魔拳のデイドリーマー

osho

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12巻

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 第一話 すっきりしない結末


 冒険者チーム『じゃこうねこ』に所属する僕、ミナト・キャドリーユは、元世界最強の冒険者チーム『女郎じょろう蜘蛛ぐも』と一緒に、魔王の異名にふさわしい至高の存在『エターナル・テラー』のテラさんと過ごした『アトランティス』での日々を終え、『ネガの神殿』を通って地上まで戻ってきた。
『アトランティス』で得た素材や資料、そしてマジックアイテムの数々は、僕の師匠である元『女郎蜘蛛』のクローナさんお手製の収納アイテムに入れて持ち帰ってきた。
『オルトヘイム号』に帰り次第、ラボでゆっくりじっくり、みっちりばっちりと研究して分析し尽くす予定である。
 毎度毎度、『ネガの神殿』を経て行くのはキツイので、『アトランティス』には母さんとそのペット――ストークに頼んで羽を残して置いてきた。
 ストークは自分の羽がある場所を感じ取る能力をもっているから、いつでも『アトランティス』に行くことができる。準備ができ次第、超長距離転移魔法陣を置きに行くつもりだ。
 ストークの羽さえあれば、まあ最悪……岩場にあった『ネガの神殿』に繋がっている魔法陣が消えちゃっても直接向かえるしね。
『オルトヘイム号』も早く強化したいしなー、やることが沢山だなー。
 ちなみに、テラさんと一緒に行った地下の超巨大墓地の先にあった『龍の門』こと異世界に旅立つことができるという壁については、僕がれた瞬間に放った謎の光が気になったので……師匠と一緒に調べた。
 もちろん、師匠に言える訳ないが、ひょっとして僕の中身が異世界出身だから門が反応したのか? なんてことも考えたんだけど……結局のところ、壁が光った原因はわからなかった。
 ただ、師匠とテラさんはあの現象について、一つの仮説――異世界云々を知っている僕でも、これは当たっている? と思えるような――を立てていた。
 テラさんいわく、あの壁、というか、壁のあった地下の大空洞は、はるか昔に世界のどこかに存在した、龍を支配者に据えた『龍神文明』の遺跡らしい。そして、当時の優れた技術のいくつかは、『アトランティス』と同様に後世まで伝えられ、使われていたという。
 そんな龍神文明の技術のうち、魔力や魔法絡みの術式の中には、強力な龍の力に反応して、発光したり、誤作動するって現象があったそうだ。
 つまり龍の門が放った光もそれなんじゃないかというのが、師匠とテラさんの仮説である。
 僕の装備の素材には様々な龍から得たものが使われている。また、わずかながら『ディアボロス亜種』の素材も組み込まれている。あの遺跡が龍神文明の遺産であるならば、僕の装備から発せられる龍のエネルギーに反応して光ったんじゃないか……という訳だ。
 さらにこの仮説が成り立つならば、『ネガの神殿』に僕達を飛ばした魔法陣が突如反応した理由も説明できる。
 もともと海底にあった魔法陣。魔力も術式もすっかり磨耗まもうして、機能停止どころか消えかけていたアレが作動したのは、真上で七体もの『ディアボロス原種』や、ゼットと名付けられた『ディアボロス亜種』が暴れていたからかもしれない。
 また、テラさんによれば龍神文明の魔法設備は、発動時に周囲にいる龍の意思が反映されることがあるらしい。
 だとすると、『ディアボロス亜種』に名前を付けたあの女の子に魔法陣が影響しなかったのは、ゼットが彼女を守ろうという意思を持っていたからって理由も考えられる。
 さて、仮説はいくらでも浮かぶんだけど、結局のところ立証することはできないから、そろそろ次の話題に移ろうか。
 とりあえず、今の問題は……何で僕の兄や姉達との出会いってのは毎度毎度、何の前触れもなく突然なんだろうかってことだ。


