを踏まえたうえで、さて──と考える。
聖王国グランフィールの聖騎士といえば、頭の固い正義バカの代名詞だ。
一度悪と定めたものには一切の容赦も呵責もなく、徹底的に攻撃して殲滅する。
そしてあのアニエスもまた、聖騎士だ。
基本的に真っ当な対話はできないと思っておいた方がいいだろうが──
「……まあ、一応出迎えぐらいはしておくか」
俺は部屋の隅に立てかけてあった、導師の杖を手に取った。
そして呪文を詠唱しながら、精神集中を高めていく。
行使する魔法は、俺と同じ姿形を持った幻の投影体を、遠くの場所に作り出すものだ。
「──【幻像投影】」
魔法を発動する。
俺の知覚が、自らの部屋から、塔の前へと移動した。
***
あらためて状況を説明しよう。
俺は今、幻の投影体に知覚と意識を移して、塔の前へと出現した。
俺の本体はいまだに塔の最上階にいるが、半ば抜け殻のようなものだ。
そんな「投影体の俺」の背後には、我が住居たる塔がそびえ立っている。
塔の周辺は鬱蒼とした森林地帯だ。
塔の入り口前──つまり今俺がいる場所とその前方の一帯だけが、空き地のように少し開けた場所になっていた。
そして今、俺の前では兵士たちが驚き戸惑った様子でざわつき、怯えていた。
兵士たちの前に立つ聖騎士アニエスもまた、唐突な俺の出現に驚きを隠せない様子だった。
聖騎士少女はとっさに腰の剣へと手を伸ばし、俺に向かって問いただしてくる。
「くっ……! どこから現れた、魔法使い!」
怪しい動きをすれば、すぐさま剣を抜いて切り掛かるぞという様子だ。
俺はそれに対し、のんびりと答える。
「いや、どこからと聞かれてもな。そりゃあ魔法使いなんだから、どこからともなくだって現れるさ」
「戯れ言を……! 今すぐ武器を捨てて、おとなしく投降しなさい!」
「あー、一応聞いておくけど、おとなしく投降すると俺はどうなるの?」
「一切の抵抗力を奪った後に連行し、聖王国の王都で審問にかけます。もしもあなたが潔白ならば、すぐに無罪放免されるでしょう」
「うん、分かった。話にならないね」
俺はおとなしく投降するという選択肢を、論外と断じて切り捨てた。
一度対象を悪と決めつけたらどこまでも突っ走る聖王国の審問なんて、公平も公正もあったものじゃない。
そんなところに放り込まれたら、こっちがいくら真っ当な論理で正当性を主張したところで、何の意味もないだろう。
「ちなみに、今ここで俺が抗弁したら、アニエスちゃんは聞く耳持つ? 俺さ、悪の魔法使いとか言われても、全然ピンと来てないんだけど」
「悪の甘言に踊らされるつもりはありません。それにあなたの抗弁に関して、私が独断で是非を判断しても意味がありません。申し開きがあるなら、審問の場で行いなさい」
「だよね……」
俺はため息をつく。
まあ、うん、分かってはいたよ。
「さあ、今すぐ武器を捨てて投稿しなさい、悪の魔法使いジルベール!」
「お断りだね。どうしても俺を捕まえたければ、この塔の最上階までおいで。そこまで来られたら相手をしてあげるよ。それじゃ──」
「──っ! 待て、逃がすものか!」
聖騎士アニエスは剣を抜き、俺に向かっておもむろに斬り掛かってきた。
速い。
さすがというほかない速度であっという間に間合いを詰めてくると、閃光のように剣を振るう。
もちろん回避は不可能。
武器戦闘は俺の専門じゃないし、アニエスちゃんみたいな天才騎士の攻撃になんて、対応できるわけがない。
アニエスの剣が、俺の体を斜めに断ち切った。
だが──
「なっ……!? これは、幻術……!?」
アニエスの驚いた顔を最後に拝んだところで、【幻像投影】の効果が消滅した。
俺がまぶたを開けば、視界に映るのは塔の最上階の私室の光景だ。
