魔拳のデイドリーマー

osho

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第16章 摩天楼の聖女

第298話 来るべくして、来る

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聖女就任式典『シャルム・レル・ナーヴァ』、13日目。
宗教関係で、実質最終日となる式典の日。場所は、儀式の場である、神殿深部の聖堂。

特別な行事の際、限られた者だけが訪れることを許される……ある理由から『摩天楼』と呼ばれている区画の、一番奥にあるここで、その儀式は粛々と進められていた。。

今日この日をもって、今日まで修行を積んできた少女・ネフィアットは、『聖女』となる。国中のシャルム教の信徒から崇められ、尊敬される、国の象徴となるのだ。

そのための儀式が粛々と進んでいく様子を、教皇・ジョナスをはじめとした、シャルム教の幹部たちは、満足げな表情で見ていた。

事前に話し合って決めていた内容から外れることなく、着々と進んでいく儀式。

教皇である自分が、枢機卿たちが、決められた祝詞を読み上げていき、適宜ネフィアットがそれに応答を返す。

聖女だけが着ることを許される法衣に袖を通し、祝いの品を祭壇に奉納し……準備は着々と進んでいく。何の問題もなく、滞りなく。

そして、儀式も終盤。神々への祈りを捧げると同時に、ネフィアットは今一度、その身の全てを『シャルム教』の教えと、それによる衆生の救済に捧げて尽くすことを誓い……枢機卿の1人が持ってきて、祭壇においていた御神酒の杯、2つあるうちの1つを手に取った。

これを飲むことで、神に仕える身になるという宣誓の意味がある、最後の儀礼である。

そして、ネフィアットがそれに口をつけようとした……その時。

――ガシャン!

どこからともなく飛んできた石礫が、その杯を粉々に砕き……入っていた御神酒が、一滴もその口に入ることなく、床にぶちまけられた。

その場にいた皆が驚く中……ズズゥウン……と、神殿全体が、まるで地震か何かのように大きく揺れた。


☆☆☆


時は少しさかのぼり……場所を、とある高級宿の一室に移す。


☆☆☆


「? ブラックマーケットに?」

「ええ、察知するのが今になってしまったんだけど……どうも、動きがあるみたいなの。それも、近々……相当に大きく、ね」

今日の式典は僕らの出番はないので、部屋で休んでいた時のこと。

僕の部屋を訪ねて来たジェリーラ姉さんから、そんな話を聞かされた。

ジェリーラ姉さんは、『アントワネット財閥』のを率いるトップというだけあり、表裏の商売関係の動きに常に目を光らせていて、儲け話の気配を敏感にキャッチする。
同時に、関わっちゃいけない、手を引いた方がいいモノや金の動きも敏感に察知する。

どうも今回は、後者のようだ。
張り巡らせていた網に、今になって引っかかったというか、突然浮かび上がった……怪しい儲け話があるらしい。

しかも、どうやら『シャラムスカ』の中枢部が絡んでいるような気配があるとか。

「まあ、配信者や裏切り者に、容赦なく……一応隠れてだけど、色々アレなことやってる国だから、それ自体は別に不思議でもないんだけど、タイミングがタイミングだから、気になって、一応ね。知らせとこうかと思って」

「へー、ありがと。で、具体的にわかったこととかってあるの?」

そう尋ね返すと、姉さんは肩をすくめて、

「そんなに多くのことがわかってるわけじゃないのよね。けど……それなのに、すぐにでも動き出しそうな気配だけはあちこちに見て取れるの。まるで、出し渋って焦らして、興味を引いて……注目が集まったところでお披露目して、一気に話題をかっさらおうとしてるような感じ」