 というのも、『アトランティス』から『オルトヘイム号』に戻ってみたら、甲板のところに二人ほど増えていたのである。
 一人は、ミシェル兄さん。これはいい、すでに顔見知りだし。それに師匠と僕と同じくらい、船のシステムを熟知――それこそ、うちで雇っているターニャちゃんとシェーンよりも――しているから。
 問題はもう一人の方だ。見覚えのない女性が、ミシェル兄さんと一緒に来ていた。
 ボブカットに切りそろえられたあいいろの髪とパンツスーツのような服装が特徴的で、年齢は恐らく僕と変わらない。一見での印象は、できるキャリアウーマンって感じだけど……なんだろう、呆れているとも疲れているとも思えるその表情からは……苦労人のオーラがただよう。
 その視線は僕の横にいる母さんに向けられているようだけども、なんて思っていたら……。

「あっはっは、おひさ~フレデリカ。うまくやってくれた?」

 母さんが楽しげに、その女性に声をかけた。

「うまくやってくれた? じゃないですよ、お母様! 何なんですか、またアポイントの一つもなく人を急に呼び出して! 私だって暇じゃないんですからね!?」

 どうやら、この女性、フレデリカさんというらしい。

「それでも予定をやりくりして駆けつけてくれるんだもんねー。私、あなたのそーいうとこ大好き!」
誤魔化ごまかさないでくださいっ! しかも、至急の用件だっていうから、急いで仕事を終わらせて来てみたら、お母様いないし……代わりに、行方不明だったはずのミシェルお兄様が見たこともない船に乗っているし……。挙句の果てに頼みごとがジャスニアの王子様がらみのゴタゴタの後始末? しかも……それを置手紙だけで知らせますか!? 人を何だと思っているんですかっ!!」

 うーん、案の定フレデリカさんとやらは我が姉らしい。
 怒涛どとうの勢いでまくしたてられたお小言がストップした瞬間を見計らって、母さんに聞いてみることにした。

「ちょっと待って、僕にもわかるように説明して」
「フレデリカ・メリンセッサ。私の十五番目の娘で二十四番目の子供。ネスティア王国、及びジャスニア王国行政執務しつむ外部がいぶ監査かんさ機関きかんの最高顧問」
「つまり?」

 そう言って、スッとミシェル兄さんが会話に加わってきた。

「政治絡みのゴタゴタを相談するとサッと片付けて、私を助けてくれるいい子」
「お母様っ! ミシェルお兄様もっ!」

 ミシェル兄さんの合いの手によってさり気なく出てきた母さんの本音に、半泣きになりながらウガーッと食ってかかるフレデリカ姉さん。
 苦労人っぽいというパッと見た限りの印象は、驚いたことにまんま当たっていたようだ。
 僅かの間を置いて落ち着いたフレデリカ姉さんが、あらためて自己紹介をしてくれた。つっても、名前とか職業に関しては、さっき母さんが言っていたけど。
 フレデリカ・メリンセッサ。キャドリーユ家十五女。僕の姉。亜人希少種『じゃがん族』。
 そして、さっき母さんも言っていたけど、『ネスティア王国及びジャスニア王国行政執務外部監査機関最高顧問』という早口言葉みたいな役職についているそうな。
 同盟国であるネスティアとジャスニアの両方、それも中央の行政府にまで強い影響力を持っているみたいで、業務内容は簡単に言うと行政をチェックすること。
 すなわち、政治に関係する諸々の事柄がきっちり正しく行われてるかどうかを客観的に判断して、意見を述べる監査機関のお偉いさん、らしい。
 この前、母さんが言っていたエルビス王子暗殺未遂みすい事件を穏便に処理するための助っ人って、この人か……確かに、立場的にも能力的にも申し分ないな。本人は泣きそうだけど。

「はぁ、疲れる……お母様との交流って、どうしてこうも心身ともに疲労ひろうを伴うんでしょうか……」
「あはははは、ごめんねーフレデリカ、いつも苦労かけて。お礼に今度、とびっきり美味しいランチに招待してあげるからさ」
「できれば美味しいスイーツがあるところでお願いします……」
「OKまかせて! ……で、今回の件、どうなった? うまいこと処理できた?」
「……そのことなのですが……」

 その一言とともに、半泣きでトホホな感じだったフレデリカ姉さんの表情が、キリッと引き締まった。おお、これまでとは、すごい違いだ。
 涙をさっとハンカチでふき取って、半開き風の目も鋭さを帯びている。その雰囲気に合わせたのか、さすがに母さんもおちゃらけた態度をある程度引っ込めて、真面目に話を聞く姿勢になった。僕らも自然とそれに従う。

