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第16章 摩天楼の聖女
第290話 ダモクレスとの会談(中編)
しおりを挟む「さて、今の私の言葉に困惑している方、疑念を抱いている方……まあ、当然ながらいらっしゃる様子で。ご心配なく、もちろん詳細を説明させていただきますので……それまで、質疑応答は控えさせていただきますことをご了承くださいますよう」
ダモクレス財団総裁・バイラスの口から語られた、予想外にもほどがある、財団の活動の『目的』に、顔に出ている出てないはともかくとして、皆、驚いて唖然としていた。
少なくとも僕は……腹芸もポーカーフェイスも得意じゃないので、思いっきり顔に『わけがわからない』と書いてあるような的な表情になっていたことだろう。
それに特に何も言うことなく、バイラスは続ける。
「皆さまのほとんどは、我々のような……そうですね、『悪の秘密結社』とでも言いましょうか。そんな組織が『世界を救う』とはどういうことか、という疑念をお持ちでしょう。それにつて、まず我々の言う『世界救済』というのものが何たるか……を含め、順序立ててお話しします」
バイラスはまず、腕組みをして座っているアザーに視線を向け、
「まず、そちらのアザーさんについてですが……『蒼炎』のアザーと言えば、まあ、ここにいらっしゃる方々であれば皆さんご存知のことと思います。悪政・腐敗を許さず、そういったものを一切の躊躇なく焼き滅ぼし、さらには民衆を扇動していくつもの国を打ち倒し、今までに何度も地図を書き換えさせてきた……」
「………………」
「その行為については賛否両論あり、ここにいる皆さまとしても是非のわかれるところと思います。ですが私個人的には、大いにそういったものを奨励したいと思っていましてね……そして、その部分がまさに、私が皆さんに話したい部分の核、と言えるのですよ」
そして、視線をアザーから放すと、バイラスは椅子に深く腰掛け……目を半目に開く。
しかし、眠そうというよりはそれは……切れ長の鋭い双眸に変わった、という感じだった。
「先程、私たちは世界を……導く、はひとまず置いておいて、救う、と言いました。では『何から』救うか……それは一言で言えば、この世界を停滞させ、堕落させる『害悪』から……です。それは、アザーさんが標的にするような、権力の腐敗でもあり……何も生み出すことなく、限りある資源を食いつぶしてのうのうと生きるような惰性でもあり……何の責任も背負おうとせず、困難に挑もうともせず、他者を蹴落とし、貶め、己が力で何かを成し遂げ、世に貢献することもない輩……簡単にまとめると、この世界が発展し、栄えていく邪魔になるもの全て、ということです」
「……大きく出たね、こりゃ」
呟くように言ったのは、ブルース兄さんだった。
いつもと同じ、適当そうな笑みで緊張感に欠ける感じのたたずまいだが……アレできちんと警戒してるし、気を張っている体勢だと、僕や、彼をよく知る者は知っている。
もっとも、ホントに気を抜いていようと関係ない、とばかりに、いい勝負に柔和な笑顔で、バイラスはブルース兄さんに微笑み返していた。目、以外は。
「字面だけ見りゃ立派なもんだ。まあ、あんたんとこが実際は普通にアコギな商売を散々してて、俺んとこの連中とも何度かぶつかってる……って現状はまあ、ひとまず置いとくとしてもだ」
話してる最中……ブルース兄さんの目にほんのわずか、剣呑な光が灯ったように見えたが、すぐに普通の目に戻った。あるいは、隠された。
「ご立派な目的、考え方だとは思うが……その真贋は置いておいて、何であんた、そんなことを今ここで話す? 協力でもしてほしいのか、俺らに?」
「まさにその通りですが……それが難しいであろうということも理解しております。ですので……最低限、邪魔にならないようにしていただければ、というのが本音ですね。これから、我々がやることの邪魔を」
「…………その『我々』というのは……アザーを含んで、か?」
今度は、ドレーク兄さん。