俺は一つ、ほぅと息をつく。
「……やれやれ、血気盛んなお嬢様だ。これは丁重におもてなししてやらないとな……」
俺は乱暴なお客様を歓迎するため、頭の中で計画を練りはじめた。
俺が自分の住居である塔の最上階の一室で、のんびりと本を読んでいた時のことだった。
外のほうがにわかに騒がしくなったかと思うと、突然にこんな声が聞えてきた。
「近隣の村の人々を苦しめる、悪の魔法使いジルベールに告ぐ! おとなしく投降して出てきなさい! 我々は聖王国グランフィールの聖騎士団である! 繰り返す! 悪の魔法使いジルベールよ、おとなしく投降しなさい! さもなくば我々は、あなたに正義の鉄槌を下さねばなりません!」
それは凛としていながらも少女らしさの残る、可憐な声だった。
俺は何事かと思い、本を机に置いて、窓際まで歩いていって窓から外を見下ろした。
すると俺の塔──この辺境の地に築造した五階建てのマイハウス──の前に、何やら二十人ほどの武装した兵士が押しかけてきていた。
その部隊の先頭にいるのは、聖騎士らしき一人の少女だ。
年の頃は十六、七歳ぐらい。
金髪碧眼で髪はポニーテイルにしており、剣と鎧、盾、マントなどを身につけている。
鎧や盾、マントのデザインは、いずれも清廉な白をベースに、縁取りなどのアクセントとして鮮烈な赤色を施した揃いのもので、一目見ていかにも聖騎士だと分かるものだ。
先ほどの声を張り上げていたのも、あの聖騎士の少女だろう。
そして俺は、その可愛らしい聖騎士には見覚えがあった。
というか、この近辺を治める聖王国グランフィールの重要人物の中でも、トップクラスの有名人と言っていい存在だ。
「聖騎士アニエスか。しかし何でまた」
アニエスは若くして聖騎士の地位を獲得した、聖王国きっての才女の一人だ。
若年ながら剣の腕は並みの騎士を遥かに上回るほどで、神聖術にも長けている。
容姿端麗であることも相まって、半ば国民的アイドルと呼んでもいいぐらいの存在だ。
そんな聖騎士アニエスがどうしてこんなところに、と考えれば、いくつか理由は思いついたが……まあそれは今考えるべき事柄でもない。
それよりも今は、あの突然の来訪者たちをどうもてなすかだ。
ちなみにだが、塔の前にいるアニエスも兵士たちも、俺がここ──塔の最上階から見ていることには気付いていない。
塔の窓には魔法加工が施してあり、外からは中の様子が見えないようになっているのだ。
「しかし、俺が悪の魔法使いねぇ……。またずいぶんと話がねじ曲がったもんだな」
俺はぽつりと、そうつぶやく。
アニエスは「悪の魔法使いジルベール」と呼び掛けていた。
ジルベールというのは、確かに俺の名前だ。
魔法使いジルベールは、今年で四十歳になったばかりのしがないおっさんである。
昔は神童と呼ばれたり、天才と呼ばれたり、ほかの国では大賢者などと呼ばれたりしたこともあったが、今はこの聖王国の辺境でひっそりと隠遁生活をしている、一人の善良な住民にすぎない。
まあ冒険者をやっていた若い頃には、多少のやんちゃをやらかしたこともないではない。
力は人に自由をもたらすが、ある者の自由はほかの誰かにとっての災厄にもなりうるというわけだ。
しかし今は──少なくともここに塔を建ててからはわりと穏健に暮らしていたはずで、この地で悪の魔法使い呼ばわりされる筋合いはあまりない、はずだ。
原因にひとつ心当たりがないでもないが、事の本質を考えれば言いがかりと評価できるものであって、正義の鉄槌を下される筋合いのものではない。
俺はそれらを踏まえたうえで、さて──と考える。
聖王国グランフィールの聖騎士といえば、頭の固い正義バカの代名詞だ。
一度悪と定めたものには一切の容赦も呵責もなく、徹底的に攻撃して殲滅する。
