魔拳のデイドリーマー

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最終章 エピソード・オブ・デイドリーマーズ

第604話 DayDream ALL-STAR

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 上空数百mの高さで、僕とM2は、拳を突き出して激突する。

 クロスカウンターみたいな形で互いに拳を打ち込んだ。
 M2の拳も僕に届いたけど、気合で耐える。
 対して、僕の拳はM2の顎にヒットして脳を揺らし、わずかな隙ができた。そこを逃さず追撃。

 伸ばした手でそのままM2の襟元を掴んで振り回し、雑に地面に投げ飛ばす。
 音速以上の速さで吹っ飛んだことでソニックブームが発生し、音の壁を突破する勢いのまま落下して地面に激突するM2。さっきまでよりもさらに大きなクレーターができた。

 それを追って僕も落下。
 しかし、自由落下じゃ時間がかかりすぎるので、空気を蹴って加速して一気に地上に……着くよりも早く、クレーターから抜け出してきたM2が飛び上がってきた。

 急降下する僕めがけて、どこからか取り出した突撃槍みたいなものを構えて串刺しにしようとしてくるが、普通に見てから回避余裕でした。
 手を添えるようにして槍をそらし、カウンターの要領でラリアットを一撃。再び地上にお帰りいただく。

 しかしM2もただでは落ちなかった。ラリアットの瞬間に手放した槍がとんでもない威力の爆発を起こし――そもそも槍じゃなくて爆弾だったのかと思うレベル――ほんの数瞬、僕の視界を光と粉塵がさえぎる。

「……認めるよミナト。今の僕じゃ、確かに……君には勝てないみたいだ」

 粉塵の向こうからそんな声が聞こえたかと思ったら、その直後……地面に立っているM2の足元から、虹色の光があふれ出した。
 攻撃か、と思ったんだけど……何だろう、何か違うなコレ? 攻撃魔法の類じゃない……アイテムとかそれ系でもないみたいだ。

 あんなことを言いながら放ってきたってことは、こけおどしじゃなく、そんな『勝てない』僕に対して何かしらの有効打になり得る『何か』であることは間違いないと思うけど……。
 ……いや、待て……この感覚、もしかして。

「……僕の生みの親・バイラスがかつて時空を超えた方法……それは、『地脈』の持つ膨大なエネルギーを利用して時空を捻じ曲げ、時間の流れに穴をあける、というものだ」

 虹色の光の中で、M2はなんか語り始めた。

「『地脈』がある場所、あるいはかつてあった場所では、特殊な性質を帯び……通常では考えられない不可思議な現象がたびたび起こる。また、『地脈』そのものに干渉することで、戦略級魔法をはるかに超える規模の術式をも発動できる。バイラスが行きついたその究極系が『時間移動』だ」

「……つまり未来での、『渡り星』であいつが僕のところから逃げたのは……その『地脈』を使って発動した魔法だったってことか。……でも、地上じゃなく空中で倒したと思ったんだけどな」」

「干渉さえできれば位置なんて些細な問題さ、座標指定して効果を発動することくらい簡単にできる……こんな風にね」

 その瞬間、虹色の光が僕の体を包み込み……まるで急流に捕まったような、押し流されそうな感触に襲われた。

「捕らえた。……もう、逃げられないよ」

「……?」

「僕じゃ君には勝てない……いや、勝てるかもしれないけど被害が大きくなりすぎる。だから……卑怯かもしれないけれど、これで決着にさせてもらう。この『グラドエル』の地下にある『地脈』の力を使って……君を、他の時代に飛ばす」

「へえ……この時代だとここにも『地脈』あったんだ。あ、もしかしてそれを研究にも利用してたのか? エネルギー源としては便利だしね」

「ご明察……もっとも、この方法で時空を超えると、反動でその地の『地脈』が壊れてしまうんだ……だからできればこの方法は使いたくなかった。再びエネルギーが安定して『地脈』が形成されるまで、短くて数年、長ければ数百年かかるから」

「それ下手したら『元の時代』になる年数が経過しても地脈復活しないじゃん……エネルギー源も失うことになるし、思い切ったね随分と」

「仕方ないよ、君はそのくらいに危険だ……リリン・キャドリーユやその仲間達と同じで、僕らの理想を実現するためには、この世界からいなくなってもらわなければならない存在だ」