「エルビス殿下でんかや部下の方々への聞き取り調査により、事件の概要はおおむね把握できました。ここで得られた情報と私の方で元々つかんでいたものを照らし合わせて、対処に当たることになると思います。もっとも、かなりの機密事項が絡んだ問題になると考えられるので、経過などを全てお母様達に報告することはできないでしょう。内々ないないで処理する部分も多いでしょうが、ご了承願います」
「ん、了解よ。っていうか、むしろ多少なりとも関わるとすれば、この子……ミナトとその仲間達だと思うんだけど。エルビス王子から依頼を受けた結果、王子を狙った暗殺に巻き込まれた彼らがやらなくてはいけないことってあるのかしら?」
「殿下達と同様の事情聴取を後でさせてもらえればとは思っていますが、それ以上はないでしょう。解決のために介入・調査するべきは、王家や中央行政府の内情が絡む部分ですので。彼らに関わってくるのは、殿下の依頼で発生した諸々の被害に基づく補償までだと思います」

 簡単に言うと、今回の依頼クエストで起きたトラブルに関する補償――損害賠償みたいな――とかはきっちりやるけど、詳しい事情は教えられないってことかな。
 犯人とか犯行の動機とかも同様だろう。こっちで処理するから、深入りはしてこないでねってことか。
 まあ、思うところがない訳でもないけど、ジャスニア王国の相当デリケートな部分が関わってきているみたいだし、妥当っちゃ妥当なんだろうな。
 僕としても面倒に巻き込まれてまで知りたい訳じゃない。
 事件の詳細を知らないことで、今後、面倒に巻き込まれないなら内々に処理してもらっておおいに結構。
 それに一通り終わってから、あくまで話せる範囲で僕らに伝えてくれるみたいだし。
 そんなことを思いながらチラッと後ろを見ると、『邪香猫』のメンバーは一様いちようにこくりとうなずいて賛同してくれた。
 それを見ていたフレデリカ姉さんも小さく頷く。
 さて、エルビス王子様ご一行は、当初の予定通りに部下さん達の傷がある程度えてから、僕達が拠点としていたブルーベルの宿のロイヤルスイートルームに移っていた。そして、昨日だか一昨日に引き払って領地に戻ったそうだ。
 その際、裏切り者の兵士もきっちり罪人として拘束・連行していったと。
 そのことについても行政サイドからの後処理が必要らしいけど、それは王子様の部下さんとフレデリカ姉さんが派遣した人が対応するので問題ないみたい。
 近々、王子様もしくは部下さん達から、あらためて僕らへの謝罪と賠償……という名の口止め料に関する話があり、それをもって僕らのこの一件への関与はおしまいとのこと。

「説明も決して充分ではないままで、かなり急な幕引きに感じられるでしょうが、政治が絡む揉め事というのは得てしてこういうものです。さらに貴方みたいな一個人が深く関わって良いことはない領域の話であることもまた、事実なので……ご理解いただけますか?」

 フレデリカ姉さんがさとすように事情を説明してくれた。
 確かに……姉さんの言う通り、良いことはなさそうだ。
 依頼を受けて、戦って、面倒事に巻き込まれて……王子様たちと直接関係ないとはいえ、『ネガの神殿』に『アトランティス』の発見、しまいには『女楼蜘蛛』の再結成や、最強のアンデッドであるテラさんとの邂逅かいこう。今回の一件、最終的には超のつく大事に発展してしまった。
 それなのに事の発端ほったんとなった王子様達のトラブルについては、僕らが知らない間に処理が済まされ、王子様たちも撤収てっしゅうして……気付いたら終わっていたって感じ。
 個人的、かつ感情的な意見を述べるならば……ちょっと納得いかない部分もある。
 ちゃんと説明して欲しいこともあるし、もう少し詳細も明らかにして欲しいと思う。
 でも姉さんの言う通り、不完全燃焼だからって全部を知ろうとして深く関わっても、恐らく……いや間違いなく良いことはないだろう。専門家でもないのにドロドロのいんぼううずく領域に首を突っ込んでも面倒なだけ……そうやって納得しておこう。
 これが事件の起きた直後とかだったら、不満に思うことが沢山あったかもしれないけど……事件発生から今に至るまでの間に『アトランティス』での数日間を挟んだからなのか、僕の中でこの一件に関する熱が程よく冷めていた。
 少なくとも、ここまでの対応には我慢できるレベルまで。
 あとは姉さんのお言葉に甘えて、事が収まったら聞ける範囲で説明してもらうことにして……この件については忘れるとは言わないまでも、考えなくていいか。もう。