「今回に関して言えばそうなります。基本、アザーさんが狙うような、腐敗した貴族や政治家、権力者……それらが台頭することによる、国家規模で巻き起こるような堕落というものは、我々にとっての『敵』でもありますので、今後も我々と彼が敵対する可能性は低いですがね」
「で、あるならば、なおのこと、信じられない……というのが本音ですが」
と、今度はフレデリカ姉さんもそれに続いた。
「仮に、あなた方の言う、そう言った『害悪』の排除が目的として掲げられ、それに偽りがないとして……今現在、あなた方の組織や、その傘下の組織が行っていることは、一般的に見て同一視することができるものではないと思われますが? 違法な人身売買、薬物を取り扱った人体実験に、規制薬物や素材の裏取引……そして、紛争地帯への武器の輸出入。いわゆる『死の商人』と呼べるような内容の取引も多く確認されています」
「ふむ……そう思いますか?」
そう問い返してくるバイラスの言葉に、ぴくっ、とフレデリカ姉さんの目元が動いた。
心なしか、目つきが若干きつくなったようにも見える。
「確かに、我々の組織や、その下部組織がそういったことを行っているのは事実ですし……末端の部分が多少なり暴走していることも事実です。そこは認めましょう。ですが……それは必ずしも、私が先程述べた『目的』と矛盾するものではないと思いますが?」
「……非人道的、と言うほかにない行いが、先程の目的にどう結び付くと?」
「質問に質問で返す形となって申し訳ないのですが……では例えば、フレデリカ・メリンセッサ女史、あなたは、私が先程申し上げた目的に近づくために、どういったプロセスが必要だとお思いですか?」
……なんか、字面だけ見れば丁寧なのに、内容とか、この場の空気とかが……完全に徹底抗戦レベルの討論だよな、すでに。まだ、どっちも武力を全くちらつかせてもいない段階なのに、現時点ですでに酷い緊張感だ。
正直言って、あんまり好きじゃない空間だ。
交渉のテーブルってのは、個人的に得意じゃないというか、一言一言に言質だ上げ足だ言って、警戒したりされたり、カマかけたり誘導したり……見てる分にはともかく、実際にやる、あるいはその当事者に近い立ち位置に立つのって、疲れるし嫌いだわ。今はっきり分かった。
こーいうのはなるたけシンプルに、わかりやすく、短く、簡潔に……あるいは、信頼できる誰かにぶんなげておきたいというかなー……ジャンルじゃない。
でもまあ、僕が入る余地はそもそもなさそうだな、今んとこ。
それはともかく……さっきから何か、こいつが言ってることが引っかかるというか。
いや、フレデリカ姉さんが言うような、正しいとか正しくないとか、嘘だとか本当だとか、そういう問答の中で……なんかぴくっとくることがあったというか。
といっても、共感できたとかそういうんじゃなく……そう、今さっきバイラスが言ってた『必ずしも矛盾しない』って部分。そこに、何か……
「例えば……そうですね。物語の英雄のように、立ちはだかる悪を倒し、弱きを助け強きをくじき、貧しきに与え、迷える子羊を導き……そういった、民衆に『善徳』と言われるような行為こそが、私が述べた目標に通ずるとお考えで?」
「……必ずしもそうではないでしょうし、そこまで大げさな話でもないでしょう。ですが、少なくとも、あなたたちが今やっていることよりは近いと思いますよ? まかり間違っても、犯罪組織の犯罪行為が結びつくものではないでしょう」
「そう決めつけるのは早計というほかありません。そもそも、今あなたが言ったことに……まず1つ、大きな誤解、いえ、食い違いがありますからね」
「…………?」
あ、今もだ。バイラスが言った時に……何か、引っかかった。
それが、どういう意味かってので……僕の脳のどこかにびびっと反応した気がする。
思想でもなく、共感でもなく……この感じ方は……
(前世の、厨二脳的な……あ、もしかして)
「……ショック療法? いや、むしろ……淘汰か」
「「「……!」」」
途端に、その場にいたほぼ全員の視線が僕に集中した。
その種類も様々で、驚くような視線、面白がるような視線、苛立ってるような視線に、何も感情が読み取れない視線、等々……
……って、え? もしかして僕、今口に出した?