「あっそう、随分と高く買われたもんだ…………ところで」

「?」



「さっきから随分と長いことこうして話してる気がするけど……一体僕はいつ、飛ばされるの?」



「……? ……! っ!? ……っ……!?」

 おー、驚いてる驚いてる。
 というか、遅いって、気づくのが。

 おしゃべりに夢中で気づかなかったのか、それとも、元々発動に時間ないし準備が必要だったのかはわからないけど……今更になってM2は、僕がいつまで経っても、時間の彼方に飛んで行かない……ということに気づいたようだ。

 何で飛ばされないのかと言えば……こういうのを警戒していろいろな対策を既に用意していたからだ。

 そもそも僕は、バイラスが時間を超えた方法について、ある程度予想はついていた。

 僕達が時間を超えるのに使った『龍の門』。
 それが存在する海底都市『アトランティス』は、かつてそこの地下を『地脈』が通っていた場所だってことは、既に調査の結果わかっている。

 だから、時間を超えるために必要なものは、現役の地脈がある、あるいは、かつて地脈が通っていたために特殊な性質を帯びている場所。及び、そこにある地脈に鑑賞できるような設備……というところまで、僕は突き止めていた。

 そして僕は同時に、その方法でまたここ(この時代)でもバイラスを取り逃がしてしまうことについても警戒していた。
 だから、対策を用意していた。

 地脈の力に干渉する魔法……に、さらに干渉してコントロールを乱し、発動を妨害したり、内容を書き換えることができるアイテムを、前もって用意していたのだ。

 しかも、用途別に何個も。
 時間を超えてまた逃げるとか、今みたいに強制的に時間を超えさせて僕らを飛ばすとか、色々やってきそうな、やられたら困りそうなことは想像できたからね。

 それらを今使っている。ゆえに、いつまで経っても僕は『別な時代』には飛ばされない。

 そして、M2が困惑から回復するのを待つ義理もないので……

「……ふんっ!」

 空間を思いっきり殴りつけて、発動した魔法そのものをぶっ壊す。

 M2が『もう逃げられない』と自信満々に言っていた……僕を覆っていた時空の乱流は、吹き飛んでしまい、虹色の光も大半が焼失した。
 『奥の手』を通り越して『最終手段』とでも呼べたであろうそれが、いとも簡単に無力化されてしまい……呆気にとられるM2。……隙だらけだな、今なら一方的にボコれそうだ。

 それもいいけど、さっきから僕、ちょっと気になることがあるんだが。

 今、僕は『時間移動』ないし『時空追放』の魔法そのものを殴ってぶっ壊したわけだが、どうも……中途半端に残っているらしい時空のゆがみが、まだその辺にただよってるみたいだ。
 しかも、やけに無防備というか……こちらから干渉可能な形で。

 不安定な時空、そこに存在するエネルギー。
 別の時空に接続しかけていたものの、強引にキャンセルされた……いわば、起こりかけて起こらなかった『奇跡』の、残骸。

 人間が扱うには余りにも『危なっかしい』だと言って間違いないものだろうけど……コレ、上手くやれば……相当面白いことができる気がする。

 そして、今の僕ならそれができそうな気がする。
 偶然かもしれないが、この不思議エネルギーと、『ナイトメアジョーカーZERO』……というか、『ザ・デイドリーマー』とは、すごく相性がいいと思うから。

 ……そして、だ。
 こういう直感と好奇心に抗うのが、僕は一番苦手である。

 すなわち……

(乗るっきゃない! このビッグウェーブに!!)

 なお、『それもいいけど』からここまでの思考時間、約0.1秒以下。
 M2が再起動するより早く……僕は、その『触れるな危険』が100個くらいつきそうな危険物に思いっきり手を突っ込んで……

 そして……思いっきり、好きなように、いじくりまわした。

(書き換われ! 僕のイメージした形に!)


 ☆☆☆


Side.三人称

 M2が気付いた時には、もうすでに異変は始まっていた。

 彼からすれば、奥の手の『強制時空追放』の魔法を無力化、というか破壊されてしまっただけでも衝撃だったわけだが……その魔法が砕かれた後の『残骸』とも呼ぶべきものが、徐々に姿を変え……全く別な『何か』に変わろうとしていた。

 いや、『していた』のは一瞬だけで……ものの一瞬で、変容は終わっていた。

 ミナトによって干渉され、周囲の時空ごと書き換えられたそこは……

(……ここは……どこだ? いや、むしろ……『いつの』『どこ』だ?)