「フーン……珍しいことなの?」

「それ自体はそんなに珍しくもないわ、よくある商売の戦略の1つよ。でも……そういうのって、だいたいはどこからか漏れるのよね、どうしても」

しかし、今回はそういう漏洩みたいなのがないから、ちょっと気になってる、と。

「ひょっとしたら、一連のテロ予告とかに関係あるかも……と思って。まあ、具体的にどういう可能性があるか、までは全然予想つかなかったんだけどね。ちなみに、他2人にはすでに連絡済みよ」

「他2人……ああ、ドレーク兄さんとブルース兄さん?」

「そ。もっともその2人も、あんまし予想はつかなかったようだけどね。さすがに情報が乏しすぎるから、って」

ブラックマーケット、ねえ……。僕も、ちょっとわかんないかな。

まあ、武器とか違法な薬品とかが流れる市場であるからして、関わり自体はいくらでもありそうではあるけど……逆に言えば、テロが起こるんだから、そりゃそういう市場が元気になるのも当たり前だとは思うというか。

しかし、ジェリーラ姉さん曰く……『急に』そういう気配が出て来たから気になったとのこと。

 ……前にドレーク兄さんが言ってた感じだと、あのアザーって人、相当周到に準備とか進めるタイプみたいだし……となれば、テロ直前で一気に品物を買うなんてことはしないと思う。

となると、テロとは無関係……だろうか?

しかも、シャラムスカの中枢部が絡んでるみたいなことも言ってたし……うーん、わからん。
これは、頭の中にとどめておくくらいにしておいた方がいいかな。答え出そうにないし。

しかし、そのテロにしたって……もう式典そろそろ終わるんだけどな。一向に始まる気配がない……いや、起こってほしいとか思ってるわけじゃないけども。

あともう何日かしたら、僕らこの国から出てくんだけど……いや、ひょっとして、それがむしろ狙い? あんだけ予告して言っといて?

……いや、でもたしかに、僕らに『関わらないでほしい』とは言ってたものの……必ずしも僕らがいる間に起こる、とも言ってなかった、かも?
滞在期間によっては、僕らのあずかり知らぬところで起こる可能性もあるのか。

……それ以前に、どこで、どういう手順やら規模でテロが起こるかとかも僕ら聞かされてないし……ひょっとして、マジで僕らがいる間に起こらないってパターンありうる?

いや、まあ、んなことになったら盛大に肩透かしではあるものの……まあ、何事もないのが一番とも言える。いや、僕らに何もないだけで、何事も『ない』わけじゃないか。
でも、それが一番ありがたいっちゃそうか……? 

……いや、でも……そうすると今度は、僕に依頼してきたテレサさんが困るな。

彼女はもともと、テロに巻き込まれて罪のない市民に被害が出るのを防ぐために僕らに声をかけたんであって……タイミングがどうあれ、テロが実行されればそれは起こりうるわけで。
……何というか、そのへんは心配だな。

不謹慎だけど、それならいっそ、さっさと起こってくれた方がいい……のか?
対応可能な戦力がここにそろっている方が、被害的にはマシかもしれないし、いっそわかりやすく派手にドカンと……


――ドカァァアン!!


そうそう、そんな風に……………………おい待て。

驚いて窓から外を、『神殿』がある町中央部の方を見ると……夜の闇の中だからわかりにくいが、土煙が立ち込めていて……外縁の塀みたいな所が、微妙に崩れたようになっていた。

……と思った次の瞬間、今度はもっとわかりやすい目印ができた。

いや、僕も正確には、『実物』を見るのは初めてなんだけども……



神殿の敷地内……塀の中ちょっと入ったところあたり、
そこに……夜の闇を押しのける勢いの……青い光が輝いていた。



☆☆☆


テロ行為自体は、おかしな話だが、事前に予測されていたものだった。

宗教的なものではあるが、非常に大きな規模の儀式であり、各国から使節という形で要人たちが集まり……そこでよからぬことを考える者がいるというのは、元々多方面から噂として、あるいはもっと信憑性の高い情報として聞かされていたことだった。