「あー……すいません、話に割り込んで」
「いえいえ、とんでもない。むしろ、意見を述べていただけるのは大歓迎ですからね……。それに……どうやら、多少なり私の考え方を理解してくださっているようで」
バイラスのその言葉に、僕に向けられている視線の何割かに込められている感情が変わる。
驚きや、困惑へと。
「もしよろしければ……お聞かせ願えませんか? どうやら、ミナト殿は私の、いえ、わが財団の『意図』というものを理解したようです。ぜひ、あなたの意見も交えて聞いてみたい」
「えー……」
ちら、とドレーク兄さんに視線をやると、こくり、と小さくうなずかれた。
……言えってか? とりあえず。
……まあ、ダメで元々だ。こんな、ふと思いついた程度の厨二脳のひらめきで……うん、まあ、間違ってもいいなら……。
「まあ、最初に言っとくと……これはただの予想というか、むしろ思い付き、あてずっぽうにも近いもんなので、間違っていても怒らないでほしいのと……僕自身がこれに賛同とか共感してるわけではない、ってことはわかっておいてください」
誰にともなくそう言ったわけだが……何人かは首肯を返し、残りは黙って続きを促すように視線を送ってくる。……居づらい、この空間。
ちなみに、バイラスは微笑を浮かべ、何だか嬉しそうにこっちを見つめ返している。
えーっと、じゃあ始めますかね。
ここからは……一応は言う内容を選びつつ、僕がそう思った根拠とかも交えながら。
結論から言うと、バイラスは、そしてダモクレス財団は、本当に『世界の救済』を目的にしているんだろう。そこに嘘はない。
ただ、世間一般で、あるいは、おとぎ話の英雄譚で語られるような『世界を救う(キリッ』って感じじゃなく……割とズレた、というか、歪んだ形ないし解釈が入ってくる。
……こういう感じで、悪の組織が、一件『善』に見えるような、あるいはぱっと見まともな目標を掲げていて、実行しようとしている時って……対外、どこかにズレとか歪みがあるもんだ。
例えば……目的はまともかつ善良でも、そのための手段や過程が致命的にヤバい、とか。
……これが頭に浮かんだ時点で、さっきバイラスが、アザー・イルキュラーの思想や手段に賛同し、賛美していたのを思い出した。職業テロリストの、過激派の『蒼炎』さんを。
で……あーもしかして、と思った。
(前世の漫画とかでも結構あったもんな。目的が正義でも、その手段があまりに過激すぎたり、ぶっ飛びすぎて最早完全に悪の領域、あるいは悪もドン引きするレベルだったりとか)
『革命』なんてその典型例だと思うが、大きな正義のために、世間一般で『悪』『間違ってる』と言われるようなことを一時的に容認して、しかしその犠牲に見合った成果を出し、後の世で『正義』と呼ばれることになる……とか、よくある。
……そう、呼ばれるようになるかはともかくとして……僕は直感的に、この『バイラス』及び『ダモクレス財団』は、その目的のために、突拍子もない理論で、突拍子もない手段に出ようとしているんじゃないか、と思ったわけだ。しかも、大真面目に『世界のためだ』とか言って。
例えば、非人道的な人体実験や、それによる新薬の開発については……未来のために多少の犠牲はやむを得ない、とか。
人身売買については、そういう扱われ方をすることになったそもそもの理由ないし責任は、借金を作ったり犯罪を犯した者の側にある、とか。
苛烈で過激、歪んで偏ってねじ曲がってる……そんな感じの『自称・正義の味方』の掲げる正義っていのは……大抵その途中中で、普通に考えて看過できない被害を産み落とす場合が多い。
恐らくだが、これはそういうパターンじゃなかろうか。
人身売買や薬物実験を、『仕方ない犠牲』で済ませる……あるいは、それすら片鱗でしかないくらいの、洒落にならない『何か』がある。さっき、フレデリカ姉さんの言葉に反論した時の言葉のニュアンスから考えると……そんな感じだろうか。
そしてそれは、『世界を救う』……イコール『世界から害悪を取り除く』ための、言わば荒療治。
……まあ、漠然としすぎだろうとは思うが、予想できたのはこんなとこだ。
「……すばらしい。見事です、ミナト・キャドリーユ殿」
ぱちぱちぱち、と拍手しながら、バイラスはそう言った。