「へえ……」
「? 何? えっと……フレデリカ、姉さんでいいかな?」

 すると、フレデリカ姉さんが意外そうな顔で応じた。

「好きなように呼んでいいですよ。それにしても……話には聞いていたけど、意外なまでに素直だな、と思いまして。普通、ここまでの面倒事や厄介やっかい事に巻き込まれたら、その顛末てんまつまできっちり全て説明してもらいたい、勝手に終わらせるなんて納得いかない、というのが一般的な反応ですから」

 やっぱりそういうもんらしい。
 姉さんとしては、ダメで元々のお願い……僕達から反論が出てきたら、粘り強く説得して納得してもらうつもりだったようだ。

「あー……僕としてはこっちに迷惑がかからなければ、どうでもいいからね。それに……」
「それに?」
「……面倒は母さん絡みで事足りてるから、勝手に減ってくれるなら、それに越したことないし」
「……激しく同意します」
「えー、ちょっとその会話は酷くない? ってか、人のこと言えないでしょ!?」

 母さんの薄っぺらい抗議はスルーさせてもらった。
 さ、船に入ろ入ろ。研究始めよ。

「まあ……僕のは面倒じゃなくて心労をかけているだけだから(ボソッ)」
「それも問題だっつーの!」

 我が嫁エルクの呆れたようなツッコミもスルー。
 ……あ、そういえば一つ気になっていたことがあるんだった。

「ねえ母さん。バベルはどこ? この船の見張りをしてくれてるんじゃなかったっけ?」
「ん? ああ、そうなんだけど……それはミシェルが来るまでなの。ミシェルが来たら別の用事を頼んでたんだけど……まだそれが終わっていないみたいね」
「別の用事? 何それ?」
「話すと長い上にややこしくなるから、後でね。ほら、さっさと船に入りましょ?」


 ☆☆☆


 その夜。
 王子様関連の問題はフレデリカ姉さんの尽力もあって、ある程度の見通しがついたらしく、簡単な説明をしてもらった。
 あとは、王子様側からの対応を待つだけであり、この一件は現時点でほぼ終結したと言って良さそうだ。
 さて……僕は今、相棒でありフクロウの魔物、アルバを肩に乗せて夜の散歩に出ている。
 目的は、昼間っからずっと続けている研究・創作の気分転換と、もう一つ。
 この辺だと思うんだけどなー……あ、いたいた。

「……そっちから来てくれるとはね……探す手間が省けて助かったよ」

 探していた相手が簡単に見つかったので、思わずひとちる。
 視界の端……夜の闇の中に浮かび上がったのは特徴的なシルエット。
 細身の体に三本角と長い尻尾。そして、琥珀こはく色に光る爪や角、そして目。
 グルルルル……と、うなる低い音が僕の耳に届く。
 ほんの数十メートルほど先に、中腰の状態で僕を睨む『ディアボロス亜種』がいた。
 数日前に共闘――と言えるかどうかは置いといて――した時に、知性があると感じられた目の色。
 あらためて会っても、その考えに間違いはなかったと確信できた。
 ただし同時に、警戒と……怒り? のような感情の色もある気がするけど。何だろう、怒ったりしているんだろうか?
 こうも敵意に近い感情をぶつけられたら、状況次第ではすぐさまバトルモードにシフトしていたかもしれないが、今は戦うつもりはないのでスルー。
 一応、アルバにいつでも障壁で防御できるようにと頼みつつ、手近な岩に腰掛ける。

「あー……言葉はわかるんだよね? 最初に言っておくと、僕はお前と戦いに来た訳じゃないよ」

 こないだの戦いで、僕はこいつと意思疎通ができたと思っている。多分。
 今回もそうなること、そしてできる限りてきな対応をしてくれることを期待して、言葉で語りかけてみる。

「目障りだからさっさと消えろってんならそうするからさ……一つだけ教えて欲しいことがあるんだよ。すぐ済むから」

 そこで一拍置いて、いきなり本題を投げかける。

「お前が守ったあの金髪の女の子、どこに消えたか知らない?」
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