 そこは……先ほどまで戦っていた『グラドエル跡地』ではなかった。
 屋外ですらなかった。

 どこかの……石造りの、遺跡の中。
 割と広い空間ではある。天井も高く、かなり自由に動き回るスペースがある、広間のような部屋だ。……もっとも、ミナトとM2が激突すれば、余波だけで余裕で崩れてしまう広さと強度ではあるだろうが。

 それを測りかねていたM2に、突如背後から何かが襲い掛かってきた。

「っ……!? 何だ、こいつは……?」

 襲い掛かってきたのは……巨大な蛇だった。人ひとりどころか、牛一頭でも丸のみにできてしまいそうな巨体を持つ、大蛇……『ナーガ』。
 それが背後から音もなく近寄ってきて、M2に巻きついて締め上げる。

 しかし、不意打ちだったとはいえ、その程度の攻撃でどうにかなるほどM2はやわではなく……そもそも脅威にもならない。
 簡単に振りほどいて、返り討ちにしようとするが、

「何……消えた?」

 振りほどいて拳を構えた瞬間、まるで幻のようにその大蛇は消え……代わりに、

「こっちだ!」

「!? がっ……!」

 背後から襲い掛かってきたミナト……と、もう1人。
 彼の仲間の一人……エルクが、一瞬で間合いを詰めて攻撃を加えた。

 ミナトが顎への強烈な一撃で脳を揺らし、わずかに硬直させた隙に……エルクが風の刃をまとって胴体を斬りつける。
 どちらも致命打には程遠いという程度の傷でしかなかったし、M2の再生能力ですぐに治癒してしまったが……彼が困惑したのは、ミナトの隣にいるエルクが、幻ではなく、実態だったことだ。
 気配がきちんとある。本物だ、と感じ取れた。

「全く……いきなりこんなところに呼び出された?と思ったら……。なんとなく感じ取れる、っていうか『わかる』んだけどさ……また何か変なことやったでしょあんた」

「大正解。いやー……自分でもこんなことできるなんて思わなかったよ。半分以上偶然みたいなもんなんだけどね」

「やれやれ……しかも、なんだか見覚えのある蛇まで出て来てたし、場所もこれ……懐かしいわねホント」

 呆れたように言いながらも、周囲を見回すエルク。
 彼女の目に映るその景色……この遺跡は、まぎれもなく、彼女がミナトと初めて出会った場所……初心者用ダンジョン『ナーガの迷宮』の中だった。

 しかも、その時にミナトが、エルクを守って戦ったAランクの魔物『ナーガ』までもが存在し――すぐ消えてしまったが――まるで、あの時の『時間』と『場所』を再現したかのような光景。

 ……否。『まるで』ではない。まさにそうなのだ。

(『時間と空間』に干渉する力と、『現実と幻想』を突破する力……そして、『今』を取り戻すために覚醒した『ZERO』の力……合わさるとこんなことができるなんてな)

 この場所、そしてこの『時間』は、まぎれもなくあの時の再現。
 あの時、あの場所に存在したものを時空を捻じ曲げて再現し――しかも、ある程度自分に都合のいい形に改変した上で――さらには、その時共にいた登場人物まで呼び寄せて、共に戦うことができる。

 もっとも、そのまま本人を呼び寄せているのではなく……再現したこの時間に、本人の意識だけを呼び寄せてともに戦っている、という方が正しい。
 現に、今そこにいるエルクは、エルク『本人』ではあるがエルク『そのもの』ではない。エルクの本体は今も、リリン達と共に『オルトヘイム号』でミナトを待っている。

 ……その最中に意識だけがいきなりここに飛んできたので、それはもう驚いていたが……この空間の特性なのか、あるいはミナトの力か、一瞬で事情を理解した。
 そして、困惑していて隙だらけのM2に向けて、ミナトと共に攻撃した……というのが、たった今起こったことの全てだ。

「ま、私も今回の元凶に一発かますことができて、よかったと言えばよかったけどね。それじゃあミナト、あとは任せ……って、このパターンだと、あんたまだまだ続けるのよね?」