「まあ、漠然とであれば、それに近い推理をなさった方も多いことでしょう。犯罪組織が『正義』や『平和』を語るなど、多くは誇大妄想や自己陶酔の果ての、己が行為の正当化ですからね、その結果として、聞こえのいい言葉を使い、目的とそのための手段を飾るに至る」
全員の視線が集中する中、バイラスは拍手する手を止めると、さらに続ける。ですが、と。
「そう見られることは承知の上で、あえて宣言しましょう。我々ダモクレス財団は、そのために存在している。そしてそのために……正直に申し上げまして、一般的な考えからは『悪行』……を、通り越して、どう呼称されるか少々想像が難しいレベルのことを色々と」
さらっとそんなことを言う。
何人かの視線が、やっぱりか、という感じのものに変わる。
その中には、、ドレーク兄さんやブルース兄さん、それにフレデリカ姉さんなんかも含まれていた。さっきのやり取りで色々指摘や質問はしつつも、予想はできてはいたのか、さすがだ。
……と、思っている所に、実にピンポイントに補足?が飛んできた。
「最も……皆さんが想像しているそれとは、少々規模が違うことが予想されますがね」
「それは……今、ミナトが例として並べた行為をもってしても、あなたがやろうとしていることには比較することすらできない、と?」
「そうとも言えますし、そうでないとも言えます。元々、つきつめればただ単にスケールの問題ですし、場面場面でとる手段も違うので、具体的にコレというのは難しいのですが……」
ですが?
そこでバイラスは、再びちらっとアザーを見た。
「今回の計画に限って言えば……単純に、アザーさんがやろうとしていることのバックアップ、と言えますね。暴力革命を起こし、現在の権力基盤を破壊。国家としての体裁を破壊して、0の状態から新たな国を作り出す……ええ、我々としても理想的な図です。」
「……腐敗した権力を打倒することが目的だと?」
「いいえ、私が興味が、というか用事があるのはむしろ……その後です」
後? 後って……
「スクラップ&ビルド、という言葉をご存じでしょうか? 簡単に言えば、破壊した後の再生……そこに、よりよく、より強く、新しいものを作り出そう、という発想、ないし考え方です。焼けた後の野山に、草木の灰を養分として新たな緑が芽吹いたり、戦争で荒れた国が、それまでよりも一層強く、頑丈な町をを、社会を、国を作り上げたり……といった具合にね」
「あなた方の思想は、それと同じだと? つまり……かつてあった、リアロストピアの政権と同じような腐敗した権力を打倒し、その後にまともな政治体制を作り出すことが……」
「少し違いますね。大枠、ないし方向性はあっていますが……規模が違う。目指す先もだ」
「……?」
「単刀直入に申し上げますと……私は、ダモクレス財団はそれを、世界規模で行うことを考えているのですよ。善政を敷いているか、悪性を敷いているかを問わずにね」
「「「…………!?」」」
驚愕しつつも……言っていることがわからず、ほとんどの面々が疑問符を頭に浮かべる。
ただ僕は、その直後……少し考えたところで、その言葉が意味するところに、考えを至らせることができた。
そして、それにまたしても気づかれたらしい。バイラスが、また僕に視線を向けてきて……にやり、と笑った。そして、『どうぞ』とでも言うように、手で僕に話すように促してくる。
そのせいで、全員分の視線が僕に集中する。
後になって聞いたんだけど、この時、僕ら側の陣営で、こいつの話の正確な『意味』に気づけたのは、意外にも僕だけだった。
この場には、僕なんかより政治やら何やらに詳しい人も、駆け引きが得意な人も何人もいた。
が、あまりにも話が、発想が飛躍しすぎていて、突拍子もないにもほどがあったため、そこに考えを至らしめることができなかったそうだ。
そういう考え……もとい、展開にもある程度通じていた、僕の『厨二脳』が、変なところでいい働き?をした形だった。ゲームやら漫画、アニメにラノベ……そういうので、さんざん『悪の組織の計画・行動』というものを見て来たから。
……こういう考え方をすると、また僕の持病である『デイドリーマー』に触れそうでちと不安ではあるんだが……今回はこの考え方が功を奏した形だ。人生、何がどう転んでどう生きるかわかんないな。
「どういうことですか、ミナト? 彼は一体何を……世界規模で行う、とは?」