そしてあのアニエスもまた、聖騎士だ。
基本的に真っ当な対話はできないと思っておいた方がいいだろうが──
「……まあ、一応出迎えぐらいはしておくか」
俺は部屋の隅に立てかけてあった、導師の杖を手に取った。
そして呪文を詠唱しながら、精神集中を高めていく。
行使する魔法は、俺と同じ姿形を持った幻の投影体を、遠くの場所に作り出すものだ。
「──【幻像投影】」
魔法を発動する。
俺の知覚が、自らの部屋から、塔の前へと移動した。
***
あらためて状況を説明しよう。
俺は今、幻の投影体に知覚と意識を移して、塔の前へと出現した。
俺の本体はいまだに塔の最上階にいるが、半ば抜け殻のようなものだ。
そんな「投影体の俺」の背後には、我が住居たる塔がそびえ立っている。
塔の周辺は鬱蒼とした森林地帯だ。
塔の入り口前──つまり今俺がいる場所とその前方の一帯だけが、空き地のように少し開けた場所になっていた。
そして今、俺の前では兵士たちが驚き戸惑った様子でざわつき、怯えていた。
兵士たちの前に立つ聖騎士アニエスもまた、唐突な俺の出現に驚きを隠せない様子だった。
聖騎士少女はとっさに腰の剣へと手を伸ばし、俺に向かって問いただしてくる。
「くっ……! どこから現れた、魔法使い!」
怪しい動きをすれば、すぐさま剣を抜いて切り掛かるぞという様子だ。
俺はそれに対し、のんびりと答える。
「いや、どこからと聞かれてもな。そりゃあ魔法使いなんだから、どこからともなくだって現れるさ」
「戯れ言を……! 今すぐ武器を捨てて、おとなしく投降しなさい!」
「あー、一応聞いておくけど、おとなしく投降すると俺はどうなるの?」
「一切の抵抗力を奪った後に連行し、聖王国の王都で審問にかけます。もしもあなたが潔白ならば、すぐに無罪放免されるでしょう」
「うん、分かった。話にならないね」
俺はおとなしく投降するという選択肢を、論外と断じて切り捨てた。
一度対象を悪と決めつけたらどこまでも突っ走る聖王国の審問なんて、公平も公正もあったものじゃない。
そんなところに放り込まれたら、こっちがいくら真っ当な論理で正当性を主張したところで、何の意味もないだろう。
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「だよね……」
俺はため息をつく。
まあ、うん、分かってはいたよ。
「さあ、今すぐ武器を捨てて投稿しなさい、悪の魔法使いジルベール!」
「お断りだね。どうしても俺を捕まえたければ、この塔の最上階までおいで。そこまで来られたら相手をしてあげるよ。それじゃ──」
「──っ! 待て、逃がすものか!」
聖騎士アニエスは剣を抜き、俺に向かっておもむろに斬り掛かってきた。
速い。
さすがというほかない速度であっという間に間合いを詰めてくると、閃光のように剣を振るう。
もちろん回避は不可能。
武器戦闘は俺の専門じゃないし、アニエスちゃんみたいな天才騎士の攻撃になんて、対応できるわけがない。
アニエスの剣が、俺の体を斜めに断ち切った。
だが──
「なっ……!? これは、幻術……!?」
アニエスの驚いた顔を最後に拝んだところで、【幻像投影】の効果が消滅した。
俺がまぶたを開けば、視界に映るのは塔の最上階の私室の光景だ。
俺は一つ、ほぅと息をつく。
「……やれやれ、血気盛んなお嬢様だ。これは丁重におもてなししてやらないとな……」
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気になった方は是非読んでみてください。
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