「もちろん!」

「まったく、生き生きしちゃって……」

 やれやれ、と呆れたように笑うエルクめがけて……目の前で緊張感のないやり取りをする2人にいらだったのか、M2が突っ込んできて拳を振るう。

 しかし、攻撃がヒットするかと思われた瞬間……隣にいたミナトもろとも、その姿は忽然と消えてなくなってしまった。

「お次は……これ!」

 同時に、また場面が書き換わる。
 次にやってきたのは、深い森の中だった。木々の葉が紅葉のように色づいた、なんとも鮮やかな景色の森の中を通る、馬車道のような道の中央に、M2はいた。

 そして、そのM2を取り囲む……1体1体が牛よりも大きい、巨大なバッタの群れ。
 周囲に何匹も、羽音を縦ながら飛び回る『エクシードホッパー』の群れを、また苛立ちながら見上げるM2は……今度は何かされる前に、衝撃波でそれらをまとめて攻撃し、消し飛ばす。

 が……それと同時に、M2を砂嵐が覆い、その中に閉じ込めた。

「あーうん、懐かしいな……あったねこんなことも」

 それを操っているのは、いつの間にか、1本の木の上に立ってこちらに手のひらを向けている……ザリー。

 そして『今』は、ミナトとザリーが初めて共に戦った、『深紅の森』の山道。

「あの時から考えると、まあ遠くまで来ちゃったもんだ……きついこともあったけど、それよりも楽しいことや嬉しいこともあったから、全然後悔も何もないけどね」

「それは同感っ!」

 そしてその砂嵐を突っ切って、今度は……

「ぐぅっ!?」

 炎の魔剣を構えたシェリーが突貫してきて……一瞬で間合いを詰め、M2の体を深々と切り裂き……同時に剣から噴き上がった爆炎がその身を焼いた。

「ちょ、シェリー!? 君の出番この後なんだけど!? フライング……」

「いいのいいの、せっかくこんな面白そうなことが起こってるのに、じっと待ってるとか無理!」

「くっ……すごい気持ちわかるから何も言えない……」

 と、飛び出しかけていたがシェリーが先に飛び出してしまったので出番を食われたミナトが苦笑していた。
 手には、鎖付きの鉄球。これも、『あの時』の再現。

「あ、でもせっかくだし」

「ごはっ!?」

 一応、手に持った鉄球は振り回して、シェリーに斬られたM2の脳天に直撃させて追撃。
 そこでまたできた隙間めがけて、シェリーが最大火力の炎を剣に纏わせて連続攻撃を叩き込む。空間そのものを塗り潰すような密度の攻撃だが、それもM2からすれば耐えられる範囲。

「っ……調子に乗るな!」

 強引にその、弾幕ならぬ『斬幕』を突破し、炎の向こう側にいるシェリーを殴り飛ばそうとしたM2だったが……まるでのれんを潜り抜けたかのように、炎を突破した瞬間また景色が変わる。

 今度は彼は、湖の上に浮かぶ船の上にいた。
 そして、


 ―――ドゥン!!


「がぁっ!?」

 はるか彼方、湖岸からこちらを狙ってスナイパーライフルを構えていたナナの狙撃が、寸分違わずM2の眉間に直撃した。
 そのまま、2発、3発と叩き込まれ、体勢を崩す。

 しかし、M2がそちらに視線を向けると……まだ近づいてもいないのにその姿は消えた。

 その直後、背後に出現したナナが、今度は両手に持ったサブマシンガンの掃射を雨あられと降り注がせる。
 船の甲板を穴だらけにしながら、M2を滅多撃ちにしていく

「あの時の再現ですか……私、あの時はまだこんなことできなかったと思いますけど。いやでも、気持ちいいですねコレ」

「でしょ? 細かいことは気にしなくていいんだよ」

 その最中、ナナの掃射がやんだタイミングで、甲板を突き破ってミナトが足元から飛び出し、M2のみぞおちに……拳に『エレキャリバー』を纏わせて叩き込んだ。
 めり込んだそこから迸った、黒い切り刻む電撃。しかし、M2の肉体強度では細かい傷を無数につけるのが精いっぱいで……M2もわずかに怯みながらも反撃しようとしてくる。

 が、構わずミナトは突き出されたその手を取って、一本背負いの要領で投げ飛ばし、甲板にたたきつけ……そこをぶち破って船内に落とす。

 そして、起き上がった瞬間、

「では最後にもう1発」


 ―――ズドォン!!