「……私の知ってる限り、ネスティアやジャスニア、フロギュリアなんかは……そこにいる青い人の標的になるような暗愚な奴は……まあ、貴族単位になればともかくとして、国がそこまでアレなことになってる、ってことはないはずなんだけど……いや、それ関係なく、とも言ってたか」
「んー、まあ、簡単に言えば……推測が多分に含まれることを承知して聞いてもらいたいんだけど」
フレデリカ姉さんとセレナ義姉さんの問いに、そう前置きして、僕は……予想を話した。
「世界規模での『スクラップ&ビルド』でしょ? それも、善政・悪政関係なしの。それでいて、目指す先は『世界の発展を阻害する全てからの救済』。そのための手段が『突拍子もない』。そして、さっき僕が『淘汰』って言ったのに反応した……ということはつまり、多分……」
一拍おいて、バイラスの方を見ながら、
「あんたらがやろうとしてるのは……人類、いや、世界への『試練』と『管理』。そして、あんたらが望むのは、それらを振り切って、乗り越えて、耐え抜いて、世界が『強くなる』こと」
「素晴らしい! お見事です、ミナト・キャドリーユ殿!」
思わず、といった感じで、ぱん、と、バイラスが柏手を打った。
僕の予想に、何人かがその意味に気づいて……驚愕したり、顔を青ざめさせたりした。
それでもまだわからないらしい、残りの何人かにわかるように言うと……だ。
要するにこいつらは……
「破壊でも災害でも何でもいい。とにかく世界規模でどえらい事件起こしてわざと世界を大混乱に叩き落して、それを『試練』にする……そしてそれを乗り越える過程で、否応なしに、今生きている人間や組織、国家なんかを鍛え上げようとしてるんだよ。それについていけなかった、大勢の脱落者……イコール、死者やら、亡国やらが出てくるのを承知で、ね」
破壊(スクラップ)と再構築(ビルド)。
そんな言い方じゃあ生ぬるいくらいのことを、これからやろうとしている。
強大な魔物か、深刻な飢饉か、凶悪な疫病か……何かの形で、国に、世の中に大打撃を与える。
大勢の人が死に、町や村が、都市が消え、国が亡ぶことすらあるだろう。
どの程度の規模でそれが起こるかは、災害次第なところもあるので、一概には言えないが。
そして、そこから立ち上がろうとすれば……歯を食いしばって耐えるしかない。
乗り越えるしかない。危機を、苦難を。強くなるしかない。
例を挙げれば――この世界のことじゃないが――戦後、焼け野原になった日本で、大体そんな感じのことが起こっていたはず。
家もない、食料もない、人手もいない……さらに治安は悪い、敵国の進駐軍はいる、明日に希望が持てない中、闇市でものを売り買いし、腹が減っても、寒くても暑くても、歯を食いしばって人々は耐え抜き……その後、猛烈な勢いで戦後復興・経済成長を遂げた。
あれだって、ある種のスクラップ&ビルドだろう。焼け野原から経済大国にまでのし上がった日本の躍進ぶりには、世界中が驚愕した、と聞いた。
……ただ、だからって自分からそんなもん呼び込みたい者は一人もいないだろうが。
要はコレって、『強くならなきゃ死ぬ』って状況だから、否応なしに人々は強くなろうとする、ってだけだ。それで乗り越えられる者もいれば……乗り越えられない者もいる。
するとどうなるか? ……当然のように、死ぬ。
今例として挙げた戦後日本の例だって、どれだけの死者が出たことか。敗戦国である以上、結果的にそうならざるを得なかったわけで……望んでそんなもん二度とやりたくないだろう。
んなこと、戦争を知らない、どころか『昭和』という時代を知らない平成生まれの僕でもわかるってのに……やろうとしてるんだよな、こいつは。
「荒療治であることは理解していますよ。しかし、現状を打破するにはこれが一番手っ取り早く、そして確実です。この世界において、停滞とはそれすなわち衰退と同義……ゆっくりと腐っていくしかない状態なのです」
僕の『結論』の後、説明役交代とばかりに、さらさらとバイラスが述べている。
「おいおいおい……正気かよ? 何それ、ぶっ飛びすぎててついてけねーんだが?」
「もちろん正気ですよ? 今よりもいい世界を作る……その目的の上で、最善手足りうる、と自負しております」