少し警戒心をもってことにあたる者達であれば、そういう情報を手に入れるのは難しくなく、それをもとに警戒を敷いていた者達がほとんどだったはずだ。

加えて、今日は宗教関係者以外は参加することのない式典。襲撃を受けた『神殿』には、各国の要人はほとんどおらず、また神殿に常駐している兵力も決して弱くはない。
先に拠点の摘発があった時のように、ほどなくして鎮圧されるだろう、と、誰もが思った。

……だからこそ、その襲撃犯が『蒼炎』である……という情報が流れた時の驚愕と困惑は、尋常ならざる衝撃を皆にもたらした、と言える。

『蒼炎のアザー』。
現在、世界で最も危険と言われる犯罪者の1人。思想的にも、実力的にも。

その実力―――単純な戦闘能力は、冒険者ランクにしてSランクを上回るとまで言われ、各国の腐敗した権力者をターゲットに破壊活動、あるいは革命の先導を行うと言われている……このシャラムスカのような国では、最も恐れられる犯罪者であると言える。

いっそ不自然なまでに素早く、爆発的に広まったその情報により、各国の要人たちや、聖都内部の貴族たちはパニックになりかけた。
それでも、最終的には落ち着いて、必要な対処に当たれるあたり、彼らも、それを守る護衛たちも、きちんと事前の準備を済ませ、場数も相応に踏んだプロということなのだろう。

もっとも、その対処というのは……自らの周囲を固めて守ることであり、決して積極的に事件解決に動くことを意味してはいないのだが。

しかし、それは言ってみれば当然の反応であり……この事態に対処するのは、本来この国の正規軍の役目である。ミナト達やドレーク達のような、各国の代表者たちが連れて来た護衛や、貴族らの私兵などは、雇い主の身の安全を第一にして動くのが当然なのだ。それこそ、その雇い主が火中に巻き込まれてもしていない限りは。

それを考えれば……宗教関係者以外が、それも相当に高位な者達以外が参加しない、今日のこの日にテロが実行されたことは、偶然ではないと、少し考えればわかる。

非公式な階段の場でも言っていたように、『蒼炎』は、各国の代表者たちは極力巻き込まず、自分達の守るべき者を守ることに集中すれば何とかなる、という範囲で動いていた……言い換えれば、それで精一杯で、『蒼炎』らのターゲットである者達の警護に回る数が最小限になるように。

各国の要人や、この国の貴族らは、自分達を守るので精一杯。
それに加えて……これは『蒼炎』らも意図せぬことだったろうが、『義賊』の一件の影響で、貴族の屋敷を守りやすいように国軍の常備兵の配置が行われていた。

その結果、聖都全体としての守りは堅牢なれど、逆に神殿単体で見た場合の防衛能力はいつもと同じか、むしろ低下してしまっていた。迅速な行動が困難、という意味で。

そのことに気づいた者達もそもそも少なかったが……気づいたところで、最早手遅れだった。

神殿の周囲は、そこをぐるりと取り囲むように、高い塀に覆われている。
その内部に入る唯一の手段と言える門を、『蒼炎』の一味の手の者が抑えてしまった時点で……そこはもはや、獣の檻か餌箱も同然となった。

中から出ることはできず、外から助けに入ることもできない、密室に。

そのことを、中で慌てふためいて、兵士に対応を指示している枢機卿達も……密かに内部に潜入し、ある計画を実行に移そうとしていたある者たちも……まだ、知らなかった。

互いに互いの計画を知らず、その結果生まれた奇妙な状況。一見、どちらかに有利になっていたり、逆に不利になっていたりする……しかし、その程度であるはずの巡り合わせ。

しかし、これが後に何をもたらすのか、まだ誰も知らなかったのだ。

その、誰にとっても『想定外』である事態の幕開けは、襲撃が始まってから十数分後、

街中に突如として響き渡った、謎の……明らかに人間のそれではない『雄叫び』を合図に、始まることとなる。



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