 ナナが、ゼロ距離で顔面目掛けてショットガンを打ち込んだ。
 衝撃と砲火でM2の目の前が一瞬だけ真っ白に染まり……その瞬間、また場面が変わった。

 今度もまた、船の上。
 しかし今後は、湖ではなく……海の上。

 そして、船は船でも、『幽霊船』の上だった。
 四方八方から白骨の兵士達が襲い掛かり、手に持った剣を振りかざす。

 もちろんM2には通じず、片っ端から返り討ちにされて粉々にされていき……瞬く間に全滅。
 最後に残った、海賊の船長のような姿をした骸骨……『ゴーストキャプテン』も、肋骨を拳で貫いて粉砕したM2だったが……その瞬間、なぜかその骸骨は、得意げににやりと笑い……


 ―――ザクッ!


「ぐ……!?」

 背後から音もなく近づいてきていたシェーンが、サイレントキルよろしく、手に持ったサーベルを喉元を引き裂くように走らせる。

「やれやれ……こんな形で、じい様との共闘が実現するとはな」

「っ……!」

 M2は咄嗟に肘を繰り出し、背後のシェーンを粉砕しようとするが、その時にはまたしても誰もいなくなっていた。
 それどころか、今の今まで相手をしていたスケルトン達の白骨の残骸も消えていた。

「……さっきから、おかしいぞ……エルク・カークスに始まって、今まで……誰もかれも……それこそ、ミナト・キャドリーユ以外は、僕に傷をつけられるほどの強さはないはずなのに……なぜ、こうも僕が傷つく……!? 威力ももちろん、速さや……僕が気づけないほど、気配も消して……」

「まあ、所詮はミナトさんに都合のいいように展開されている世界ですからね~……そういうのが反映されてるんじゃないですか? 私も……」

 どこかからミュウの声が響いたその途端、船の下から……何本もの巨大なイカの足が伸び、船を丸ごと巻き込んで巻き付き――巻き付くというより、サイズ的に『包み込む』かもしれない――そのまま、船を粉砕して、その残骸でM2を押しつぶしながら海底に引きずり込む。

「こんな召喚獣、その時は使えませんでしたしね~」

 が、海水に包まれたと思った直後にはまた景色が変わる。
 全身に感じていた、冷たい水の感触と、前後左右上下から押しつぶしてくる瓦礫の圧迫感も一瞬で消え……次に目の前に広がったのは……

「っ……熱っ……火山、だと!?」

 今まさに噴火し、煙と噴石、溶岩を吐き出して飛び散らせている真っ最中の、火山のすぐそばだった。
 しかも、周囲は海で逃げ場はない。火山島の一角にM2はいた。

 もっとも、噴石が直撃しようがマグマに触れようが、M2の肉体強度であれば問題はないが……ここでも、脅威となるのは環境そのものではなかった。

 耳に響いた風切り音。
 咄嗟にその音の方向に拳を振るって迎撃すると、M2の裏拳は、高速で飛んできた矢を粉砕して撃ち落としていた。

 今度は誰だ……と思うと同時に、今度は背中側から大きな衝撃を受けて吹き飛ばされる。

「い、いいんですかね……私達、『邪香猫』のメンバーとかでもないのに、こんな風な……大事そうな戦いにゲストみたいに読んでもらって……?」

「ミナト殿の判断だ、気にしても仕方あるまい。それに、頭の中身をいじられて、いい気分がしていないのは確かなのだ、存分にやらせてもらおう」

 ミナトの知人であり、ネスティア王国軍所属の軍人2人。
 殴り飛ばしたのはギーナで、弓で射掛けたのはスウラだった。

 拳を振りぬいた姿勢のギーナにM2が気を取られている間に、スウラは弓を構えなおし、また矢を放つ。
 放たれた矢は、先ほど撃ち落とした木の矢とは違う……魔力で作られた矢だった。先ほどよりもはるかに早く、そして威力もある鋭い一撃が襲い掛かる。
 これも、先ほどまでの助っ人たちと同じ……本物のスウラには到底出せない速度と威力だ。

 それでもM2であれば、回避も防御もできる程度だった。
 飛んできた全てをさばききると、ギーナめがけて跳躍。その頭に拳を突き出して粉々に砕かんとして……

 しかし、突如そこに割り込んできた、セレナの大盾に防がれる。
 ガギィン、と耳障りな金属音を響かせて止められた拳。その一瞬の硬直を見逃さず、ギーナは横合いから懐に飛び込むと、