「どこがですか……そんなことを……できるのか、という疑問は置いておいて……もし実行しようものなら、多くの犠牲が出るのでしょう? 強くなるために一度滅ぼす、ないし滅ぼしかけるなど……常軌を逸した考え方ですよ!?」
「でしょうね。しかし、それも当然でしょう……あなたの言う『常軌を逸し』ていない手段では、効果が見込めないのですから……こちらとしては意図的に『逸』しているつもりですよ」
ブルース兄さんとフレデリカ姉さんの指摘に、しれっと返すバイラス。
「常識の範囲内に収まるような……それこそ、英雄譚の正義の味方のやるような『常識の範囲内』にある『御利口な』手段では、世の変革など望めませんよ。したとしても、ごく一部の、一時的なそれにとどまり……数年、ないし数十年もすれば、時代の流れに飲み込まれてそれも消える。変革とは、その爪痕が目の反らしようもないほどに大きく残り、多くの人がそれをいつまでも忘れないほどの痛みを伴い、体験していない者でも、その歴史の転換点と、そこから得た教訓に思いをはせるような、鮮烈なものでなくてはなりません…………それにもう1つ。先程彼が言っていた通り、このプロジェクトは『淘汰』の意味も込めているのですから」
「……淘汰、とは?」
「そのままの意味ですよ。変革についてこれない者を振り落とす……まあ、ふるいにかける行為です。犠牲なく改革を成し遂げることはできない…………という意味もありますが、本命はもう1つ……残るべき命と、そうでない命の選別にあります」
「……?」
「仮に、そこそこの危機……そうですね、ある都市を、ある貴族が治めているとしましょう。その貴族は、1人では何もできない、単なる一市民でしかありませんが……金はあり、権力もあり、私兵もいる。そんな彼が治める都市に、町が1つ滅びそうな魔物が襲ってきました。さて……この後何が起こると思いますか?」
で……また僕の方を見る。またかよ。
「その貴族……領主とか言えばいいんですかね? どんな奴かによるんじゃないですか? 善政を敷く、人望のある名君であれば、私兵だけでなく、正規軍の兵士や……冒険者、あるいは市民から志願兵なんかも出てきて、こぞってその領主を守ろうとするかもしれない。逆に、人望ない感じの暗君だった場合は、まあ……従うのなんて、金で雇われた私兵や傭兵だけだろうし、それだって危なくなったら裏切ったり逃げるかもしれない。それ以前に、町を守らずに逃げるかもしれなくて……なるほど、どっちにしろ、それが極まれば自動的に『ふるい』にかけられる、と」
「そういうこと……小規模な、よくあるようなトラブルであれば、金や権力で解決できてしまうでしょう。実際に、正義を胸に秘めて行動を起こした者が、肥え太った貴族の権力にその働きを押しつぶされてしまうことなどままあること……しかし、金や権力といったものが意味をなさないほどの極限環境下においては、生存の価値の有無を図る『ふるい』が正しく機能すると言っていい。今あなたが言ったように、人の意思や忠義、人望によるつながりならば、命を懸けて戦い、守り、支え合うこともできるでしょう。皆で手を取り合い、苦難を乗り越えられるかもしれない。だが、金で雇われたことによるもので、人望もない者を……さあ果たして、命がけで守ってくれるかどうか」
「なるほど……そういうのを振り落とすのも目的の1つ、ってわけ。いや、むしろメインか」
「ええ……そういった状況下で生き残れるのは、真の意味で『力』を持つ者か、あるいは、その者が命がけで戦って守ろう、と思える者だけです。守られるのは、仕えがいのある君主かもしれないし、善良なれど力なき民かもしれない。逆に、金や権力だけで日頃『力』を持った気になっている、実際の鉄火場では何の役にも立たない愚者は、その場面では見捨てられる以外にない……まあ、どうにかしてその場を自力でしのげるようなら、力を持つ者としてまだ生きる意義があるかもしれませんがね。戦闘力、魅力、統率力、知力……世界に貢献できるだけの、生きる意味と価値があると判断し、他の者達と支え合える、あるいは1人でも生きていけるだけの力を持っている者だけが生き残り、それ以外の愚者を振り落とす『試練』……それこそが、我々の目的ですよ」
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