「―――ぅりゃあっ!!」

 腕を取って一本背負いの要領で、M2を投げ飛ばし……溶岩の中に叩き込む。
 さらにそこにダメ押しとばかりに、

「ほら、おまけ持ってけぇ!!」

 セレナが持っていた盾を叩きつけて、M2の全身が溶岩の底に沈むように押し込んだ。

「……っ……このくらいの熱や攻撃で、僕がどうにかなると……」

「思ってないよ」

 すぐさま抜け出ようとしたM2の視界に、いつの間にかすぐそこまで来ていた……というか、平然と溶岩の上に立っているミナトが目に入る。
 そしてミナトは、だん! と勢いよく足を踏み鳴らして地面に衝撃を叩き込み……


 ―――ドゴォオオォォン!!!!


 その衝撃で火山が噴火……いや、火山のそのものが破裂したのではないかと思うほどの大爆発が起こり、その衝撃でM2は空高く打ち上げられ……

「来た来た来た! ターゲット……ロックオン!」

「掃射……開始!」

 上空に待ち構えていたのは、戦闘用の義体に憑依して空を飛んでいるリュドネラと、戦闘機に乗り込んで飛行していたクロエ。
 リュドネラは手に持った槍型のマジックアイテムから、しかし突くのではなく魔力弾を機関銃のように連射してM2を猛襲する。
 さらにそこに、クロエの乗る戦闘機からミサイルが叩き込まれて大爆発が起こり、またしてもM2は遠くに飛ばされることになり……

 飛んだ先に展開していた『蜘蛛の巣』にからめとられて、動きを封じられた。

「……っ……今度は、何だ……!?」


 ―――ドスッ


 返事はなく……無言・無音で、背後から刀が突き刺さった。
 心臓を正確に貫いて、刃先が胸から抜け、M2から見えるところまで来る。

 しかも、その刀身は毒々しいほどの紫色をしていて……ただの刃ではないことは一目瞭然。
 それを裏付けるように、傷口から徐々にうっ血のような紫色が広がっていき……痛みも走る。

「滅多切りにしてやりたいところですが、オリビア殿の分もやってやらねばなりませんし……特に派手な演出が好みでもありませんのでこうさせていただきました。ゆっくり苦しめ……外道め」

 刃をひねって、わざと痛みが強くなるようにしながら引き抜いたサクヤ。
 蜘蛛の巣も毒もそのままにして、闇に消える。

 M2はどうにか、強引に蜘蛛の巣を振り払うが……胸の傷自体はすぐにふさがったが、中で広がっていく毒はなかなか消えない。
 今のサクヤの言葉通りなら、彼女の『土蜘蛛』としての毒だけでなく、オリビアの『毒魔力』も存分に込められているのであろうことは……そして、この空間のせいでそれがより強力になっているであろうことは予想できた。

「これだけ強力な毒まで……『ザ・デイドリーマー』が何でもアリとはいえ、これほどまでに無法で無秩序なことが……どれだけ無茶苦茶なんだ、ミナト・キャドリーユの力は……いや、それ以上に……こんなことを想像して可能にできる、奴の……頭の中は……!」



「なんや……今頃気づいたんか?」



 そんな声が、背後から聞こえた。

 M2が振り返るとそこには……1人の女性が立っていた。
 狐の耳と尻尾を持ち、和装と洋装を合わせたような、それでいて動きやすそうな装束に身を包み……腰に、赤い刀を差している、美女。

 その姿をみて、M2は驚愕を隠せない。
 なぜなら、その女性は……ここにいるはずがない人物だったから。

 ここに、どころか……この世界に、この歴史の中に、存在していないはずの人物だったから。
 歴史が変わったことによって……生まれなくなり、消滅してしまったはずの存在だからだ。

「『大灼天』……ノエル・コ・マルラス……!」

「あら、やっぱうちのことも知っとったか……まあ、よろしゅうにね、今回の一件の黒幕はん。……ま、すぐにもう、永劫会わんようになるやろけど」

 母親であるリリン・キャドリーユが、歴史が変わって消えたことで……連鎖的にその存在そのものが消滅したはずの……キャドリーユ家11男15女、26人兄弟の1人だった。



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